第二章21話 『戦闘開始』
手足を拘束され向かった先にあったのは、おおよそ根城とは思えない、ただの一軒家のような防具屋だった。
「……貴方達が、この騒ぎを起こした元凶」
中に入ると地面に押さえつけられ、目の前には3人の男女が私達を待っていた。その内の一人は見た事がある運び手だった女性。顔に少し傷の付いた、茶髪で深緑の瞳をした細剣使い。服装は、コートによって隠されているが……ちらりと見える所から、私のような動きやすさ重視の革の防具を着ている事は分かる。と言っても、多分彼女は私のように冒険者じゃなく、裏側で生きている存在。防具も似ているようで違いがあり、向こうは男を誘惑するような扇情的な仕上がりになっている。
2人目は、外見からして確実にここの店主。編み込まれた黒髪はいびつで全てが揃ってない非対称。ただ、良く見ると火傷の痕が編み込みの隙間から覗かせる。顔は仮面のようなもので覆われ、全く素顔が見えない。また、服装も厚手の革コートで隠され不気味な印象を残す。身長と体格的には男だが、顔も身体も全く見せないので性別も装備も不明。
そしてほんの少し緑かかった髪を後ろでまとめて三つ編みにした女性。目の色は両方とも黒に見えるが、良く見ると右の瞳だけ髪色と同じ緑になっているオッドアイ。服装は冒険者でもない一般人のような、布を何枚も重ねたようなワンピース。武装もしていなければ、武器を隠して仕込んでいる様子でもない。予想通りアンゼリーネ=オドネルがこの人物なら、魔術師の必需品である魔術道具を持っているはずなのに、見た感じ装飾品すら持っていない。だが、セレンはこの女に向けて、怒りの視線を向けている。
「……アンゼ」
「久しぶりね? セレン」
どうやら、アンゼリーネ=オドネルがこの人物らしい。
「おっと、妙な真似はするな。今のお前らを殺す事なんて造作も無い事だ」
運び手だった女は鞘に納めていた細剣を抜き、こちらへ突きつける。
「殺す、ねぇ? 私の情報が欲しいのに、嘘はダメじゃない?」
「エウちゃん。バレてるんじゃないのぉ? これ」
「黙れ! 貴様、余計な事を言うな!」
エウちゃんと呼ばれた女性は、細剣を仮面の男へ振る。仮面の男は薄ら笑いを発しながら何も防御せず、細剣は革のコートに防がれた。
「怖いなぁ。そんな怒る事ないじゃん」
「貴様が怒られる事をするからだろ!」
この雰囲気的に、こいつらは私達と同じで2人行動をしていたのだろう。じゃないと、こういう会話は出ない。問題は、アンゼリーネが今どっちに傾いているかだ。
「アンゼ、あんたは何でそっちにいるの?」
「簡単な事よ。ジェフ様に従ってるから」
アンゼリーネは端的に説明をしながらセレンに近づき、顎を指で持ち上げる。挑発するような表情を浮かべながら。
「見ない間にそこまで腐ってるとは思わなかったよ、アンゼ」
「貴方もジェフ様に会ってみれば分かるわ?」
「そういう価値観の押し付けはダメだって、アンゼから教わったけど」
「――全てを取っ払ってくれるのよ。ジェフ様は」
まるで、狂信者のようにジェフしか見ていない。そして、それを煽るセレン。こういう人物に煽っても少し意味が無いように思えるが、セレンの顔には少し企みが滲んでいる。内容は分からないが、準備をしないと。
「全てを取っ払ってくれる、か。宗教が過ぎるね」
「貴様、ジェフ様の悪口を――」
「貴方達も、ジェフを崇高していると」
「黙れ。貴様が情報元だとしても、口さえ聞ければ足の1本ぐらい落としても構わないんだぞ」
怒りによって細剣使いの顔に、赤い線が浮かぶ。過去に受けた傷口なのだろうか。
「別に、切られようが口を割らないわよ?」
「そういうのは、強がりって言うんだよ? 俺はそういう人間が出す血が好きだけどねぇ」
「それに、この状態で何が出来る? 貴様らは既に負けたんだ」
一応捕まった後の対策はある。が、2名の武器が分からない上にジェフがいない。そして、アンゼリーネが魔術師なのが分かっている以上、変に動けば初見の魔術を全て避けるなんて無茶をしないとダメになる。どこかに、隙でも生み出せれば――
「全く。あんた達なんて、この拘束さえ無ければ一瞬で倒せるのに」
「安い挑発だな。オレがそんな事で貴様の拘束を外すと思うか? このチビ女さえいれば、貴様は殺し立って問題ないのにな」
「あんたこそ、安い挑発ね。私も情報を持っているのは前々から分かっていた事でしょ? そこにベルが来て、ターゲットを変えたようだけど……私も貴重な情報元よ?」
「面倒臭いねぇエウちゃん。面倒だから、俺がこいつら全部殺して良い?」
「貴様が喋るとややこしくなる! 少し黙ってろ!」
挑発を続けるセレンの顔は、やっぱり何かを企んでいる。なら、私はその後を考える。奪われた武器の位置と、敵の位置。そして、静かになった街。
「さて、マルクの情報を話してくれる? 私は2人に構っている暇なんてないの」
喧嘩する二人を仲裁させるように、アンゼリーネが指揮を取り始める。
「話さないって言ったら?」
「話してくれるまで、セレンを切り刻むよ?」
「そっか。なら――」
『吹き飛ばせ!』
「酒場のマスターを呼ばないとね!」
アシュレイの援護射撃が合図となって、行動開始。銀色の塊が、中央にいたアンゼリーネを建物ごと後方へ吹き飛ばす。その埃で視界が無くなっているうちに私達もロープをほどいていく。どういう理屈かは分からないが、今は武器を回収――
「やらせない」
私達の動きに気付いた細剣使いは、まだロープのほどき切れていないセレンに向けて高速の一突き。目は埃で見えないが、踏み出す足音でタイミング――初動がわかる。
問題は狙い。目が見えない状態では、どこに突き刺すかは分からない。ただ、あの武器は鎧の隙間を突いて急所を刺し殺す剣。なら、狙いは――
「胸元!」
「チッ! ヴィード!」
「あいよーエウちゃん」
相手の一突きを手甲で上に弾き、更に踏み込んで1人潰そうとした所で飛んでくる曲剣。私の首筋を狙うその軌道を避ける為に、踏み込んだ足を使って後ろに飛ぶ。流石にここで1発貰ってまで踏み込んでも、不利になるだけ。
「ベル! 大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと切れただけ。武器は?」
「自分が回収している」
首筋からうっすらと赤い液体が滲み、躱し切れなかった事を自覚させる。あの革男の剣はとにかく早い……1つ、相手の情報として頭に入れるべき項目だ。
そして、後ろから現れるアシュレイ。その両腕には私達の武器が抱え込まれていた。
「ありがとう、アシュレイ」
「礼は後だ。それよりも、この2人を頼めるか?」
「アシュレイさんはどうするんです?」
「吹き飛ばした相手の元へ行く。どうやら、あれを食らって平然としているらしい」
「……痛いなぁ。全く」
装備を取りつけながら、細剣使いと革男を頼まれる。そして、後方から聞こえるアンゼリーネの声。瓦礫で見えていないが、あの銀色の塊を放った本人が警戒している。
「分かりました。私も丁度、この女に個人的な恨みがある」
「ほう? 貴様に何かやった覚えは無いが」
「チビって言ったの、忘れてないよ? 後、牢屋に入れる際に蹴り入れたのも」
「随分と、恨み深いんだな」
目の前にいる細剣使いに私は構えを取り、
「じゃあ、私はそこの革馬鹿の相手、ね」
「俺もどっちでも良いんだ。お前の赤い血さえ見れたらそれでいい」
「あの革馬鹿、趣味悪いわね。クソ趣味革野郎って呼べばいいかしら?」
「……すごいあだ名付けるね、セレン」
大剣を持ったセレンは、革仮面を被った男にその剣を向ける。
「……任せたぞ!」
対戦相手が決まった所で、アシュレイは先に走る。あの威力を食らって平然としているから、アンゼリーネが一番の貧乏くじのように見えたが……。
「さて、準備は良い? セレン」
「上等。2人纏めて潰してあげる」
「貴様ら相手に遅れは取らんぞ?」
「赤く染めてあげるよぉ!」
コンビ同士の戦闘は、崩れ落ちた瓦礫の音で火蓋を切った。




