第二章20話 『敵陣』
紙一重の連続。自分の命だけを賭けるならまだ良いが、そこに重く圧し掛かったもう1人の命。その現場から開放され、緊張の糸が切れたようにセレンを抱えたまま座りこむ。
「これは、しんどい」
「大丈夫なの?」
「身体には異常は無いから、大丈夫」
心配そうにこちらを見つめるセレン。だがセレンの口元からは赤色が滲み、息も少し荒い。限界なのは明白だった。
「セレンこそ、あんな魔術使って大丈夫なの?」
「……正直、撃てて軽い魔術1回分、ぐらいかしら」
「どうするのそれ……」
本来はジェフ達に使うはずだった秘密兵器……それを使った結果、満身創痍になったセレン。不測の事態とはいえ、今後は私1人で戦わないといけなくなった。
「何か今すっごい失礼な事考えてない? 私も戦うわよ?」
「でも――」
「確かに、魔術も使えないけど……身体はまだ動く」
決意の瞳でこちらを見つめてくる。こうなると、テコでも動かなさそうだ……。
「分かった。でも、体力温存の為に、防具屋へ着くまで抱えて運ぶよ」
「ちょっと話聞いてた!? 私まだ動けるわよ!?」
そう言いながら、セレンは手足を揺らして抵抗し始める。本人は必死で動かしている顔をしているが、そこに突き飛ばすような力が無く、抵抗すればするほど身体の悲鳴が証拠として浮かんでしまう。
「色々限界なのは分かってる。強がらないで」
「……むぅ」
セレンは不貞腐れたような顔をしながら、動かしていた手足を止める。渋々ながら了承してくれだようだ。
そのまま大剣を背中に担ぎ、両腕でセレンを抱えながら路地裏を走り出す。この辺りの魔物は発生源を潰したおかげなのか、数はほとんどいない。なので、気付かれない屋上を走るより、道なりで進んだ方が、セレンに掛かる負担が少ない。
『おい! セレスティ――! ――ル=ウェ――! 聞いているなら――!』
「あ! あの魔術を使う為に通信切ってた」
耳元に付いた本体をいじりながら、声の調整をしていく。望遠鏡の距離を合わせるように、私の耳元でも少し雑音が入るが、調整していきアシュレイの声がクリアになっていく。
「あ……アシュレイ。聞こえているわよ」
『ようやく入ったか……やたらと大きな轟音が鳴ったが、何があった?』
「とっておきを使って、セレンが魔物を生み出している装置を止めました。周りごと」
「私のせいみたいに言わないでくれる? 家投げ飛ばしたのあんたよ?」
『……とりあえず、元気そうなのは分かった』
魔物発生装置の1つを破壊した事を報告し、お互い持っている情報を交換する。
「アシュレイ。そっちはどうなの?」
『3つほど潰して、内1つを解析に回している』
「解析内容は既に判明しているんですか?」
『あぁ。あの装置は予想通り魔物を産み出すのではなく、転送されている。つまり、大元である場所で魔物を作っている可能性が高い』
魔物を作りだした場所……きっとあの研究施設で作られたものを使っている。そして、あそこの研究員は突然沸いて出てきた。あれは、この転送装置の実験か。
「アシュレイさん。その転送装置、人を飛ばす事って出来ますか?」
『それは……やってみない事には分からないが、理論上可能だ』
「ベル? 私達が転送するとか言わないでよ?」
「違う。私達が転送するんじゃなくて――」
『ジェフ達がこっちに来る可能性か?』
それも違う。ジェフ達がアシュレイと対面しても、多分ある程度は戦える。一番怖いのは、
「人に紛れて既に転送している可能性です。もし私がジェフなら、襲われている所に転送させて――」
『怪我人を狙うのか! 急いで酒場へ人を派遣させろ!』
「でも、怪我人を襲ってメリットがあるの?」
「ジェフ達の狙いは私。というより、私から引き出したい情報。殺さずに口を割らせるには、何をするのが最適?」
「……怪我人を人質に取る、か。厄介な事を色々思いつくわね」
怪我人は、放置すれば死ぬという制限時間が設けられている。治療が完全に終わっているならまだ大丈夫だが……回復薬が足りないと当然、応急処置しか出来なくなる。それを狙って襲い、考える時間を与えない状態を作って迫れば……。相変わらず、効率が良い。
「そういえば、アシュレイ! そっちにアンゼはいた?」
『見かけていない。他の人質は無事だが、アンゼリーネ=オドネルだけ見つかってない』
「だけ、ね」
1人だけ人質として見つかってないのは、少し引っかかる。新しい交渉材料として怪我人を襲う可能性があるのに、わざわざ人質を明け渡しているのが分からない。その上、なんでアンゼリーネだけ残す? 可能性としては、アンゼリーネの裏切り。その可能性が本当なら……セレンは大丈夫なのか。
「そんな顔しないで。私だって、最悪の可能性は頭に入れてる。大丈夫よ、ベル」
私の考えを見通したかのように、セレンは優しく語りかける。でもその瞳には、少しの悲しさを感じた。……もし、本当にアンゼリーネと敵対する事になったら、私が――
『ベル=ウェンライト、酒場からの報告だ。怪我人の中から、火薬を持った人間を見つけた』
「それなら、絶対に気付かれないで下さい」
『その点は既に配慮済みだ。バレないように1人1人拘束している。気付かれたら、爆破されて水の泡になるからな』
とりあえず最悪の可能性は防げた。次にジェフが起こしそうなのは――
「セレン。演技は出来る?」
「あんたよりかは出来るわよ」
「じゃあ、あえてジェフ達に捕まるよ」
私達を捕まえる事だ。そして、拷問なりして口を割らせる。つまり私達の目の前に、
「おい! お前がベルだな」
――こういう奴らが現れる。4人の男女で、それぞれが別種類の武器を持つ集団。また、隠れているつもりだろうけど、弓を構えている奴も数人。人数的には突破出来そうだが、ここで抵抗しても体力の無駄だ。捕まるという不利を背負っても、ジェフ達という敵が目の前に現れる方が得。
「それが、どうかした?」
「この人数、逃げ場はないぞ」
「逃げる気なんて無いわ。貴方達を指揮している人物の元へ、連れていきなさい」
「……そういう事ね」
私の意図を察したのかセレンがコソっと呟き、少し集めていた魔力を手放す。
「ほう? なら、武器はこちらに渡してもらおうか」
その要求を素直に従って、私の武器とセレンの武器を外される。でも、防具だと思われていた右手の手甲は、武器として外されずに済んだようだ。
「それから、お前らを拘束する」
「好きにすればいい」
それからロープを取り出し、私とセレンの身体をぐるぐる巻きにしていく。ここで、少し仕掛けを施す。腕をあえて交差させて、少しのゆとりを作る。
「よし。運べ」
どうやら、気付かれていない。そして、声が届いているはずのアシュレイも喋らない。多分、察した上で動いていそうだ。
こうして、私達は防具屋という根城に運ばれていく。いくつかの作戦を頭に巡らせながら。




