第一章13話 『一つの依頼』
窓から漏れる光と騒々しくなっていく外の空気で瞳を開く。
まだ慣れない宿屋なのか身体の節々が少し痛く、背伸びをすると骨が軋んで音が鳴る。
「こんな所まで人間そっくりに作らなくても……」
製作者へ少しの嫌味と共に、大きな欠伸を起こしつつ朝の支度。ナーシサスから飛び出す様にここへ来てしまったので、色々と足りない……。
「今日は色々揃えよう」
そう呟いて、一日を決める。オーダーメイドの装備は出来るまでに少しかかるそうで、それまでの間は戦闘を介する依頼はし辛い。だけど、服は流石に買い換えないと色々破けてるし血が滲んで困る。なので今日は――、
「極力戦闘をこなさない依頼で、服代を稼ごう……」
装備にある程度使った上に今後の事を考えるとこれが最善だが、問題はどんな依頼があるのかまだ分かっていない事だ。万が一戦闘が避けられないようなものしか無かったら……。その上、バンジャマンの事で私は戦闘出来る人と思われいるし……。
「まぁ、行けば分かるね」
朝の支度を整え、宿屋の外へ出ていく。酒場の近くという事もあって人のざわつく音がここにも伝わってくるが、『ナーシサス』からあまり外へ出ていない分全てが新鮮に感じて、妙な心地よささえ感じてしまう。
「あんたは、昨日の子か」
酒場へと足を運ぶとルールーさんの姿は無く、代わりにウォーレンと呼ばれている気だるそうな男性が受付を行っていた。
「あなたは……」
「『ウォーレン=ライスター』だ。ルールーは今用事でいないぞ」
気だるそうなウォーレンさんはボサボサ頭の髪を揺らしながら、髪の奥から覗かせる青い瞳でこちらの様子を伺う。
「えっと、依頼を受けたくて」
「あぁ、それならこっちだ」
そう言って依頼が多数貼り付けられている掲示板のような所まで案内される。掲示板には紙が多数並べられ、良く見ると内容が書かれており、片付けという単調な依頼から特定の魔物の排除等がある。だけど、その依頼に違和感を覚える。とある種類の依頼が無い。
「その掲示板に張られている紙は、全部依頼だ。適当な奴を取って再度受付まで来てくれ、手続きを行う」
掲示板へ案内された後に、ウォーレンは面倒くさそうに受付まで戻っていく。本当に報酬と内容が様々だが、どれにするか……。
「うーん……これにするか」
先に来た冒険者が依頼を取ったり、酒場の人達が依頼を張ったりする中で見つけた一つの手頃な依頼、それは『人を探しています』といった内容。でも内容の割には報酬は高く、怪しさ満点なので誰も手に取らなかったものだが、もし私の探し人の情報を持っていたなら更に目的へ近づく一歩なので、怪しくても乗らない手は無い。
この依頼を取り、受付へ持っていくとウォーレンさんが待っていたかのように手続きを済ましてくれる。
「意外だな、バンジャマンを倒せる強さを持っているなら、魔物退治とかに行きそうなものだが」
「ルールーさんがオススメしてくれたお店で武器を頼んでいるけど、オーダーメイドで時間がかかるの。その間はね?」
「そういうものか」
手続きを行いながら世間話を行うものの、掲示板に違和感を覚えていたのでとりあえず聞いてみる。
「そういえば、依頼ってあれで全部なの?」
「いや? あれが全部ではないぞ? まぁ、あんたはまだ受けられないとは思うが」
やっぱり、全ての依頼が掲示板に張られる訳ではない――それに、ルールーが少し口を滑らせた特定の依頼が該当するだろうか。依頼を受けられない理由は想像付くが、新人相手に受けさせられないという事は、
「それは、急を要する依頼?」
「そうだな、依頼には2種類ある。1つは掲示板に張られた依頼。時間はある程度あるが、最悪依頼をこなさなくても支障はあまり出ない類の物が多い。中には依頼が発展してしまって、途端に危ない依頼へ様代わり――なんて事もあるが」
冒険者とは思えない細い腕で、身振り手振りを交えて話を続けてくれる。手続きはもう終わっているのだが、こっちの話の優先順位が高い。
「二つ目は俺達酒場の人間から直接受ける依頼。これは基本的に急を要する依頼か、極秘性の高い依頼だ。急ぎの依頼の際はあんたみたいな新人でも声がかかる時もあるが、秘密の依頼は……深く言わなくても分かるよな」
説明の途中で少し淀むが、極秘性の高い依頼は多分、知るだけで危ないタイプの依頼も含まれていそうなので、私も深く追求はしない。
「それよりも、手続きは終わったからさっさと依頼主の元へ行きな。時間がかかる依頼だと大変だぞ?」
少しごまかす様に私を急がせるウォーレンさん。その言葉に乗るように私も依頼の紙を持って急ぐ。
「初めての依頼だからって、変な空回りなんかするなよー」
急いで酒場を出ようとする私へ、手を振りながら言葉をかけてくれた。初めての緊張や期待感、様々な感情を握った私は手を振り返しながら、酒場から一歩踏みだした。
依頼主を探しにまずは、路地裏へ赴く。この依頼の紙通りなら路地裏にいると思われるが、少し外れた場所へ案内されるのは怪しさが増す。
「こんな場所にいるなんて……」
そう警戒しながら進むと、奥に路地裏とは似合わない少女が周りを見ながら立っていた。私と私の持っている紙を見ると、顔を明るめてこちらへ近づいてくる。
「こんにちは! あなたが依頼を受け取ってくれた人?」
「え、うん。そうだよ」
私と身長が変わらない少女は、警戒心がまるで無いような人懐っこさで、こちらに話しかけてきた。だからこそ、不信感。こんな路地裏にこんな少女……?
よく見ると、灰色の髪の毛は手入れもろくにしていないようなモサっとしたもので、ぱっちりとした猫のような目の下には黒い線が付いている。活発な少女の見た目から相反するような特徴に、彼女の黒い瞳は狂気が内包されているような、そんな二面性を覚えた。
「私は『カルラ=グラシア』13歳! 依頼は人を探して欲しいの! 受けてくれる?」
「受ける、受けるけど……本当に13歳?」
「うん!」
元気の良い返事をくれたが、私の心はズタズタだ。まさか、13歳のこの子と私の身長がほとんど変わらないなんて……。
「それじゃあ、行こう!」
「うわっ、ちょっと!」
強引に手を引かれ、路地裏から元の道まで戻って行く。誰を探すかとか、全く聞いてないのに大丈夫なのか。
「誰を探せば良いの!?」
引っ張られながらも、質問を投げかける。ノーヒントで探し物は流石に無理だ。
「あっ、言ってなかった。私のパパを探して欲しいの! でも、私は他の人に引き取られちゃって、パパは今の私の姿を知らないの」
明るそうな雰囲気と似つかない重い話題。これは、結構重い依頼なのでは……? そう心に投げかけながら、母親の存在を聞く。
「じゃあ、カルラの母親は?」
「死んじゃった。だから、私はパパを探しているの」
この質問の答えで、声色が僅かながらに変わる。誰を探せば良いかの質問から悲しい声色だったが、悲しいような声色じゃなく、嬉しい感情がほんの少し見えてしまった。まるで、母親が死んだ事に喜んでいるような、そんな感情。
「パパは、こんな顔で――」
そんな考えは全く知らない様子で、父親の姿を説明し始める。だが、説明が抽象的過ぎて全くイメージが湧かない……、どうしたものか。
「えーっと、じゃあはパパの事分かるんだよね?」
「うん! 分かるよ!」
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒にこの街を回って探そうか」
イメージが沸かない以上、この子を直接連れ回さないと依頼が達成できない。私もこの街は細部まで歩き回ってはいないし、観光ついででもある。
「それじゃあ行こうか」
「うん!」
引っ張られた手を再度繋ぎ直して、街を歩き回りだした。観光と依頼も兼ねて、子供に頼られるのはナーシサスを思い出す。
様々な箇所を回りながら、カルラの父親を探す。当のカルラは時々居なくなる時があるが、この街回りを楽しんでいるみたいだ。
「おや? 誰かと思えばベル君じゃないか」
昨日の今日で聞いた声が唐突に飛んでくる。振り向くとそこには、ルールーさんが血だらけの状態で戻ってきていた。
「ルールーさん!? ちょっとその血――」
「ただの返り血だよ。私は怪我をしていないから、大丈夫」
そう自分の身嗜みを確認しながら、無事を告げる。だがその血を怖がっているのか、依頼主の少女は私の後ろへ隠れて警戒し始めた。
「――なるほど、そういう事か」
そう独り言のように返り血だらけの女性は呟く。私でも聞こえるか聞こえないかぐらいの声で。おそらく、私の後ろへ回った少女には聞こえていないだろう。
「それで? その女の子はどういう事だい?」
「えっと、この子は依頼主で――」
「やめて! 私、この人嫌い!」
私の言葉を遮るように、言葉を強めるカルラ。まぁ、いきなり血だらけの人が喋りかけてきたら誰だって怖がる。
「嫌われてしまったようだ」
「当たり前でしょ。そんな血だらけ……」
真っ赤に染まった人を見るように、周りにも人が集まりだしている。それを見たルールーさんは、何事もない様に、宿屋の方向へ歩きだす。
「――君はまだ気付いていないんだね、ベル君」
私がギリギリ聞こえる声量で、一つの謎を置いていきながら……。
ルールーさんの一件の後、再度父親を探す私とカルラ。だが一向に見つからず、すっかり夜が訪れている。
「カルラ、君のパパはもう別の場所に行っちゃったかもね……」
そう諦めの可能性を伝えながら歩いていると、
「カルラ!」
私の頭には聞いた事のない男の低い声が飛んでくる。もしかして――。
「パパ!」
「カルラ、あぁ良かった」
再開と同時に抱きしめ合う二人。男からは涙が溢れ、親子の絆を感じさせる。
「良かったね、見つかって」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
そして、私にも抱きしめてくれるカルラ。子供の柔らかさの中にちょっと骨張った感覚もあり、少し細すぎるような印象もあるが、一旦それは忘れる。
その後父親に抱っこされながら、路地裏へ消えて行く二人。
「ありがとう! 本当に、本当にありがとう」
依頼の終わりと背を向け歩きだす私は向けて、感謝とカルラの声。その中に兵士に追われた時のような寒気をほんの少し覚えて、少し肌寒くなり始めた世界に文句を言いながら酒場へ。
酒場に戻るとルールーさんとウォーレンさんが、話し合いながら資料を確認していた。
「あぁ、お帰りベル」
「帰ってこれたんだねベル君」
二人して神妙な顔をしながら、私の帰りを待っていたようだ。
「報酬は、カードに付属するけど大丈夫かい?」
依頼の一通りを告げると、報酬の事を告げる。カードでの取引は酒場でしか出来ない為、必要分を取り出さないといけない。
「はい。明日服を買う為に少し取り出すんだけど……」
「血の匂いが凄いからねぇ、今のベル君の服」
さっと血の匂いを告げられる。そんなに匂いがあるとは思えないのだけど。
「そんなに私、匂う?」
「ルールーの鼻が特別製なんだよ」
「特別製なんかじゃないよ。君らが鈍感なだけ」
その言い合いを見ている内に欠伸が出てしまう。流石に一日中歩き回って疲れてしまった。機械に疲れるとかあるのかが不明だが。
「私達はまだやる事があるから、先に宿屋へ帰っておきなベル君」
そう少し追い出されるように酒場から一人出る。私に聞かれたくない話題って事は、何かしらあったのか。そう思いつつ、宿屋へ戻りベッドへ横たわる。
「何というか、毎日が嵐みたいな一日だ」
早く慣れないと、その気持ちを胸に意識が無くなる。初めての依頼はこうして終わりを告げた、そのはずだった。




