第一章12話 『冒険者1日目』
「よし! 記入完了! これがベル君のカードだよ」
ルールーさんに手を引かれ、受付で資料を提出する。そのまま、すぐにカードを渡された。
「それで、手元にあるその『シャード』はどうする? カードに預ける事も出来るけど」
私の持っている袋の中に入っているシャードを指差すルールーさん。だけど、これは――。
「これは、武器や防具を新調しようと思って」
「そういう事かい。じゃあ良い武器屋さんぐらいは教えてあげる」
唐突に酒場にある地図を取り出して、それを指差しながら話を続ける。
「ここから出て3つ目の曲がり角を右に曲がった後に――」
いくつかの武器屋と防具屋を教えてもらいながら、武器にかかる費用も教えて貰う。
「新人相手には吹っかけてくる輩も多くてねぇ。こういうのも取り締まるのが酒場のお仕事でもあるんだけど、私が直接行って何とかなる問題じゃなくて。だから、吹っかけられたら私の名前を出しなよ!」
取り締まるように笑顔で親指を突きだすルールーさん。新人に手厚いのは仕事の関係上でもあるそうだ。でも、そもそもシャードは――、
「でも、シャードってそもそも酒場が作ってなかった? そして、こういうお店って酒場の認可がいるんでしょ? なら――」
「あー……痛い所を突かれたねぇ。まぁ、酒場も一枚岩ってわけじゃないの」
シャードは酒場が作ったもの、それはリナ姉に聞いた事がある。詳しい事は『私の立場でも、色々面倒臭いのよねぇ……助かっているのは事実なのだけれど』と一蹴されて、私も詳しい事は知らない。なら、まだ時間もあるし今聞いても大丈夫か。
「質問続きになるんだけど、そもそもシャードって何?」
「それは酒場が作った――ってそういう話じゃないって目をしてるねぇ……少し長くなるけど良いかい?」
地図を広げたテーブルに軽く背をかけて話を続ける。
「シャードが出来るきっかけはここの酒場でね、それ以前は物々交換が主流だったんだ。まぁだからこの場所が酒場の本部だとか言われるんだけど、それは別の話ね」
そう言ってルールーさんは軽く呆れる仕草を取って、少し疲れた表情を見せた。派閥等が関係しているのだろう、そういう事が得意そうな人じゃないのは少し喋っていれば分かる。
「でも、物々交換じゃどうやっても平等が生まれなくて、特に国同士の貿易になると争いが大きくなっちゃったのよ。それを変えようとしたのが、今いる国『ガーディッチ王国』。当時は貿易では一番立場が弱かった国よ」
酒場の受付にある本の中でも古いものを取り出し、それを読みながら続ける。多分、あの本は過去の事が記されたものだ。
「そして、作り上げたのは物々交換に変わる存在『シャード』。最初は反感が多かったんだけど、貿易を行う度に大量の死人が出る事はどの国も快く思っていなかった。それで、各国は徐々に『シャード』を認めたの」
確かに聞こえ自体は良いが、根本的な問題点が……。
「でも、それだとこの国が――」
「この国が強くなりすぎてしまう、その通りだよ。全員が認めてしまったが故に『シャード』を持っているこの国が巨大になる。それを無くす為に『酒場』という存在を作って、シャードと国を切り離したの」
国から切り離す。言うのは簡単だが、国を捨てるのはかなりの勇気がいる。自国にも攻撃される可能性も高いのに。
「でも、それをこの国が黙っている訳がない。だから、『魔法使い』を使ったの。当時は魔法使いも色々あったらしくてね、利害が一致して手を組んだ。最終的には裏切られたらしいんだけど、これもまた――」
「別の話?」
「そういうこと」
魔法使いの裏切り。だけど、マルクを見ている感じでは裏切るとはあまり思えない。魔法使いにも色々いそうなので、強くは思わないけど。
「でも、そのおかげで『酒場』という国を持たない国が生まれたの。これを世界に繋げて、今では全ての国に酒場が存在しているんだ。そして現在まで国は酒場を、酒場は国を監視し合う存在として共存をしている。これが、シャードが生まれた経緯だね」
話の終わりに軽く背を伸ばして、出した物を片付けていくルールーさん。その途中で唐突な来客が訪れる。
「おい! なんだこいつは!?」
かなり横暴な態度を取る体格がすごい男性。髪は無く、そこに刺青を入れた怖そうな見た目と体格が相まって、人が散っていく。
「なんだって、新人だよこの子。全く……いつも態度が改まらないねぇバンジャマン君」
その横暴な男を適当に遇らうルールーさん。後、最初のこいつは私の事を指していたのか……特に気にも止めていなかった。
「新人? おい! 俺様は『バンジャマン=ヘイライン』様だ! お前も俺様を敬いな!」
いちいち煩く声を荒らげる、バンジャマンと名乗る男。こういうのに絡まれるとロクなことが起きない。
「そういって私にも絡んだ挙句に10秒も持たなかったのは、何処のどいつかい?」
「う、うるせぇ! あの時は調子が悪かっただけだ!」
どうやら、見かけた人全員に喧嘩を売ってそうな言い方、中々に面倒くさい事になってきそうだ。
「別にこの子が喧嘩を買うなら止めはしないが、ここは私の酒場だ。私の目が黒い内はそういう事をさせないよ」
そう少し諭しながら喧嘩を止める。いや待て、ここは私の酒場……これ、ルールーさんにハメられた可能性が――。
「という訳だけど、どうするベル君?」
あぁ、確信犯だこの人。ルールーさんは相手を煽って私へのヘイトをわざと向けさせつつ、私の酒場と強めて圧政。でも、私は後に武器を買いに行く予定があるから、顔を覚えられた私はそこで確実に絡まれる。今絡まれるか後に絡まれるかの二択まで狭められた……。
「ルールーさん。私まだ新人だよ!?」
小声ながらに文句を言う。流石にこの場で変な事をしたら、『ナーシサス』での二の舞だ。
「でも、この男を倒せるぐらいには戦闘に慣れている。そう顔に書いているよ?」
あっけらかんな顔をしながら、飄々と言ってくれる。豪快な人柄の皮を被った狸だなこの人……。
「おい! 結局どうするんだ!」
「はぁ……さっさと終わらせよう……」
「おっ? 言うねぇベル君。じゃあ見届け人は私が行おう!」
そうして酒場の外、ちょっとした広場になっている箇所に連れられていき、周りの冒険者達はさも当然かのように物を片付け、何もない空間を作り上げる。
「もしかして、こういう喧嘩って日常茶飯事?」
「今更気付いたのかい? よく見たら床に傷とか付いているのに」
笑いながら周囲を見てみるように告げるルールーさん。その言葉に従って周りを見ると、欠けた傷やひび割れた地面、それを補修した跡のようなものが多数存在する。
「あいつは普段からああやって横暴な態度を取って他の冒険者からも苦情が多いんだ。あいつにお灸を据えるって思って全力でやってあげてくれ。新人のベル君に倒されたってなったらあいつも反省ぐらいはするだろうし、危なかったら私が止めるよ」
戦闘を行う空間を作っている最中に、小声で伝えられる私をハメた理由。あんな態度でいろんな人に吹っかけたら、苦情が多いのも頷ける。一応奢ってもらったりした恩はあるし、手加減しつつ――。
「こんなガキ捻り潰してやる!」
――事情が変わった。こいつも私を子供だと思ってナメているな。全力で潰す理由が出来たので、殺さない程度にやろう。
「こちらが危険と判断するか、ギブアップで止める。武器は無しで素手のみ、それで良いね」
それに無言で頷く。向こうは説明なんて聞いてないぐらいに、こちらを威圧している。
「それじゃ、始めっ!」
そして飛ぶ、開戦の合図。こんなガタイが良い人間と戦うのは二度目か。こっちは筋肉が凄いが。
「オラァ!」
相手は全力で大振りをかます。出会ったばっかで、特徴となる特徴が無くなるお互い素手での戦闘。相手の癖が読めない私にとっては不利だ。
「ウラァ!」
それでも、大振りが過ぎる為に避けやすい。と言うより素手での戦闘は、常にアリアさんをイメージとして染み付いているから、ここまで隙の大きい攻撃はアリアさんに怒られる対象だ。
「せいっ」
大振りを続ける相手の右腕を軽く取って後ろに極めつつ、同時に足をかけて顔面から地面へ倒す。ここから腕を極め切りたいが、腕を引きちぎる未来を思い浮かび、咄嗟に手を離す。今もまだ力加減に不安感がある以上、変な事は出来ない。
「ナメるなぁ!」
中途半端に手を離した事が却って相手の怒りを買ってしまった。怒りに手を染めた男から全力の一撃が飛んでくる。
「――ふっ!」
全身の脱力と共に腕を伸ばし、相手の攻撃が私の身体を貫く瞬間に全力で力を入れる。目的が勝利ではなく相手の心を折る事なら、相手を倒す事より受け止めた方が早い。伸ばした腕は打点をズラした上でクッションとなり、脱力した身体は力を後ろまで流す。
「嘘だろっ!?」
「へぇ……」
そして力を込めて、相手の攻撃を完全に止める。一歩も後ろに動かさずに止まった腕は、丁度私の腕で極められ、どうにも料理が出来る。
「まだ終わって――」
「そこまで! これ以上は、悲惨な事になるぞバンジャマン君」
そう言われて、悔しそうに奥歯を噛み締めるバンジャマン。でも、最後の一撃は本来、ここまで上手く止められていない。直前で相手が緩んだ、いや鈍った? そんな感覚があり、手加減なんて言葉は知らなそうなのに、この感覚が心の中で引っかかった。
「――クソッ! 覚えてろよ!」
そしてそのまま捨て台詞を吐くように去っていった。やっぱり面倒くさかった……。
「ちょっと待て、怪我をしてるから回復薬を……行ってしまったようだ。それにしても、ベル君は強いね」
回復薬を手に持ち、中の液体をクルクルと回転させながら私へ賛辞を送られた。それよりも――。
「あの! お店って何時まで――」
「焦らなくても大丈夫。そこまで時間は経ってないし、私が勧めたお店は遅くまでもやってるよ」
焦る私を見越しているかのように求めた回答を渡してくる。流石に人を見ている。
「でも、あんまりモタモタしていると、他の人に欲しい物を買われちゃうよ?」
前言撤回。人を見ているんじゃなくて、人を見て遊んでいるの間違いだ。そう気づきながらも、それでも色々と教えてくれたのはやっぱり、優しい人だ。
「色々とありがとう! ルールーさん!」
「はいはい、いってらっしゃいベル君」
若干照れ臭そうにルールーさんが手を振る。それに振り返しつつ心の中で、何というか嵐のような人だった、そう感想を胸に刻んで走った。
装備屋をいくつか見て回るが、その度にルールーさんが狸だった事を思い出させる。
「全部オーダーメイドのお店じゃん! 何がモタモタしてたら他の人だよ! 始めから武器無いじゃん!」
全部が全部オーダーメイド……それはそれで良いが、寸法を測りすぎてすっかり月が見えている。それでも街は賑わいが止まらず、それが首都だと自覚させる。
「装備は後で来るらしいし……宿屋に行くかぁ」
宿屋は冒険者が増えた所で出来た一種のサービス。部屋だけを安く提供し、そこから冒険者による依頼で自浄作用を促したもので、酒場からの支援も受けられるようになっている。人が多くなればシャードも回って問題を解決出来るものだ。安い理由は冒険者は基本長期間滞在するからで、その代わり料理は出さずに宿だけの所がほとんどだ。
そのまま手短に酒場近くの宿屋へ足を運ぶと、ルールーさんが丁度自分の部屋に入ろうとしていた。そして私に気づくと、笑顔で近づいてくる。
「また会ったねベル君」
「また会ったね、じゃない! 全部のお店、オーダーメイドで急がなくても良かったじゃん!」
私の言葉で大笑いするルールーさん。やっぱり知ってて――、
「いやぁごめんごめん。まさかそこまで信用するとは思わなくて」
それでも笑いながら謝ってくる。でも、不思議と許せてしまう。今までとは全く違うようなタイプの人で少し新鮮にも思える。
「全く……」
「それで、ベル君もここに泊まるの?」
「うん。他に泊まる所も?」
宿屋は冒険者が集う場所。なので、人気な場所だと人が多すぎて定員オーバーになってしまうが。
「ここはまだ満員じゃないはずだよ。私が部屋を取った時もある程度空いてたし」
そう言って一緒に部屋の登録へ付き添ってくれるルールーさん。何だかんだで許してしまうのはこの優しさがあるからか。
「よし、まだ部屋があったようだね。それじゃ夜も遅くなったし、私は先に部屋に戻るよ」
部屋の登録を済ませたら、さっさとルールーさんは部屋に戻る。それについていくように私も自分の部屋へ行く。
部屋は綺麗に整っており、荷物も無い私は鎧を脱いで寝る為の準備をしてベットへ横たわる。今日だけで色々あったのか、不思議と瞼はすぐ閉じて意識が無くなっていく。
こうして、長い冒険者初日が幕を閉じた。




