第一章11話 『首都ハイドランジア』
何度か日付けをまたぎ、次第に整っていく林道を馬車が駆けていく。日差しを遮る木も雲も無く良い朝を向かえている。
「お客さん! そろそろ目印が見えてきただろう! あそこがこの国の首都『ハイドランジア』だよ」
大きな街の中心から一際大きな木が天を貫いている。実物は見た事ないが、あれが首都にある目印。神話になぞらえて誰が言ったか分からないが、あの木の名前は『ユグドラシル』。驚いた事に、未だに成長を続けているらしいが、都市伝説程度の噂話だ。
「本当に大きい……」
「そうかい! ここから先は道がかなり整備されていてな、思った以上に早く着きそうだから、そろそろ降りる準備を始めておいてくれ!」
そう言いながら更にスピードを速める馬車。だが今までの林道からは予想が付かない程、揺れが少ない。流石に首都周辺はしっかりと整っている。
視線を横にやると、しっかりと緑が残っており、その上で木が増えすぎないように所々伐採されて、魔物対策に柵が敷き詰められて、魔物が林道に飛びだす事を防止されている。
首都周辺へ行くに連れて馬車と人も多く見かけるようになってくる。それだけ、賑わっているという事か。
「もう首都だ! 長旅で揺られて腰も痛むだろうし、ゆっくりしていきなよお客さん!」
その言葉と共に首都の前にある検問所まで着いたが、特に何かを言われるも無く通過。一応私は嘘を付いてこの馬車に乗っていたが、こんなものなのか……。
首都の門を通過するとたくさんの人で賑わい、露店や武具屋等も多くある。その中を突き進んで馬車を預かる専用のお店まで赴く。
「よし! 後はこの荷物を『酒場』まで運ぶだけだ! 護衛ありがとうな!」
私の背中を軽く叩きながら護衛の事を感謝され、報酬を渡される。だけど、その報酬に罪悪感を感じてしまう。冒険者じゃない私がそんな大層な物を受け取るのは……
「あの……ごめんなさい! 実は私――」
「冒険者じゃないんだろ?」
私の答えを先に出されてしまい、動揺を隠せずにいると、
「これでも、冒険者をたまに運んでるんだ。だから最初は新人かと思って気にしなかったが、首都を知らない冒険者なんて聞いた事なくてな。一応ここは冒険者という職業の本部なんだぜ?」
そう荷物を降ろしながら軽口を叩いていく。
「どうして黙っていたの?」
「冒険者じゃなくてもあんたは魔物を退治してくれた。それだけで十分だ! それに、あんたが有名になったら俺の名前も上がるんだ。先行投資って奴だ!」
何というかすごく豪快な人だが、それでいて暖かさを感じる。
「それで、あんたはこれからどうするんだい?」
そういえば決めていなかった。首都に来るのは良いが、その先は何も……。
「……あの! 冒険者って、自由が効くもの?」
「あぁ。最低限のやっちゃいけないラインはあるが、それ以外は自由さ。それで、あんたは冒険者になるつもりかい?」
最低限のライン以外は自由、その言葉にときめいてしまう。今までの暮らしも満足していたが、こうやって更に大きな街に人だかりを見て、小さな世界で生きていたのを自覚してしまった。そして自由……でも、目的は人探しだから。
「もう一つ。冒険者をやってたら探し物は見つかるかな……」
「確証は無いぞ。だが、世界を見て回れるぞ。実力が無きゃ死ぬんだがな。それに、依頼をこなせば人脈も広がるんだ。今の俺とあんたみたいに」
人探しも出来て、自由。もう私の心は決まっていた。
「――酒場はどこにあるの?」
「心が決まった顔をしているな! 酒場はここから出て右にいったら真っ直ぐ進め! 分かりやすい立て看板があるし、人も多いからすぐ分かる」
若干雑な説明だが酒場の位置を教えてもらいながら、手に持っていた手伝いを取り上げられる。
「俺はまだ荷物を下ろす作業とこの馬車を登録する作業やらが残っている。だから先に冒険者になってきな!」
そう言って馬車の主は笑いながら背中を押してくれた。
「あの、ありがとうおじさん!」
「おじさんって歳じゃねぇ!」
最後に冗談を言って、馬車を止める馬宿から外へ走り出す。酒場という自由を得られる場所に心を弾ませながら。
ある程度歩を進めると、かなり広い建物へたどり着く。物凄く目立つ位置に『酒場』という名前を記して……。
周囲には冒険者らしい人達が、何やら紙きれを持って街の外へ出歩いている。あれが依頼なのだろうか。
また酒場近くでは料理を食べている人達や、お酒を飲む人達でいっぱいだった。その人の多さに気圧されていると、
「どうしたんだい? そんな所でボーっと突っ立って」
聞き慣れない女性の声が流れ後ろを振り向くと、背中に大きな鞘を背負った女の人が立っていた。綺麗な黒髪は背中まで流れ、瞳はあめ色のように輝いている。そして身体の線はキッチリ出ているような軽量の防具を着け、背中の鞘から覗かせる物はあまりにも剣とは思えない見た目を作っており、あまりに武器の異質さから一目でただ者では無い事を覗かせる。良く見ると、服装から少し見える素肌や顔には小さな傷が多数に髪も所々乱れていて、この人がそういう面に興味が無い事が容易に想像が付いてしまう。顔の素材が物凄く良いのに……。そう感じてしまうが、当初の目的を話す。
「えーっと、冒険者になろうとここに……」
ただその女性は立っているだけなのに、存在感で圧迫される。というより、若干警戒されてる……?
「あー! そういう事か。じゃあ入りなよ!」
冒険者登録の事を話した途端に圧迫感が無くなり、馬車のおじさんのような豪快さで半ば引き摺られるように酒場へ連れられる。冒険者関連の人達は皆こんな人達なのか……。
「皆! 帰ったよ!」
この女性が酒場に入ると周りからの歓声が上がり、生還を祝福する声が沸き起こる。
「マスター! 無事帰ってこれたんですね!」
「あぁ。中々に大変だったけど、これで大丈夫だ」
私の存在が置いていかれるように、次々とマスターと呼ばれた女性へ声をかけていく。それに一人一人対応していきながら、酒場の奥の席まで案内されていく。
「ウォーレン! いつものお願い! 二人分ね!」
「あいよー」
席に座るとウォーレンという人に注文を起こす。いつもの……お酒は飲めないのだが、大丈夫なのだろうか。気だるそうな男性の返事が返ってくる間にそんな事を思ってしまった。
「さて……そういえば、名乗ってなかったね。 私は『ルーファス=ヴォールバート』。皆からはルールーって呼ばれているんだけど、一応ここの酒場全体を取り仕切っている人間だよ」
さらっととんでもない役職が飛び出してきた。つまり、この人は冒険者達を取り纏める長……それならば帰ってきた際の歓声や、あの人の集まりは理解出来る。だけど、そんないきなり現れては心の準備が出来ないものだ。
「えっと、その……私は何をすれば?」
「そんな畏まらなくても良いんだよ。ウォーレンが色々持ってきてくれるから少し待っているだけさ」
縮こまってしまった私へ笑いながら答えるルールーさん。すると、さっき気だるそうな返事を上げた男性が、料理と飲み物、そして資料をこちらへ運んできた。
「いつもの二つ持ってきたぞー。後はそっちの仕事だ」
「サンキュー、ウォーレン」
そして並べられる料理二人前と資料等。酒場に入ってから展開が思ったよりも早く、私の目は右往左往してしまう。
「今日はおごりだ。君の舌に合うかは分からないから、私と同じのを頼んじゃったけど」
「えーっと、ありがとうございます」
「だから、そんな畏まらなくたって良いって」
そう言われ、出されていた物を口へ運ぶ。肉は塊のような状態で置かれ、香辛料と肉の香ばしい匂いが漂う。味は程良く焼け、しっかりと肉汁も閉じ込めてあって美味しい。大きなお皿で運ばれたシチューは具沢山で、野菜1つ1つに下処理も施されている。味付けも丁寧だが、繊細な味というより活力が沸く力強い味付けになっている。パンは焼きたてで、ふっくらちゃんと焼きあがっている。
「どう? 君の舌に合った?」
「あ、はい。美味しいです」
味の感想を聞かれ、素直に答える。リナ姉とは違う大衆としての味、言ってしまえばリナ姉の父親が作ったあのソーセージに似ている感覚を覚えた。
「それで、しっかりとした話をしようか。その資料に目を通してくれ」
視線を下に落とし、料理よりも手前にある資料を手に取る。そこにはいくつかの項目が書かれた誓約書のようなものがあった。
「何か小難しい事が書いてあるけど、そこに書かれている事は3つの約束を守ってくれ、って奴だよ」
3つの約束。記入欄に私の情報を書いていくのを見ながらルールーはそう言って、邪魔にならないよう短く纏めた説明が続く。
「1つ目は『仲間を裏切るな』。魔物による被害は仕方無いと割り切るが、冒険者同士の争いは基本起こしてはいけない。起こした人間は特定しだい粛清されるのが常って奴だ」
仲間の裏切りはダメな事は分かるがどうやって特定し粛清するのかが分からず、話の腰を折ってしまうが一つ聞いてみる。
「仲間を裏切るなって事は分かるんだけど、それをどうやって特定するの?」
「冒険者登録をすると、このカードが至急されてね――」
そう言って金属製の薄いカードを見せてきた。
「このカードは『冒険者カード』って何のひねりも無い名前なんだが、これに情報のほとんどが詰まってるんだ」
冒険者カード……分かりやすくカード付けただけのネーミングセンスだが、情報が詰まっているのはどういう事なのか。
「言ってしまえば、部屋の鍵って感じだな。個人の情報って部屋の中に色々な……例えばどんな依頼を受けたかを入れて、部屋を閉じる。そしてこのカードで鍵をかけるって言った具合に、依頼を受ける時も何をする時も、冒険者はこのカードの中に入っている情報を確認させるんだ」
なるほど、つまり――
「それで、同じ依頼をこなしていた人間を特定して……って事?」
「飲み込みが早いねぇ。早い話、私達が色々管理しているって事さ」
管理するとは聞こえは良いが、それは途方も無い情報を纏めているのと同義だ。それを処理出来るのは技術力が高いのか。
「そして2つ目『人を殺すな』。これは1つ目と少し被るんだけど、特定の依頼以外で人……一般人を殺してはいけない。まぁ相手から襲ってきたりする事もあるから、全部殺した人が悪いとは言わないけどね」
2つ目は何となく当たり前の理由だったが、特定の依頼といういかにも危なそうな依頼が気になってしまった。
「特定の依頼って何?」
「んー……言えないかなぁ。それで察して欲しい」
あぁ、やっぱりそういった類の、人殺し専門の人達が行う人殺しの依頼があるのか。
「最後に3つ目は『魔法使いには気を付けろ』なんだけど、まぁこれは気にしなくて良いよ。これだけは大分昔から残っていて私も何でこの契約があるのかが分からないからねぇ」
魔法使い……どうしてピンポイントにそこを警戒する必要があるのか。ルールーさんも分からないって事は――
「まぁ魔法使いってそもそも何だろうって話に――どうかした?」
筆が止まって考え事をしてしまう私を気にかけるルールーさん。魔法使いは周りに認知されていない存在……。リナ姉は病気を治すって所で知り合っただけで、きっかけを作っているのは父親のロズモンド。だとすると、魔法使いの存在は酒場にもあまり認知されていない……? 大昔で何かしら接点があったとしても、現在は――、
「おーい。ちょっとー? 大丈夫ー?」
私の目の前に手がかざされ、ハッと気付く。そういえば話しかけられていたのに、更に考え事をしてしまった。
「ごめんなさい。つい癖で考え込んでしまうんです……」
「君が大丈夫なら問題ないよ」
特に気にもしていない口調でルールーさんは言うが、その視線は私の挙動を一つ一つ見られているのは分かった。笑顔ながらに相手の行動を見透かすのは、まるでアリアさんみたいな感覚だ。
適度にご飯を食べ終えながら記入欄を全部書き終わると、ルールーさんはそれを一頻り確認し、うなずきながら答える。
「うん、とりあえず全部書けている。これなら、すぐにでもカードを作れるよ」
そして続けて、
「改めて、ようこそ酒場へ。冒険者の仲間として、君を歓迎するよ、ベル=ウェンライト君」
こうして冒険者として、探し人への一歩を踏み出した。




