02 魂は響き合うなんて嘘だ!
スマイリー商会の者から手渡された木の板。
表には仮面の絵が描かれており、裏には地図が描かれている。
仮面の絵は、スマイリー商会のトレードマークだろうか。
決して趣味は良くない。
夕方。
地図に従って、指定場所に向かう。
そこは特別の場所でもなんでもなく、黒羊亭。
羊の肉がおいしい、俺の行きつけの店だった。
特別などこか、神聖な場所にでも案内されるかと思っていただけに、肩透かしを食らった気分。
まぁ、ここで話し合うって先方が希望しているなら、それも仕方ないか。
安くて、早くて、そこそこうまい。
貧民街でもっとも賑わっている大衆食堂といっても過言ではない。
見知らぬお店で変に凝ったものを食わされるよりも、気が落ち着いていいのかも知れない。
店内を見渡す。
日中に出会ったスマイリー商会の者は見当たらない。
まだ到着していないようだ。
仕方ない。
指定のあったとおり、奥のテーブルで待つとしよう。
先客がいる。
「おっ?」
思わず声を上げる。
白銀の髪に、浅黒い肌。上下つながったヘンテコな宇宙服のようなもので着膨れている無表情の少年。
それは、工事現場で一緒に働いていた白銀先輩だった。
「おいっす。隣いいすか?」
「……」
無視された。
それでも、同じテーブルにつく。
無表情だが怒ってはいないようだ。
そして驚くべきことに、次から次に俺達のテーブルに料理が運ばれてくる。
白いパン。老羊のチョップ。キャベツの漬物。そして、なみなみと注がれた黄金のエール!
「えっ? こんなに? 俺、頼んでないけど? 白銀先輩が頼んだんですか?」
白銀はふるふると慌てて首を振る。
店員さん、料理間違えてますよぉ!
「いえいえ。こちらは当店からのサービスです。そちらの木の札をお持ちの方には、贅を尽くした料理を振る舞うようにと前金もいただいているのですよ」
ふと、白銀先輩がテーブルの上に木の札を置いているのに気がつく。
俺と揃いの木の札。先輩も商会からの紹介を受けた身なのか。
そして、選ばれた人達には、商会がご馳走してくれるって段取りなのか。
素晴らしいじゃないか。
黄金の運命が再び開けてきた!
「白銀先輩って、一体何者なんですか? こんな歓待を受ける身分だったなんて」
「……」
少年は無表情。
だが、よくよく見ると、目を輝かせている。
「よかったですね」
とりあえず、祝福しておく。
この時の俺は、ルカがどのような目に遭ったのか話すべきであったにもかかわらず、目の前の幸福に魅せられて、全てさっぱりと放念していたのだった。
「やっほー!」
食事を堪能していたその時。
突如肩を軽く叩かれる。
「わたくし、黒羊亭の羊肉に魅せられた者ですの。羊肉を召し上がる人は皆善人ですわ。是非お話、聞かせてくださらない?」
いきなり、胡散臭い絡み方をしてきた奴。
しかも、遠慮なしに同じテーブルを囲んでくる。
俺は、ただただ飯に集中したいだけ。
まったく、礼儀というものをだなぁ……。
「今、取り込み中で……どあ?」
黒髪に水色の瞳。どうしようもなくきれいで明るい笑顔。
背の高い女性が俺の前の席に着座した。
何が美しいとかではないのだ!
それはそれは、まるで後光が差すような、とんでもない美人だった。
「ひょっとして、商会の方で?」
「教会のシスターでございます」
しっかりとこちらに目を合わせてくる。
「これは失礼しました! 確かに、お見受けするに貴女は神聖なオーラをお持ちですね! どうぞ、チョップの1つや2つ、ガンガンいっちゃって下さい! ところで、お名前をお聞きしたい」
「うふふふ。面白い方ですね」
「いやぁ、わかります? そうなんですよ、自分、周囲から面白い人間だってよく言われるんですよ。ねっ、白銀先輩」
「そんなことはないけれど」
「ちょ? ハハハ。白銀先輩がまったく空気を呼んでくれない」
「仲がよろしいんですね。せっかくですので、私、1ついただきますね。ところで、お二人でどんなお仕事を?」
「今は、運河の土のうを積み上げる簡単な仕事をやっていますが、将来は商会のトップセールスマンに成り上がる予定です」
「あらっ、おいしい。えっと、それは凄いですわね。トップセールスマンって何のことだか存じませんけれど」
「わからない? それはよろしくありませんな。私こと東京の郊外に左遷されたデキルビジネスマンが講義して進ぜよう! あ? 白銀先輩、エールを飲んでも大丈夫なんですか? 未成年の飲酒は法律で固く禁じられていますからねッ! おっと。ここは異世界だったか、ワハハ」
「未成年じゃないけれど……」
随分噛み合っていない気もするが、俺はエールの影響もあって、随分とはしゃぎ回ったのであった。
我ながら単純だ。
いや、単純を装いたいだけなのかもしれない。
「随分、酔っ払っていらっしゃるようですわ。お気をつけて」
シスターは俺達に笑顔を振りまいて去っていった。
ああいう笑顔がきれいな人と一緒にいると、毎日が楽しいんだろうなぁ。
俺は、白銀先輩に肩を借りて、黒羊亭にやってきた目的も忘れて、自宅に凱旋しようとしている。
「お待ち下さい」
その時。
複数人に囲まれる。
「こちらの馬車に乗車下さい。今から商会までお連れします」
「お役目ご苦労!」
俺と白銀先輩は、促されるまま馬車の荷台に乗り込む。
すぐに馬車は出発する。
荷物は全て仕立て屋に置いてきたが、まぁ、後日取りに戻ればいい。
それよりも、これから商人と取引するとなると、少し酔いを覚ましておく必要がある。
しばらく寝ておくか。
「おやすみなさい」
目が覚めると、そこは仄暗い一室。
まるで、地下牢。
体を起こすと、ジャラジャラと首元から音がする。
首元から壁まで、一本の鎖で繋がれている。
手には手枷がはめられている。
「え?」
捕まった?
酔っぱらっている間に、何か罪を犯してしまったのか?
いや、そんなことはないはず。
ガタガタガタガタ。
音がする方を見る。
部屋の住人が俺以外に二人。
一人は白銀少年。
同じく鎖で壁に繋がれている。
あいも変わらず無表情。
もう一人は、見知らぬ男性。
俺よりも年上。疲れ切った顔をしている。
「あああ、殺される、殺される、殺される……」
さきほどから、バイブレーションのように音を立てて震えているのはこの人だ。
「殺されるって、どういうことです?」
「ああああ! お前達は知らねぇかもしれねぇなぁ! ここがどういうところか」
「商会じゃないんですか? 商会と話をするためにここに来たのですが。しかし、この扱いはまったくもって酷すぎる」
「ハハハ! お前達はそういう風に騙されたんだな。馬鹿だ! ここは商会なんかじゃない」
「どこなんです!?」
「呪いの館! 血の婦人の館だよ!」
身体の中心がひんやりと冷めていく。
「なんでそんなことに?」
絞り出したようなかすれ声しか出てこない。
「決まってんだろ! お前達も売り飛ばされたんだよ! 奴隷としてさ!」
「馬鹿な? そんなはずはない! だってスマイリーなんだぜ?」
「知るかよ、馬鹿!」
ああああ。
いや落ち着け。
これは罠だ。
俺をびっくりさせる新手の罠だ。
「ふむ。そういうタイプのサプライズパーティーか」
「ふむ、とか格好つけてんじゃねぇよ、馬鹿! お前達も全員死ぬんだよ、馬鹿! 血の婦人に血を抜かれてさ! 全員廃人になって死んでいく! 俺と同室だった奴も既に10人以上が還らぬ人になってしまったんだ、馬鹿野郎!」
おちゃめをいっている人間の瞳とは思われない。
「そんなことってあるかよ! 誰だって生きてきたことの意味があるだろう! 他人の美容のために殺されるってそんなのありえないよ!」
「知るかよ、馬鹿!」
「知っておいてくれよ、馬鹿!」
「知るかよ、馬鹿!」
慌てふためいた俺と囚人は、果てしなく頭の悪い口論を続ける。
しかし、精神的に疲れ果ててしまい、ついにはすっかり大人しくなる。
「逃げられないのか? 三人で協力してさ?」
「知るかよ」
「全員で協力して、血の婦人をやっつけよう」
「彼女は木偶人間に守られている。しかも彼女自身も武闘派だ」
「それでも」
「何をやっても駄目だ。反抗した者は、全員殺された。後は座して死を待つのみなんだ」
「しかし、逃亡することぐらいはできるだろう」
「首に鎖を繋がれているのにか?」
「それは、まぁそうなんだが。ほら、差し入れのスープを鎖に吹き替えて劣化させるとか、あるじゃないか?」
「差し入れなんてあるものか! 飲まず食わずで監禁されるに決まっているだろう!」
「鎖と鎖をこすり合わせればどうだ? どちらかが千切れるかも知れない」
「音がする。すぐに見つかる」
「あの扉だって木製だ。収監するには粗末な作りだ。諦めるにはまだ早い」
「駄目だ。逃亡を企てた者はみんなここに戻ってきた」
「うまくやれば」
「あああ! 殺される! 殺される! 殺される! スザンナ、父さんはもう駄目のようだ……」
頭を抱え、その場にうずくまる囚人。
狂気の瞳に戻ってしまった。
もう、何を話しかけても応えてもらえない。
「白銀先輩、何か名案はないですか?」
「死は誰にも平等に訪れます。それが早いか遅いか。それだけ」
何達観していらっしゃるんですか?
これから死ぬっていうのに。
「そんなぁ」
俺はその場にへたり込み、足を伸ばして座る。
すると、白銀先輩が俺の後ろに座って、背中を預けてくる。
なんだか、少しずつ心が落ち着いてくる。
後ろから声がしてくる。
「銀の指輪を見せて欲しいのです」
「え?」
俺は訝しがりながらも、銀の指輪をおずおずと後ろに差し出す。
白銀先輩は指輪の裏を見る。
「逃げ延びられたとしても、3回だけ。君は、それだけしか春を迎えることはできません」
「どうしてッ?」
唐突に余命宣告!
指輪を俺に返してくる。
「指輪に書いてあります」
「追い打ちをかけるようなことを言ってくれますね」
「その若さで可哀想に思います。でも、力を使いすぎた代償」
「……」
身に覚えがある。ありまくる。
ついに、寿命という対価を取り立てに来たってわけか。
「もう、運命は変えられないのでしょうか?」
「始まりの指輪を使うと、どんどんと命は削られていきます」
黒と赤の指輪のことか?
何故、この特別な指輪のことを知っている?
「命を延ばす方法はないのですか? 延命方法が聞きたいんですよ」
「銀の指輪が金に変色したとき、命はその輝きを取り戻すでしょう」
「え?」
「……」
「じゃあ、どうすれば金の指輪に?」
「それは人それぞれ。アルデアの豊穣なる大地、海、そして山々を思い、自分の内側に世界を照らす火を灯すこと」
俺の指輪を通して、白銀の顔が見える。
愛おしいものに思いを馳せるような表情。
小さな体なのに、まるで大自然全てを愛でているような違和感。
何者なんだ? 普通ではない。
「と、伝承で聞いたことがあります」
白銀少年は慌てて付け加えた。
「一体、白銀先輩って……」
「面談の時間だ、まずは貴様。白骨野郎。出るがいい」
部屋の外から声がかかり、俺の言葉は遮られる。
青白くコケた兵士が俺の首元の鎖を壁から外し、鎖を持って俺を部屋から外に連れ出す。
薄汚れた、延々と続くシミだらけの細い階段を降りて、一室へ。
その部屋は天井から水滴が落ちてくる粗末なつくり。
湖底の地下に位置するのだろうか。
「1日ぶりですかしら。待っていましたわよ」
美しく澄んだ声が掛けられる。
歪んだ口角。真紅の口紅。
漆黒のドレスを纏う女性。
瞳は気味が悪いほどに見開かれている。
狂気の宿ったその瞳は、高級住宅街の入口で見かけた血の婦人のもの。
首元から伸びる鎖が、壁に繋がれる。
圧倒的不利な体勢、何の準備もしていない状態で血の婦人と対峙してしまった。
「どうしてこんな酷いことをするんだ?」
「勘違いしていらっしゃるわね、お前。ただの有象無象。そんなものをどうしようとも自由ですことよ」
「逆に言いたい。そんな有象無象を構うことに何のメリットがあるんだ? 何の得になるでもなし。放っておいてくれないか」
「イーヤ! 有象無象をいっぱいいっぱい構って差し上げたいと思っておりますの。わたくし、 生きる価値もない者達のことが大好きですの。オホホホホ!」
生理的な嫌悪感を感じる。
「は? 有象無象だって一生懸命生きているんだ。貴族様だから命の価値に重みがあるとか、平民には価値がないとか、そんな生まれだけで人を判断するような世界は精神が貧しいと言わざるを得ない!」
「ホホホホ! 生きが良いですわね。そんなことをいう馬鹿はお前が初めてですわよ。でも御覧ください」
指さされた先。
奥の鉄格子の向こう。
無数の青白い手がこちらに向けて伸びている。
それは亡者共。
明らかに理性を失った亡者なのだ。
「生きの良い有象無象も、最後は自ら進んで従順な木偶人間になってくれましたの」
「ひぃぃ」
「さぁ。復唱してくださいませ。『私は塵芥です!』はい、言ってご覧!」
「貴女は塵芥です! はい、言ってみました!」
その瞬間、鎖でしたたかに背中を打たれる。
嫌な笑みを浮かべたまま、血の婦人は繰り返す。
「『私は塵芥です!』はい、言ってご覧!」
まるで、ブラック企業のようだ。
あの青白い亡者共も、昔は企業戦士を夢見ていたのだろうか。
現実はいつも非情。ついに過労死寸前にまで至っているというブラックさ。
悔しさで涙を浮かべながらも、俺は復唱して自身の生命を守る。
「よくできましたわ! あなた、有象無象の中でも高い知的レベルを持っていらっしゃるのね。よろしいですわ、教えて差し上げます」
血の婦人は俺に顔を寄せてくる。
そして、俺の背中に冷たいものを差し入れる。
ナイフだ。
「部屋の3人のうち、一人だけを活かすつもりですの。わたくし、あなたには生きていただきたいと思っておりますわ」
上目遣いで見上げてくる。
「逃亡しようとなさったら、その時はどうなるかよくわかってらっしゃいますわよね? 考えるだけでも駄目ですの、ウフフ」
俺が、3人部屋に戻されると、今度は白銀先輩が連行される。
俺は全身打撲傷のため既に動けない。
申し訳ないが、助けることはできない。
ただただ武運を祈るばかり。
しかし。
「あら? お前! 別な臭いがしますわね」
くぐもった声がどこからか聞こえてくる。
白銀先輩への尋問状況が、僅かに聞こえてしまうのだ。
対する白銀先輩の応答は声が小さいために聞こえない。
血の婦人の大きな声が聞こえてくる。
「よろしいですわ。合格! 不審に思ったらやってしまいなさい。そしたら、そんな強い子には特別な扱いをしてあげましてよ」
何に合格した?
白銀先輩が戻ってくる。
部屋の3つの隅に3人が座って、お互いを観察している。
3人のうち1人だけを活かすと言っていた。
白銀先輩も持っているはず。ナイフを。
囚人も持っているのかも知れない。
逃亡しようとしたら殺される。
計画しただけでも殺される。
白銀は、俺と囚人が逃亡を口に出したことを知っている。
白銀が既に籠絡されているとすると、相当にまずい。
囚人だって狂人のフリをしているだけなのかも知れない。
既に俺の隙きを狙っているはず。
俺は貰ったナイフを袖口あたりに移動させる。
互いが他の二人の行動を監視し、牽制する。
部屋の内側には異様な空気が充満していた。




