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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
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06 叶えるべき願い

 晩餐会の会場に移る。

 会場には赤い絨毯が敷かれており、天井には色彩豊かな宗教画が見える。

 中央には長テーブルがあり、テーブルの上には白いシーツがひかれ、色鮮やかな果物を盛り付けたバスケットが置かれている。


 長テーブルの一番奥にペーター王、その隣に王女が座る。そして、左側列にアル、宰相らが並び、右側列に俺が着席する。


 給仕達が忙しなく動き回り、やがて食事が運ばれてくる。

 柔らかそうな白いパン、ふんだんに香辛料が用いられた鳥の丸焼き、ニシンの燻製、野菜スープ、さらにブドウ酒。

 ようやくまともな食事にありつけそうで、俺も一安心だ。


 しばらく遅れて、メイドにかしずかれた女性が現れる。

 その女性は、間違いなく先程のアウグスタだ。

 しかし、先程とは打って変わって、首元があらわな真っ赤なドレスを着ている。

 しかも、まるでベテラン女優のように、堂々たる態度で赤絨毯の上を闊歩してくるのだ。


 その様にあてられたのか、着座した者達が一斉に立ち上がる。

 思わず、俺も立ち上がる。

 まるで、アウグスタこそが絶対的な権力者であるかのようだ。


「こちらにお掛けください」


 アウグスタは、俺の隣にすっと座る。同時に、皆も着座する。

 給仕達は一旦仕事を終えて、部屋の隅に控える。


 感謝の祈祷が行われた後、食事が始まる。

 そこで、宰相が自己紹介をする。


「食事の前に、改めて紹介させてください。ペーター王の左から、王女イザベラ、王の叔父レオナルディ公爵ルイジ、王の妹キアラ、王の弟アルフィオ、そして私、宰相のオクセンシェルナです」


 王族との晩餐会ではあるが、彼らは、決してフォーマルな作法をひけらかしはしない。

 むしろ、家族団らんの場といった趣が強く、こちらとしても気楽である。


 とはいえ、周囲から無遠慮な視線を浴びており、緊張が解けることはない。

 特に、王の妹キアラ。彼女の翡翠の目は物怖じせずに、こちらを観察している。

 見た目からして、アルの姉だろう。甘やかされて育ったのか、少しばかりぽっちゃりとしている。




「こちらのイチジクは、名物アテナイのイチジクです。汁気たっぷりで美味しいですよ。是非お召し上がりください」


 王女のオススメだ。

 さっそく、こぶりなイチジクを手に取る。

 

 王女は、共和国の名門の出であり、共和国にいる妹がこのイチジクを送って寄越したらしい。

 もっとも、残念ながら、言われるほどのジューシーさはないし、甘くもない。 

 ところが、異世界人は、この程度の果物を美味しいと思っている。異世界人に対して、もはや憐憫の心まで抱いてしまいそうだ。

 しかし、人を見下してはいけないと、慌てて放念する。

 

 一方で、鶏肉は、独特な香辛料の味がする。食べたこともない不思議な味わいに、ついつい惹かれてしまう。

 周りを気にせずに貪り食っていると、突然アルから話し掛けられる。


「メルクリオ様は、聖伝では早くに亡くなったとありますが、今はお幾つなんですか?」


「二十代半ばの体で召喚されてしまったようだ。かつてよりも体が軽い」


 嘘に嘘を重ねて、また、適当なことを言ってしまった。

 そこで、ペーター王が食いついてくる。


「それでは、古代共和国と激戦を繰り広げておられた時代ですね」


「そうなるかな」


「アウグスタ様に一敗するまでは神出鬼没、常勝無敗の将軍だったと伝え聞いておりますが、今まで戦った相手で最も強かったのは誰ですか?」


 俺は、この世界に今日来たばかりである。無論、この国の歴史なんて知るはずもない。

 ならば、記憶に障害がある体で押しきろうか。しかし、それでは、俺が英雄である根拠が薄らいでしまう。では、どうすればいいのだろうか。


「難しい質問だ。しかし、この場においては、強敵はアウグスタであったと言っておくのが望ましかろう」


 我ながら、含みと深み、そして若干のユーモラスもある素晴らしい回答である。

 人によっては、この回答から、俺が真の強者であると感じとってしまうことだろう。

 

 ペーター王は、驚いて声を上げる。


「まさか鬼嫁なのですか?」


 アウグスタの手がぴたっと止まる。


 それまで、宰相はアウグスタと何気ない会話をしていた。

 しかし、場の空気が怪しげになったと悟る。そこで、急いで話を繋げる。


「メルクリオ様は如才がないのですね。聖伝に描かれたイメージはまさに無骨そのもの。失礼ながら、いつまでも最強を目指す融通の利かないイメージだったのですが……」


 どうやら、ユーモラス路線は避けるべきであったようだ。


「私自身、少し心が浮ついているのやもしれん」


「いえいえ。むしろ、こうしてお話しすることで、新しい貴方様の魅力を発見できました」


 そこで、唐突にアウグスタがぶっ込んでくる。


「それよりも私は聞きたい。私達を呼び出したのには何か理由があるのだろう? 我々英雄から英雄譚を聞き出す。目的はそれだけではないはずだ」


 真面目腐った顔付きであり、むしろ彼女の方が融通が利かない性格だったのではないだろうか。

 ちなみに、自分で自分の事を英雄と言い切ってしまうのはどうかとは思う。


「失礼しました。では、陛下。この国を統べるものとして、貴方の口からご説明を願います」


 宰相はペーター王を促す。


「我が国は、一年以上にわたり北方の大国と交戦しています。かの国は、神聖帝国を名乗り、古代帝国の継承国家を僭称し、ひたすらに領土拡大を目論んでいるのです。先日、我が国のコルビジェリ伯爵が神聖帝国に寝返ったこともあって、現在、我が国は押されています。正直に言うと、危険な状況です」


 ペーター王は、やや緊張した面持ちで続ける。


「単刀直入に申しますと、お二方の力を貸して欲しいのです!」


 まさか。


「戦えと?」

 

 アウグスタは、俺の思っていることを質問する。


「古代幻想世界を所狭しと暴れまわったお二方の軍事の才をお借りしたいのです!」


 危険な状況と言った。都合の悪いことを言わざるを得ないほどに劣勢に立たされているのだろう。

 若い王様が君臨している、前王は戦死したのかもしれない。

 

 会場内の人々は、俺とアウグスタを懸命に見ている。彼らの顔には一様に不安の感情が見える。

 俺に断られることを恐れている。そして、それは裏を返せば、俺に対する期待に他ならない。


 仮に俺が主人公ならば、王国を苦境から救いだしてみせるのだろう。

 だが、俺は……。


「ことわ……」


「勝利を得ることで平和がもたらされるというならば、勝利を得るために、私達の力を貴方達に託したい」


「え?」


 アウグスタは眉一つ動かさずに、助力を申し出た。

 確かに彼女は強い。しかし、その判断はあまりにも軽率である。なぜなら、戦争は一対一の戦いではない。彼女一人の力で戦況を変えられるとも思えない。下手をすれば、晩節を汚すことにもなりかねない。

 違和感だけが残る。

 

「彼我の戦力も確認せず、勝算はあるのか?」


「勝算があるから力を貸す、勝算がなければ力を貸さない。それは、英雄の考え方ではない」


 はあ?

 英雄というのはとっても凄いんだな。俺は英雄ではないから、そういう考え方は出来なかったわ。

 

 しかし、こうまで独りよがりにきっぱりと宣言されると、俺だけ嫌ですとは言えない。

 それこそ、俺だけが断ると、俺は英雄ではないと勘繰られてしまう。

 実際英雄ではないけれども……。


 ところで、アウグスタの言葉によって、既に王族のみならず、会場内の給仕達までもがほっとした顔を見せている。

 ペーター王がとびきりの笑顔を見せる。


「ありがとうございます。万軍を得た心持ちです。もう怖いものはなしッ!」


 


 小心者の俺としては、それからは食事どころではなかった。

 心ここにあらず。

 なんとはなしに一生戦争とは無縁だと思っていた。

 それが、こんなところで戦争に巻き込まれるだなんて……。


 アウグスタはそれこそ血なまぐさい世界から召喚されたのだろう。だから、なんの躊躇もない。

 何となれば、自分の力を世に知らしめる絶好の機会ぐらいに思っている。

 

 でも、俺は彼女とは違う。

 人を傷付ける覚悟などない。それ以前に、何の戦闘技術も持っていないのだ。

 くそう。俺まで巻き込みやがって……。




 不意に給仕の声が耳に入って来る。


「アル様。ほら、見てください。メルクリオ様は人参を完食されています。だから、お強いのですよ」


「わかったよ……。次からはちゃんと食べるよ」


「いえ。今回からにしてください」


 穏やかで喜びに満ちた会場内が、ふと静かになる。

 周りを見ると、晩餐会は終わったようだ。


 若いメイドが、緊張しながら俺の傍に立っている。

 

「メルクリオ様! それではお部屋にご案内致します。一生懸命ご案内致しますので!」


 アルが、俺に対して無邪気に尋ねてくる。


「後で、お部屋にお邪魔してもよいですか?」


 それを、王女が静止する。


「いけません。今日は、お二方の時間です。千年振りの再開なんですよ」


 ペーター王が続く。


「そうとも。後は、いにしえの方々でごゆっくり、だ!」


 メイド達が色めき立つ。


「インペリアルロマンスですわ!」


 

 

 すっかりと日が落ちて、廊下は暗い帳に覆われてる。その廊下を、メイドに誘われて、ロウソクの光を当てに進む。

 目当ての部屋にたどり着くと、メイドは何度もこちらを振り返りながら、去っていく。

 そこで、俺は部屋に入ろうとする。


「どうも美しい宵ですわね」


 背後から現れたのは、王の妹キアラだ。

 馴れ馴れしく、俺のすぐ側にまで寄ってくる。ひょっとすると、俺のファンだろうか。


 小声で話し掛けてくる。


「わたくしだけは……」


「何?」

 

 無防備に尋ねる。


「わたくしだけは、貴方が偽物だってこと、知っていますの」


「え?」


「それではご機嫌よう、どこの馬の骨とも存じ上げないイカサマ師さん。四六時中馬脚を現さないように、十分にお気を付けあそばせ! オホホホホ!」


 してやったりといった顔でこちらを向いたままじりじりと後退りし、そして小走りに去っていく。


 俺の正体は、ばれていたというのか? それは、彼女にだけだろうか?

 



 部屋の中に入ると、カエサルが何事もなかったかのように扉の脇に屹立している。

 数時間前に別れたばかりなのに、随分と離れていたような気もする。


「君だけが頼りなんだよお……」


 ふざけてカエサルに抱き着く。

 カエサルはいそいそと俺を引き剥がし、遠くに離れてまた屹立を開始する。

 引き剥がされた俺は、仕方なくベッドに横たわる。


 罪悪感を感じている。

 現在進行形で、いろんな人を騙しているのだ。


 でも、メルクリオは故人である。しかも、千年前の人間である。

 迷惑のかかる話じゃない。

 

 しかし、本当にそうだろうか。

 俺が今、偽物だと自白すればもう一度召還の儀が執り行われる。

 そうすれば、今度こそ本物が召喚されるかもしれない。アウグスタの召喚には成功したのだから、十分にあり得る話である。

 そしたら、俺の力ではどうしようもないこの戦況を、凄い英雄パワーですんなりと解決してくれるかもしれない。


 とはいえ、偽物だと自白した後、俺はどうなる?

 過酷な環境で、生きていける自信はない。


 悩みはさておき、くちくなった腹を抱えてすやすや居眠りを始める頃合い。

 ドアがノックされる。


「どうぞ」


 ベッドから飛び起き、いそいそと椅子に座る。


 入ってきたのはアウグスタである。

 入ってきたはいいものの、用件を言う事はなく、そのまま扉の前に立っている。

 仕方なく、俺も立ち上がり対峙する。


 ロウソクの明かりに照らされて、アウグスタの影がゆらゆらと揺らめく。

 

 向こうが無言であるならば、こちらから聞いておきたいことがある。


「何故、見ず知らずの人々を助けようと思ったのか、教えて欲しい」


「この王国は、私の末裔が興した国だ」


「それを理由に、他国を蹴落とすのはいかがなものだろうか?」


「貴方はそれ以外に理由が必要なのか? 自分に少しでも近い者を贔屓するのはごく自然なことだ」


 古代人は血縁の結びつきを大切にするようだ。

 だが、現代人は正義を大切にする。それも万人から受け容れられる正義を。


「第三者として介入するからには、見返りを求めるのが普通だ。見返りは、己の正義感を満たすこととだとでもいうのか?」


「第三者ではない。それに今回の戦争は国を守るための戦争だ。奪われないために戦う。それを手助けする。自然な感情だ」


 アウグスタの青い瞳が険しく俺を見据える。

 彼女を翻意させることは、出来そうにない。


「貴方は戦いたくないのか?」


「もちろんだ」


 アウグスタは少し目を落とす。


「昔のように、私に力を貸して欲しい」 


 消え入るような生真面目な声音である。駆け引きを知らないのだ。

 だが、そんな弱弱しい駆け引きに俺は敗北せざるを得ない。それは俺が情にほだされたからではない。

 俺が戦いに参加しないならば、俺はちやほやされることもなくなる。そうなったときに、俺はこの異世界でうまくやっていける自信がない。

 ならば、戦うしかない。それは、最初から決まっていたことなのである。


「わかった……」

 

 突然アウグスタは、俺に身体を寄せる。


 それは、俺の力を借りることに対して、代償を支払うという意味合いなのだろうか。それとも、俺を恋人のメルクリオと勘違いしての甘い行動なのだろうか。


 アウグスタの指には、何の変哲もない銀の指輪がはめられている。


 何にせよ、求められているのは俺ではない。

 彼女が真に頼りにするべきは別人である。


「戦いの前だ。インペリアルロマンスはさておくことにしよう」


 俺は、アウグスタから離れる。


 ふと顔をあげると、カエサルがこちらをがん見している。

 こっち見んな。




 アウグスタが退室した直後。

 部屋の外から、メイドの声が聞こえる。


「何か私やらかしちゃったのかな。インペリアルロマンスが……」

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