05 二人の英雄
「こちらへ」
大広間の扉が開かれた。
左右には大きな円柱が対称に並んでおり、高い天井を支えている。
室内はロウソクの光に照らされており、現代の照明器具に比べて決して明るいとはいえないものの、温かみのある光に満ちている。
広間の両脇には、綺羅びやかな衣装をまとった貴族達、宮廷で働く文官達、侍従、衛兵など様々な人々が立ち並んでいる。そして、全ての人々がこちらを見ている。興味津々で見ている。後ろの方に立っているメイドなんぞは行儀そっちのけで、つま先立ちでこちらを見ている。
奥には、カエサルもちゃっかりと紛れ込んでいる。
ところで、これだけの人数が集まっているにもかかわらず、静かである。なんとなれば息遣いすら聞こえてきそうなぐらいだ。
「お進みください」
公爵ルイジに導かれ、広間の真ん中を突き進む。
広間の先には階段があり、階段を上がった先には青年が立っている。青年は、屈強な体躯にゆったりとしたローブをまとっており、短髪でさわやかな印象である。
その隣には女性がいる。やさしげな面立ちである。
彼らが、王とその后だろう。
「メルクリオ様をお連れしました」
公爵の厳かな声が広間に響き渡る。
一瞬間の後。
「うぉぉぉぉおおおお!」
「遂にこの日が来た!」
「王国ばんざああい!」
「英雄の再臨だ!」
「双剣のメルクリオぉぉおおおお!」
「雷神のアウグスタぁぁああああ!」
「ついに黄金の時代復活だぁぁぁ!」
歓声と万雷の拍手が大広間を埋め尽くす。
壇上の青年も興奮冷めやらず、それでも威厳を保ってこちらに喋りかけてくる。
「俺はペーター、この国の王です。メルクリオ様、アウグスタ様、時を超えて、このような形でお会いできるなんて、感激です」
ペーター王は素早く階段を降り、俺に相対する。
広間にいる全員が、俺の言葉を聞き漏らさぬように押し黙る。
「……」
「この国の民は、老人から子供に至るまで、貴方方のことをよく知っています。貴方方は、子守唄で歌われているのです。古代帝国についても伝え聞いています。突然召喚されて、戸惑われているかもしれませんが、是非ご理解いただきたい。我々は、貴方方の熱烈なファンなのです」
「……」
「メルクリオ様。貴方の凄まじい力については、アルフィオから聞きました。盗賊を拳一つで退散させ、十頭以上の狼を雷撃でなぎ倒したという。その場に居合わせなかったのが残念でなりません」
口を開こうとするが、ペーター王はそれを許さない。
「俺自身が一番興奮しているのはわかっています。でも、これが興奮せずにいられますか! こうして、英雄の側に立っている。そのことを、俺は皆に自慢したいんだ!」
緑衣の男が筆記の準備をしている。きっと、俺の話を待ち構えているのだろう。
仕方あるまい。一発かましておくか。
「余も、皆に会えて嬉しく思う。この国のことはまだ良くわからぬが、かつての帝国にはこの国にない知恵もあったと理解している。我が力、微力ながらも皆のために活かしたいものだ」
そこで、当然のようにして歓声と拍手が巻き起こる。
ああああ、よい。気分がよい。
とはいえ、緑衣の男が一心不乱にメモを取っている。言質をとられるようなことは言えない。
ペーター王は、俺から離れて言葉を続ける。
「そして、アウグスタ様。貴女の御尊顔を拝む日が来ようとは……。数多の異民族を圧倒し、帝国を作り上げた英雄の中の英雄。始まりの皇帝。この世界には貴方を祀る像がたくさんあって、男なら誰しも貴女に夢中になったことがあるはず」
男性陣が哄笑する。
ところで、アウグスタって誰だ?
視線を周囲にやると、一人の女性がしれっと俺の左隣に立っている。
白金の髪に青い瞳。長い髪を後頭部で括り、月桂樹の枝を織り込んだ髪飾りをつけている。
能面のように表情はなく、目元が異様に鋭い。首筋から背中にかけての姿勢がとても美しい。
白地の上下を羽織っており、細長い剣を帯びている。
「再び生を受けたことに感謝している。私の事をこの場の皆が知っているというのは面映いことだ」
急に喋り始めた。女性にしては低い声音である。
しかし、何かが引っかかる。
ここで、馬脚を現すような失態は許されない。
注意深く、今までの会話を思い起こせ。
メルクリオと眼前の女性は、ともに古代帝国の英雄である。
だとすると、メルクリオは生前、この女性と知り合いだったのではないのか?
仮にそうだとすると、この女性は、俺の事を偽物だと認識しているに違いない。
嫌な汗が吹き出す。
視界が歪む。
いや、まだそう断言するのは早い。
知り合いだなんて誰も言っていない。焦るな、焦るな。
王女がペーター王に寄り添い、うっとりとして語り掛ける。
「このひと時。この時こそが、恋人同士が千年ぶりに再開した瞬間なのですよ。ああ、なんて素敵なのかしら! 時代を超越した、古代インペリアルロマンスですわ!」
わけのわからないことを口走っている。
ペーター王は、そんな王女をたしなめる。
「こらこら。我々若輩者が軽い気持ちで口を挟んでいい話じゃないぞ。ところで、俺もお二人の馴れ初めの話、是非ともお聞きしたいなあ」
あ?
アウグスタがメルクリオの嫁ならば、完全に詰みだ。この能面の女は、俺が偽物だなんてとっくに見破っている。
お手柔らかにと祈るような気持ちで、横目でアウグスタの顔をこっそりと覗く。
アウグスタは、下を向いて自分の靴を見ている。表情は読み取れないが、何だか苛ついているようにも見える。ひょっとしたら、夫の名を騙る俺に対して激怒しているのではないか。
「あら、メルクリオ様がアウグスタ様をチラチラ見ていますわよ」
「アウグスタ様はお顔を隠して恥ずかしがっていますわ」
「なんて奥ゆかしいお二人なの。キーッ!」
「インペリアルロマンスですわ! 憧れますわ!」
下世話な女性陣のヒソヒソ声が聞こえてくる。
そんな流れを断ち切るようにして、緑衣の男が広間の中央で言い放つ。
「皆様。盛り上がっているところ申し訳ありません。ところで、聖伝によればお二方の出会いは戦場での対峙。初めて声を交わしたのは元老院での決闘。曰く『遂にトロイゼンの双剣メルクリオを降したアウグスタは、その才を惜しみ共和国のために役立てるよう諭すも、メルクリオはこれを断り名誉ある死を望んだ。若かりしアウグスタは提案した。ならば忠誠か死か、剣戟で持って決すべし、と。メルクリオは自身の武力に絶対の自負を抱いており、一も二もなくこれを承諾。決闘が始まった』せっかくですのでここで一つ。よろしければお二方の決闘演舞をお願いしたい」
決闘だと?
その言葉は、俺にとって死の宣告である。余計な提案で、事態は更に深刻な方向へと進んでしまった。
「さすがオクセンシェルナ宰相、気が利くわ」
「素敵よ!」
「俺は、雷神に10万ゴールド!」
「吾輩は、双剣に12万ゴールドなのであるッ!」
人垣は、俺達二人から距離を取る。
ワクワクとした顔、顔、顔。
あらゆる顔が俺達を見ている。
なるほど。
決闘を見越して、予め、俺にグラディウスを持たせたのだ。つまり、最初からこの展開は仕組まれていた。
しかしながら、俺は剣道すらやったことがない。剣の振り方も分からないし、戦うイメージも湧かない。俺は、平和な世界から来た、人畜無害な人物なのである。そんな事は、俺の体躯を見れば一目瞭然であるはず。
となると、俺に恥をかかせるために仕組まれたとも思える。
皆、俺が偽物だと気付いている。それでも、あえて気付いていないふりをして、俺を試している。俺がボロを出す瞬間を楽しみにしているに違いない。
英雄の振りをしてきた罰が当たったのだ。
英雄だなんて嘘でした。そう言って、この場から逃げ出したい。
そんな俺の思いをよそに、アウグスタは、無造作に長剣を鞘から引き抜く。
そして、冷たく言い放つ。
「抜かないのか?」
おそらく、あの長剣も、このグラディウスも刃が付いている。
下手な扱いをすれば死んでしまう。
既に、俺の心構えはできている。いつでも土下座してみせる。
歓声の中、アルの声が聞こえる。
「メルクリオ様! 皆に実力を見せてやってください!」
無邪気かつ無慈悲な声援である。
……。
まぁ、相手は女性だ。力で押し負けることはなかろう。
大丈夫大丈夫。俺は同期に抜きん出て出世した男。
俺は、グラディウスを二本同時に鞘から抜き放つ。
俺の眠れる力が覚醒する予感がする。
乾いた空気を感じる。
広間の中心は、火に照らされ、黄金に輝いている。
アウグスタは細長い長剣を一閃。柄を顔の前に寄せ、つま先を揃えて、剣先を天井に向ける。
対する俺は、短剣グラディウスを右と左に持つ。腰を落として左を前に、右を体に寄せて構える。
アウグスタの長剣が大きく優雅に、そしてゆっくりと円弧を描き、やがて剣先が地を向く。
その瞬間。
アウグスタの靴が、石の床を蹴り大きな音を立てる。下品とも言えるほどの靴音を鳴らしながら、俺に向かって疾走してくる。
長剣の剣先は、それにも増して加速し、下から斜め上へ。
やられた?
しかし、アウグスタの狙いは俺の心臓ではなく、俺のグラディウス。
甲高い金属音が鳴り響く。と同時に、左手のグラディウスが空に飛んでいく。左手は完全に痺れており、まるで他人の手のようだ。
俺は怯え、一瞬腰が砕ける。及び腰が、更に低い位置まで下がってしまう。
もう駄目だ。
でも、このまま負けたくはない。
一生懸命踏ん張って、重力に逆らい強引に体を止める。
そのままバネのようにして、腰を伸ばす。上体を反らして、体のひねりを手に伝える。遅れて右手が伸びる。
切り上げの一撃に全集中する。
相手を傷つけることを恐れた一撃は、はからずもアウグスタの心臓に直線的に向かう。
対するアウグスタは、まるで猫のように自在な動きを見せる。能面に理解できない感情が差し込む。それは、警戒か、それとも嘲りか。
そのまま、長剣を手元に引きつける。
剣と剣が交錯する。
しかし、手応えがない。軌道を逸らされている。
全てを乗せた必殺の一撃が、無情にも流される。刃が刃の上を滑り、凄まじい火花を散らす。
鼻っ柱がキンとする。
アウグスタは、目にもとまらぬ動きで、またもや長剣を手元に引きつける。
その長剣は、青白い光に包まれ、パチパチとうなりを上げる。
対して、俺の体勢は後方に流れており、グラディウスを持った右手は、俺の言う事を聞かない。
激しい雷が周囲に放たれる。
激しい痛みが俺を襲う。
「ウガガガ!」
俺は呆気なく膝をつき、床にグラディウスを立てて、かろうじて体を支える。
長剣から放たれたのは雷だ。
俺は、もろに雷撃を食らったのだ。
アウグスタはハッとして、剣を鞘に収める。
すると同時に雷が消失する。
彼女はさらに俺の手をとり、俺を立ち上がらせる。
「キャアアアア!!」
女性陣から歓声が上がる。
「勝者!! アウグスタッ!」
……。
覚醒なんて存在しない。俺なんてこんなもんでした!
緑衣の宰相は、場を盛り上げるべく、広間の中央で締めの言葉を言い放つ。
「聖伝曰く『アウグスタに改めて忠誠を求められたメルクリオは、アウグスタを睨みつけてこう言った。面白い、いいだろう! しかし、もし、貴女が心を失い市民の幸福をないがしろにするならば、私はいつでも貴女を討伐する、と!』」
「僕のメルクリオ様のほうが絶対に強いのに……」
「アル様。二人は本気で戦ってはいませんでした。特にメルクリオ様は芝居がかった動きでした。恐らく愛しのアウグスタ様に花を持たせたんでしょうなあ」
宰相が好き勝手言ってくれる。
俺は、居心地の悪さを感じて、そそくさとグラディウスを回収し鞘に収める。
そこで、アウグスタと再び相対する。
ああ。悪かったよ。俺は通りすがりの一般人だ。
さ。言っちゃってくれ。お前は偽物だと。
「つい、本気を出してしまった」
「……」
何故か、アウグスタがおろおろとしている。
確かにあの雷撃はやりすぎだ。こっちは武芸の心得などないのだ。
「でも、貴方と再び剣を交えることができて嬉しい。昔の事を思い出すようだ」
え?
これでもまだバレていない?
むしろ、俺の事をメルクリオと確信したような口ぶりだ。
湧いてきた。俄然元気になってきた。
全身が痛みでブルブルと震えそうだ。だが、懸命にその痛みを堪えて、俺からも大人の余裕を見せつける一言を放つ。
「なかなかによい手合わせであった」
会場が再び拍手に包まれる。
ペーター王が羨ましそうな顔をしてこちらを見ている。
「もういいですか? 俺もいいですか? 俺もメルクリオ様と決闘がしたい!」
やめてくれ。頼むから。
「貴方は今日の主役じゃありませんから」
「兄さんなんて、メルクリオ様にけちょんけちょんにやられるよ」
「陛下、お控えください」
「あー」
ペーター王は、三方から攻められ口を閉ざす。
進行役の宰相は、聴衆に向かって指示を出している。
「これから晩餐会を開きます。皆さん。てきぱきと準備をお願いしますよ」




