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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
5/288

05 二人の英雄

「こちらへ」


 大広間の扉が開かれた。

 

 左右には大きな円柱が対称に並んでおり、高い天井を支えている。

 室内はロウソクの光に照らされており、現代の照明器具に比べて決して明るいとはいえないものの、温かみのある光に満ちている。

 広間の両脇には、綺羅びやかな衣装をまとった貴族達、宮廷で働く文官達、侍従、衛兵など様々な人々が立ち並んでいる。そして、全ての人々がこちらを見ている。興味津々で見ている。後ろの方に立っているメイドなんぞは行儀そっちのけで、つま先立ちでこちらを見ている。

 奥には、カエサルもちゃっかりと紛れ込んでいる。

 

 ところで、これだけの人数が集まっているにもかかわらず、静かである。なんとなれば息遣いすら聞こえてきそうなぐらいだ。 


「お進みください」


 公爵ルイジに導かれ、広間の真ん中を突き進む。


 広間の先には階段があり、階段を上がった先には青年が立っている。青年は、屈強な体躯にゆったりとしたローブをまとっており、短髪でさわやかな印象である。

 その隣には女性がいる。やさしげな面立ちである。

 彼らが、王とその后だろう。


「メルクリオ様をお連れしました」


 公爵の厳かな声が広間に響き渡る。

 一瞬間の後。


「うぉぉぉぉおおおお!」


「遂にこの日が来た!」


「王国ばんざああい!」


「英雄の再臨だ!」


「双剣のメルクリオぉぉおおおお!」


「雷神のアウグスタぁぁああああ!」


「ついに黄金の時代復活だぁぁぁ!」


 歓声と万雷の拍手が大広間を埋め尽くす。

 壇上の青年も興奮冷めやらず、それでも威厳を保ってこちらに喋りかけてくる。


「俺はペーター、この国の王です。メルクリオ様、アウグスタ様、時を超えて、このような形でお会いできるなんて、感激です」


 ペーター王は素早く階段を降り、俺に相対する。

 広間にいる全員が、俺の言葉を聞き漏らさぬように押し黙る。


「……」


「この国の民は、老人から子供に至るまで、貴方方のことをよく知っています。貴方方は、子守唄で歌われているのです。古代帝国についても伝え聞いています。突然召喚されて、戸惑われているかもしれませんが、是非ご理解いただきたい。我々は、貴方方の熱烈なファンなのです」


「……」


「メルクリオ様。貴方の凄まじい力については、アルフィオから聞きました。盗賊を拳一つで退散させ、十頭以上の狼を雷撃でなぎ倒したという。その場に居合わせなかったのが残念でなりません」


 口を開こうとするが、ペーター王はそれを許さない。


「俺自身が一番興奮しているのはわかっています。でも、これが興奮せずにいられますか! こうして、英雄の側に立っている。そのことを、俺は皆に自慢したいんだ!」


 緑衣の男が筆記の準備をしている。きっと、俺の話を待ち構えているのだろう。

 仕方あるまい。一発かましておくか。


「余も、皆に会えて嬉しく思う。この国のことはまだ良くわからぬが、かつての帝国にはこの国にない知恵もあったと理解している。我が力、微力ながらも皆のために活かしたいものだ」


 そこで、当然のようにして歓声と拍手が巻き起こる。

 ああああ、よい。気分がよい。

 とはいえ、緑衣の男が一心不乱にメモを取っている。言質をとられるようなことは言えない。


 ペーター王は、俺から離れて言葉を続ける。


「そして、アウグスタ様。貴女の御尊顔を拝む日が来ようとは……。数多の異民族を圧倒し、帝国を作り上げた英雄の中の英雄。始まりの皇帝。この世界には貴方を祀る像がたくさんあって、男なら誰しも貴女に夢中になったことがあるはず」


 男性陣が哄笑する。


 ところで、アウグスタって誰だ?

 視線を周囲にやると、一人の女性がしれっと俺の左隣に立っている。


 白金の髪に青い瞳。長い髪を後頭部で括り、月桂樹の枝を織り込んだ髪飾りをつけている。

 能面のように表情はなく、目元が異様に鋭い。首筋から背中にかけての姿勢がとても美しい。

 白地の上下を羽織っており、細長い剣を帯びている。

 

「再び生を受けたことに感謝している。私の事をこの場の皆が知っているというのは面映いことだ」


 急に喋り始めた。女性にしては低い声音である。


 しかし、何かが引っかかる。

 ここで、馬脚を現すような失態は許されない。

 注意深く、今までの会話を思い起こせ。


 メルクリオと眼前の女性は、ともに古代帝国の英雄である。

 だとすると、メルクリオは生前、この女性と知り合いだったのではないのか? 

 仮にそうだとすると、この女性は、俺の事を偽物だと認識しているに違いない。


 嫌な汗が吹き出す。

 視界が歪む。


 いや、まだそう断言するのは早い。

 知り合いだなんて誰も言っていない。焦るな、焦るな。


 王女がペーター王に寄り添い、うっとりとして語り掛ける。


「このひと時。この時こそが、恋人同士が千年ぶりに再開した瞬間なのですよ。ああ、なんて素敵なのかしら! 時代を超越した、古代インペリアルロマンスですわ!」


 わけのわからないことを口走っている。

 ペーター王は、そんな王女をたしなめる。


「こらこら。我々若輩者が軽い気持ちで口を挟んでいい話じゃないぞ。ところで、俺もお二人の馴れ初めの話、是非ともお聞きしたいなあ」


 あ?


 アウグスタがメルクリオの嫁ならば、完全に詰みだ。この能面の女は、俺が偽物だなんてとっくに見破っている。

 お手柔らかにと祈るような気持ちで、横目でアウグスタの顔をこっそりと覗く。


 アウグスタは、下を向いて自分の靴を見ている。表情は読み取れないが、何だか苛ついているようにも見える。ひょっとしたら、夫の名を騙る俺に対して激怒しているのではないか。


「あら、メルクリオ様がアウグスタ様をチラチラ見ていますわよ」


「アウグスタ様はお顔を隠して恥ずかしがっていますわ」


「なんて奥ゆかしいお二人なの。キーッ!」


「インペリアルロマンスですわ! 憧れますわ!」


 下世話な女性陣のヒソヒソ声が聞こえてくる。

 そんな流れを断ち切るようにして、緑衣の男が広間の中央で言い放つ。


「皆様。盛り上がっているところ申し訳ありません。ところで、聖伝によればお二方の出会いは戦場での対峙。初めて声を交わしたのは元老院での決闘。曰く『遂にトロイゼンの双剣メルクリオを降したアウグスタは、その才を惜しみ共和国のために役立てるよう諭すも、メルクリオはこれを断り名誉ある死を望んだ。若かりしアウグスタは提案した。ならば忠誠か死か、剣戟で持って決すべし、と。メルクリオは自身の武力に絶対の自負を抱いており、一も二もなくこれを承諾。決闘が始まった』せっかくですのでここで一つ。よろしければお二方の決闘演舞をお願いしたい」


 決闘だと?

 

 その言葉は、俺にとって死の宣告である。余計な提案で、事態は更に深刻な方向へと進んでしまった。


「さすがオクセンシェルナ宰相、気が利くわ」


「素敵よ!」


「俺は、雷神に10万ゴールド!」


「吾輩は、双剣に12万ゴールドなのであるッ!」




 人垣は、俺達二人から距離を取る。

 ワクワクとした顔、顔、顔。

 あらゆる顔が俺達を見ている。


 なるほど。

 決闘を見越して、予め、俺にグラディウスを持たせたのだ。つまり、最初からこの展開は仕組まれていた。


 しかしながら、俺は剣道すらやったことがない。剣の振り方も分からないし、戦うイメージも湧かない。俺は、平和な世界から来た、人畜無害な人物なのである。そんな事は、俺の体躯を見れば一目瞭然であるはず。


 となると、俺に恥をかかせるために仕組まれたとも思える。

 皆、俺が偽物だと気付いている。それでも、あえて気付いていないふりをして、俺を試している。俺がボロを出す瞬間を楽しみにしているに違いない。

 英雄の振りをしてきた罰が当たったのだ。


 英雄だなんて嘘でした。そう言って、この場から逃げ出したい。


 そんな俺の思いをよそに、アウグスタは、無造作に長剣を鞘から引き抜く。

 そして、冷たく言い放つ。


「抜かないのか?」


 おそらく、あの長剣も、このグラディウスも刃が付いている。

 下手な扱いをすれば死んでしまう。

 既に、俺の心構えはできている。いつでも土下座してみせる。


 歓声の中、アルの声が聞こえる。


「メルクリオ様! 皆に実力を見せてやってください!」


 無邪気かつ無慈悲な声援である。


 ……。


 まぁ、相手は女性だ。力で押し負けることはなかろう。

 大丈夫大丈夫。俺は同期に抜きん出て出世した男。


 俺は、グラディウスを二本同時に鞘から抜き放つ。

 俺の眠れる力が覚醒する予感がする。 




 乾いた空気を感じる。

 広間の中心は、火に照らされ、黄金に輝いている。

 

 アウグスタは細長い長剣を一閃。柄を顔の前に寄せ、つま先を揃えて、剣先を天井に向ける。

 対する俺は、短剣グラディウスを右と左に持つ。腰を落として左を前に、右を体に寄せて構える。


 アウグスタの長剣が大きく優雅に、そしてゆっくりと円弧を描き、やがて剣先が地を向く。

 その瞬間。


 アウグスタの靴が、石の床を蹴り大きな音を立てる。下品とも言えるほどの靴音を鳴らしながら、俺に向かって疾走してくる。

 長剣の剣先は、それにも増して加速し、下から斜め上へ。


 やられた?


 しかし、アウグスタの狙いは俺の心臓ではなく、俺のグラディウス。

 甲高い金属音が鳴り響く。と同時に、左手のグラディウスが空に飛んでいく。左手は完全に痺れており、まるで他人の手のようだ。


 俺は怯え、一瞬腰が砕ける。及び腰が、更に低い位置まで下がってしまう。

 もう駄目だ。

 でも、このまま負けたくはない。

 

 一生懸命踏ん張って、重力に逆らい強引に体を止める。

 そのままバネのようにして、腰を伸ばす。上体を反らして、体のひねりを手に伝える。遅れて右手が伸びる。

 切り上げの一撃に全集中する。

 相手を傷つけることを恐れた一撃は、はからずもアウグスタの心臓に直線的に向かう。


 対するアウグスタは、まるで猫のように自在な動きを見せる。能面に理解できない感情が差し込む。それは、警戒か、それとも嘲りか。

 そのまま、長剣を手元に引きつける。

 

 剣と剣が交錯する。


 しかし、手応えがない。軌道を逸らされている。

 全てを乗せた必殺の一撃が、無情にも流される。刃が刃の上を滑り、凄まじい火花を散らす。

 鼻っ柱がキンとする。


 アウグスタは、目にもとまらぬ動きで、またもや長剣を手元に引きつける。

 その長剣は、青白い光に包まれ、パチパチとうなりを上げる。


 対して、俺の体勢は後方に流れており、グラディウスを持った右手は、俺の言う事を聞かない。

 

 激しい雷が周囲に放たれる。

 激しい痛みが俺を襲う。


「ウガガガ!」


 俺は呆気なく膝をつき、床にグラディウスを立てて、かろうじて体を支える。

 長剣から放たれたのは雷だ。

 俺は、もろに雷撃を食らったのだ。


 アウグスタはハッとして、剣を鞘に収める。

 すると同時に雷が消失する。


 彼女はさらに俺の手をとり、俺を立ち上がらせる。


「キャアアアア!!」


 女性陣から歓声が上がる。

 

「勝者!! アウグスタッ!」


 ……。


 覚醒なんて存在しない。俺なんてこんなもんでした!

 緑衣の宰相は、場を盛り上げるべく、広間の中央で締めの言葉を言い放つ。


「聖伝曰く『アウグスタに改めて忠誠を求められたメルクリオは、アウグスタを睨みつけてこう言った。面白い、いいだろう! しかし、もし、貴女が心を失い市民の幸福をないがしろにするならば、私はいつでも貴女を討伐する、と!』」 




「僕のメルクリオ様のほうが絶対に強いのに……」

 

「アル様。二人は本気で戦ってはいませんでした。特にメルクリオ様は芝居がかった動きでした。恐らく愛しのアウグスタ様に花を持たせたんでしょうなあ」


 宰相が好き勝手言ってくれる。


 俺は、居心地の悪さを感じて、そそくさとグラディウスを回収し鞘に収める。

 

 そこで、アウグスタと再び相対する。

 ああ。悪かったよ。俺は通りすがりの一般人だ。

 さ。言っちゃってくれ。お前は偽物だと。

 

「つい、本気を出してしまった」


「……」


 何故か、アウグスタがおろおろとしている。

 確かにあの雷撃はやりすぎだ。こっちは武芸の心得などないのだ。

 

「でも、貴方と再び剣を交えることができて嬉しい。昔の事を思い出すようだ」


 え?


 これでもまだバレていない?

 むしろ、俺の事をメルクリオと確信したような口ぶりだ。

 

 湧いてきた。俄然元気になってきた。

 全身が痛みでブルブルと震えそうだ。だが、懸命にその痛みを堪えて、俺からも大人の余裕を見せつける一言を放つ。


「なかなかによい手合わせであった」


 会場が再び拍手に包まれる。

 ペーター王が羨ましそうな顔をしてこちらを見ている。


「もういいですか? 俺もいいですか? 俺もメルクリオ様と決闘がしたい!」


 やめてくれ。頼むから。


「貴方は今日の主役じゃありませんから」


「兄さんなんて、メルクリオ様にけちょんけちょんにやられるよ」


「陛下、お控えください」


「あー」


 ペーター王は、三方から攻められ口を閉ざす。

 進行役の宰相は、聴衆に向かって指示を出している。


「これから晩餐会を開きます。皆さん。てきぱきと準備をお願いしますよ」

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