06 ソードとナイフ
床に転がる。しかし、意識も視界も正常である。
相手の男を見上げる。
小憎らしいほどに勝ち誇っている。
壁に立て掛けてあったショートソードを腰に吊下げ、揚々と語り始める。
「不審者が自主的に番兵小屋に乗り込んできた。まったくもって前代未聞の話だ。まさに飛んで火に入る夏の虫。捕まえて欲しかったってか? ヒヒヒ」
よく考えれば、全くその通りである。
城塞の近くに屹立する小屋。そんなものが単なる猟師小屋であるはずはない。物見櫓であるなど普通なら気がつくはずである。
小屋の中には武器も飾ってあった。
いくらでも気付の要素はあったのだ。
俺は、何故、相手を信用してしまったのだろうか。
異世界の住人と、心温まる異文化交流でも望んでいたのか?
どれだけ俺は、平和ボケしているのだろうか。
「うがっ」
思いっきり腹を蹴り飛ばされる。
「おめえさんを運ぶ優しいお兄さん達が来てくれるからよ。それまでは無様にのびておくがいいさ」
抵抗することも叶わず、あっさりと小屋の隅にまで転がされる。
くそう。
くそーう。
くそッ。
どんな能力を得たとしても頭の中身がぽんこつである以上、その能力には全く意味がない。
おや?
ふと、不思議な現象を目の当たりにして、頭の芯が冷める。
俺の右指が、俺の意思に従って拳を作っている。
麻痺して動かないはずなのに。
確かに、全身ピリピリする。
それでも拳が動く。
変な感覚である。
神経を通して動いているのではなく、他人が俺の拳を包んで握らせてくれているような、そんな感覚である。
もっとも、実際には他人の補助などなく、俺の意思に強制的に俺の拳が従っている。
拳だけではない。
全身が動く。
驚くべきことに、この感覚には覚えがある。
それは、メルクリオ・ドゥーエとの決闘の時である。
あの時、俺は自分の限界を超えて、メルクリオと闘った。
俺の動作は、頭の中のイメージに寸分違わない。
その感覚は、内部からではなく、外部から支配している。そんな感覚であった。
そういえば、あの時、俺は黒い指輪をはめ、黒いチョーカーを装着していた。
そして、今も俺は黒い指輪をはめ、黒いチョーカーを装着している。
この、体を自在に支配する能力は、おそらく黒い指輪とチョーカーの能力なのだろう。
自分自身を、第三者の目で見る能力。
そして、自身の体を自身の意思通りに、外部から支配する能力。
この危機に際して、二つの能力が遂に発現したのだ。
ならば、俺の運命はまだ終わっちゃいない。
俺は今、小屋の隅で横たわっている。
そして、相手はこちらに一定の注意を払いつつも、しかし、かなり油断をしている。
俺が麻痺状態にあり、動けるはずはないと信じ切っているからだ。
相手がこちらから注意を逸らす、その一瞬だ。
その一瞬を待ち続ける。
敵の増援が到着する前によろしく頼む。
「おめぇはどこから来た? 山の奥から来たなんて口から出まかせだろう? 山の奥に村なんてない。山は急だからなぁ、ヤギしか登れねぇよ」
「んご」
「まぁ、無理に答えなくてもいいさ。すぐに、拷問官が優しく聞き取ってくれるだろうからよぉ」
「ぎぃ」
どうやら、俺が帝国にとって危険な存在であること、つまり、アルデア王国の軍師であったことやメルクリオと呼ばれていたことは知らない様子である。不幸中の幸いだ。
「うんそうだな、縄で縛っておいてやるか。移動中に、麻痺が解けたら面倒なことになるからな。うん、さすが俺。仕事を引き継ぐ相手のことまで考えている。まさにできる男だ」
相手は別の隅に移動し、こちらに背を向けて、木箱の中をガサゴソと漁り始める。
俺は、一気呵成に飛び起き、そして飛び跳ねる。
部屋の真ん中にあるテーブルを足で踏みつけ、飛び越え、一気に距離を詰める。
飛びかかる瞬間。
相手は俊敏に剣を抜き、そのままの勢いで俺に向かって剣を薙ぎ払う。
俺は素早く相手の眼前でしゃがみ込み、上空を剣が通り過ぎるのを待って、最速で立ち上がる。
そのまま相手の顎にアッパーカット!
相手は顎を撃ち抜かれ、そのまま縦に伸びて、ぶっ倒れる。
俺は、小屋の中にある武器を物色する。
いろいろ置いてあるが、俺にでも使えそうなものは、そうだな。
ショートソード一本。
ナイフ一本。
ベルトもいただいて剣を腰に吊る。
せっかくだから、兵糧と防寒着もいただこう。
そもそも、トラウトと物々交換のつもりであった。許してくれ。
大麦の入った麻袋と動物の胃袋で作られた水筒を、手近のはいのうにしまい込み、そのまま失敬する。
さらに、フード付きマントも羽織る。
荷物をまとめると、明かりを消して、静かに小屋の外に出る。
雲が空を覆い、月の光はない。
下に目をやると、松明の光が複数見える。どうやら、増援が小屋に近づきつつあるようだ。
小屋の真下に一人。松明を持った番兵がいる。
増援が集まってくる前に、まずこの番兵をなんとかしたい。
俺は、小屋の上から俺の荷物を、番兵の近くへ落下させる。
番兵は、突然落ちてきたものの正体を確認するため、俺の荷物に近づく。
そして、俺に背を見せる。
その瞬間を狙って、俺は小屋から飛び降りる。
あっさりと、番兵の背後をとる。
番兵は振り向くが、それよりも早く、俺は、ショートソードでもって相手の松明を切り裂く。
そのつもりが、しかし、当たらない。
これは、剣を扱うイメージが足りていなかったせいだろう。
番兵は小ぶりな斧を振りかぶり、全力で俺に向かってくる。
俺は、腰を深くおろし、軽く斧を避ける。
思い出せ。
メルクリオとの決闘。
手の動き、重心の移動、足の運びを!
大胆に踏み込み。
横薙ぎを放つ。
ショートソードは、ざくっと松明の上半分を切り落とす。
火の注いた上半分が地に落ちる前に、靴でこれを蹴り飛ばす。
番兵は、視界を失い、パニックを起こしている。
一方の俺は、全てが見える。
今なら、この番兵を好きなように料理出来るだろう。
しかし、俺は自分の荷物を拾い、森の中へと逃走する。
番兵と格闘しているうちに、敵の増援に囲まれてしまったら、目も当てられない。
無謀な戦いはしないに越したことはない。
そして、俺が一方的に有利なこの闇夜の間に、彼らから距離を取るべきなのだ。
尾根を越えて坂を下っていく。ひたすら南へ進む。
やがて道は平坦になり、木々の間隔もまばらになる。
夜はまだ明けていない。
突然、体が動かなくなってしまった。
どうやら無茶をしすぎたようだ。
倒木の陰にずるずるとうずくまり、体力回復のためにしばしの休息を取る。
ふと、目が覚める。
しばしの休息のつもりが、長時間の休息になってしまった。
木々の合間から薄明りが差している。
周囲はガスに覆われており、針葉樹に独特の芳しい香りが漂う。
体は動く。問題ない。
体を起こして、はいのうから取り出した大麦の粒をそのままかじる。
どうしようもなくまずい……。
さぁ、気を取り直して、改めて王国を目指そう。
しばらく歩くと、森の外に出る。
山裾の森林が途切れたのだ。
そして、眼前には荒野が広がっている。
昨日、観測したところによると、この先三キロメートルほどは荒野が続き、その先には再び森林が広がっている。
荒野は見通しがきくため、敵に発見されやすい。したがって、朝のうち、ガスが消えないうちに、荒野を渡りきってしまいたい。
そこで、俺は、荒野を走り始める。
突如、雷鳴が轟く。
そして。
ギェギェギェギェ!!
馬の蹄とともに、笑い声が近づいてくる。
振り返ると、黒騎士一騎。
周囲は深いガスに覆われているはずなのに、まるで躊躇することなく、俺を目掛けて一直線に向かってくる。
いくら走っても、徒歩では騎馬にかなわない。
追いつかれてしまうのは必至である。背中から斬りつけられるのは御免である。
俺は、笑い声が聞こえる方角に体を向ける。
覚悟を決めて、ショートソードを鞘から引抜く。
ヒェ~イェッヘッッヘッヘ!!
対するは、漆黒の馬に漆黒の鎧、漆黒の黒マントである。
爆笑騎士は、躊躇なく大剣を振りかぶる。
同時に稲妻が走る。
俺の頭上に対して無造作に大剣が振り下ろされる。
俺はスライディングし、転がりながらかろうじてこれを避ける。
それでも、防寒着のマントの端がざっくりと持っていかれる。
三回転して、素早く立ち上がる。
しかし、黒騎士は、既に霧の向こうへと去っている。
ヒェアーッハッハッハ!!
かと思いきや、テンションは高いまま、再び近づいてくる。
馬上の敵である。
俺のショートソードでは、かなり接近しない限り、敵に攻撃が届かない。
しかも、相手は騎馬の速度を持っている。仮に奴の懐に飛び込めたとしても、タイミング良く攻撃しなければ、振り遅れて逃げられてしまう。
一方で、敵の得物はロングソードである。しかも、馬上の高い位置から重力に従って振り下ろすだけである。
圧倒的に俺の不利である。
ならば、馬を狙うべきか。
しかし、馬を刺す間に、馬上の騎士は大剣の一撃を繰り出してくるだろう。
いっそ逃げようか。
正解である。騎馬にとって障害の多い、森の中に逃げ込むべきである。
しかし、ここは荒野のただ中である。
南の森まで一キロメートル以上の距離がある。
俺が森にたどり着くまで、相手が待っているなどとは、とても思えない。
ヒヤッハ!!
なにか、この状況をひっくり返すアイデアはないのか?
遠くから攻撃を仕掛けたい。
飛び道具としてナイフを持っている。
しかし、その数一本。
ならば、その一撃は必殺でなければならない。
かわされれば、もはや替えのナイフはない。
俺は、キョロキョロと周囲を見渡す。
無論、指輪の力でもって、敵の居場所は把握している。
しかし、霧の中で、あえて、敵を見失ったふりをしたのである。
そもそも、敵は俺の能力、目視しなくても周囲の様子を観測できるこの能力のことを知らないのだ。
敵は、俺の様子を観察して、一気に俺に仕掛けてくることだろう。ひょっとすると、多少油断してくれているかもしれない。
左手にはショートソード。
右手にはナイフ。
石ころを投擲するイメージを変容させる。
ナイフを投げる体の動き、そのイメージを作り上げてトレースする。
ウェッヒヒヒーーー!!
敵は、俺の背中側から迫り来ている。
俺は、大剣を振り上げる姿を知覚する。
もう目と鼻の先だぞ。
いやまだだ。
ぎりぎりまで引きつけて……。
今ッ!
俺は体を捻り、手首を固定したまま、素早く右腕を回転させる。
すると、イメージどおりにナイフが打ち出される。
ナイフは一直線に、無防備な馬の頭蓋に飛んでいく。
至近距離からの投擲である。
避けようがあるまい!
ヒェッハ!!
大剣がダンスを踊るようにして踊り狂い、ゆらゆらと左右に振れる。
ナイフは大剣に阻まれて弾かれ、むなしく天に向かう。
俺はスライディングして、からくも黒騎士をやり過ごす。
ギェエエエエエエ!!
黒騎士は、俺の側を通り過ぎるや否や、馬首を急速に旋回させて、俺に対して向け直す。
僅かな硬直を経て、すぐさま、俺に襲い掛かってくる。
そして、大剣を振り上げる。
その瞬間。
稲妻が走る。
時間が停滞していくような感覚。
アーーーーアアアアーーーー!
甲高い絶望の鳴き声が周囲に響き渡る。
黒騎士の大剣によって、空気は切り裂かれる。
と同時に、大剣の剣身に赤黒い光が纏わりつく。
大技が来る!
本能が悟る。
これは、避けられない……。
ヒェッハ!
その刹那。
霧の向こうから白騎士が現れる。
駆り立てられた白馬は、黒馬に激しくぶつかる。
黒騎士の大剣は、白騎士の大剣によって弾かれる。
黒騎士の大剣から赤黒のビームが放たれる。
そのビームは、俺の真横を、我が物顔で通り過ぎていく。
荒野が一直線に削り取られている。
紫の煙を発しながら、禍々しく赤く爛れているのだ。
恐るべき破壊力である。
ギェエエエエエエ!
黒馬が、獲物を仕留め損ねたと悔しそうにいなないている。
一方、白騎士の後から次々に騎士が現れる。
俺は、眼前の敵に集中していたがために、白騎士団の存在を観測し漏れていたのだ。
白騎士団は、黒騎士を包囲せんと巧みな動きを見せる。
対する黒騎士は、手綱を強く引いて馬首を急反転させ、そのままその場を後にする。
イヤッハッハッハー!!
最後まで、爆笑を忘れないようだ。
首筋に、ぽつりと水滴を受ける。
と同時に、激しい雨が降り始める。
白騎士団は黒騎士を追いかけない。
ただ、俺を取り囲んで、静かに屹立している。
しばらくすると、その背後から馬車が現れる。
白騎士の一騎が、俺に対して声をかけてくる。
「メルクリオ殿ですな。ならば、これは余計なお節介であったかな」
白騎士は、兜のバイザーをあげる。
そいつは。
そいつは、白薔薇騎士団長、ファウスト・コルビジェリであった。




