39 疑心暗鬼
「聖堂騎士団の船団が、帝国領内に漂着したそうです」
報告によれば、聖堂騎士団兵数二千が漂着したのは、大要塞の以北であり、かつ、神聖帝国の懐中に位置する。
そもそも、聖堂騎士団とは、共和国内のゼノン教狂信者集団であり、かつ、軍団を形成している。
しかも、共和国と何らかの利害があるものと憶測されている。
その聖堂騎士団が、突如、神聖帝国領に踏み入ったのである。
「何故、聖堂騎士団は我々の下に来なかった?」
仮に、フェルナンの言うとおり、聖堂騎士団がアルデア王国と共闘し、神聖帝国と戦うつもりであったとする。それならば、聖堂騎士団は、大要塞に入り、アルデア王国と歩調を合わせるのが自然ではないか。
「嵐により北方にまで流されてしまったとのことです」
「それで、聖堂騎士団は今後どうするつもりか?」
「わかりません。なお、漂着地付近には神聖帝国の砦があり、既に帝国軍は大部隊を集結させているようです」
俺は、アルデアの諸将に対して、大要塞以北への侵略を厳に禁じている。これ以上、神聖帝国を刺激したくないからだ。
無論、聖堂騎士団から援軍を請われても、我々は彼らを助けることはしない。
「共和国は我らに対する好意でもって、教会を動かし、聖堂騎士団を派遣してくれた。それなのに……」
「見殺しにするというのか? 彼らは我らの兄弟だというのに」
「恩には報いるべき」
「何のための王国兵だ。臆病風に吹かれやがって」
「今こそ、進軍の時!」
聖堂騎士団の出現については、緘口令を布いたつもりであった。
それが、いつの間にか大要塞において周知の事項となっている。
しかも、援軍の派遣を望む声が日に日に大きくなっていく。
しかし、何があろうとも、絶対に俺は動かない。絶対に援軍の派遣を認めない。
そう考えていた。
監視塔の一室にて、緊急会議が催される。
テーブルを囲うのは、五大貴族に宰相、王様、さらにはアウグスタである。
そして、真っ先に口を開くのは、普段の愁眉もなく、晴れやかな顔をした辺境伯フッチである。
「いやはや、英雄のお二方におかれましてはご機嫌麗しく。見事な快進撃で、蛮族共を駆逐してしまいましたなあ。この勢いそのままに、聖堂騎士団を救い、さらに、蛮族共が二度と我らに楯突くことなきよう奴らを徹底的に痛めつけましょう!」
フッチ如きの物言いは別にどうでもよい。
それよりも、気にかかることがある。
宰相は、いつもならば積極的に嘴を入れて、議論の流れを支配する。それが、今日だけはだんまりである。むしろ、俺の様子を静かに観察しているようだ。
レオナルディ公爵ルイジも、心の底ではフッチの意見に賛成なのだろう。つまり、今こそ、神聖帝国の脅威を除く絶好のチャンスだと無邪気に信じているのである。したがって、フッチに反論することもない。
神聖帝国と通じているというザンピエーリはどうだ?
この男は、帽子の羽飾りを繕うばかりである。何故、今ここで神聖帝国に肩入れしないのか、全く意味不明である。
デシカ伯爵はいつもどおりの半笑いであり、何を考えているのかさっぱりわからない。
少なくとも頼りにはならない。
そして、フッチを操るデルモナコ伯爵は、椅子に深く腰掛け、にんまりと満足げな表情である。
繊細な手つきで己の髭をこねくり回しつつ、俺の顔を無遠慮に観察している。
その顔はこう言っている。
お前が、戦争継続に反対しているのは知っているぞ。だが、大勢は戦争継続に決しておる。今までご苦労だったな、と。
俺は、今までの根回しが全て無効化されていることを知る。
それでも、何か打開策はないか。
戦争を回避する手立ては残されていないのか。ひたすらに思考を繰り返す。
デルモナコは大きく頷き、口を開く。
「他に意見もないようだから、満場一致で派兵と決すべきですな」
事実上の勝利宣言である。
「しかし……」
「待て!」
俺と同時に、アウグスタが声をあげる。
そして、そのまま続ける。
「王国が大要塞に駐留する限り、帝国は大要塞に対して手も足も出ない。戦略的に考えて、これ以上の北進は危険以外の何物でもない」
戦略を絡めた優秀な意見である。
しかも、俺の言いたいことを汲んでくれている。
彼女は、決して俺の考えに賛成ではなかった。それでも、俺を立ててくれたのだ。
対して、フッチが返す。
「おやおやおや!? 雷神様はお疲れ気味のようですな、ワハハ」
デルモナコが続く。
「帝国の始祖、雷神のように大陸を一代で征服されたお方も、現世ではもうはや和平論にしがみつく。ハッハッハ。らしくないのではありませんかな?」
「いえ。わかりますとも。さすがのアウグスタ様も、戦の勘所、戦術の妙を失っておられるご様子。現役から千年も経っておりますゆえ、無理なき事ですな」
「後は、我々今の世代にお任せあれ。なんとなれば、始祖様にはゆっくり静養できるように、我が領内屈指のリゾート地でもご案内いたしましょうかな」
「はっはっは、それは妙案ですな。ウハハハ」
「アハハハ!」
「しかし、我々のような凡人には『もののふたるもの、最後の一塊になろうともつるぎを振り続けよ』という格言がありましてな」
「左様。賢い方々のように、無意味に命を永らえることにさして重きを置かぬのです」
フッチとデルモナコが悪い笑顔で話を強引に進めていく。
アウグスタの顔に珍しく色が差す。
俺は口を開く。
「何故、それほどまでに戦争に飢えている?」
「これはこれは。双剣の英雄殿ではありませんか。いやはや。あまりの静かさに、貴方様が同席していらっしゃるとはついぞ今に至るまで気が付きませなんだな」
「まったくにございます。こりゃ失礼!」
二人揃って反論してくると、なかなかにうざい。
「君達には各々の立場があり、利益がある。それはわかっている。しかし、どのような立場であったとしても戦争で得られる利益はたかがしれている。一過性のものに過ぎない。君達は目先の小さな利益に固執して大局を見失っている」
「は?」
「余の大都市構想は、皆も聞き及んでいることと思う。産業の涵養こそがこの国の喫緊の課題である。産業の涵養は国力増大につながり、国力増大は巡り巡って君達の欲望を満たすことになるだろう」
「はてさて。古代帝国の威光はあまねくアルデア大陸、南の大陸にまで及び、その国力は神聖不可侵であったと聞く。国土の拡大こそが永遠の国力を生む。それは自明の理ですぞ、机上の英雄殿。大都市構想など、そのような娯楽は後回しで良いではないか」
デルモナコは、最後は吐き捨てるように返答する。
結局、誰も何も理解してくれてはいない。
俺は、大都市構想を馬鹿にされたことが許せなくて、少し感情的になってしまう。
「大都市構想を理解出来ないというのは、とても残念なことだ。だが、それならば致し方ない。戦争に限定して言わせてもらう。聖堂騎士団は大要塞にではなく、帝国領内に漂着した。漂着してしまったのではない、故意に漂着したのだ。それは何故か」
「知らぬわ、そんなこと」
「有体に言えば、コルドバ共和国は聖堂騎士団を帝国に派兵した。王国が聖堂騎士団を助けることを見越して、つまり、王国が帝国と再戦するように仕向けた」
「そのような戯言!」
「共和国は、王国と帝国とを永遠に戦わせ合いたいと考えている。第三者である共和国に旨味があるからだ。我が王国は、そのような姑息な戦略に、まんまとのせられてもよいものか?」
「なんと無礼なことをッ! 共和国に限ってそのような卑劣な行為。ありえぬ」
これに、フッチが続く。
「そもそも、共和国執政官の一人は、英邁なるイザベラ王女の妹君、オリヴィア様にあらせられる。彼らが王国をたばかるなど、そのような子供じみた陰謀論はおよしなされ」
「しかも、聖堂騎士団は共和国の兵などではなく、教会に属している。教会が、共和国の指示に従うことなどありえぬ。つまり、教会が独自の判断で聖堂騎士団を派遣したのだ。貴殿の発言は、事実誤認も甚だしいですぞ」
「いくら双剣の英雄殿でも、これはひどい……」
この二人は、完全に共和国の言いなりである。
こういった輩と議論していても意味がない。しかし、俺の意見が真っ当であることを宰相に理解させなくてはならない。であれば議論を放棄するわけにも行かない。
俺は、宰相に顔を向ける。
「外交とはそもそも、最悪事態を想定して行われるべきものである。これを前提に、我々は、共和国の利益ではなく、王国の利益を最大限に考慮して行動すべきだ」
フッチは目をむく。
「なんと!」
ここで、ザンピエーリが鷹揚に言葉を投げかける。
「あらあら。そんな話、もうどうでもいいことじゃない。英雄様もそれ以上話すだけ無駄よ。あたし達は貴方達と違ってこの時代に守るべきものがあるもの。で、進撃開始、ってことでいいわね、オクセンシェルナ?」
宰相は居住まいを正して応える。
「いろいろ貴重な意見をいただきました。特に、大都市構想の有意性については、理解を深くしておるところであります。そうですね。真に勝手ではございますが、今後の方針については急ぎ、王と私とで加速的に検討の上、皆様には後日結果をお伝えすることでこの会議の決定に変えさせていただきたいと考えます。本日はお集まりいただき、誠に有難うございました」
「力になれなかった」
アウグスタが項垂れている。
周囲に、イクセルを除く七英雄が集う。
俺は頭痛を催している。
しかし、努めて明るく応える。
「気にしないでくれ」
カタリナが心配そうに俺の顔を覗く。
「で、どうだったの? 戦うの? それともこれで終わり?」
「このままでは、戦うことになるだろう」
「そうなんだ……」
カタリナは、戦争継続に賛成なのか反対なのか、よくわからない。
ヴィゴが軽口で続く。
「まっ、難しいことは考えんなって。俺達に期待される役割は所詮、傭兵のお仕事レベルさ。戦争で活躍しさえすりゃ大事にしてもらえる。活躍の場があるのはいいことだ」
それをロビンが咎める。
「それは違う。我々に求められているのはこの国の行く末を安定させることだ。傭兵などと一緒にされては困る」
「変な色気を出すなって。誰も、俺達老人の高説なんかにゃ、興味ない。若い奴らが若い奴らなりに考えた方針なんだろ? だったら、従ってやるまでよ。それが優しさって奴だ」
「馬鹿なことを言う。我々は、古代の知恵を今の時代に伝播して、この時代この世界で新たな繁栄を築かなくてはならない」
考え方はそれぞれだろう。
ヴィゴとロビンは永遠に平行線をたどる。
俺は、無口なイェルドに声を掛ける。
「先日、激怒皇帝に出会った。皇帝は自分のことを焔龍イェルドと名乗っていた。君には、何か心当たりがあるか?」
「覚えはない」
イェルドは静かに否定し、押し黙る。
ドゥーエが僅かに面を上げる。
「その話が本当ならば、これからの戦いはおそらく苛烈なものになるだろう」
「どういうことだ?」
「この辺りで身を引け。大都市構想とやらに集中するがいい」
「皆が私の大都市構想を支持するのは、つまり、私が戦争の功労者だからだ。その立ち位置を失うと、大都市構想など見向きもされない。誰かさんが功労を立てて、無理矢理演奏家として宮廷に潜り込む図式と同じだ」
「失礼だな。俺の演奏は最高だ」
しかし、ドゥーエは無表情のままである。
「やれやれ」
しばらくして、ドゥーエが俺の顔を直視していることに気付く。
「一つ忠告しておく。君のその、この世界で我武者羅にでも活躍したいという感情は、いつか君自身とこの世界に牙を剥くことだろう。それは間近のことなのか。それとも遠い将来のことなのか。いずれにしても、その態度を改めない限り、ろくな死に方は出来ない」
「そんな抽象的なことを言われても困る。少しでもいい世界にしたいと、私は願っているだけだ」
俺の根源を見透かされたような発言に、俺は苛立っている。
天才に何がわかるっていうんだ。
「心底そう思っているなら問題ない。俺は、君に似た人物の、哀れな末路を知っている。君に同じ運命を辿って欲しくないだけだ」
和平交渉から半月と経ずして、王国軍は大要塞を出て、帝国へと侵攻することとなった。
俺の意思とは全く無関係に、である。
俺は、散々警鐘を鳴らしてきた。にもかかわらず、宰相を始め大勢は、侵略戦争に対する危機感が薄く、楽観的な論調に終止した。
やりどころのない怒りを抱えながらも、俺はしぶしぶ戦略を練る。
まずは守勢と攻勢を分ける。
守勢は、大要塞に歩兵千人を配置する。
ロビンとカタリナ、レオナルディ公爵が指揮を執る。
攻勢を二つの陣に分ける。
第一陣兵数四千は俺が率いる。付き従うのは、ヴィゴとアウグスタ。
第二陣兵数四千はドゥーエが率いる。付き従うのは、イェルドのみ。
総指揮はペーター王である。
攻勢の戦略は、帝国の懐に駐留する聖堂騎士団の救出である。
しかし、決して、それだけでは終わらないだろう。
とはいえ、俺自身、連戦連勝を経て、どこかしら楽観的な思考に憑りつかれていたのだろう。
すなわち、天に愛されし俺さえいれば、王国に敗北なし、と。
七英雄が、イクセルを除いて一同に会す。
アウグスタが、神剣フルグルを天に掲げる。他の英雄もこれに呼応して、銘々の得物を天に掲げる。
「己の使命を心に刻み、大いなる力でもってこれを果たす。しばしの別れ。しかし、変わらぬ友情と汚れなき高志、無限の勇気でもって、再びこの地で再会することを誓う! 私に力をッ! 貴方に夢の続きをッ!」
「夢を果たそうッ!!!!」
進撃開始である。
王国軍は大要塞を背にして、大橋梁を進む。覚悟を新たにして北方の荒地を踏みしめる。
そこには、赤茶けて、そしてひび割れた荒涼たる大地が茫漠と広がっている。




