38 相見る二将軍
大渓谷の北側には荒野が広がっており、その荒野のただ中に一つの寒村がある。
秋晴れの午後。
その寒村に、今日この日、アルデア王国、神聖帝国、コルドバ共和国の権力者が集う。
アルデア王国と神聖帝国は、長きにわたり、戦いを繰り返してきた。
それを、コルドバ共和国の仲介により、和平交渉を執り行うというのである。
さて、眼前に一軒家が佇んでいる。
木造のぼろ屋であり、ほんのりと色づいた蔦がその壁面を這っている。
劇的な舞台であるはずなのに、その見てくれは実に侘しいものがある。
我々は、ペーター王を筆頭として、宰相、アウグスタ、ヴィゴ、イェルド、さらに俺が、その側に控える。
ふと、策の向こうから禿頭の男が現れる。
背は低く痩躯。年齢は五十を過ぎている。
とはいえその動きはテキパキとしており、同行者に対して次々に大声で指示を下している。
宰相は一歩進んで、男に近寄る。
「執政官殿。この度は、アルデアの平和のためお骨折りいただき、感謝します」
「アルデアの平和は、我々にとっても望むべきところ。この程度貸しにもならん。気にするな」
この男が、コルドバ共和国の執政官ゴンサロである。
同国では、三人の執政官が元老院の信任を得て、絶大な権力を行使するという。
さて、平身低頭の宰相に対し、ゴンサロはぶっきらぼうな態度である。
とはいえ嫌な感じはしない。自信に満ち溢れており、裏と表がないように見えるのだ。
「ご厚意に甘えます」
「それよりも、その人達が七英雄か?」
ゴンサロは、英雄達の顔を値踏みでもするように眺めた後、付き人を振り返る。
「将軍フェルナン。貴様は、彼らと戦って勝てる自信があるか?」
「私などの実力では到底、彼らに及びつきもしますまい」
付き人フェルナンは否定するも、その顔は、いささかも劣るまいと語っている。
年は、三十代の半ば。
整えた顎ひげがトレードマークであり、美々しく着飾ってはいるものの、隠しきれない武闘派の雰囲気がある。
南国風の大胆な顔つきをしており、鍛え上げられた体躯は圧倒的な存在感を示す。
フェルナンは続ける。
「メルクリオ殿。貴方の今生はタペストリーに描かれて、我が国にも輸入されています。無論、私も、武人として貴方を尊敬しています。是非とも後ほどお話を聞きたい」
「……」
タペストリーに描かれているのは、はたして、俺かドゥーエか。
とはいえ、武人としての俺は、もう随分と昔に廃業している。
ゴンサロが話を引き継ぐ。
「フェルナンは、剣一本を頼りに剣奴から大将軍にまで上り詰めた当代きっての大英雄だ。是非、後ほど英雄同士で語らっていただこう。それはそうと、先方もご到着のようだ」
現れたのは、僅かに三騎である。
三騎のうち誰が激怒皇帝であるかは、見ればすぐにわかる。
その形相は、怒髪天といった言葉がぴったり。
棘の生えた鎧をまとい、毛皮付きのマントを羽織っている。この場に乱闘に来たと言っても納得してしまうような出立ちである。
二人目は、打って変わって物静かな女性である。
しかしながら、よくよく見てみると、こちらも相当に異様である。
白い帽子に白いドレス。肌も髪も白く、瞳だけが唯一色を持っている。
最後の一人は、パンチが効いている。
ハンバーガーショップの前で長椅子に腰掛けていてもおかしくないような道化師の風体である。
もっさりとしたアフロヘアが小刻みに動いており、クリクリとした瞳は外界への好奇心に満ち溢れている。
「クキャキャ」
何だかはしゃいでいる。
民家の中央に立派なテーブルが据え付けられる。
テーブルを挟んで向こう側には神聖帝国の三人が着座する。
手前には、ペーター王と宰相、そして俺。
脇には、ゴンサロ執政官と、ファルナン将軍が控える。
この世界の権力者が一同に介した絵面だ。
なお、他の英雄達は民家の外に待機している。
ゴンサロが口火を切る。
「この集まりの意味は双方理解のこととと思う。後々のしこりとならぬよう、存分に意見を交わしてもらいたい」
対して、激怒皇帝が意外にも穏やかな口調で返してくる。
「余は、もとより和平の意思などない」
気の狂ったことを言っている。
駄目だ、これは。
しかし、ゴンサロは怯まない。
「それは違うだろう?」
ところが、激怒皇帝はこれを無視する。
「二つ聞いておく。まず一つ目。貴様らは、箱を差し出す気はあるか?」
ペーター王は率直に聞き返す。
「箱とは何です?」
「アウグスタの箱だ。知らないのか?」
「雷神の……? 知りません」
「しらばっくれるならばそれでも構わん。では2つ目。アテナイの腰抜けも、余に歯向かうということでよいのだな?」
すると、道化師が追撃してくる。
「ここで共和国がしゃしゃり出てくるのは不自然ですとも。そうですとも」
つまり、激怒皇帝はコルドバ共和国をその首都アテナイとして称したのである。
ゴンサロは眉間に皺を寄せて返す。
「我々は中立だ。言わずともわかるでしょう。もっとも、我々は名誉を重んじる。侮辱するのであれば、交戦を避けることはしない」
ゴンサロは、激怒皇帝の気迫に負けない。
傍らにいるフェルナンは、沈黙を続けているものの、そのにこやかな表情が圧倒的な存在感となって場を制している。
対して、激怒皇帝はあくどい笑顔を浮かべる。
「よくわかった。その時は、アテナイの街に骸の城壁がたち、血の雨が降ることだろうよ」
ゴンサロは、このままでは話が進まないと、話の方向を修正する。
「率直に言おう。この辺りで戦争はやめてくれませんか? アルデア大陸は戦争のために貧困化している。こんな戦いに何の意味があるという? 我々にとっても、北アルデアと交易できないのは損失だと考えている」
「それを貴様らが言うのか? 栄華を誇った帝国ネアから遺産を掠め取ったにもかかわらず、何も新たに生み出すことなく、怠惰に過ごしているだけの貴様らが!」
「……」
さすがのゴンサロも激怒皇帝が何に激怒しているのか理解できず、ただただ押し黙るばかりである。
つまり、もはや交渉の体をなしていない。
どうする。
このままでは俺の大都市構想が、俺の夢が潰えてしまう。
まだだ。
まだ、議論の余地はあるはず。
考えろ。
知識を総動員しろ。
俺は、そのためにここにいる。
ゼノン神父の話。師匠の話。そして、美老人インゴの話。
全てがつながる。
帝国は、庶民の奮起に期待して裏切られ、もはや二度と庶民に期待すまい、徹底して奴らを支配してやると考えている。
俺は口を開く。
「今、人々は活躍の場がないと諦めている。ならば、活躍出来る仕組みを作ってやればよい。新製品を作る場を用意し、交易の場を用意する。人々は、より大きな富を求めて血眼になって工夫を凝らし、文明の発展に寄与することだろう」
「……」
「人々が活躍する仕組みは、もう間もなく完成する。商業発展、そこから始まる富の蓄積。古代帝国とは違ったやり方で古代帝国を超える高度な文明を築く。つまらない理由で戦っている場合などではないぞ」
全員が俺を凝視している。
しばらくして、激怒皇帝が静かに尋ねてくる。
「貴様は何だ?」
「メルクリオ。英雄だ」
俺はあえて権威に縋ったのである。
途端に、大音量が家屋を震わせる。
「フハハハハハハハハ!」
「……」
「貴様がか? それならばメルクリオ君。この場で俺と殺し合いをしないか?」
どうしてそうなる?
続いて、道化師が狂ったように笑いだす。
「クキャキャキャ! 裏切りの? クキャキャ!」
しばらく哄笑が続く。
対して、ゴンサロが応える。
「待ちなさい、ここはそういう場ではない」
眉根をひそめ、首を傾げながら、嫌そうな顔をしている。
それでもさらに続ける。
「我々も聞き及んでいる。アルデア王国の大都市構想。それに商業革命と言ったかな。興味深いとも思っている。それに加えて、我々三国が手を取り、交易圏を拡大すれば、人々の生活は劇的に改善されるだろう。それこそが、貴方の言う『何かを生み出すこと』につながるのではないか?」
すると、帝国の白い人が静かに喋り始める。
「私達はこの千年間、先程の言葉と同じものを何度となく聞いて参りました。ですが、国という縛りに邪魔されて、皆何事も成し遂げることなく消えていきました。結局、勇ましい言葉が交わされるだけで、その内情は何も変わることはなかったのです」
自分自身に対して言い聞かせている。そんな印象を受ける。
しかし、千年間というのはどういうことだろう。
そんなに生きているようには見えない。
俺は言葉を返す。
「それでも私は知っている。一度没落しながらも人々の知恵を集めて再び蘇り、それどころか、かつて以上の豊かさを享受している世界のことを」
宰相が俺にサインを送っている。これ以上はやめろというサインだ。
アルデアが一方的に和平に対して前のめりになると、帝国に付け込まれると言いたいのだろう。
しばし沈黙が訪れる。
今まで押し黙っていたフェルナンが一同を眺め回し、おもむろに口を開く。
「このような場で、想定外の面白い話が聞けました。メルクリオ殿にまずは感謝を申し上げたい。ところで、このまま押し問答をしていても話は終わりません。少し休憩を挟みましょう」
「……」
「本日は、メルクリオ殿以外にも、古代英雄の面々をお招きしていると聞いております。せっかくですので、古代帝国の礎であった彼らの意見も伺ってみたいところ。ちなみに、どなたをお招きしているのでしょうか?」
大都市構想を理解しているのは俺だけであって、他の英雄は全くの蚊帳の外である。
彼らに、下手な意見を言われてしまうとまとまるものもまとまらなくなる。困ったことになった。
宰相が応答する。
「七英雄が臨席すると威圧になるのではないかと思い、代表としてメルクリオ様のみ臨席していただいております。ちなみに、本日臨場しているのは、他に雷神のアウグスタ様、怪腕のヴィゴ様、そして焔龍のイ……」
「貴様ァァァッ! どれだけ、俺様をコケにすれば済む!!」
いきなり、民家の天井にテーブルが突き刺さる。
テーブルの向こう側では、激怒皇帝が仁王立ちしている。
剥出しの双眸、激怒状態、今こそ極まれリ、だ。
既に、宰相は激怒皇帝によって胸ぐらを捕まれ宙吊りになっている。
「なにをするか、あほんだらあ!」
ゴンサロがブチキレる。
それよりも早くフェルナンが動き、激怒皇帝の腕を捻って、宰相を救出する。
「あッ? イェルドがどこにいるだって? 脳みその代わりに野糞が詰まっているんじゃないのか? その頭蓋からひりだしてやろうか? 目玉のかわりに石ころでも詰めているのか? せめて、動物の目玉でもぶち込んでおけ! ええ? どうなんだ! 貴様らの目の前にいる俺様がイェルドだろうがッ! この千年間貴様ら愚民どもの成長の無さに我慢し続けてきた俺様に向かって、何が待てだ! お前ら全員生きたむくろから死んだむくろに還るがいいぞ!」
「陛下、お鎮まりください。それでは、今までの苦労が水の泡です」
「キャキャキャ、王国は偽者の英雄を担ぎ出しましたよ。悪い心が透けて見えますねぇ。ああ、イヤダイヤダ。私めのスマイルも失われてしまいますよ」
「このような茶番はおしまいだ。貴様らは最初から全殺しと確定している。その細首、必ずねじ切ってやるぞ!! 精々首を洗って待っておけ!」
激怒皇帝は民家の壁をぶち破る。そして、戸外へとダイナミックに退出する。
白い人、道化師もこれに続く。
迫力に圧倒された。
ゴンサロも難しい顔をしている。
フェルナンが俺に向かって、穏やかに口を開く。
「あれは英雄イェルドを名乗っていました。イェルドといえば、北海の王者。今でこそ、英雄と呼ばれてはいますが、その実、王族の末子に位置しながらも、優位の継承権者三十五人を皆殺しにして、焔龍たる国王の座を手に入れた恐ろしき実力主義者と聞きます。確かに、気性の荒さでいえば、激怒皇帝のそれに近いのかもしれません」
「まさか本物だとでも?」
しかし、だとすると、俺達と行動をともにしているイェルドは一体何者なのだろうか?
「自分を英雄と勘違いした狂人に相違ありません。それに、仮にあれが本物の古代英雄であったとしても、あのような邪悪な振舞いを放って置く訳にはいかない」
「しかし、戦いは避けたい」
「おそらく、奴らは最初から和平の意思など持っていなかったのでしょう。しかし、このような結果になってしまったことに我々も責任を感じざるを得ません」
「……」
「残念ながら、我が国は三頭の意見が合致しない限り、表立ってそちらに協力することは出来ません。それに、そちらもそのようなことは望んでいないでしょう。そこで、教会に助力を請うてみたいと考えます。彼らが聖堂騎士団を派遣してくれるならば心強い。我々の罪の意識も少しは晴れるというものです」
「我々はこれ以上の侵攻をするつもりはない。ここが区切りです。奴らが攻めてくるならば大要塞で食い止めるだけ」
俺は素早く反論する。
聖堂騎士団という単語から、とてつもなく嫌な予感がするからだ。
「もちろん、どのような判断であれ、貴国の戦略を尊重します。ただ、支援の用意はあると、そう伝えたかったまで」
フェルナンはいささかも誠実な態度を崩さない。
しかし、一瞬だけ鋭い目つきを見せた。俺は見逃さなかった。
その点に、僅かな引っ掛かりを感じる。
一方のペーター王は、興奮から醒めて、安堵を見せている。
「フェルナン将軍の後ろ盾があれば、怖いものはありません」
ゴンサロが続く。
「神聖帝国と国交正常化出来なかったのは、貴国にとっても、我が国にとっても大きな痛手である。この点、貴国と我が国は利害が一致していることを再確認した。今後とも、貴国とは緊密な協力関係を続けたい」
「ありがたきお言葉」
「それに加えて、新たな発見もあった。メルクリオ殿、私は貴方に興味がある。是非、私の商会を訪ねてきて欲しい」
気落ちしながらも、大要塞に帰還する。
すると、意外なことに、要塞内は大変な活気に満ち溢れている。
「さぁ、戦いましょう、兄上! 激怒皇帝、あんたを倒すのはこのわたしよ!」
広場で宣言するのはキアラ姫である。
夜空に向かって、意気揚々と短剣を振り回している。
おそらく、弟のアルから姉は戦いを知らないと言われたのが堪えたのだろう。
キアラは、取巻きに向かって勇ましく続ける。。
「あんた達も抜かりないわね? 私のイレブンナイツオブラウンドッ!」
「我々はいつだって抜かりありません」
「姫は、城に帰って昼寝でもしておいてください」
「そのようにはしゃぎ回ると、後々、筋肉痛に苦しみますよ」
「既に、肩で息をしておられる。お労しや」
「恐れながら、姫は武術の心得がありません」
「戦場で周りの足を引っ張るのは勘弁ください」
「うわっ! あんた達本当にムカつくわね。でも、わたくしは勝利の女神なの!」
「誰だ、そんな出鱈目を吹き込んだのは?」
「可哀そうに、すっかり信じ込んじゃってるじゃないか」
「なんでそんなに自信が持てるんだろう?」
「あら? 知りたいの? 知りたいんでしょう?」
「いえ、別に」
「まぁ、どうでもいいか」
「今日の晩飯なんだっけ」
「それはね。わたし、ボードゲームで一度も負けたことがないのよ。凄いでしょう? 凄いわ! わあ凄い!」
「あぁ……」
「相手に接待してもらったパターンだな」
「やっぱり駄目なやつだ」
「期待した俺が馬鹿だった」
キアラは、取巻きの反応に大変不服そうである。
「そのような、はしたない行動はやめてくだされ」
暗がりから現れたのは、司教姿の男である。
「あら、こんばんわ。イーヴォ様」
「玉のお肌に傷がついてしまったらどうなさるのです? それはそれはとてもいけないことですよ。神の思し召しに逆らうことです」
イーヴォ司教は、キアラの肢体を舐めるように見ている。
「そうよねぇ。わたしの美貌にもしものことがあれば、国の損失になるわね。でも、私の軍才も捨てがたい」
「捨てなされ」
「やだ」
「えっ?」
「やだ。さぁ、行くわよ! 進軍開始ィィ!」
キアラは門に向かって走り出し、取巻きは慌ててその背を追いかける。
イーヴォ司教は一人その場に取り残される。
「困った人でおじゃる……」
俺は、イーヴォ司教のおかげで、少し癒やされた気がした。




