表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
34/288

34 天駆ける騎兵

 俺は眼下の光景に飲まれている。


 高原に躍り出た五百騎は、獅子の旗を掲げていることから、王国騎兵で間違いない。

 しかし、どの部隊が、どのような経路で、何のためにやって来たというのか。

 今までの情報を整理しても、この援軍は全くありえない代物なのである。


 帝国軍の思考もおそらく俺と同じであるはず。

 しかも、大要塞の方面から来たというのは、大要塞に何らかの異変が生じたことを意味する。

 そして、大要塞は兵站の要である。

 したがって、最大限の警戒に値すると考え、戦闘を中止し、全力で後退したのである。

 

 もっとも、俺のことを指揮官と認識していれば、どのような状況であれ、まず俺に止めを刺しただろう。

 しかし、運の良いことに、俺は雑兵に間違われて捨て置かれたのである。




 それはさておき、援軍は五百騎のみ。

 いくら待てども後続はない。


 帝国軍は正確に戦力差を読み取り、山城包囲網を崩すことなく、五百騎討伐部隊を捻出する。 

 二千ほどの軽装歩兵で即席の横列陣を作り、五百騎を迎え撃つ。


 五百騎は部隊を前軍と後軍に分け、後軍を待機させ、前軍をそのまま帝国軍に突っ込ませる。

 前軍は、無人の野を行くが如く、帝国軍横列陣を中央突破する。

 続いて、待機中の後軍が波状攻撃を仕掛ける。

 と同時に、前軍は扇形に展開し、踵を返して横列陣の後背に取りつく。

 

 帝国軍の横列陣は、挟撃に遭い、堪らず崩壊する。

 一瞬の間に溶けてなくなったのである。


 この五百騎は圧倒的に強い。

 なかでも、先頭の強さは眼を見張るほどである。

 双剣の旗を掲げているところからすれば、あれはドゥーエではなかろうか。

 

 五百騎はさらに進撃する。

 帝国軍包囲網に接近し、直後に散開して小部隊を誘き出し、俊敏な動きでこれを撃破する。


 しばらく経ってから、俺は、各斜面の戦線が安定していることに気付く。

 五百騎が帝国軍の注意を引き付けてくれたおかげで、こちらは態勢を挽回出来たのである。




 突然、五百騎は動きを止める。

 そして、馬上から荷物を下す。

 その荷物は紛れもなく人間である。その数三十にものぼる。


 下ろされた人達は帝国軍に向かっていく。

 足を縛られているのだろう。その動きはぎこちない。

 

 驚くべきことに、帝国軍は彼らを邪険にすることなく迎え入れる。

 その様子からして、彼らは帝国軍兵士であり、五百騎によって捕虜とされていた者達である。今、五百騎はその捕虜を開放したのである。


 五百騎はいつ、どこで捕虜を手に入れたのだろうか。

 そして、何のために捕虜を解放したのだろうか。

  

 その時。


 パオオーーン!!


 高原に再びの音色が響き渡る。

 と同時に、帝国軍は包囲網を解き、急速に西に向かって動き始める。

 その行軍はスピード重視であり、形振り構わぬ様子である。したがって、各所に孤立する部隊が生じる。


 五百騎はその孤立した部隊を目敏く感知し、ハゲタカのようにして次々とこれを啄んでいく。

 その感知能力は、まるで高いところから帝国軍を見下ろしてでもいるかのように正確無比である。

 

 一方の帝国軍は、五百騎など大事ではないと言わんばかりにこれを構うことなく、粛々と西進する。

 五百騎はこれを見て獲物を捨てて、帝国軍に先行して谷道へと引き返す。むしろ潔いほどに逃走を開始したのである。




「ヴィゴ様からの伝令です!」


「え?」


「帝国軍に返礼したい。今すぐ追撃を開始するとのこと!」


「……」


 なんと、彼もこの激戦を生き抜いていたのである。

 しかし、追撃に入るというのは独断専行以外の何物でもない。

 とはいえ、よくよく考えると、それは道理にかなっている。

 今、帝国軍は山城攻略を諦めて、逃走を図っているのである。これを追いかけて損害を与え、戦果を拡大すべきである。


 しかし、帝国軍は、今なお我が軍よりも強大である。

 つまり、弱小の五百騎を強大な帝国軍が追いかけ、その強大な帝国軍を弱小の我が軍が追いかける図式になる。

 仮に、帝国軍が開き直って反転するならば、我が軍は死闘を覚悟しなければならない。

 

 それならば、安全な山城に籠ってやり過ごすべきではないか。


「アウスグスタ様からの伝言!」


「おう!」


 彼女もまた生きていてくれた。思わず、強張っていた頬が緩むのを感じる。

 最悪の事態も想定していたのだ。


「第二陣は既に大要塞を落としている。そう推測されるとのこと」


 何故、そのような推測が出来る?

 確かに、そのように推測するのであれば、先程の捕虜は大要塞攻略により得たものと言える。

 そして、大要塞の方角から五百騎が現れた理由にも説明がつく。


 帝国軍は捕虜の引渡しを受けて大要塞の陥落を知った。

 そもそも、帝国軍にとって、大要塞を通る以外に帝国領へのルートがない。つまり、大要塞を奪われることは生命線を絶たれるのと同義である。

 したがって、大要塞を奪還すべく、形振り構わず大要塞に戻ろうとしている。

 眼前の事態をそのように説明出来るのである。


「しかし」


 第二陣はコルビジェリ城で油を売っていたはずだ。

 まさか、それは単なる見せかけであり、そのような振舞いで敵味方を欺いたというのか。

 確かに、稀代の英雄ならば、そのような曲芸も不可能ではない。


 そして、ドゥーエならば……。


「帝国軍を追撃したいとのこと!」


「……」


「王様からの伝言です! ただ今戦線に復帰!」


「ならば全軍に命じる」


 三日間の徹夜で俺の体は疲弊している。

 しかしながら、体内に力が漲ってくる。


「はッ!」


「最速でもって追撃戦に移れ! 孤立した小部隊をかまう必要はない。主力を追い落とせ!」


 大要塞が陥落したという事実は定かではない。なんとなれば、これは帝国軍の計略であり、帝国軍は逃走すると見せかけて、我が軍を野戦に誘き出そうとしている。そう考える余地もある。

 しかし、仮に大要塞が陥落していたとすれば、帝国軍を第二陣と第一陣で挟撃するチャンスでもある。

 つまり、この追撃は博打なのである。




 俺も部隊を率いて、山を下りる。

 各隊と合流し、そのまま帝国軍の追撃に入る。 


 ところが、帝国軍は俄かに反転する。

 決死の形相で我が軍に牙を剥いてきたのである。


「何故だ?」


 俺は、博打に負けたというのか。


 その瞬間。

 青い稲妻が走る。

 天空から帝国軍に向けて何度も激しくのた打ち回り、帝国軍兵士を次々になぎ倒していく。


「慌てるな! これは主力ではない! 左右に押し出せ! 追撃を続けろ!」


 指揮を執るのは馬上のアウグスタである。

 彼女を先頭に、ブイ字型となった騎馬隊が帝国軍に切り込んでいく。


「まさに勇者の中の勇者……」


 彼女の言葉を聞いて、俺はよく帝国軍を観察し直す。

 確かに、襲い掛かって来る帝国軍兵士の数が思ったよりも少ない。

 つまり、帝国軍はその一部を反転させたにすぎない。あくまでもこれはしんがりであり、しんがりは主力が逃げおおせるための時間稼ぎをしているのだ。

 

「おらァ! 死にたい奴から前に出ろ!」 


 隣の部隊には、猛り狂ったヴィゴが、帝国軍兵士を次々に串刺しにしている。

 化物に弾かれたことを深く根に持っているようである。

 その周囲には、青緑の鎧を纏った近衞が集う。彼らこそ、最速の切込み部隊となっている。


「勝利の申し子……」


 間近では、カエサルが次々に帝国軍兵士をつまみ上げては放り投げている。

 

 彼らの活躍もあって、帝国軍のしんがりを短時間で殲滅し、再び追撃を開始する。

 しかし、帝国軍は何度も何度もしんがりを繰り出し、我が軍の足止めを図る。まさに、トカゲの尻尾切りである。

 その度に、少しずつ帝国軍主力との距離が開いていく。


 我が軍が谷道に差し掛かる頃には、彼我の距離は既に一キロメートル以上離れている。

 

 ところで、谷道の左右は急峻な崖に覆われており、その北側には谷川が流れている。

 とにかく道が狭い上に、整備もされておらず、岩だらけである。

 したがって、帝国軍は細長い縦列を形成し、その谷道を遅々として進んでいる。


 そして、谷道の東入口付近からは、遠目に大要塞の威容が見える。

 城壁の上には、確かに王国旗が掲げられている。

 俺の見立ては正しかった。第二陣は、確かに大要塞を奪取したのである。

 しかし、王国旗は僅かに一本である。しかも、城壁の上に人影はない。きな臭いものを感じる。

 

 つまり、第二陣は、大要塞を空っぽにしているのではないか。

 帝国軍を前にして、そのような紙装甲では一たまりもない。


 帝国軍がここに勝機を見出し、大要塞に向かって猛進するのは当然である。

 結局、我が第一陣は帝国軍に追いつき、これを撃滅しなければならないのである。


 ところが、帝国軍は突然立ち止まる。


「何があった?」


「第二陣の騎兵が、帝国軍前線を叩いています!」


 五百騎は反転し、谷道の西出口に蓋をしたのである。その結果、帝国軍は谷道に封じ込められることとなる。

 つまり、五百騎はここでの乾坤一擲を期している。

 とはいえ、はたして五百騎でもって帝国軍二万を押し留められるのか。


 しかし、その決断を無為には出来ない。となれば、我々は谷道の入口を塞ぎ、挟撃を完成させなければならない。

 帝国軍は当然四散を試みるだろう。激しい戦闘を覚悟しなければならない。


 そのタイミングで、崖の上から無数の岩が転がり落ちてくる。

 対して、帝国軍は身動きの取れない状況にあり、転がり落ちてくる岩石の直撃を受ける。

 しかも、落下した岩石は帝国軍の各部隊を分断する。


 それでも、帝国軍は秩序を保ったまま激しい抵抗を続ける。

 我が軍も、アウグスタとヴィゴを含む最高戦力を送り込み、必死になって入口の蓋を死守する。


 数時間の攻防を経て、崖の上から降り注ぐ岩石の雨も尽きる。それでも決着はつかない。

 しかしながら、帝国軍が出口に向かって動き始める様子もない。つまり、五百騎が、その僅かな人数でもって出口の蓋を維持し続けているのである。

 入口でもこれほどの苦戦である。数に劣る出口の苦労は想像に余りある。

 

 さらに数時間の攻防が続き、ようやく日が暮れる。

 途端に、谷川が勢いよく増水していく。

 谷道は水流に浸され、敵味方共に動きを封じられる。

 これでは戦いにならない。それどころかこのままでは水に溺れ、共倒れすることになる。


「第二陣はどうするつもりだ?」


「第二陣の騎兵が逃走を開始しました」


「何だと!」

 

 出口は開かれた。

 帝国軍は出口に向かって動き始めている。


「追撃しますか?」


 帝国軍は明らかに浮足立っている。

 出口を解放されたことで、各々が身勝手に活路に殺到しているのである。

 ようやく無秩序の体を成し、多くの帝国軍兵士が逃げ惑う仲間に踏み潰されている。

 

 ここで帝国軍を追撃すれば帝国軍を壊滅出来る。

 しかし、我が軍も相応の被害を覚悟しなければならない。


「こちらも蓋を開ける。後退せよ!」

 

 第一陣は、入口から後退し、水害の及ばぬ高所に陣取る。

 想定通り、帝国軍は逃走ルートが開かれたことで入口付近でも大混乱に陥る。

 帝国軍兵士の一部は命からがら高所にまで避難するも、我が軍はこれを待ち構えて各個に撃破する。

 その結果、大量の捕虜を得たのであった。




 やがて、激流は収まり、大勢は決する。

 移動の準備を始める最中に、ひょっこりとドゥーエが顔を見せる。


「進軍ご苦労」


「は?」


 事前に何の相談も連絡もなく、第一陣営をこき使ってくれた。しかも、俺の機転がなければ、作戦は成功しなかった。つまり、俺に頼るところが大きかったわけである。

 なのに、全く悪びれる様子もない。むしろ、俺の卓越した状況判断を、将軍ならば当然のことと考えている様子である。


「コルビジェリ城に戻り、残存部隊を率いて、海の道を北上しろ」


「え?」


「無理に戦う必要はない。ただ、大要塞が陥落したことを知らせて回ればいい」


 そもそも、第二陣は海の道に点在する砦を放置したままである。

 加えて、仕留めきれなかった帝国の敗残戦力が散らばっている。

 領内の安全保障のため、これらの勢力を駆逐しなければならない。

 

 しかし、突然指示されるのは意味が分からない。


「で、貴方は?」


「私は、大要塞周辺の警護を担う」

 

 この男の戦略眼にかなうはずもない。

 俺は致し方なく、第一陣を置いてコルビジェリ城に出立する。


 こうして、大要塞攻略戦は終結したのであった。




 ところで、大要塞の北側には、大要塞に並行して東西に大地溝帯が走っている。

 人々はこれを大渓谷と呼ぶ。

 大渓谷の谷底には、古代から連綿と続く未知の生態系が広がっており、谷底に降りて無事に戻ってきた者はいないという。


 もっとも、大渓谷には南北を結ぶ大橋梁が架けられている。

 大橋梁は大要塞の北口から北に向かって伸びており、五十の巨大な橋脚を持っている。古代からの遺産と聞くが、その建築技術は完全に人智を超えている。


 南北を移動するには、この大橋梁を通るか、大陸中央の山脈を抜けるよりほか無い。

 中央山脈は険しく、大軍がこれを抜けるのは不可能である。


 したがって、大要塞以南の帝国軍は、我が軍に大橋梁を押さえられている以上、北への後退も出来ず、北からの援軍も期待出来ない。

 そこで、海の道に点在する各砦は、これ以上の抗戦を諦め、王国への恭順を示す。

 砦に籠もる兵士は傭兵で構成されているため、そもそも士気が低かったのである。

 さらに、各所の帝国軍敗残勢力も、ドゥーエにより機動的な戦いを挑まれ、徐々に弱体化していく。


 結果から判断すると、ドゥーエはいきなり本命の大要塞を抜くことで、大要塞以南の帝国軍を無力化することに成功したのである。

 もっとも、俺のような凡人からすれば、たまたま大博打に勝ったとしか思えないのだが……。




「ようやく、国境線を押し返せましたな」


 レオナルディ公爵がしみじみと呟く。


 確かに、国境線は戦争開始時の位置にまで戻った。

 しかし、それはつまり、振出しに戻っただけとも言える。


 俺は勝利に浮かれることなく、全軍を大要塞に集結させる。

 一連の戦いで多くの損失をこうむったものの、砦の傭兵を仲間に加え、我が軍は再び大きく膨れ上がる。

 その数は、負傷者を除いて実に八千人である。

 各部隊を指揮する将軍も、七英雄にペーター王、レオナルディ公爵と綺羅星の如く集う。 

 加えて、我が軍は圧倒的堅固を誇る大要塞に守られている。


 もっとも、俺はこの軍団でもって更なる侵攻を企図してはいない。

 大要塞に全軍を集結させたのは、帝国軍に心理的な圧力をかけ、和平交渉を有利に進めるための方便なのだ。


 これで戦争はお終いにする。

 そもそも正しい戦争などない。これ以上の悲惨は見るに堪えない。

 加えて、継線すればいつか俺のボロが明らかになる。それは何としてでも避けたい。

 

 俺は、ペーター王に対して、改めて神聖帝国との和平締結を具申した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ