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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
33/288

33 双剣の進軍

 時間は遡る。


「ドゥーエ様のご帰還!」


 近衛の報告に対して、ロビンは苦虫を潰したかのような顔をしている。


 メルクリオのウーノから、第一陣は山の道を進撃し、一つ目の城を落としたとの連絡を受けている。

 しかも、二つめの城に向けて進軍中とのことだ。


 一方、第二陣の行程は海の道である。

 海の道には、大要塞に至るまで七つの砦が待ち構えている。

 これらを虱潰しにして大要塞に到るには七日を要するだろう。

 

 第一陣とともに大要塞を合撃するには、第二陣もさっさと進軍しなければならない。

 なのに、第二陣は未だにコルビジェリ城に留まっている。

 

 何故、指揮官ドゥーエは進軍しない?


 確かに、第二陣はまとまりがなく、その士気も低い。

 各伯爵家の戦力を寄せ集めたに過ぎないからである。

 中にはとても正規兵とは思えないものまでいる。特に、ザンピエーリ伯爵家の兵士である。 

 したがって、第二陣を引率するのは簡単なことではない。


 しかも、それが原因か、第二陣の兵数はごっそりと減っている。

 部隊全員が行方不明というところもあり、当初三千人の兵数であったところが、今や二千人を切る有様である。


 そればかりか、指揮官ドゥーエすら逐電していた。

 それが今、ようやく戻ってきたというのだ。

 これを、指揮官失格といわずして、誰を失格という?


 ウーノは軽薄である。しかし、ドゥーエは責任感の欠片も持ち合わせてはいない。

 ロビンは、この男とは絶対に気が合わないと断じ、こめかみを神経質に押さえる。




「もう間もなく見えるでしょう」


 ルイジ・レオナルディ公爵は、抑揚のない声で気持ちの切替えを促す。

 卓には、他にイェルドとカタリナが控えている。


 突然、天井が膨らんで人型となる。

 そのまま、人型は石畳に落下する。


「何をしている?」


 その人型はドゥーエその人である。

 そのドゥーエが不思議そうに尋ねてくるのである。


 このように会議を開いているのも、これほどまでに苦労しているのも全てはドゥーエが原因である。

 しかしながら、ドゥーエがあまりにも悪びれない様子であったため、怒りの矛先を削がれてしまう。


「どこで何をしていた? 説明しなさい」


「説明する義務がない。俺は、なすべき時になすべき事をなすだけ」


「総指揮官がそんないい加減な態度では困る。結局、君は戦う気がないのだろう?」


「そんなことはない」

 

 ドゥーエは、話は終わったと言わんばかりに扉に向かう。

 しかし、カタリナがドゥーエの腕を把持する。


「それってあんまりじゃない?」


「何が?」


「あたし達は君の仲間だ。君のことを心配していたんだよ。それなのに、その態度はあんまりだよ」


 カタリナに指摘されて観念したのか、ドゥーエはその場で立ち止まる。

 そして、おもむろに懐に手を入れる。


 取り出したのは笛である。

 そのままゆっくりと吹き口に唇を当てる。


 壮絶な音色が室内に響き渡る。

 出だしから音が裏返っており、その後も苦悶の音色が続く。


「ちょっと、あたしの話を聞きなよ」


 ピヨロロ!!


「聞かないっていうなら、王様に言いつけちゃうぞ」

 

 ピロピロ!


「うブ……」


 カタリナは思わず吹き出し、慌てて手の平を口元に当てる。

 ここは徹底して問い詰めなければらないところである。

 しかし、彼女はそもそも笑い上戸なのである。

 

 ロビンは、絶望の表情でもって首を振る。


「少なくとも俺の知っているメルクリオは、君のようないい加減な男ではなかった」


 ドゥーエは唐突に演奏を止める。


「こんなものではない」


「え?」


 ようやく反省したのだろうか。


「俺のパシオンはもっと力強く、そしてもっと優美だ。そして、もっともっと輝きに満ちている」


 そのしかめっ面は、まるで壁にぶち当たった本物の芸術家のようである。

 しかし、その演奏は壁にぶち当たる以前のレベルである。

 

 それはさておき、反省の色など全くなかったのである。

 

「狂人め……」




 翌日から一転、ドゥーエは進撃に向けて甲斐甲斐しく働く。

 各部隊の編成を整え、兵站を用意し、現場指揮に直接声を掛けて回る。

 ロビンの小言が奏功したのだろう。

 

 と思いきや、その翌日には再び姿を消す。

 しかも、今回は彼だけではない。イェルドもカタリナも同時に姿を消したのである。


 これを受けて、コルビジェリ城内の士気もだだ下がりである。相当数の兵士が持ち場を放棄して城内から逃走する。

 必死に捜索を続けるも、梨のつぶてである。

 そして、残存兵数は遂に千人を切ってしまった。


 翌日、一報が入る。

 ウーノが三つ目の城、山城を落としたというのである。

 しかも、その直後、帝国軍に包囲され、現在籠城しているとのことである。


 レオナルディ公爵は、遂にロビンを促す。


「もはや猶予はなりませぬ。進撃願います」


 帝国軍は、第二陣恐るるに足らずとして、第一陣を全力で潰しにかかっているのである。

 このままでは、第一陣の功績は無為に帰す。速やかに、第二陣を進撃させなければならない。

 とはいえ、ドゥーエは戻ってこない。


 結局、あの男はただの詐欺師であった。それを、世間知らずのキアラ姫はすっかり本物と騙されてしまったのである。

 ロビンは、あの男を信じた自分の不明を大いに恥じる。


 頼りになる英雄など自分以外にもういない。

 とはいえ、ロビンは戦略家でも戦術家でもない。

 そんな事は自分自身が一番わかっているのである。


 だとしても、自分ならばやれるはずだ。

 やれないというのであれば、英雄など名乗れまい。


 宰相との約束もある。

 しかし、それ以上に、自分はアウグスタの力になると誓った身なのである。


「承知した。コルビジェリ城のことはよろしく頼む」




 海岸沿いの褶曲地帯。

 小高い丘の上に粗末な砦が建っている。

 砦内には百人ほどの傭兵が潜んでおり、近づくと矢を射掛けてくるのである。

 

 このような散兵など無視して先を急ぎたいところ。

 とはいえ、これを無視して、後々補給線を断たれてはかなわない。

 そのため、致し方なく砦を一つずつ落としていかねばならない。


 雨天の中。

 戦闘は、弓矢の応酬からスタートする。

 しかし、敵軍は障害物に隠れ、被害を最小限に食い留めている。

 一方の王国軍は、地面に楯を突き刺し、これに隠れて応戦するも、脇を狙われ多くの負傷者を出す。


 ロビンは、遠距離からの攻防を早々に切り上げ、白兵戦力を送り込む。

 しかし、第二陣は、練兵が不十分である上に士気も低い。

 砦の柵によじ登るも、矢の雨に遭って意気地なく撤退する。

 何度も突撃を命じるも、その度に負傷者を出して、撤退を繰り返す。


「私が道を切り開く。私の後に続け!」


 ロビンは棍棒を握り、馬を駆る。


「お待ちください!」


 近衛兵が騎馬でもって必死に追随するが、ロビンは聞く耳を持たない。

 ただでさえ、ドゥーエの身勝手な行動に苛ついているところに、こうまでうまく事が進まないのであるから、焦りが生じているのである。


 敵軍からすると、騎馬兵は大きな的である。

 先頭のロビンに向かって一斉に矢が放たれる。

 

 ロビンは器用に馬を操り、全ての矢を避ける。

 近衛兵は、ここでようやく追いつき、大楯を構えてロビンを防御する。


 さらに、ロビンは天に向かって両手を突き出す。

 すると、灰色の雲に不思議な光が宿る。

 一瞬遅れて、雲の中から砦に向かって、無数の針が降り注ぐ。

 広範囲の攻撃ではあるが、一つ一つの針は極小であるため、敵軍兵士にとって致命傷にはならない。

 それでも、砦内は、予期せぬ攻撃に大混乱を来している。


 ここぞとばかりにロビンは大声を上げる。


「勝利は目前だ! 突撃せよ!」


「うおおおおおおおお!」


 王国軍は奮い立ち、柵を薙ぎ倒して、砦内に雪崩れ込む。

 これを受けて、砦内の傭兵達は、ようやく撤退し始めたのである。


「鮮やかな腕前にございます」


「しかし、予想外の被害だ」


「気持ちを切り替えていきましょう」


「次の砦はどれぐらい先にある?」


「まずは、こちらの地図をご覧いただきたく」


 近衛兵は、ロビンの顔に一枚の紙面を近づける。


 途端に、ロビンは刺激臭を感じる。

 と同時に、意識が薄らいでいく。




「起きたか?」


 ロビンが目を覚ますと、ドゥーエが見下ろしている。

 ロビンは慌てて身を起こす。


 木々の合間から仄暗い明かりが差し込んでいる。

 どうやら森の中にいるようである。


「ここはどこだ? 私は……」


 辺りには、王国軍兵士がいる。数えきれないほどの人数である。

 さらに、森の奥には巨大な投石器、トレビュシェットが設置されている。


「あれを見ろ」


 ドゥーエが指差すその先。

 木々の向こうには草原があり、その草原の向こうには見渡す限りの長大な城壁がある。

 これこそが大要塞である。


「敵前か!?」


 ロビンは驚いて立ち上がる。

 ドゥーエはロビンの肩に手を置いて、その背後から落ち着いた声音で語り掛ける。


「第一陣は山城を落とした」


 落ち着いた声音であるが、確かな熱がある。


「知っている」


「敵軍の多数は要塞から出て山城に向かった。それから二日が経過した」


「第一陣は危機に瀕している」


「おそらく崩壊寸前だ」


「それをわかっていながら何故何もしない?」


「要塞内部の敵軍は二千あまり。対する王国軍もここに二千。今、準備が整った」


 兵数二千。

 コルビジェリ城から消えた兵数と一致する。

 つまり、この男は王国軍兵士を移動させていたのである。しかも、帝国軍にも、王国軍本体にも知られぬよう秘密裏に、である。


「第一陣を陽動にしたと言うのか? そればかりでなく、私まで……」


「攻撃開始は夜半になる。気を引き締めていけ」




 真夜中。

 大要塞の城壁上には煌々と松明の灯が宿っている。


 一方、森の中で、王国軍は最小限の明かりでもって最後の仕上げに取り掛かっている。

 手持無沙汰となったカタリナは、ロビンに話し掛ける。


「大要塞の将軍は、大熊公って言うんだって」


「外連味とは無縁の、油断のない男だと聞いている」


 ロビンは、神聖帝国の内情に疎いものの、大熊公の異名ならば聞いたことがある。

 かつて、十倍の戦力を相手に十年にもわたる籠城を貫徹し、遂には相手に退却を強いたという。しかも、その間、一度たりとも己の顔面を敵前に晒さず、話合いにも一切応じなかったという徹底ぶりである。

 そのような逸話から、穴倉に籠る大熊に見立てて、大熊公と呼んでいるのだ。


「ドゥーエはどうやって要塞に侵入するつもりなの?」


「わからない」

 

 無論、大要塞の城門は固く閉ざされている。

 しかも、その城壁は圧倒的な高さを誇る上、通常のそれよりも遥かに分厚く頑丈である。さらに、城壁に組み込まれた監視塔には、強力な大型弩砲バリスタが設置されている。

 王国軍兵士が城壁に梯子を立てかけようとも、梯子を昇る最中に、バリスタの集中砲火を浴びることになるのである。


「熊ちゃんなんて、本当は大したことないんだよね?」


「むしろ、勝てる気がしない」


 ドゥーエはというと、トレビュシェットの近くで兵士に指図している。

 まず、抑え紐を引っ張って、トレビュシェットの発射台を地面にまで引き下ろす。

 そして、発射台に豚の胃袋をセットする。

 胃袋の中には水が入っており、はち切れんばかりに膨れている。


 ドゥーエの合図とともに、兵士が抑え紐を手放す。すると梃子が大きく回転し、遅れて胃袋が射出される。

 胃袋は意外なほどの素早さでもって低空を飛翔し、城壁の上部に直撃する。破裂し、水しぶきを散らす。

 

 無論、帝国軍に何の損害も与えることはない。

 しかも、雨天であるが故に、異常事態と認識されることもなく、帝国軍が騒ぐ様子もない。


「それでは次を頼む」


 ドゥーエは躊躇なく、発射台に乗り込む。

 どうやら、ドゥーエ自身が飛ぶつもりなのである。


 ロビンとカタリナはその様を見て唖然とする。

 ドゥーエも、先程の胃袋と同じ運命を辿ることは明白であり、自決希望としか思えない。

 仮に、生き残ったとしても負傷は免れない上に、多数の帝国軍兵士と一人で渡り合うことになる。正気の沙汰ではない。


 ところが、トレビュシェットは機械的に梃子を回転させる。

 ドゥーエは機械的に発射され、塊となって夜空を飛んでいく。


 長時間の滞空を経て、やがて、ドゥーエは城壁に接近する。

 そこで、滞空中のドゥーエはクロスボウを構えて連射する。放った矢は、一つも的を外すことはない。

 見張役の帝国軍兵士が、嘘のようにバタバタと倒れていく。


 ドゥーエは背中をくるりと曲げて、軌道を変える。

 ギリギリのところで城壁への直撃を避け、そのまま城壁の向こう側へと姿を消す。




 王国軍兵士は皆、固唾を飲んで城壁を見つめている。

 しかし、目に見える戦況の変化はない。

 やがて、作戦は失敗したのではと不安に苛まれる。 


 ところが、しばらくすると、大要塞の内部から太い煙が立ち昇る。


「行くぞ!」


 イェルドが全軍の先頭に立ち、ハルバードを天高く掲げる。

 同時に、何の迷いもなく、大要塞に向かって走り出す。


「突撃だァァ!!」


「気合を振り絞れええ!」


「死なばもろとも!」


 全軍がこれに続く。

 

 大要塞の帝国軍兵士はすぐさま異変に気付き、周囲に警戒の鐘が鳴り響く。

 ところが、巨大な城門は、帝国軍の態度とは裏腹に、王国軍を迎え入れるかのようにしてずるずると開いていく。


 イェルドと王国軍は、罠と恐れることなく要塞内に突入する。

 そこで、負傷した帝国軍兵士の姿を目の当たりにする。しかも、一面に累々と折り重なって倒れている。

 それは五十を下らない人数だが、いずれもドゥーエ一人によって倒されたのである。


 そして、そのドゥーエが王国軍の前にひょっこりと現れる。

 全くの無傷である。

 彼はすぐさま、王国軍に指示を飛ばす。


 城門の内側には、七つの巨大な監視塔が等間隔に屹立しており、この監視塔内に帝国軍兵士が詰めている。

 これは好機である。

 帝国軍が一つに集合すると強敵になるが、分散している限りは各個撃破すれば済むのである。

 とはいえ、帝国軍が一つに集合するのは時間の問題である。

 

 そこで、王国軍には迅速な攻勢が求められる。

 したがって、ドゥーエは王国軍を三分し、自身とイェルド、ロビンを各隊の指揮官に任じ、各監視塔の同時攻略を目指す。

 その強力なリーダーシップにあてられて、王国軍兵士は外延の民家に目もくれず、三つの生命体のようにして統率された動きで進撃する。


 一方の帝国軍は完全に油断しきっていた。

 前線は遥か南にあると思い込んでいたのである。


 とはいえ、それは自然な判断である。

 むしろ、異常であるのはドゥーエの判断力である。彼は周囲に気付かれることなく、帝国の本営近くに大軍を移動させ、投石器でもって自ら城壁を越え、敵地にて一人で血路を切り開いたのである。

 これらの行動は、如何なる前例にも裏打ちされない即興的かつ予測不可能な代物である。

 当然、彼の行動を先読みするなど誰にも出来ないのである。

 

 その結果、王国軍は要塞内に侵入し、帝国軍は守備の利を失った。

 帝国軍兵士は、体勢を立て直す暇もなく、次々に死闘を申し込まれて敗れ去り、その多くが捕虜となった。


 四つ目の監視塔が落ちた時点で、帝国軍は降伏する。

 王国軍の勢いに飲まれ、また、王国軍の戦力を過大に見積もり、結果、戦意を喪失したのである。


 ドゥーエは大要塞の軍備を確認した後、改めて指示を出す。


「イェルド。俺と君は五百を率いて、第一陣の山城に向かう。要塞の軍馬を利用する」


「承知した」


「ロビン。君は千を率いて、大要塞の東、谷道沿いの山岳に潜め」


「それで何とする?」


「時が来ればわかる。必要な資材は現地にある」


「……わかった」


 ドゥーエの回答には、親切さの欠片もない。

 言外には、理解出来ないならそれでも一向に構わないという突放しの精神が滲み出ている。

 加えて、圧倒的な自尊心が見え隠れしている。


「カタリナ。君は残りを指揮して城壁に待機だ。物音立てずに、姿を潜めておけ」


 とはいえ、大要塞は長大であり、本格的な籠城戦になった時に、残りの部隊五百だけで守り切れるとは思えない。

 しかし、カタリナはそこに思い至らない。


「君の言うとおりにする!」


 ドゥーエは、言い終わるや否や大要塞を出発する。

 イェルドと五百の兵士、そして、三十人の捕虜を伴って、第一陣の山城に急行したのである。

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