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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
31/288

31 王とその騎士

 双方気合の入った声援を受けて決闘は開始されたものの、呆気なくこちらが二勝し、決闘場の空気は早くも弛緩している。

 

 次の決闘は、ペーター王対ファウストである。

 ペーター王が勝てばこちらの勝利が確定する。

 仮に負けたとしても、アウグスタがファウストに勝ちさえすれば、こちらの勝利である。

 さすがに、ファウストがこちらに二連勝することはあるまい。


 とはいえ、気は抜けない。

 ペーター王が命を落とすようなことがあれば、アルデア王国は瓦解する。

 逆に、ファウストが命を落とすようなことがあれば、戦後処理が難しくなる。

 

 である以上、勝敗を見極めるタイミングが重要である。

 しかも、そのタイミングは、周囲が納得するものでなくてはならない。

 そして、審判は俺の役割である。実に責任重大である。




「師匠。俺は嬉しい。こうして貴方と決闘できるのがね」


「その意気込みや良し」


「今日この場で、俺は貴方を超えてみせますよ」


「結果が全てだ。意気込みだけで私を負かすことはできないぞ」


 ペーター国王は、鎖帷子の上にサーコートを羽織り、方型の盾を装備している。

 対するファウスト騎士団長は、要所のみを保護する簡素な鎧に身を包んでいる。


 両者は、同じタイミングで無骨なロングソードを引き抜く。

 武器の性能に優劣はなく、ただ個人の技量と力のみが物をいう。


 互いに向き合い、顔の前に剣の柄を構える。

 そして、剣先を軽く交差させた後、すぐに距離を取る。


 騎士団長は、腰を落とし、左右に重心を往復させる。

 攻撃の瞬間を相手に計らせないための工夫である。 

 対して国王は、大胆な動きで相手の左側に回ろうとする。


 騎士団長は左目を鋭く細める。

 と同時に、マントを翻して国王に肉薄する。


 重々しい剣戟の音が響き渡る。

 さらに、鋭く剣先が交差する。


「おおおお!」


 国王は、掛け声とともに力任せに騎士団長を弾き飛ばす。

 騎士団長はやや後方に退くも軽やかにステップを踏み、国王に向かってさらに一閃。

 対する国王も、間を開けず騎士団長に追いすがる。腰を落として、向かってくる斬撃を盾で払いのける。

 と同時に、長剣を騎士団長に対して振り下ろす。


 騎士団長は、雄渾な動きで長剣を薙ぎ、これを防ぐ。

 両者の剣は交差したまま、しばし睨み合いとなる。


 国王は、剣に込める力を抜いて相手の剣を滑らせ、器用に押合いから逃れる。

 そのまま、くるくると剣先を回転させて、相手の首元を狙う。

 対する騎士団長は、慌てることなくこれを長剣で防御し、そのまま流れるようにして剣先を突き出す。


 両者の剣は再び交差する。


 決着はつかない。

 次々に攻防を変化させつつ、打合いは果てしなく続く。

 一合一合が重々しい。


 国王にとって、その最低限の役割は、騎士団長を疲弊させることにある。

 そうすれば、アウグスタの勝率が上がるのである。

 しかし、国王にそのような打算はなく、ただただ全力で挑みかかっている。


 一方の騎士団長も、体力を温存して次の決闘に備えたいところである。

 しかし、騎士団長にもそのような出し惜しみなどなく、全力で国王に応えている。

 

 先程の決闘のような華々しさはない。

 互いに、全ての一撃に必殺を期している。まさに殺合いである。


 しかしながら、国王が徐々に押されている。

 国王は攻撃に蹴りまで加えて、変則的に立ち回る。それでも、騎士団長の圧倒的な膂力を前に、防戦を強いられている。

 国王のこめかみから血が垂れ、次いで、国王のサーコートの端が切り裂かれる。


 騎士団長は声を上げる。 


「お前が負ければ、国民は蹂躙されるのだぞ! 気合を入れんか!」


「言われずとも!」


 国王は絶叫する。

 振り下ろされた渾身の一撃に対し、国王は一段と深く腰を落として、かろうじてこれを堪える。

 しかし、堪えた後に手足が硬直する。

 

 次の一撃が、国王の鼻先に迫る。

 しかし、まだ硬直が解けていない。これを避けることもできない。

 ただ、静かに右足を半歩下げ、左後ろに剣先を落とす。


 一瞬の後。


 どういう風に体を捻ったのかはわからない。

 しかしながら、国王の剣先が異様に鋭い円弧を描き、空を向く。


 騎士団長の長剣が、根元から断ち切れている。

 

「何!」


 長剣の上半分が遠く離れた場所にまで飛んで、やがて地面に突き刺さる。




「獅子心王の神技!」


「勝利だ!」


「あの白薔薇騎士団長を!」


「英雄にも並ぶ男! アルデア最強の一角!」


「おおおおおおおお!」


「これは、歴史に刻まれる一閃!」


 興奮気味の観衆は、口々に勝利を宣言する。

 俺は審判でありながら、その任務を観衆に奪われてしまったのであった。


 しばらくして、周囲は静けさを取り戻す。

 ペーター王はというと、勝利したことを喜ぶでもなく、ただ、自分の長剣を見つめている。

 自分の一撃に驚いているように見える。

 おそらく、最後の一撃は無意識化で放たれた偶然の産物だったのであろう。


「さぁ、殺すがいい」


 ファウストは両腕を広げて胸を張る。

 ペーター王は姿勢を正し、ファウストと向き合う。


「降参してください」


「かつての主君と命のやり取りをして、どうしておめおめと生きながらえられよう?」


 ファウストは殺されることによって、この後の屈辱を避けようとしたのである。


「俺は師匠と別れてからいろんなことを学びました。今の俺なら言えます。大事なのは生きて意思を貫き通すこと」


 ファウストは目を見開き、ペーター王を見返す。


「獅子心王。まさにその名に恥じぬ言葉だ」


「改めて私を支えてください」


 しかし、ファウストは首を振って目を伏せる。


「敗北は騎士にとって死を意味する。私は古い時代の人間であり、これ以外に生きる道を知らない」


 何を言い出すのだろうか。

 これ以上、耽美に浸るのはやめて欲しい。

 

 そこで、俺はファウストと対峙する。


「貴方はそれで満足かもしれない。しかし、それはあまりにも身勝手というものだ」


「身勝手だと?」


「貴方が死ねば、貴方の軍勢は徹底抗戦に走る。それは、約束とは違う」


「……」


「貴方の言う騎士道とやらは、約束を簡単に反故にするようないい加減なものなのではないはずだ。これ以上、小さな自尊心で秩序をかき乱すのはやめてくれ」


「……」


「その自尊心のせいで、つまらない戦いに巻き込まれる兵士達にどう申し開きするというのだ?」


「降参する……」


「それでこそ!」


「……」


 俺は思わず笑顔になる。

 ファウストの理解を得られて何より。言葉を尽くした甲斐があったのである。

 

 ついにこの時を持って、長きにわたるコルビジェリとの全面戦争は終わる。

 ならば、周囲も笑顔に包まれていてしかるべきである。


 しかしながら、周囲は白けた顔、むしろ非難するような眼差しを俺に向けている。

 まるで、俺が無理矢理ファウストから降参の言葉をむしり取ったと言わんばかりである。感動の一幕に冷や水をかけたと言わんばかりである。


 とはいえ、俺は正論を言っている。しかも、結果として無駄な血が流れないで済んだ。

 なのに、何でこうなるんだか。


「はい解散!」




 決闘は終わり、コルビジェリ軍はすごすごと山城に戻っていった。 

 その日の夕刻には、通り武装解除し、我々を山城に招き入れてくれた。


 山城は一見して平凡な山である。

 しかし、実際に山の中に分け入ってみると、迷路のように細い道が巡らされている。

 到るところに石造りの障害物が設けられ、中腹より上には数多くの駐屯所や監視塔がある。

 力攻めを強行していれば、間違いなく我が軍は相当な被害を被ったことだろう。


 ところで、当初の予定通り、王国の第一陣をこの第三古城に駐屯させる。

 そして、俺は単身コルビジェリ城に戻り、第二陣を率いて海の道を北進する。

 さらに、第一陣と第二陣の合撃により一気に大要塞を攻め落とす。

 

 そこで、まず、我が軍を山城に引き上げ、随所の建造物に収容する。

 併せて、兵糧を山城の倉庫に移す。これだけでも、夜通しの作業になりそうだ。


 俺は、一通り指示を終えた後、頂上付近の監視塔内に腰を落ち着ける。


「君達三兄弟には、是非我が軍で力をふるってもらいたい」


 俺は、おもむろに切り出す。


 長男は言うまでもなく優秀である。

 次男と長女はポンコツではあるが、伸びしろはある。

 そこで、長男には騎士団を率いてもらい、次男には我が権謀術数の片翼を担わせ、長女にはアウグスタと共に我軍の華になってもらいたい。

 これで、一気に戦力アップを図れる。


「断る」


 ファウストはあっさりと断る。


「何故?」


「我々にとって忠節を誓うべきは誰よりもまずコルビジェリ伯爵だ。その伯爵は帝国に恭順している。伯爵に刃を向けるわけにはいかない」


 コルビジェリ伯爵というのはファウストの父親である。

 あえて他人のようにして語るのは、公私分別の表れだろう。


「君達の苦しい立場はよく理解している。だが、私は誓う。神聖帝国を打ち破り、コルビジェリ伯爵を救い出す」


「我々がアルデアに味方したと知れれば、伯爵は皇帝に惨殺される。見殺しにはできない」


 マッテオが続く。


「俺の強大な力を借りたいという気持はよく分かるがな」


 この男だけに関して言うと、そこまでして取り立ててやろうという気持ちはない。

 さらに、ブリジッタが続く。


「私はこのけだものが嫌いだ。ここにとどまると、この先どんな目に遭わされるか、わかったものじゃない」


 相変わらずの威勢である。


「では、この後どうする?」


 対して、ファウストが応える。


「部隊を解散する。私は、直属を率いて伯爵の下に戻る」


 正規のコルビジェリ兵は百人ほどであり、彼らはファウストに付き従う。

 一方で、お役目御免となった傭兵七百人を、我が軍が接収する予定である。


「再び我々に立ち向かうというのか?」


「機会があれば、是非戦場でまみえたい」


「君達を解放することにメリットを感じない。私は……」


「これ以上引き止めるのは無粋だぜ」


 ヴィゴが横槍を入れる。


「挑戦には何度でも応じる。それこそが英雄の振舞いだ」


 アウグスタは冷たく続ける。


「いつか共闘する機会もあると思うのです」


 ペーター王が遠慮がちに続く。

 そして、誰も、俺の合理的な思考を解しない。

 俺は思わず口を歪める。


「それならば行ってしまえ。まあ、激怒皇帝の逆鱗に触れないことだけを祈っているよ」




 真夜中になって、コルビジェリ三兄弟は近習とともに山城を後にする。


 アウグスタは声をかけることなく、ブリジッタの背中を見守っている。

 ブリジッタは、ふとアウグスタからの不思議な視線を感じて、振り返る。

 そして、そろそろとアウグスタに近寄る。


「アウグスタ様。今度出会った時は、貴方を、貴方を圧倒してみせます!」


 ブリジッタはびしっと言い放つ。

 この女は、戦乙女としての役割を果たすために一生懸命に背伸びしていた。しかし、すぐにボロを出してしまった。

 それでも、最後の最後に、ようやく戦乙女としての矜持を取り戻したようだ。


 その言葉は、おそらく、アウグスタの意に沿う言葉ではない。しかしながら、アウグスタは普段見せないような柔らかな表情を見せる。

 それでも言葉を返すことはしない。


 ふと、ファウストがこちらを振り返る。


「一つ伝えておきたいことがある」


「やはり、私の下に」


「ザンピエーリ盗賊伯には気をつけろ。彼は神聖帝国に通じていると聞く」


 ザンピエーリとは、いつぞやの会議でお姉さまを気取っていた貴族だ。

 とはいえ、貴族連中は後方に待機するだけであり、彼らに何が出来るというのか。




 三兄弟を見送った後、軍議を開く。


「皆よく働いてくれた。おかげで迅速に三つの古城を落とせた。しかも我が軍に被害はなく、むしろ戦闘員は五千人にまで膨れ上がった」


 イクセルは大きく頷く。


「全て出発点は、お主の神算鬼謀じゃ」


 俺は目だけで応える。


「この山城を拠点として大要塞を攻略したい。しかしながら、ここで一つの提案がある」


「わかっておる」


「私は、今からコルビジェリ城に戻る」


 対して、ヴィゴが返答する。


「ドゥーエを追っ払って、お前が第二陣の指揮を取るということだな?」


「そのとおりだ」


「無茶をする」


「第一陣の指揮はアウグスタに任せる」


 彼女は本物の英雄である。

 そもそも、彼女が指揮をすれば全てうまくいくのである。

 

 しかし、アウグスタは無表情のまま返してくる。


「貴方が戻るというなら、私も供に戻る」


 この女。俺を監視しなければ気が済まないのである。

 とはいえ、そのような扱いを受けることに心当たりはある。

 俺は実利を選び、彼女は矜持を選ぶ。彼女はあらゆる場面で俺と衝突し、俺に対して不信感を募らせているのである。


 ところが、ヴィゴが突然奇声を上げる。


「お熱いこって!」


「は?」


 この男。まるで俺と彼女との関係を理解していない。

 それはさておき、イクセルが話を戻す。


「指揮官の交代は指揮の乱れを生む。そこを攻め込まれたらひとたまりもない。まずは、哨戒をかけねばなるまい。哨戒をかけて、敵軍の動きを察知して、話はそれからじゃ」


 大要塞は、ここから距離にして約七キロメートルともはや目と鼻の先である。

 そして、大要塞に至る道は山腹に抱かれた細い谷道である。

 しかしながら、谷道であるが故に大変見通しが悪い。


 哨戒せよとのイクセルの言葉はもっともである。


「しかし、第三古城は天然の要害である上に、五千の戦力がある。私が大要塞の将軍ならば、まず、海の道を南下し、指揮官不在の第二陣に攻撃を仕掛けるだろう」


「ここからは神聖帝国との戦いじゃ。彼らに道理が通じるなどと思うてはならん。何より、嫌な気配がするんじゃ」




 その時。

 近衛兵が室内にまろび込んで来る。


「報告します!」


「いかがした?」


「大軍を発見しました!」


「軍旗は?」


「双頭の鷲! 神聖帝国軍です! 大要塞の方角からこちらに向かって進軍中です!」


 ついに、来てしまったのだ。

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