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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
30/288

30 三対三

 翌朝。久方ぶりに空が晴れている。 

 俺は近衛を引き連れ、山城の前に立つ。羽扇を掲げて、呼び掛ける。


「ファウスト・コルビジェリよ! 汝に残された選択肢は、破滅覚悟の攻勢か決闘受諾のいずれかだ!」


「……」


 返答はないが、矢を射かけてくる様子もない。

 そこで、俺は続ける。


「後世に弱腰の汚名を残したくなくば、いますぐこの場で決断せよ!」


 しばらくすると、これに応じて騎兵が山を降りてくる。


「決闘の申出、謹んで受諾する!」


 驚くべきことに、現れたのはファウストその人である。


「その言葉を待っていた。実に潔し!」


「貴方は捕虜を解放した。私は、その高潔な振舞いに報いたいと考えている」


「それでこそ真の騎士だ」


 いろいろあったのだろう。全部知っている。

 だが、心変わりの理由などどうだってよい。

 結局、この男が大博打に賭けたことに変わりはないのだ。


「もっとも、そちらからの申出であることからして、こちらがそのルールを決定する」


「何?」


 ファウストは、三対三の特殊ルールを提案する。


 敵軍は、コルビジェリ三兄弟、すなわち、ブリジッタ、マッテオ、ファウストの三人を決闘者として挙げる。

 対して、我が軍も三人の決闘者を選抜しなければならない。

 そして、一対一の決闘を基本単位として、相手の三人を全て負かし切るまで何度も決闘を繰り返す。


「コルビジェリの家名でもって決闘に応じるということだ」


 狙いは明らかである。

 前哨戦でこちらの戦闘スタイルを観察し、有効な手立てを練り上げて、後続戦で優位に立つ。

 つまり、初見殺しに遭うリスクを回避しようとしたのである。


「こちらに異存はない」


「では一刻の後、両陣営の中間地点で待つ。良い決闘になることを切に願う」


 ファウストは踵を返し、山城に戻っていく。




 さて。

 決闘者の三人を選抜せねばなるまい。


 まず、最強のアウグスタは外せない。

 そして、アウグスタさえいれば、もはや負けなしだ。


 とはいえ、絶対に負けるわけにはいかない。

 ならば、決闘を有利に運ぶためにもヴィゴを添えるべきだ。


「アウグスタにヴィゴ。君達の力に期待するところ大である」


 対して、ヴィゴは間髪入れずに返してくる。


「任せろ、と言いたいところだが止めておく」


 まさかの職務放棄である。


「何故だ?」


「お前は古代最強なんだろう? じゃあ、お前がやればいいじゃないか」


「……」


 まさか、武人などと浮かれていた俺に対する当てつけなのか? それとも、俺が困るのを楽しんでいるのか?

 俺は、もう十分に反省した。勘弁してくれ。


「私も断る」


 アウグスタも職務放棄である。


「何だっていうんだ?」


「以前、我々は決闘の最中に卑怯な振舞いをした。だから、これ以上、決闘を汚すべきではない」


 棘のある発言であり、俺のことを暗に攻めている。

 しかし、彼女の発言は牧歌的である。我々の置かれている状況を正確に理解できていない。


「我々は一刻も早くこの山城を落とさねばならない。そのために決闘は不可避だ」


「……」


 反応がない。

 つまり、英雄の皆さんは戦争のプロであるはずなのに、事態がそれほど差し迫っていないと考えている。

 とすると、帝国軍の南下などというのは、所詮、俺の杞憂なのだろうか。


「俺はやりますよ」


 ペーター王が応える。


「しかし、貴方は王様だ。万が一のことでもあれば……」


「遂に俺の出番ですよ。俺は、ファウスト・コルビジェリに遅れを取りません」


 この王が筋骨隆々なのは知っているし、戦闘狂であることも知っている。

 しかし、俺はその実力を見たことがなく、適材か否かを判断しようがない。

 

 とはいえ、二人の英雄がへそを曲げている以上、王の出場も致し方あるまい。


「危なくなったら、すぐに降参すると約束していただけるか?」


「俺は負けません」


 少し前の自分を見ているようである。

 危ういことこの上ない。


「ワシが出場するというのはどうじゃ?」


 ここで、腰の曲がったイクセルが勇敢な発言をする。

 俺は、すぐに言葉を添える。


「アウグスタ! 貴女は自分だけ安全な場所にいて、老体に無理をさせるというのか?」


「貴方が言える立場か?」


「戦乙女を傷つけることなく負かす。それが出来るのは貴女だけだ。私ではあの女の命を保障出来ない」


「……」


 アウグスタは口の端に冷笑を浮かべる。

 俺などではそもそもあの女とまともに対峙できないくせによく言う、とでも思っているのだろう。

 だが、俺は武人ではないから、そんな嫌味、気にすることもない。


「頼む、生意気なあの女を救うと思って」


「……致し方ない」


 あとはヴィゴだ。

 ところが、ヴィゴは先回りしてくる。


「俺は出場しない。勝手にやってくれ」


 そのままテントを出ていく。

 

 どうして頑なに出場を拒否するのかわからない。

 実力がないわけではない。何か別の理由があるのだろう。


 ともあれ、あと一人決闘者を用意しなければならない。

 とはいえ、俺は既に切り替えている。

 俺の腹の内には、とっておきの秘策があるのである。




 しばらくして。

 俺達は決闘場所に到着し、ひと時の後、コルビジェリ三兄弟が遅れて現れる。


 決闘場所に何ら営造物はなく、そこは草の生い茂るただの野原である。

 しかしながら、両軍の兵士達が居並び、俺を中心として大きな円周を形成する。

 こうして、円の内側に簡易な闘技場が出来上がったのである。


 俺は円周に向かいつつ、敵軍に呼びかける。


「では、始めよう。この決闘が、後世にまで語り継がれる偉大な決闘になることを望んでいる」


 俺の呼びかけに応じて、戦乙女ブリジッタが円の中央に進む。

 前回の戦いと同じく、頭には羽飾りの付いた兜を頂き、全身に青緑の鎧を装着している。


「今日こそ叩きのめしてやる! 今までの振舞いを後悔させてやる!」


 その美しい正装に似合わない汚い口調で、俺に対して敵意をむき出しにしてくる。


「貴女の相手は私だ」


 対して、アウグスタが前に進み、ブリジッタと対峙する。


「えっ? そんな……」


 ブリジッタは急にしおしおとなる。

 俺と決闘出来ないことに失望したのか、それともアウグスタが苦手なのか。


 だが、観客には、そのような機微はわからない。


「遂に、我らが戦乙女が雷神を打ち負かす時!」


「古代最強に小娘など敵うはずもなし!」


「戦乙女! 戦乙女! 戦乙女!」


「雷神! 雷神! 雷神!」


「この世界に女帝は二人もいらない!」


「ならばここで決すべし! 真の女帝を!」




 戦乙女は観念してレイピアを引き抜く。

 対する雷神は、細身の特別製、いわゆる白閃剣フルグルを構える。


 互いに接近し、それぞれ剣の柄を額の前に掲げる。

 そして、素早い動きで互いの剣先を軽く接触させる。


 その瞬間。

 両者は距離を取って、それと同時に決闘が始まった。


 戦乙女はレイピアをきらめかせて、雷神に突貫していく。

 全てを八つ裂きにせんとして、体を屈めてレイピアを突き出す。迷いのない突きが、鋭く雷神を急襲する。

 

 しかし、相手はスピード自慢の雷神アウグスタ。

 まるで、ダンスを踊るが如くステップを踏んで、簡単に突きをかわす。

 

 戦乙女は一拍を置くことなく、怒涛の連撃を繰り出す。

 しかし、そのことごとくが、雷神の巧みな剣さばきにより僅かに弾かれ、軌道をずらされ、雷神を貫くに至らない。


 戦乙女の連撃は段々と単調になって行く。最高の攻撃が全て通らず、イライラしているに違いない。

 それでも、このままでは埒が明かないと思ったのか、レイピアの軌道を大きく変える。

 斬撃に斬撃。刺突に斬撃に刺突。斬撃に刺突に斬撃。

 その動きはいずれも洗練されており、まるで無駄がなく美しい。


 しかし、訓練され、パターン化された数種類の動作を繰り返すばかりである。

 当然、その全てが雷神の予測の範囲内に収まる。

 事実、雷神は、戦乙女の攻撃を淡々とさばききっていく。


 しかも、よくよく見ると、最初に立っていた位置から一歩も退いていないのである。


 観衆は雷神の異常な強さに圧倒され、思わずどよめく。


「るさいッ!」


 戦乙女が叫ぶ。


 と同時に、一気に後退し、雷神から距離を取る。そして、レイピアを地に突き刺す。

 さらに、戦乙女は両手を左右に開き、そうすると胸先に三つの火の玉が現れる。


「……」


 そのパターンは、前回の決闘時と全く同じである。

 そこまでパターン化してしまっては、自分の取る行動を相手に事前告知しているのと同じであり、機先を制するなど不可能である。

 やはり、タラなのかもしれない。


「炎と舞え! ダンシング・インフェルノ―ゥ!」


 三つの火の玉が、それぞれ独立した軌道を描きながら、雷神に襲い掛かる。

 ところで、その術には何やら小難しいネーミングがあるようだが、その程度なら簡単にファイアーボールと命名した方が幾分ましだと思う。


「ふん!」


 雷神は軽くフルグルを振り回す。すると、その剣先から直線的に雷撃が放たれる。。

 火の玉は素早く動くが、それよりも素早い雷撃に切り裂かれて、力を失い消失する。


 戦乙女は、あまりにもあっさりとその必殺技を無効化され、一瞬間呆然とする。

 しかし、それでも諦めず、今度は素早く腕を振りぬく。


 少し遅れて、火柱が地面を伝い、凄まじい勢いでくねくねと蛇行しつつ雷神に向かう。


 雷神は、慌てることもなくワンステップで鮮やかにこれをかわす。

 ところが、炎の蛇は、戦乙女が拳を握り込むタイミングに合わせて大きく火力を増し、渦を巻きながら遥か上空まで豪炎を立ち昇らせる。


「やったか!」


 戦乙女は、術の締めくくりに手間取った。

 その一瞬。


 雷神の動きは、もはや、視認できるレベルを超える。

 閃光が残像となって青白い軌道を形成する。

 瞬きする間も与えずして、戦乙女の喉元には、フルグルの切っ先が突きつけられていたのであった。




「勝者! 雷神のアウグスタッ!」


 俺は、急いで二人の間に割って入る。

 血を見るようなことがあれば、将来に禍根を残すことになるからである。


「私はまだ……」


 しかし、ブリジッタはその後を続けることはできず、その場にへたり込む。

 その手先は少し震えている。

 負けて悔しがっている風ではない。ただただ、絶対的強者を前にして、本能的に恐れを抱いているのである。


 ところで、ブリジッタは以前俺と決闘し、俺を敗北寸前にまで追い込んだ。

 そのブリジッタをアウグスタは軽く捻ったのである。


 そうすると、ここで簡単な図式が成立する。

 すなわち、戦闘力に関して、俺はブリジッタに劣り、ブリジッタはアウグスタに劣る。

 つまり、俺はアウグスタに劣る。


 もちろん、そんなことは初めからわかっていた。

 決して、俺ならば古代英雄と肩を並べて活躍出来るなどといった、そのような傲慢に浸っていたわけではない。

 しかし、それでもその図式は、針となって俺の心に深く突き刺さって抜けない。


 アウグスタは、しゃがみ込んでいるブリジッタの肩を軽く叩く。

 我に返ったブリジッタは立ち上がり、悔しそうに地面を蹴り、こそこそと円周に戻る。




 俺は続ける。


「さぁ、次は誰が相手をしてくれるのかな?」


 すると、次兄のマッテオ卑劣卿が前に進む。

 裾の長いローブをまとい、いかにも魔術師然としている。


 対して、アウグスタがこれと対峙する。


「私が相手をする」


 連戦を希望したのである。

 確かに、彼女に任せておけば、負けることはなかろう。

 しかしながら、俺は言い返す。


「ここは、私に任せておけ」


 アウグスタは思わず振り返り、俺を心配そうに見つめる。

 しかし、俺はここで名誉挽回すると決めている。もはや俺の心は揺るがない。

 

 すると、円周に集う兵士達は口々に呟く。


「双剣は、雷神に敗北して以降、為政から離れ、常に鍛錬を怠ることがなかったときく」


「七魔人との戦いでは最強を誇った」


「雷神に匹敵、いやそれ以上の実力は必定か」


「これは凄いものが見られるチャンス!」


 敵味方を問わず、俺に対する賞賛が続く。

 アウグスタは致し方なく、後ずさりして円周に戻る。

 

 ところで、マッテオ君。

 君は、君の部下が、君のために命を投げ出すほど君に心酔していると言っていた。

 それが今、あまり君を応援する声が聞こえないように思えるのだが大丈夫か。


 ところが、マッテオは元気に喋りかけてくる。


「おや。アウグスタは、俺の恐ろしさを感じ入って身を引いたか。実に賢明なことだ」


 まるで、堪えていないのである。


「……」


「だが、メルクリオ。貴様は馬鹿だ。タラにも劣る貴様が、俺にかなうはずがない。身の程を知れというのだ!」


 口上が終るやいなや、マッテオは手元の宝石を地面に投げつける。

 そして、両手を前面に掲げる。

 

 すると、地面の宝石に周囲の石が引き寄せられ、次第に人型が形成される。

 高さは優に二メートルを超す。両手が異様に長く、足は短く、それぞれ逆三角形の胴体に繋がっている。


 マッテオは、満足げな顔をしている。


「そうだ、その顔だ。恐怖に歪む馬鹿の顔。クハハハ、知らなかったろう? 俺が世界最強の人型使い(ゴーレムマスター)であることを!」


 その情報は、事前にブリジッタから聞いている。


「何ということだ!」


「皆、このゴーレムを見て恐れおののき、立ちすくむ。恐怖せよ! 泣き叫べ! そして、許しを請え!」


「ならばよかろう。こちらも真の力を見せてやろうではないか!」


 俺はこの時を待っていたのである。


「真の力……だと?」


「さぁ来い! ゴーレム召喚!」


 すると、真下の地面から鋼鉄の腕が生えてくる。さらに、盛大に土くれが弾け飛ぶ。

 そして、地面の下から人型が勢いよく姿を現す。


 その人型の正体は、カエサルである。

 俺は、事前にカエサルを土中に埋めて置いたのである。


「なんということだ! 貴様もゴーレムを扱えるのか?」


「そのとおりィィィィ!」


 マッテオは、俺がカエサルを制御していると勘違いしている。

 自分自身が人形を制御しているから、そう勘違いするのも当然である。

 その結果、マッテオにとって、この決闘は未だ正々堂々たる決闘なのであって、マッテオは、俺とカエサルが二人がかりで自分と戦っている事実に気付けないのである。


「しかし、俺のゴーレムの方が大きい」


「では、いざ尋常に勝負と行こうか」


「いや待て。慌てるな」


 マッテオは怪しげな指使いで手の平をひらひらとさせる。

 さらに宝石を二つ、地面に投げつける。

 すると、新たに二体の人型が形成されていく。

 

 マッテオは肩で息をしている。

 この人型生成には相当な精神力を消費するようだ。


「フハハハハ。これで貴様の負けは確定したな。三対一。子供でもわかる。俺の勝ち。卑怯ではないぞ。ゴーレムの召喚数は術者の手腕の一つであるからなぁ! さぁさぁ、貴様は、この窮地をどう乗り切る? まぁ、なんだ。これが俺が最強の人型使い(ゴーレムマスター)と呼ばれる所以だ。一人で三体を同時に起動する恐ろしき力。神の与え給うた最高のギフト。己の才能が恐ろしくなってきた。ところで、貴様、何を呆けた顔をしている? いや違ったな。貴様はいつもそんな顔をしている」


「……」


「そうだ兄上。俺を神聖帝国の幹部に推薦してくださいよ。こんな辺鄙な戦いで功をあげてもつまらなしさぁ!」


 マッテオは、ファウストに顔を向ける。

 もはや、俺に勝ったものと決めつけて、ニヤつきながら話を進めている。

 そして、一通り語り終えると、ゆっくりと、俺に視線を返す。


 時既に遅し。

 三体の人型は、既にカエサルによって土手っ腹を貫かれている。

 内包する宝石を潰されて、ちょうど石つぶてに戻っていくところである。


 しかし、マッテオはそのままニヤニヤしている。

 めちゃめちゃいい笑顔である。

 状況が飲み込めていないのである。


 対する俺もニヤニヤしながら、羽扇で自身を扇ぐ。

 少し経ってから、マッテオはいきなりまくしたてる。


「ななな、なんてことを! 不意打ちしやがって! 卑怯だぞ! 卑怯だぞ! 卑怯だぞ!」


 半泣きになっている。


 そんなことにはお構いなしで、カエサルはずんずんとマッテオに近づいていく。

 それに連れて、マッテオの声は小さくなっていく。


「こ、降参……」




「おおおおお!」


「双剣の操るゴーレム! 珍しいものを見られた!」


「マッテオおぼっちゃまも心を入れ替えてたくましく生きてくださいね!」


「双剣ばんざーーいッ!!」

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