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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
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29 獅子身中の虫

 現状、我が軍は無傷である。兵士のほとんどは戦闘に参加していないからである。

 結局、実際にあくせく働いているのは、俺達英雄なのである。

 そのためもあって、我が軍に疲労の色はなく、依然として士気が高い。

 

 したがって、早朝から進軍を再開する。

 第二古城から先は、それ以上に高度が上がることはなく、谷川沿いに勾配の少ない山間の道が続く。

 半日進むと、高原にたどり着く。


 開けた空間の真ん中に、小高い山が一つ。

 直径三キロメートル、高さは二百メートル程度。表面は針葉樹に覆われている。


 捕虜の話によれば、これこそが第三古城であり、ここに白薔薇騎士団を始めとしてコルビジェリの残党七百人が詰めているそうだ。

 確かに、木々の合間から石造りの人工物が見える。

 しかし、これを城と言ってもよいのだろうか。俺のイメージする城壁に囲われたそれとは大きく様相を異にしている。

 とはいえ、自然の要害であることは間違いなく、これを攻め落とすのは至難の業である。

 山城攻略は兵糧攻めでいくのが常道なのだろうが、しかし、それでは攻略に必要以上の時間を要することとなる。




 山城から離れた箇所に、野営地を置く。

 いくつもテントを張り、その周囲に杭を打ってバリケードとする。

 一通り完成したところで、山城に使者を送る。

 

 俺は、バリケードの内側から山城を睨みつけている。

 この山城も無血開城と行きたい。しかし、相手はプライドの高い白薔薇騎士団長ファウストである。

 さてどう調理したものか。


 ゆっくりと羽扇で自身を扇ぐ。


「悪い顔をしているなぁ」


 ヴィゴが声を掛けてくる。

 しかし、その言葉は心外である。涼やかな軍師顔と言って欲しい。


 しばらくして、山城から使者が戻ってくる。


「ただいま戻りました。すぐにでも、捕虜の受渡しに応じたいとのこと」


「いいだろう。簡単に済ませてしまおう」


 ここで、ヴィゴは俺に食って掛かる。


「捕虜を有効活用しないのか? 敵将の親族を捕えているんだぞ? これがどれだけのアドバンテージになるのか、理解出来ていないのか?」


「私は、そんな卑劣なことは絶対にしないと決めている」


「よくも真顔で言える」


「案ずるな。私は、真の意味での有効活用を考えている。それは、高尚で文明的な活用法に当たるからして、刮目して見ておるがよい」




 夕暮れ時。山影が高原に伸びる。


 山裾から十騎が現れ、我が軍の野営地と山城の中間地点にやって来る。

 こちらも、ペーター王とアウグスタ、それに僅かばかりの近衛兵を引き連れて、会見に臨む。

 なお、マッテオやブリジッタら百人の捕虜も同行させている。

 

「貴方がメルクリオか?」


「そのとおり。会えて嬉しく思うぞ、ファウスト将軍」


 相手は、見覚えのある長髪である。片目はその赤髪に隠れており、見た目はなかなかにキザな野郎である。


「まさか、捕虜全員を無条件で解放してくれるとは思わなかった」


「ご不満かな?」


「いや。このような高潔な申入れに、私はいたく感動している」


「私は、ただ正々堂々と貴方と戦いたいだけだ。これはその意思の表れと思って欲しい」


「それは騎士道精神にかなう心だ。私は、貴方が自身のことを本物のメルクリオだと名乗ったとしても、それほどその素性を疑うことはしないだろう」


 そこで、ペーター王が口をはさむ。


「お久しぶりです、ファウスト師匠」


「まるで見違えるようだ! しかし、のこのこ戦場に現れるなど、油断がすぎるのでは?」


 どうやら、師弟関係にあるようだ。


「俺は貴方と戦いたくありません。降伏してください」


「言ってくれるな。私は、もはや尊敬されるべき騎士ではない。激怒皇帝の駒にしかすぎんのだ」


「貴方らしくもない」


 対して、ファウストは何もかも諦めたような顔つきで、静かに頭をふる。


「たとえ後ろ指をさされようとも、私は戦い続ける。次に会うときは敵同士だ。覚悟してくれ」

 

 そこで、俺は提案する。


「私は、貴方に決闘を申込む」


「何を望む?」


「我々が勝てば、貴方は開城し、我々に降伏する。貴方が勝てば、我々は兵を引く」


 決闘で勝敗を決するのが最も手っ取り早い。

 もっとも、俺がファウストと決闘して勝てるはずがない。だから、いろいろと工夫するつもりではある。

 

 ところで、ファウストは誇り高い騎士様である。当然ながら、決闘に応じることだろう。

 ところが、ファウストの顔に暗い陰が走る。


「貴方も軍を指揮する身であればわかるはずだ。私の役割は、貴方の軍をここに引き留めることだ」


 驚くほどに現実的な回答が返ってくる。

 確かに、この男はその弟や妹と違って一筋縄ではいかない。


「敵味方いずれの兵士にも無駄な血を流して欲しくない。少しでも騎士の誇りが残っているのであれば、決闘に応じるべきだ」


「私に騎士の誇りを望まないでくれ」


「ならば、致し方あるまい。それでも、気が変わったらいつでも声を掛けてくれ」


 俺は近衛兵に合図を送る。すると、近衛兵は次々に捕虜達の手縄を解く。


「お兄様! 私、けだものどもに玩具にされてしまいました。そのせいで、心がずたずたになりました。お兄様! お顔をお見せください! お声をお聞かせください! でないと私の心は腐って死んでしまいます!」


「兄上! 部下共が馬鹿ばかりなせいで、俺は負け戦に巻き込まれてしまいました。しかし、兄上と俺が力を合わせれば、こいつらなんぞ一瞬で捻りつぶしてやれます!」


「……」


 こいつらは、無駄に元気である。

 ファウストも、その兄弟の分別ない姿に言葉もない。


「兄上。ブリジッタとこいつらは引き取らない方が賢明ですよ。こいつら既に篭絡されてますから。それに、そもそも無能だし。引き取るのは、俺だけにしてください」


「お兄様の前でなんてことを! いや違うの、お兄様! そんな目で私を見ないで下さい、お兄様!」


「……」


 ファウストは、おそらくその内心に忸怩たるものがあるのだろうが、それでも無表情のまま黙っている。

 縄を解かれた捕虜達は、健康的な足取りで我先にと山城に雪崩込んでいく。


 ところで、アウグスタは黙ったまま、じっとブリジッタの背を見守っている。

 ブリジッタの方はというと、アウグスタを振り返ることもない。ただただファウストとの再会に浮かれている。


「では、ファウスト殿。次は、戦場でまみえるとしよう」




「で、結局引き渡したんだな?」


「ああ」


「煩いことは言いたかねぇ。でも、一言いうなら、お人よしもいい加減にしろよ、ってことだ」

 

 ヴィゴがため息をつく。


「好きに言っておけばよい」


 ヴィゴは呆れたまま、俺のテントを後にする。


 しかし、俺の顔には自然と笑みが浮かび上がって来る。

 つまり、機微に聡いヴィゴですら、俺の腹の内を読めなかったのである。

 ということは、誰も俺の本心を理解出来ないということであり、これに勝る僥倖はない。


 そして、俺の腹の内は次のとおりである。


 まず、引き渡した捕虜は、全てコルビジェリ家の近習である。

 しかし、その全員がマッテオ、ブリジッタに忠実なわけではない。

 両名とも将軍としての才能が欠如している。したがって、近習の中にはコルビジェリ家の将来を悲観し、もはや独立を考えているものもいる。


 俺は、昨晩徹夜で一人一人と面接を行い、その態度をとっくりと観察した。

 そして、厳選して十名を選り抜いた。彼らには、身柄の安全と王国での地位を保障し、これを代価として特命を与えたのである。


 すなわち、彼らは解放された体を装い、スパイとして山城に忍び込む。そして、城内の様子を逐一俺に報告する。

 併せて、彼らは彼らの方法で城内の厭戦気分を高める。さらに、城内の兵糧をがんがん消費し、廃棄する。


 こうして、俺は、獅子の身中にこっそりと毒虫を付着させたのである。




 ロウソクの火が、手元の地図を赤く照らし出している。

 何枚も何枚も地図を手書きで複写し、複写したものに自分の思考を書き込む。

 

 山城の攻城戦から大要塞陥落に至るまでの作戦を立案する。

 進撃ルートの選択肢を複数用意し、進撃速度を勘案したところで現実味のあるものを抽出する。対する敵軍の迎撃ルートを予想し、その迎撃の実効性を減殺すべく、我が軍の予定にさらに工夫を重ねていく。


 計算の結果、俺は、山城の攻略に投下できる日数が最大五日であることを悟った。

 これ以上の日時を費やしていると、大要塞の帝国軍が動き出す。その結果、我が軍は、帝国軍とコルビジェリ軍によって挟撃されるのである。


「時間はない……」


 それはさておき。

 俺の言動は、もはや天才軍師以外の何物でもない。

 このスタイルに拘りを持っていきたい。


 俺は、三本のローソクを横一列にして卓上に並べる。

 そして、グラディウスを鞘から引き抜く。


「ファウストォ!」

 

 1つ目のロウソクの先端を切り落とす。


「マッテオォォッ!」


 2つ目のロウソクの先端を切り落とす。


「ブルィジッタァァ!」


 3つ目のロウソクの先端を……。

 切り落とそうと思ったが、盛大に空振った。


 カエサルが、テントの入口付近に屹立し、こちらをずっと見ている。

 ひょっとすると、今、俺がやらかしたかのように思っているのかもしれない。


「クククク。貴様らが命、もはや風前の灯であるぞ」


 適当な言葉でその場を誤魔化す。

 しかし、どうにも悪役染みた台詞が板についてきた。これではいけない。


「大要塞を落としたら、その後は話合いで終戦に持ち込もう」




 翌日。雨天である。

 我が軍は山城を遠巻きにして、相手の出方を伺う。

 しかし、敵軍は、サザエが蓋をするかのようにずっと山城に閉じこもっている。

 そのため、終日戦端が開かれることはなく、呆気なく日が暮れる。


 真夜中になって、山城に潜り込んでいるスパイから伝令が来る。

 伝令は、訥々と山城の現況を報告する。


 解放された元捕虜達が周囲から浮いている。

 なんでも、昨晩はファウスト主催の晩餐会が開かれ、元捕虜達は厚遇された。


 しかし、ファウストの部下達はそれに反発する。何故、囚われていた間抜け共を、厚遇しなくてはいけないのかと、そう思っているのである。

 特に、マッテオ先生の傍若無人ぶりが、彼らの気持ちに火を点けたのである。


 一方で元捕虜達にも不満がある。

 捕囚の間に贅沢を味わっていたため、山城での晩餐会が粗末なものに思えたのである。

 晩餐会ですらこの様子であるならば、この先が思いやられる。だったら、捕虜のままでいた方が良かったのではないか。

 そう感じているのである。


 その場でいざこざにまで発展することはなかったが、両者の間に明確な亀裂が生じたのである。




 その翌日も雨天である。

 同じく敵軍に動きはない。

 夕刻になって、俺は伝令から報告を受ける。


 まず、山城で火災が発生した。

 食料倉庫が不審火によって燃え上がり、兵糧の半分が炭化したとのこと。

 しかし、残りの兵糧でもって、二ヶ月間は食いつなげる。

 であるとしても、士気の衰えようは著しいようである。


 さらに、大要塞が陥落したとの噂も流れており、神聖帝国からの救援は絶望的との噂も流れている。


 一方で、ブリジッタがメルクリオのことを悪し様にいう姿を見かけた者がいる。

 その話に尾ひれがついて、不思議なことにブリジッタはメルクリオに心奪われているという噂が流れている。そして、この噂が、一部の士気を著しく低下させている。


 山城内はストレスフルであり、長くは持たないだろうとのことであった。


「決壊はもう間もなくか」



 

 さらにその翌日も雨天である。

 そして、敵軍に何らの動きもない。


 いつ、神聖帝国の本軍が南下してくるかも分からない。

 俺の心に、焦りが生じている。


「なあに。ドゥーエが動き始めておる。心配せんでよい」


 イクセルは俺の心配を笑い飛ばす。

 確かに、ドゥーエが第二陣を率いて大要塞の帝国軍を引き付けてくれるならば、俺の焦りは単なる杞憂に終わる。

 その結果、俺達第一陣は呑気に山城内の崩壊を待っておればよい。

 しかし……。


 そのタイミングで、コルビジェリ城からの伝令がやって来る。


「ドゥ―エ様は、再びコルビジェリ城を出奔したそうです」


「出陣の間違いではないか?」


「あくまでも出奔です。さらに、今回はカタリナ様もイェルド様も行方不明です」


「まさか、第二陣の指揮官は全滅か?」


「ロビン様はコルビジェリ城に残っています。ですが、その手勢は千にも満たず」


「半分に減っているではないか?」


「残りの半数は行方不明です」

 

 このことが帝国に知られると、とんでもないことになる。

 帝国軍はこちらに軍勢を送ることだろう。そうなれば、我が第一陣は挟撃に遭う。

 あるいは、帝国軍はこちらを無視してコルビジェリ城攻略にかかるかもしれない。コルビジェリ城が落ちたならば、我が第一陣は兵站を絶たれて壊死する。


 このタイミングで、あの男は一体何をしているのだ?

 

 状況は一変した。

 直ちに、行動しなければならない。


 まずは、眼前の第三古城を速やかに落とす。強引な実力行使もやむを得ない。

 その上で、第三古城を前線基地として守りを固めて、帝国軍の襲来に備える。

 その一方で、俺はコルビジェリ城に戻る。そのまま第二陣の指揮官となって海の道を北上する。


 戦略は、これしかあるまい。

 俺には、八面六臂の活躍が求められているのである。




 その時、山城のスパイから伝令がやって来る。


 昨日の夕刻、殴合いの大喧嘩があったそうである。

 元捕虜とファウストの近習との間の喧嘩である。


 事の発端は、元捕虜が食事の粗末さに不満を述べたことに始まる。

 ファウストの近習は、返す刀で元捕虜に対して嫌味を言う。すなわち、無様に囚われて、王国軍に飼いならされていたくせに、と。

 これに対して、元捕虜もやり返す。いつまでも籠城なんて無策で意気地無しだと。俺達はそんな戦い方をして来なかった、と。

 互いに痛いところをつかれたので、簡単に折れるわけにもいかず、どこまでもヒートアップして収集がつかなくなったそうだ。

 

 また、兵糧に点火した犯人探しが行われ、元捕虜がスパイ工作をしていると疑う者も現れ始めた。

 その結果、山城内の亀裂が決定的なものとなった。

 

 一方で、良識ある者達は現状打開を求めて、意見を交わす。

 帝国軍からの援助は期待できず、潔く王国軍と正面衝突しても勝てる見込みはない。かといって、これ以上籠城を続けると裏切り行為が多発する危険がある。


 そんな中、一対一の決闘に応じるべきとする声が大きくなっている。

 ファウストの技量からしても、決闘に勝てる公算は大である。むしろ、これが最善手なのではないかと考えているのである。


「ならば、一つ揺さぶってやろうか!」

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