逸れオーク
平原を歩いてきた身体的な疲れと,変わらぬ景色からくる精神的な疲労から,私の中で悪い感情が出てきていた.
『この広大な平原は,進んでも進んでも景色は変わらない.見る景色が変わらず,気が狂いそうになっていたんだ.ちょうどよい刺激になってくれそうだ.』
火の揺らぎと共になにやら大きな人型の生物が森の奥からこちらに近寄ってくる.それとは別に,奥の方にも小さな気配を感じてはいるものの,前にいる魔物から漂ってくる皮脂の臭いが酷く,なんなのか判別ができなかった.まずは正体を現さないやつよりも目の前にいる魔物に集中しよう.私の視線の先にいる魔物は,恐らくオークだ.それも逸れオークだろう.危険度は,DとEの間で,どちらになるかは個体差が大きい.
恐らく,私が埋葬した冒険者もこいつにやられたのだろうと思う.死んだ冒険者から拝借した装備品からは,やつの匂いが,かすかにではあるが感じられたからだ.もしかすると,この木の下は奴の餌場なのかもしれない.
『さて,弔い合戦と行こうか.』
「ブモォォォオ」
オークの雄たけびが広い平原に広がり,草むらで眠っていた鳥たちが,一斉に飛び立ち始めた.
お互い睨み,牽制し合う.敵が動く前に私から動いた.ゆっくりと歩きながらオークへと近づく.相手は,近づいた私へ手に持った棍棒を躊躇せず振り抜いた.しかし予備動作が大きく,それでいて攻撃はおそかった.それをひらりとかわし,短剣で奴の脇下を斬った.思ったより深くは刃が入らなかったが,肉に傷はつけられたようだった.その小さな傷を気にすることなく,再び私へ棍棒を振りかぶった.次はもう片方の脇下を斬った.私は,相手の攻撃を避けては斬り,避けては斬るを繰り返した.すると,ちょこまかと動く私に怒り心頭のオークの攻撃はさらに雑になり,隙が多くなった.それをいいことに一回の攻撃で二,三回斬りつけていった.
気づけば,オークは血だるまになっていた.しかし,それを気にするそぶりを見せない.それは,オークの性質によるもので,オークは痛みに強いという性質を持つ.痛みに強いということは言い換えると,痛みに鈍いということになる.これは奴らの利点でもあり,また弱点にもなる.利点として働く場面は,初級冒険者などがオークに剣を突き刺すもオークが全く怯まずに撲殺されるということが多々あるらしい.一方で,弱点となる場面はというと,今まさに私の目の前で血まみれになっているオークを見るとわかる.明らかに血を流しすぎているのに,そのことに気づけていない.私の剣はオークの身を断ち切るほどの力はないが,薄皮くらいは切れる切れ味はある.相手の皮膚を何度も何度も何度も剣で撫でる.それも全身を.すると至る所から血を流し,オークの動きは最初とは打って変わって鈍くなっている.これが私の狙いだったのだ.そろそろ棍棒も振り上げることが難しくなってきているようだ.もう勝負は決した.私は月を背にして,少し凄んでみた.
「プギャアァァァ」
最初とは打って変わって,情けない叫び声だ.こちらへ向かってくるのかと思いきや,やつは後退りして逃げようとした.しかし,血を流しすぎた身体で素早く動けるはずもなく,足がもつれてしまい倒れ込んでしまった.私はゆっくりと歩いて,オークへの距離を詰めて行く.奴は,地べたを這いずりながら,私から少しでも離れようとしていた.私は手を緩めずに,短剣で変わらずに嬲っていった.いつの間にか絶命していたオークを眺めながら,乱れた髪を掻き揚げた.
さて,次の気配の正体を探りに行こうか.遠方にある気配は,未だ動かない.この状況で出てこないとするとオークの子供かもしれない.子供には手を出すつもりはないが,念のため確認する必要がある.私が近づいていくと,やっとその気配が動き出した.
「ちっ血はあげますから,命だけは助けてくださいっっ.」
細い女性の震えた声が聞こえた.
人間だ.私は歓喜のあまり,その叢へ飛び込んでしまった.そして,きらきらとした目で彼女の手を両手で握りながら話しかけた.
『冒険者の方ですか?』
「はっはい.そうです.えっと...」
『私はリリア・フローリアといいます.少し道に迷っていまして』
「人間ということで大丈夫ですか?」
『はい!』
私が笑顔で返事をすると,彼女の緊張が少し解けたようだった.
その場で長話をすることもなんだったので,寝床へと戻って続きを話した.彼女は名をフィオーネといい,D級冒険者だそうだ.冒険者職業は盗賊らしく,戦闘向きではないとのこと.パーティーからはぐれてしまい,大草原をさまよっていたところ,焚火を見つけサーディンまで一緒に戻ってくれないかと交渉しに来たらしいのだ.




