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白澤百合姫の転生日記  作者: トキムネ
家族との日々
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アドラーとの修行の終わり.

平原の景色を見納め,私は口角を緩ませながらアドラーの元へと戻った.


『アドラーさん,この奥はカムピス平原に繋がっていました.プルククラ山脈を登らずに,サーディンへと行けそうです.』


「あら,それは良い新発見ね.これで貴方も安全に山を越えられるわ.どうやら運命は貴方の味方らしいわねぇ.」


アドラーがそう言うと何か意味深に聞こえるが,私はその意味を深く掘り下げず,文面通りに受け取った.


『折り入ってご相談があります.』


「何が言いたいかわかっているわ.合格よ.魔力を持たずしてC級を2体も討伐とは,あっぱれなことだわぁ.」


『2体ではなく,1体しか討伐できていません...』


「貴方の作戦で2体が対峙し,1体が死に,それで手の内を見せた相手を討伐したと考えれば,2体討伐したことにならないかしらぁ.」


『そういっていただけるとありがたいです.』


確かにそこまで考えて作戦を立てることができれば良かったが,今回は偶然の産物だ.私は少し眉をひそめていた.


「評価者が2体討伐したと言っているのだから良いのよ.それじゃ戻りましょうか.その前に一つ,私の家に入ったらすぐ,服は脱いですぐにお風呂に入りなさいな.ここで会ったときから少し匂うのよぉ.」


『すみません...』


最近ヤスデの巣に入りびたりで,奴らのクソの匂いに慣れすぎていて気付かなかった.



アドラーの家で,風呂から上がると 香ばしい匂いが廊下に漂っていた.それにつられるように台所へと向かうとアドラーがフライパンでバゲットを焼き直しているところだった.


「臭いはましになったかしらぁ?」


『ええ.完全にとはいきませんが,かなりましになりましたよ.あのハーブ入りのシャンプーのおかげで.』


アドラーは,私を席に座らせると優しく髪を乾かしてくれた.アドラーは,あのダンジョンでの修行で私に何をさせたかったのだろうか.私なりにおおよその検討を付けてみた.彼女は,その魔力に関する深い知見から,私にこの修行の期間では魔力を持たせることは不可能だと判断したのだろうと思う.その事実を私に突き付けても,私はあきらめずに魔力を求めてサーディンへ発つということもわかっているのだ.そこで大事なのは,如何に長生きをさせて,魔力を持ち得る機会へ触れさせることができるかを考えたのだろう.だから,魔力を全く持たずに生まれてきたこの欠点をもってして,なんとか強敵と戦うすべを,きっかけでもよいから見出させたかったのだろうと思う.そんなことを考えていると,髪を乾かし終えたアドラーが私の肩を両手で軽くたたきながら立ち上がった.そして,バゲットを盛った陶器製の器をテーブルにのせた.


「明後日くらいに発ちなさいな.あの通路を使うのであれば,私は安心してあなたを見送ってあげられるわぁ.」


アドラーがバゲットを一口齧りながら,今後のことを提案し始めた.


『はい.そうさせていただきます.』


私も盛られたバゲットの一つを手で摘まんでみた.皮は硬く余分な水分が飛んでいることがわかる.口に入れられたバゲットは何とも心地の良い音を立て,かみ砕かれる.それと同時に,ふわっと何とも形容しがたい小麦特有の香ばしい香りが鼻腔をつく.魚ばかり食べていた私には,もりもりの炭水化物の塊であるパンは余計に美味しく感じた.


「おいしいでしょう.いつも食べているこのパンには,貴方が見たカムピス平原で栽培されている小麦が使われているのよぉ.」


『確か,カムピス平原は小麦栽培量において皇国内で2番目に多いんですよね.』


「流石,リリア博識ねぇ.」


このとき,初めてアドラーが私の名前を呼んでくれたのだ.私を貴方と呼ぶのではなく名前でしっかりと呼んでくれたことで,アドラーに認められたかもしれないと嬉しく思った.


アドラーはバゲットを一つ食べ終えると,再度台所に立ち,小さい鍋からスープをよそってくれた.赤いトマトのスープで,しっかりとトマトの酸味のある香りが椀から漂ってきた.赤くドロッとしたスープは底が見えず,トマト以外の具材が目視では確認できない.しかし,香りをかぐと,特有の硫黄系統の匂い,食欲をそそる匂いと脂質の焦げた匂いが混じっていることがわかる.この匂から察するに玉ねぎ,にんにくとベーコンが具材として入っている.手触りの良い木製のスプーンでスープの底をさらうと,やはり玉ねぎとベーコンが入っていた.それを口に運ぶと,にんにくが大きな存在感を表す.このスープにパンを浸して食べると,それはもう絶品だった.


空になった皿と椀を流し台へと持って行った.台所についている窓から,うっすらと橙色と薔薇色に色づいた空が僅かに見えていた.久しぶりに見た夕暮れ時の空がどうも綺麗に感じた.日の暮れた森の中で,怪鳥の鳴き声が響いていた.森の奥ではゆっくりと時間が過ぎていく.どこで覚えたかわからないメロディーの恐らくサビの部分を繰り返し口ずさみながら洗い物をした.


アドラーとはお休みの挨拶をかわし,部屋のベッドに腰を掛けた.何の変哲もない木製のドアの節をぼーっと見つめた.明後日にはここを出ていくのだと思うと私の心の中でわずかではあるが,私の旅が進んだということを強く実感した.これは,興奮とは異なる不思議な感情で,目の前が広がった感覚があり,そして感傷的な感覚なのだ.就寝前には適さない冴え切った頭でサーディンへ着いたときのことを色々と妄想しているといつの間にか寝落ちしてしまった.

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