第30話 料理人の俺には、俺のやれることがある
王城へ戻ってきたその足で、俺は遠征に持ち出していた荷物を厨房へ運び込んだ。
残った食材に調味料、鍋や調理器具。行きと比べれば食材が減った分だけ軽くなっているはずなのに、長時間馬車に揺られた後だからか、やけに重く感じる。
隣では神代が木箱を抱えていた。
「悪いな。遠征訓練帰りだってのに」
「黒江くん一人に任せる方が落ち着きませんから。それに、このくらいなら平気です」
そう言う神代の表情は明るい。たぶん俺より軽々、荷物を運んでいた。
その後ろには月白もいる。荷物運びを手伝うわけではなく、遠征で得たことを頭の中でまとめているのか、なにやらぶつぶつ呟いていた。
厨房へ入ると、何人かの料理人がこちらを振り返る。
「おう。帰ったか、坊主」
ガルドさんがいつも通りの太い声を出し、俺の顔から足元まで一度見る。
「怪我はねえな」
「俺は戦ってませんからね」
「他の奴等は?」
「みんな無事です。特に問題なく終えました」
「なら上出来だ」
それだけ確認すると、ガルドさんは俺たちが持ってきた荷物へ目を向ける。
「そこ置いとけ。後で片付けりゃいい」
「わかりました」
木箱を下ろした瞬間、腕から一気に力が抜ける。やっぱり疲れていたらしい。
「で、どうだった? 初めて外で飯作った感想は」
聞かれて、少し考える。
王城の厨房とは何もかも違った。使える道具も限られていたし、火加減も安定しない。食材だって好きなものを好きなだけ使えるわけじゃない。
でも、一番違ったのはそこじゃなかった。
「……戦ってるところ、間地かで見てきました」
「ああ」
「河井が盾で攻撃受けたり、絆奈たちが森の中走り回ったり。昨日はみんな、終わった後かなり疲れてて」
その時になって、遠征前にガルドさんから言われたことの意味が少し分かった気がした。
料理人なら、食う奴の顔を見ろ。
城で待っているだけだったら、たぶん俺は「戦ってきたんだから腹が減ってるだろう」くらいにしか考えなかった。
でも、実際には違った。
同じ戦闘に参加していても、疲れ方は全員同じじゃない。
「食う奴の顔はよく見えたか?」
「はい。ばっちり」
「ちゃんと食べてもらえたか?」
「それはもちろん」
「なら料理人としての仕事はしてきたってことだな。とりあえず今回は合格だ」
そう言ってもらえるのはありがたいけど、改善したいところはいくらでもある。
次に同じような遠征へ行くなら、持っていく食材は少し変えたい。調理器具も必要最低限に絞った方がいいし、現地で使えるものを事前にもっと確認しておけば楽だった。
ガルドさんが『今回は』と言ったのは、たぶんそういうことだ。
「黒江くん」
呼ばれた方を見ると、月白がこちらを見上げていた。
「少し話していい?」
どこかうずうずしているように見えるのは、はやく料理人の確認をしたいのか。
「ああ。少し休憩するか」
ささっと茶を用意して、神代、月白と食堂に移動し椅子に座る。
「今回、かなり分かったことがある」
「俺はあんまり分かってないけど」
「だから説明する。黒江くんはぜんぜんわかってない」
「そこまではっきり言う?」
「河井くんとの会話を聞いてればわかる。あれは酷かった」
「えっ? なにが?」
俺の問いかけを無視して、月白はそう一つずつ整理するように話し始めた。
初日の戦闘後、河井は腕と肩に強く疲労が出ていた。絆奈は脚。神代は身体よりも長時間警戒していたことによる精神的な疲れが目立ち、月白自身は単純な体力消耗が大きかったということ。
そこまでは俺も見ていた。
「黒江くんは、それを見た後に料理を作った。それを食べたみんなの状態が良くなった。翌朝も、思っていたより疲労が残ってなかった」
「状態が良くなったり疲労が残らなかったりは、一晩寝たからって可能性が高くないか?」
「もちろんある。でも、全員に同じ効果が出たわけじゃない」
そこが月白は気になっているらしい。
河井は腕。絆奈は脚。
神代は頭がすっきりしたと言い、月白は身体そのものが軽かった。
そこまではいい。全部、寝れば解決するようなものだ。
けど、夜警をしていた騎士は、食事をしたあと眠気が引いたと言っていた。
桐生も随分と機嫌よく村に帰って来ていた。王都を出た時とはまるで別人。
「わたしが見る限り、河井くんの肩の痛み、相良くんの突指。水瀬さんの体調不良、元谷さんの魔力の枯渇は、あの環境で寝ただけじゃ直らない見立てだった。なのに、起きた時にはみんな元気になってた」
「それは……。クラスの特性とか?」
「わたしが本で読んだ限り、クラスによって身体が丈夫になることはあっても、身体の疲れが早く抜けるなんて記述はなかった。だから、黒江くんの料理が効いた可能性は高いと思う」
みんなの戦い、疲労の仕方を目の前で見たからこそ、個々に効果の高い料理を提供することが出来た。月白はそう考えてるらしい。
「私は、黒江くんの料理だと思います」
隣で話しを聞いていた神代が口を開く。
「昨日の夜、食べる前と後で、自分でも分かるくらい違いましたから。これは、食べてから寝るまでの間に起こったことです」
神代がそう言うなら、何かあったのかもしれない。
ただ、俺自身には相変わらず感覚がない。料理を作っている時に、突然何かが光るわけでもなければ、頭の中に効果が表示されるわけでもない。
「俺からしたら、みんなの状態を見て、この料理を出せば美味しく食べられるとか、足りない栄養を取れるとか。そういうことは考えて作ってるけど」
「やっぱり、そこが重要だと思う」
月白は迷いなく言った。
「相手のことを知ってるほど料理の効果が正確になる可能性は高くなった。しかも、食材が適切じゃなくても構わない。黒江くんが考えて作ることに意味がある」
「俺が作ることに?」
「うん。だから、今度はそこをもっと調べたい」
それは、俺としても助かる。
仮に食材を選ばずに、ただ俺が料理をすることで、個々が求める効果を発揮する料理を作れるのなら、今まで以上にみんなの役に立てることは間違いない。
「わかった。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ」
月白は満足そうに頷いた。
「黒江くんが、相手のことを知るほど、ですか……」
「ああ。まだ仮説だけどな」
「じゃあ、私のことももっと知ってもらった方がいいということですよね」
「ああ、そうだけど。……なんか嬉しそうじゃないか?」
「いえ。嬉しと言うよりは」
神代は言葉を選ぶように暫く考えた後。
「……なんでもないです」
「なんだそりゃ」
なにを言いたかったのか。
それでも、神代は、どこか恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑っていた。
その時、食堂の入口が少し騒がしくなり、料理人が一斉に姿勢を正す。
「お帰りなさい、黒江律希さん」
入って来たのは見覚えのある白いヴェールで顔を隠した女性。
「王女様」
長い金髪を揺らしながら、王女様がこちらに近付いて来た。
「お怪我はありませんでしたか?」
「はい。みんな無事です」
「そうですか。安心しました」
その言葉を聞いて、一つ思い出した。遠征中ずっと気になっていたことだ。
「王女様。ちょっと聞いていいですか?」
「もちろんです」
「今回、俺を遠征に行かせようとしてたのって、王女様ですよね?」
騎士からは上からの指示としか聞かされていなかった。
でも、時期を考えればほぼ間違いない。
「ええ。私です」
やっぱり。
「どうして俺を同行させたんですか?」
「あなたが作った料理の効果を、王城の外でも確認したかったからです」
王女様は隠す様子もなく答えた。
「以前いただいた料理で、あなたの作った料理が特殊であることに気付きました。ただ、王城の中では環境が整いすぎています」
「だから遠征に?」
「はい。移動し、戦い、疲労した者たちに対しても同じことが起きるのか。悪い環境でも効果が出来るのか。それを確かめたかったのです」
「俺に何も言わなかったのは?」
「先に伝えれば、あなたが意識しすぎると思いました」
それは否定できない。最初から『効果を調べます』と言われていたら、料理を作る時にも余計なことを考えていただろう。
「それに、もう一つ。あなた自身が、食べる人たちを実際に見る必要があるとも考えていました」
月白が微かに目を細めた。
なぜそこまで知っている? と、彼女ならそう考えてもおかしくない。
俺としても、一回、料理を食べたただけで、そこまで試そうとする女王様の行動力に驚きだ。
「それで。結果はどうだったんですか?」
「まだ結論を出すには早いでしょう。ただ、興味深い報告は届いています」
同行していた騎士から、すでに簡単な報告が上がっているらしい。初日の戦闘後には疲労が目立っていた者たちが、翌朝にはかなり回復していたこと。二日目は初日以上の戦闘を行いながら、最後まで大きく調子を崩さなかったこと。
夜警にあたった騎士も、食事の後に眠気が軽減したと報告している。
「それでも、俺の料理だけのおかげじゃないですよ」
それだけはすぐに言えた。
「河井たちは昨日より森での戦いに慣れてました。月白だって魔法の使い方を変えてたし、神代も絆奈も昨日よりずっと動けてた。本人たちが凄かったんです」
「ええ。私もそう思います」
王女様はあっさり頷く。
「あなたの料理が彼らを強くした、と言いたいのではありません」
「じゃあ」
「彼らが持っている力を、次の日も発揮できる状態に戻す。その一助になった可能性がある、と考えています」
そこで、河井との会話を思い出した。
昨日より負担が大きかったはずなのに、腕に違和感がない。
あいつはそう言っていた。
俺が何をしたのかと、何度も聞いてきた。
「黒江律希さん」
「……はい」
「今回の遠征で、あなたは魔物を倒していません。ですが、それだけであなたが不要だったとは思いません」
王女様の声は穏やかだった。
「戦う者が力を発揮できるように支える者も必要です。怪我を治す者も、武器を整える者も、食事を用意する者も。全員が剣を持つ必要はないのです」
神代がその言葉に、小さく頷く。
「少なくとも私は、今回あなたを同行させたことは間違いではなかったと思っています。むしろ、想像以上の成果を出しているとさえ思います」
返事をするまで、少し時間がかかった。
まさかそこまで行ってもらえるとは、思っていなかったから。
「……なら、よかったです」
ようやく出てきたのは、そのくらいだった。
でも胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ軽くなった気がした。
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王女様が去った後、俺は厨房の調理台の前に立っていた。
「随分難しい顔してんな」
ガルドさんに言われ、自分でも気づく。
「ちょっと考えてただけです」
ガルドさんはそれ以上聞かず、仕事へ戻ろうとした。
「ガルドさん」
「あ?」
「俺、最初は料理人って聞いた時、ハズレだと思ったんですよ」
「そうか」
返事はそれだけだった。
無理に慰めてくれるわけでもない。
だから俺も、そのまま続けた。
「今でも戦える奴らは羨ましいです。今日だって河井は俺より何倍も大きい魔物を盾で止めてたし、神代が刀振ったところなんてほとんど見えなかった。月白も桐生も、俺には絶対できないことやってるし」
「そら、あいつらは戦闘食だ。当たり前だろ」
「そうなんですけどね」
その大雑把な考え方がガルドさんらしい。
思わず笑ってしまう。
「前にも言っただろ。食うことは生きることだ。だったらお前は、そいつらに満足のいく飯を食わせりゃいい」
それだけ言って、ガルドさんは本当に仕事へ戻っていった。
乱暴だけど、分かりやすい。
剣を持てない。魔法も使えない。魔物が出てきたら、今日みたいに誰かの後ろへ下がるしかない。それはたぶんこれからも変わらない。
でも、戦って帰ってきた奴に飯を作ることはできる。疲れているなら、次の日も動けるように。腹が減っているなら、ちゃんと食えるように。俺の料理に特別な効果があるのなら、それも使えばいい。
少なくとも、何もできないわけじゃない。
「黒江くん」
考えていると、神代に呼ばれた。
振り返れば、神代と月白がまだ厨房に残っている。
「少しお腹が空いちゃいました」
「わたしも。何か食べたい」
「黒江くんの料理を食べたいな~……。なんて」
「神代、月白に影響されてない?」
神代が笑う。
月白は反論せず、静かにこちらを見ていた。
そこへ厨房の入口から、さらに声が飛んできた。
「あっ、いいところにいるわね」
やってきたのは桐生だった。夜警明けに寝ていたはずなのに、もう起きたらしい。朝とは違い、今はすっかり普段の調子に戻っている。
「桐生も腹減ってるか?」
「寝起きなんだから減ってるに決まってるでしょ」
「そういうもんなのか?」
「そういうものよ」
その後ろに、もう一人いることに気づいた。
「……律希」
「絆奈」
そういえば、あとで話す約束をしていた。
「話、今なら聞けるよ」
「うん。でも……」
絆奈は神代たちを見た。何か言おうとして、一度口を閉じる。
「みんな、ご飯食べるの?」
「そのつもりみたい」
俺が答えると、絆奈は少しだけ迷ってから、息を吐いた。
「……じゃあ、わたしも食べたい」
「わかった」
話は食べながらでもできるだろう。
俺は調理台へ向かい、手を洗う。
何を作ろうか。
遠征帰りだから重すぎない方がいい。月白はさっきから甘いものを気にしているし、桐生は起きたばかり。神代も絆奈も慣れない遠征に帰って来たばかりだ。元気と言ってはいるが、隠れた疲れが明日に残らないようにしたい。
そんなことを自然に考えている自分に気づく。
やっぱり、俺にできるのは料理を作ることだ。
これからもきっと、みんなのクラスを羨ましいと思うことはある。
魔物を倒すような派手な活躍だって、俺にはできない。
でも、俺には俺のやれることがある。
「とりあえず、腹減ってる奴は座っててくれ。なんか作るから」
俺は料理人だ。
このクラスも、思っていたほど悪くないのかもしれない。
俺の料理を待っているみんなを見ながら、今はそう思えた。




