1頁目 風鈴工房
2作目です。同時連載。
短めの作品なので、ふらっとお立ち寄りください。
その工房には長い間、名前が無かった。
看板も無かった。
必要ないから。
依頼人は口コミで来るし、通りすがりの客はほとんど来ない。だから男は気にしたことがなかった。
ある朝。
今日もいつも通り出勤。
工房の前で少女が脚立に乗っていた。
「何してる。」
「見れば分かるじゃないですか。」
少女は振り返りもせず筆を走らせる。
新しい看板だった。
男は眉をひそめる。
「頼んでない。」
「頼まれてません。」
「じゃあなんで作ってる。」
「必要だと思ったんで。」
意味がわからない。 でも、いつものことだった。
「これでヨシ。……あー、良い。カワイイ。」
男は看板を見る。
『風鈴工房』
どう考えても自分には似合わない名前だった。
「どこから風鈴が出てくるんだ…」
もはや諦めて呆れている。
「だって、お店のドア。風鈴付けてるじゃないですか。開けるたびにリーンってなるの。好きなんですよ。」
「ただのドア鈴だろ、これ。」
「似たようなものです。」
「もういい。さっさと中に入ろう。今日は少し冷える…。」
「あ、今コーヒー淹れますね。」
工房の中に入ると、男はいつもの作業台に着いた。
少女は炊事場でお湯を沸かし始めた。
「今日は何作るんですか。」
「造花。」
男は布を広げながら答えた。
「相棒、花屋でしたっけ。」
「違う。」
そう言いながら作業に取り掛かる。
淹れたてのコーヒーを少女はそっと、作業の邪魔にならない、机の脇に置く。
「相棒ってお花も作れるんですね。」
「布と針金を組み合わせた、簡単なものだけどな。」
「かわいくない。」
少女が口を出す。男は露骨に嫌そうな顔をした。
それでも、花弁に少しだけピンクを混ぜる。
「そうじゃなくて。どうせならパンジーとかどうです?」
少女は隣に座ると、続いて言った。
気軽に言う。まためんどくさいものを。
でも注文どおりに作る。作れないことは無い。
「あとは入れ物ですね。どうせなら花瓶も作っちゃいましょ。」
また無理を言う。花瓶なんてどう作るのか。
「あのなぁ。花瓶なんて作ったこと無いって。」
「素材は何にします?」
人の話を聞かない。
小さくため息をついて、男は棚を見る。
……こないだ使ったガラスの材料が、まだ残っていたはずだ。
時計の音が部屋に響く。 外からは人々の行き交う声が聞こえてくる。
少女はすっと立ち上がり、空いたカップを手に取る。
「もうすぐお昼になりますよ。」
「あー…これが終わったら食べる。」
「……なにか作りますね。」
ひとつ、またひとつと造花が出来上がる。
じゅーっと焼ける音がする。
……今日は焼きそばかな。
夕方。西日が窓から差し込む。
「ごめんください、もう出来たんですって。」
工房のドアが開くと、依頼主が外から秋の空気を運んできた。
「あらーカワイイ。花瓶まで作ってくれたんですねー。」
少女がニコニコと接客をする。
「そうだ、看板新しくなったんですね。」
依頼主はお金を出しながら言う。
「勝手に付けられたんです。」
「風鈴工房です!」
少女の声がワントーン明るくなる。
「素敵な名前ですね。」
ドアの鈴が元気に鳴る。
「ほら。」
「何がだ。」
「褒められました。」
「たまたまだ。」
「じゃあ、今日は帰りますね。」
作業台を片付けて支度を始める。
「また明日。」
「ちゃんと夕飯食べるんですよ。」
「……善処する。」
扉が開く。
リーン
看板が風で揺れる。
リーン
「ガラスで作れるかな。」
工房の明かりは一晩灯ったままだった。
1話目ご拝読ありがとうございました!
ぜひ3話目くらいまで読んでいただけたら嬉しいです。




