第9章 「定例会乙号事件」⑤
○月○日
本日は定例会の日だが私は都内某所のスタジオにいて撮影の仕事をこなしていた。
いつも通り、瞬くストロボに合わせてポージングを機械的に変化させていく。しかし。
「う~ん」
私を撮影していたカメラマンさんが唸り声と共に撮影をやめた。
「なんか表情が固いんだよね」
そう言葉をこぼした。
彼はファインダーから視線を外して直接私の方を見た。
「なんつーか、今日のリタちゃん、影があるんだよね~。普段はそんな事ないのに」
「え?」
「来る途中になにかあった?」
「いえ、自宅からタクシーなもんで特に…」
「そうか…」
カメラマンさんが何か腑に落ちない表情を示す。
実はこの時、内心穏やかでは無かった。
定例会を無断でブッちぎってこの撮影に臨んでいる訳だ。その事がモロに出てしまっているのだ。
プロのモデルとしてこれは致命的なミスだ。相手に自分の心中を悟られていい訳が無い。
再三言ってるが、モデルとはその存在事態が無垢でなくてはならないのだ。
相手に雑念が伝わってしまってはその自分が着ているものや、着けているものに余計なイメージがついてしまう。
こと、ファッションモデルは自分自身が身に付けているものが売れてナンボの世界だ。
そうでないと何の為に大枚はたいてモデルを雇うのかその意味が不明になる。
「ちょっと、休もう」
カメラマンさんはそういうとスタジオを出ていった。
今日のカメラマンさんはそれなりに名の通った方で、ファッションは基より、アイドル、俳優、風景、など様々な被写体を撮ってきている。
私なぞの心情を読み取る事など造作も無いことなのだろう。彼の感じる違和感は的を得ていた。
「あの~。リタさん、本当に何もないんですか?」
スタジオにポツンと残された私。マネージャーさんが声をかけてきた。
「だって、本来はこの日お休みにしてたじゃないですか」
反応の鈍い私に言葉を重ねる。
「毎月27日…」
「うん」
私は彼の言葉に頷くのが精一杯だった。
「僕から見ても今日のリタさん撮影にノリきれてないですよ。なんか心ここに有らずっていうか…」
マネージャーさんの身長は私より少し低い。そんな彼が私の顔を覗きこむ。その感じが小川さんを思い起こさせる。
私は色々、後ろめたくて彼の表情を直視できない。思わず顔をそらす。
「本当に何も無い!大丈夫大丈夫!」
そう言い放つと自分もスタジオを後にした。
マネージャーさんのみ残されたスタジを横目に私は、一旦外に出た。
港区は青山にあるスタジオ。あまり背の高くないビルと、住宅、マンションが並ぶ通り。
都心と違って比較的空が広く見える。
私の後ろめたい心とは裏腹に青空は広がっていた。
本日、快晴。絶好のフライト日和に艦砲日和。
の。はずだが、やりきれない思いが私の胸に飛来する。
「なんか無理してるな。あの娘。普段は俺にタメ語なんて使わないのに」
空を見上げる私をマネージャーさんはそっと物影から伺っていた。
どうにか、撮影は終わり私は帰りのタクシーの中でグッタリとしてしまい、いつの間にか寝ていた。
「あの~。お客さま?」
そう声をかけられて思わずハッとする。
回りを見渡すと、板橋である事は解った。なので
「あぁ、スミマセン!この辺りで降ります!」
そう、言うと料金を払い、タクシーを降りた。
しかし、降りたとたんギョッとしてしまった。
なんとあの、定例会でいつも使うファミレスの前だったからだ。
「…」
しばらくその場で佇んだ。
陽は落ちたばかりで、空の色は群青色をしていた。
ファミレスの看板に灯りが灯る。
なぜかそこから動く気になれ無いが、かといって店内に入る勇気もない。
「あの…」
そんな私に声をかける女性が現れた。
「はい?」
「モデルの…リタさんで…」
と、その女性は恐る恐るというか、何か申し訳なさそうにしていた。どちらかと言うと職務上とでもいうか…。
何というか、芸能人を見つけたようなミーハーな感じではない。
そこで初めて気が付いたのだが、彼女はそこのファミレスの制服を来ていた。恐らく店外の掃除をしていたら私を見付けたのだろう。
「あの、この間来店された際、荷物をお忘れになられたと思うのですが…」
「あ!」
「お手間はとりませんので店内の方に…」
彼女のエスコートで私は裏口から入店した。
そこで、事務所と思われる所に通された。
デスクが幾つかあり、その中でも一番大きいというか、一番雑多なデスクに中年の男性が座っていた。
「店長」
彼女はその男性を店長と呼んだ。
「おぉ」
店長と呼ばれた彼は私を見たが、何か要領を得ない感じだったので、女性の方が。
「あの…。モデルのリタさん。忘れ物の件で…」
「あぁ!」
そう言うと店長は自分の後ろにあるキャビネットから使い古されたトートバックを取り出した。
「どうぞお確かめください」
と言いながら、私に渡してくれた。
取り敢えず中身を覗いてみる。特に変化はないようだが…ま、中身の事なんてどうでもよかった。私がその場から立ち去ろうとした瞬間。
「こんな事申し上げて良いかどうか…。本日お友だちの方達お見えになられてましたよ」
「え!」
思わず声をだし店長の顔を見た。
彼は笑顔で私を見つめる。そしてて「実は…」と言って後頭部に手を当て少し気まずそうに話始めた。
「お客さまたちの事は従業員の間でも話題になっておりまして」
「え?そうなんですか。と言ってもそれはやっぱり私が…」
「いえいえ。お客さまがあの有名なモデルさんとは、私がそのような事に疎いこともあって失礼ながら存じ上げておりませんでした」
「ご迷惑でしたか?」
「とんでもございません!当店の雰囲気作りに大いに役立っております!」
「え、そうだったんですか?」
「お連れの方々もそうですがリタさんが入店されるとやはり、その、モデルさんの持つ華やいだ雰囲気が店内に満ちて、お店の雰囲気がとても明るくなるんですよ」
「い、いやあんな格好で華やかって…」
「いいえ、そんな事ないですよ!やっぱり内から出てるんですよそういったオーラが」
「そ、そうなんですか…」
「うちの従業員の間でもあの女性は只者ではないって話題でしたよ」
「はは…」
「あの、またいつでもお友だちといらしてください。お待ちしております」
その言葉を背に受けながら私は、裏口へと向かった。
その時、はたと思ったことを口にした。
「あの、二人は何時頃までいましたか?」
「え?あぁ。夕方位までおられましたよ…」
「え!?」
「リタさんが来られる一時間位前だったかも…」
「そ、そうですか」
私は引きずるようにファミレスを後にした。何か気が遠くなる感覚に襲われる。
そして、自宅のマンションとは逆方向に歩きだした。
もう、頭の中が真っ白になり自分でも何がどうしたいかが判らなくなっていた。
気がつくと雨に打たれていて、ずぶ濡れのまま中仙道をさ迷っていた。




