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「リタちゃん、ちょっと外にでようか?」
久我山編集長はそう言うと私を手招きした。
「大城君。リタちゃんのマネージャーさんとスケジュールの打ち合わせお願いね。二人で話してくる」
そう言われた大城さんとマネージャーさん。二人は歩みより端にある応接セットに落ち着いた。
「じゃ、いこっか」
そう言うと彼女は私に背を向けた。
何か話しかけ辛い雰囲気だったので私は只、付いて行く。
エレベーターにのり彼女は最上階のボタンを押した。
人懐っこく会話を絶やさない彼女が終始無言とは正直珍しかった。
まぁ、自分も四六時中見ている訳では、無いのでたまにはそういう事もあるのだろう。としかその時は思わなかった。
ブーンとエレベーターの作動音が二人の沈黙を埋める。
最上階のフロアに降り立つと彼女は階段の方へとその足を向けた。
コツコツとふたりのローヒールのパンプスの踵の音が響く。
そしてその階段を登りきった先にはドアがあった。そのドアには「屋上」の文字。
久我山編集長はそのドアを躊躇いなく開ける。そして私達は屋上へと出た。
彼女はそのまま転落防止の柵まで近寄りそこに一旦、両腕をあずけた。
「ふぅ」
と溜め息をつくと、振り返って私の方に身体を向けると、柵にその身を預けた。
その時の目線は私ではなくコンクリートの地面だ。そこで私は堪らなくなり口を開いた。
「あ、あの三部門一位おめでとうございます」
私の口調が若干強かったせいもあり、彼女の目が一瞬、点になる。しかし直ぐ様、微笑みに変わり。
「ありがとう」
と柔らかめの口調で答えてくれた。
「リタちゃんの自衛隊のポスターも凄かったね」
「いやぁ、あれは」
「お互いに順風満帆ってところね」
照れ笑いの私とは逆に、そう言うと彼女はもの悲しげな表情で微笑んで、再び私に背を向けた。
私は彼女の表情を探る為、横に並んだ。
虚ろな目で、どこに視線を合わせる訳もなくその瞳は遠くを見ていた。暫く沈黙が続く。
「私ね、辛い事があるとここにくるの」
そうポツリと呟いた。緩やかな風が二人の間を抜けていく。
「そうですか…。」
少し間が空いたが、私は素っ気ない返事を返す。いや、そうとしか返せなかった。
人付き合いの苦手な私には、今のこの情況を正直どうしていいのか解らなかった。
もし、私が彼女の親友なら今の心情をストレートに聞く事ができるかもしれない。
しかし、私は只の仕事上のパートナーだ。そんな身内でもない人間が果たして彼女に対して何か言ってあげられるのだろうか?
私の心境をよそに時は流れていく。時折聞こえるロードノイズが私の心を繋ぎ止める。
正直、逃げれるものなら逃げ出したい。まるで全身に重りでも付けられたように重たい雰囲気だ。
しかし、ここでそんな事をしてしまえば彼女からの信用はもとより、私の人間としての性格も最悪なものに成りかねない。
ひょっとしたら彼女は私の腹が決まるのを待ってるのかも…。
と、感じた瞬間。久我山編集長はその重い口を開いた。
「J&Jを引き継いだ時は大変だったな~」
「実はさ、J&Jって廃刊寸前だったの」
久我山編集長の思わぬ告白に私は絶句してしまった。
目を丸くするだけで言葉が出てこない。
そんな私に彼女は微笑みを見せてくれた。そして言葉を続けた。
「驚いた?」
「えぇ、まぁ、当時噂程度には聞いてましたが…」
彼女の質問に私は息を飲みながら答えるのが精一杯だった。
「ふふっ、そうだよね。その頃のリタちゃんってまだ高校生で、この業界に入ったばかりだから、ウチとよその雰囲気の差なんて解らないよね」
久我山編集長は少しイタズラっぽい笑顔で答えた。
「あの頃はね、街頭でスナップ撮るだけでもなかなか大変だったんだ。フツーの娘に落ち目の雑誌に載りたくない、って断られたりしたんだよ」
「えっ…」
「そんなのだから、プロのモデルさんの手配も大変で、ギャラの折り合いが会わなかったり、遠回しに断られたり、酷い所なんてそんな三流の雑誌にウチのモデルが出るわけないだろ。なんて事も言われたわ」
「…」
確かに当時のJ&Jの雰囲気は私には解らなかったが他誌の編集部と比べると、活気が何か無いなぁ
くらいにしか思ってなかった。しかし自分が想像する以上にJ&Jは深刻な情況だったのだ。もはや、言葉が出ない。当時の私は力になるどころか只の足手まといに違いなかっただろう。
「当然さ、読者モデルなんて集まりもしないんで、何度紙面をボディとか、編集の娘で誤魔化したんだろ」
彼女はひとしきり話すと、夜空を見上げた。
そして、私を見つめた。
「でもね…」
彼女は言葉を詰まらせた。そして顔を伏せてしまった。次に私の両肩を鷲掴みにした。そののせた両腕が徐々に重くなるのと同時に小刻みに震えだした。
そして彼女が再び上げたその顔は、グシャグシャになった泣き顔だった。
「あなたを見た時に、この娘ならウチの雑誌を何とかしてくれるかもしれないって感じたの!リタちゃんならJ&Jを救えるかもって!この娘に賭けようって!」
久我山編集長はその後も何か言い続けたが正直、泣き声と混じって解らなかった。
張り詰めた何かが弾けるように彼女はそのまま私の胸に顔を埋めて大声で泣き続けた。
その声が夜の空に溶けていく。
私は何もできず、そっと肩を抱くだけだった。
彼女の肩越しにサンシャイン60が見える。
久我山編集長のサクセスストーリーは端から見れば人も羨むような輝いたものに見えるだろう。
しかし、現実は違う。
非情なまでの世間の暴風雨は彼女を容赦なく襲い続けた。
私にはそれがまるで、満身創痍の戦艦武蔵のように思えた。
帝海が起死回生の一手を打つために、彼女に犠牲を求めてきた。
敵の機動部隊を引き付ける為の囮として戦艦武蔵はその攻撃を一手に引き受ける事になる。
その時に施された塗装は「死化粧」とまで言われた。
雨あられのように降りそそいだ爆弾は米軍ですらその数を至近弾を含め、カウントは不明だ。
魚雷は20本彼女の身体を貫いた。だがいずれもバイタルパートまでダメージをあたえる事はなく、その行き足を止める事はできなかった。
満載排水量10万トンの巨体といえども航空戦力の前にはその攻撃には耐えるしか他なかった。
史上最大の46センチの主砲といえども高速三次元に機動する航空機に有効弾を叩き込むには、コンピューターと精密なレーダーがなければ至難の技だ。
その他増設された対空火器も同様だ。
それでも闘わざるをおえなかった。
退く事は許されなかった。
そこには守るものがあったからだ。
その守るものの存在の一つに自分がいたのだ。
最上階の洗面所で久我山編集長は顔を洗っている。
「ふー。どうかしら?まだ目、赤い?」
と、いって私に顔を近づける。
「まだ、赤いですね」
「そっか」
彼女はそう言うと社用のスマホで時間を確認した。
「あんまり、時間がかかるのもね~」
「まぁ、何か聞かれたら目にゴミが入ったとか言うしかないんじゃ…」
「そうね。そう言って誤魔化すか」
そう言うといつもの笑顔を見せてくれた。
「ま、最悪リタちゃんに泣かされたっていうわ」
「え!?」
「だって嘘じゃないでしょ」
「そ、それは」
「アハハ!嘘!嘘!そんな事言わないから、困った顔しないで」
彼女は私の肩を軽く叩いた。
二人してエレベーターに乗り編集部へと戻ると、大城さんとマネージャーさんの打ち合わせは既に終わっているようで、二人とも別々の位置に座っていた。
「お疲れさんで~す」
大城さん特有の軽めの挨拶が部内に響く。
彼は久我山編集長により、事の経緯を報告しているようで彼女はそれを聞いていた。
私の方にはマネージャーさんが寄って来てスケジュールの事を話してくれた。まぁ、詳細はメールになってしまうのでここではあらましだ。
今日の仕事はここでおしまいなのでこのままタクシーで帰路に付くこととあいなる。
帰宅後、ベットに入るが中々寝付けなかった。
夜は明け、次の日となった。幸いというかJ&Jでの仕事は一週間位先なので当面の間、久我山編集長と顔を合わせないですむ。
まぁ、この一週間で事態と彼女の心情が急変するとは思えないが、何にせよ冷却期間のようなものがあるのはありがたい。
次回会う時は何事も無かったように接する事ができるように祈るばかりだ。
例のポスター以来私への世間の目は一気に変わり、ファッションモデルという立ち位置から完全にミリタリーの趣味を持つモデルへと変貌した。
まぁ、当然というか必然というかそういった方面からの仕事が爆発的に増えたのはいうまでもないだろう。
某大手トイガンメーカーからパンフレットの撮影や新作発表のイベント。
雑誌もそのテのものなら名前だけでも聞いたことがある有名誌の表紙やインタビュー。新作のレビュー等々。
兎に角めぐるましく日常が過ぎていく日々を感じる。
と、なると私の胸に心に一抹の不安がよぎるのだが…。
今後はたして定例会の日が休みになるかどうか?なのだが、そこの辺りはマネージャーさんのマネジメントにかかっている。
まぁ、雑誌○の販売日に合わせて休みをとるなどと珍奇な理由で仕事を前後させるのはいかがなものかと思うが、いずれにせよ定例会の日付は私にとって「固守」ではなく「死守」である事は変わりない。
ただ、問題なのが私の休みは仲間に会うのが目的とはマネージャーさんに告げていない。
だいぶ前に毎月その日は都合が悪いのでとりあえず休みにしてくれないか?と言っただけで、はっきりとした理由は述べていない。
正直に理由を述べて休みを続行してもらうか?
このままうやむやのままで進めて定例会をずらすハメになるのか?
私のこの中途半端な思考がこのあと定例会の存続に関わる重大事項へと発展する。
それは即ち、友情の危機でもある。




