②
本日は撮影の仕事だ。
しかし、撮影の方は既に終えており私はロビーでくつろいでいた。
で、私の向かいにはリリィちゃんがいる。本日偶然にも同じスタジオで仕事だったのだ。
彼女はテーブルの上に置かれた古本屋で買ってきた古い地図を楽しそうに眺めていた。
前述したが彼女は一般の女性よりも身長が低い。
ゆえに、着座姿勢から床に足は着いておらずブラブラとしていた。
時間はまったりと過ぎていく。そんな中。
「ねー。リタ先輩」
「なぁに」
「先輩の趣味ってなんですか?」
「ん~。ん!?」
彼女の意表をつく質問。私は思わず動揺してしまった。
しかし、リリィちゃんは地図から視線を離して無いので私の心情はまだ悟られてない。…ようだ。
「しゅ、趣味ねぇ~」
私は考える時間が欲しかったので、彼女の質問をなぞった。しかし。
「そーいえば先輩って、軍事施設について詳しいですよね」
私が答えを考えあぐねてる内に再び質問が速射砲のように飛んできた。
「え!?そうかしら?」
こうなると、とぼけてかわすのが精一杯だ。
「ですよー!」
リリィちゃんは顔をあげ私を見る。その瞳は眩しいくらいに輝いていた。
呼鳴、羨望の眼差しとはこの事か…。と言わんばかりに。
「例えば~、自衛隊の演習場とか、港湾施設のいきさつとか~」
「そ、それはたまたまよ」
「たまたま?」
「そう」
私は彼女の屈託のない表情を直視できず思わず顔を反らした。そして手元にあるミネラルウォーターをグイと一口煽った。
「じぁーあー」
リリィちゃんはそう言いながらペラペラと地図のページをめくる。
「お台場って元々なんだったんですか?」
と、言って私の目の前にお台場の載ったページを差し出した。思わずそれに視線を落とす私。
レインボーブリッジが無い。という事は平成の年代の地図では無いのがそこから解る。
続いて視線を少し品川方面へと移動させる。そこにはお台場初の大規模建築物である、船の科学館があった。
と、いう事は昭和49年以降のものである事が推察される。
更にその先に東京港トンネルが有れば年代は昭和51年以降になる。
それもあった。
いや、今はこの地図の素性を調べてる場合では無い。
お台場が元は何の為にあったか?という質問の解答しなければならない時だ。
ん?ちょっと待て。大体、地図好きのリリィちゃんがお台場の名前の由来を知れないなんてあり得ようか?
いやいやいや。ここで仮に彼女が知っていたとしても、その情報が私がもたらしたものであれば、私が知っていないと辻褄が合わなくなる。
ここはひとつ…。
「元は大砲を据え付ける為の埋め立て地…。だったはず」
「せいか~い。ってそれ、リタ先輩にならったしー」
彼女は満面の笑みで私の解答に応じた。
くっ…。眩しい…、眩しすぎる。その笑顔。
その笑顔を守れるのならば、私は鬼でも蛇でなろう。
それくらい愛くるしい笑顔を放つリリィちゃん。
こ、これが、カリスマモデルか!?
もう駄目だ。良心の呵責に人格があるのならばそれはとっくに悲鳴をあげているであろう。
何かの空想戦記物の漫画で、「流星」という爆撃機の飛行する姿が余りにも美しくて、攻撃をためらった。話があったのを思い出した。
正にそれであり、戦艦大和を攻撃する米軍のパイロットと同様の気持ちだろう。
私はOPL照準器のスイッチを切るが如く何か事切れた。
「う、撃てない…」
操縦席でうな垂れ呟く。ミサイルなどの遠距離攻撃の多い現代戦では有り得ない行為。
レーダースコープに映し出される「点」だけが互いの生死を現す冷酷無比な現代戦。
幾分システマティックになったとはいえ、第二次世界大戦までは騎士道らしきものはまだ「空」には残っていた。
互いに名乗りをあげるように増槽を投棄し、戦いに馳せ参じる。
これから始まる命のやり取り。決闘の始まりの合図。
馬の嘶きの様に唸るエンジンの鼓動。空気を切り裂く翼の悲鳴。過酷な加速度に軋む機体
己の限界に打ち勝ち、恐怖心に立ち向かい、闘争心を鼓舞し続ける。
アラームの鳴動とディスプレイの表示だけの現代戦に比べるとその勝利の重みは違うだろう。
正に人対人の決闘。武人としてのプライドを大いにくすぐる空中戦の醍醐味。
が、しかしそんなモノは彼女の笑顔の前には無力だ。
「んぁ、もうさバーンと言っちまえよ」
カネコさんに言われたことが頭をよぎった。
そうだ、これは正に千載一遇のチャンスかも知れない。
そうだ!これぞ天祐。正に天祐。
戦艦大和が遭遇した唯一の艦隊砲戦。サマール沖海戦の様に。
この機会を逃すと、私の趣味を世間に晒す好機は訪れないかもしれない。
と、言っても今スタジオのラウンジにいるのは私とリリィちゃんだけだ。
他の人達は打ち合わせやらで今、ここにはいない。
彼女にコッソリ打ち明ける位なら…。
「あら、二人で楽しそうにおしゃべり?」
私は声のした方に反射的に顔を向けた。そこには久我山編集長が笑顔で立っていた。
「あっ。ヘンシュウチョー!今~。リタ先輩の趣味を聞いてたんですぅー」
リリィちゃんは屈託のない笑顔で彼女の質問に答えた。
久我山編集長は一瞬キョトンとした表情を示したのち、再び笑顔で
「リタちゃんと付き合い長いけど趣味は知らないな~」
と答えた。
「あ、が…」
思わぬ伏兵に私は固まってしまった。
なんと、これじゃあ二正面戦じゃないか!?
降伏、撤退、蹂躙の文字が頭の中にチラつく。
絶対防衛圏の名も虚しく我が軍団は早々に追い詰められた。
私がロンメルや栗林中将のように伝説的な知将ならこの状況を打破できるかもしれないが、凡将、愚将の名を欲しいままにしてきた私にとってこのような事態に陥ってしまっては最早どうしようもない。
仕事が終わったらすぐに帰ればよかった…。
「速きこと風の如く」
昔の人はいい事いったな~。ははっ…。
大体、二正面戦なんて成功した事がないんだ!かのナポレオンだって、ナチスドイツだって、旧軍だって、それが原因で敗れたようなものだ。
世界最強であるアメリカ軍の兵站と物量をもってしても二の足を踏む位だぞ!
「あ、そうだ」
何かを思い出したかの様に久我山編集長は口を開いた。
「リタちゃんさぁ、ウチで連載始めない?」
「はぁ!?」
予想だにしていない問いかけに、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「実はさぁ、もうマネージャーさんには話してあるんだけど、あとは本人次第ってところなの」
「えっ?その…」
「わー!すごいですネ!センパイ!!」
答えにまごつく私の眼前に、二つの光り輝く笑顔がある。
一つは羨望。
一つは希望。
私には絶望しかないが、どちらも溢れんばかりに満ち足りている。
「連載って言っても堅苦しく考えないで、リタちゃんの好きな事、興味のある事を大体書いてもらえれば後はこっちの方で何とかしちゃうから」
「私の興味のある事…」
「そう!ウチがファッション雑誌だからってそんなの気にしなくてもいいわ」
「例えば…」
「例えば?」
私の問いかけに、彼女は微笑みをたたえたまま大きくなったうなずいた。
私は一旦うつむくとキュッと唇を固く結んだ。そして太腿の上においてあった両手を固く結んで、顔をあげた。自分では極めて落ち着いた表情を保ちつつ口を開いた。
「戦艦大和。全長263メートル。全幅38メートル。基準排水量6万4000トン。戦艦史上最大の46センチ主砲から放たれる砲弾は洋上のいかなる戦艦の装甲を貫通可能とされ。また、最大600ミリからなる装甲はいかなる戦艦の砲弾を弾き返した。文字通りの世界最強の戦艦。姉妹艦の武蔵は延べ1200機の航空機による攻撃を受けたが、最後までバイタルパートが破られる事はなく、浮力を失った事による沈没となった。この事から米軍は航空勢力の有効性をうたがうまでに至ったとある」
「また、」
「ちょ、ちょっと待った!」
久我山編集長は両手を振り私を制した。
「いきなりそんなにまくし立てられても何の事か判らないよ!」
彼女は珍しく声を荒げた。リリィちゃんに至ってはちょっとした放心状態だ。
私はグイとミネラルウォーターを煽った。不思議と気分はスッキリとしていた。何か胸のつかえが取れたというか。
正直。スッとした。
「そーいえば先輩ずっと前に、広島の呉で、もの凄い戦艦?船?が造られたっていってましたよね」
放心状態から我にかえったリリィちゃんが私に質問を飛ばす。
「そうね。それが戦艦大和」
「リタちゃんはその、戦艦とかに興味があるヒト?」
「いえ。旧軍全般に興味はあります。ですがメインは帝海です」
「キュウグン?テイカイ?」
「ハイ。日本に自衛隊が組織される前にあった軍隊の事です。旧日本軍と正式にはいいます。帝海はその日本軍の中にある大日本帝国海軍の事で、略して帝海と呼ばれます」
「要するに軍隊の事に興味があるって事?」
「広義の意味ではそうなるかと…」
「なんか…。趣味の話になると急に理屈っぽくなったわね」
「そっかー。センパイはそっちの人だったんだー」
「成程ね…」
久我山編集長は腕を組み考え込んだ。その間、私は背筋を正して彼女の答えを待った。およそ数秒かと思われるがピンと緊張した空気が流れた。そして彼女は一呼吸すると。
「うん!それでいいわ!思いっ切り自分を出して頂戴!」
久我山編集長はいつも通りの満面の笑みで私に言った。
武蔵の敵機の総述べ数は正確な数字ではないんダナ。




