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「あれ?リタちゃん何か気になるの?」
久我山編集長が私の顔を覗き込む。
「え?いや、その」
私は自分の頭の中で考えている事を悟られまいと思わずしどろもどろになってしまった。
「何か気に入らない事があったら遠慮なく言ってね」
彼女はそう言いながら再び黒い巨大なバックから服を取り出す作業に戻った。
「気に入らない事…」
私は心の中で彼女の言った事を復唱した。
気に入らないと言えば全てが気に入らない。
しかし、そんな事をモデル風情が言って言い訳が無い。
まぁ、私がパリコレやらで世界的な有名なモデルとして名を馳せているならともかく、今は国内でこそ名を知られているが所詮は、ドメスティックブランドを専門に扱ういちモデルだ。
そんな私がブランドさんが心血を注いで製作した洋服を気に入らないと言う理由で断れる事などできようか!?
いや、ドメスティックブランドと言えようとも世界へと名を馳せる一流ブランドへと昇華する事は十分あるだろう!
今でこそその名を轟かせる一流ブランドも元を辿ればいちアパレルメーカーに過ぎなかったはずだ。
トレンチコートのバーバリーがそうだ!
私は心意気も新たに壁側にあるハンガーラックの一団に目をやった。
「ぶほっ」
そして再び思わず吹き出す。
ハンガーラックには様々なジャケットが掛かっているがMA-1モドキとスカジャンの多い事…。
しかしいつの頃だろうか?冬の定番アイテムとしてMA-1がその座に収まったのは…。あれは防寒着ではなくフライトジャケットなのだが…。
私は思わず遠い目をしてしまった。
「あ、リタさん気になります?」
そう言ったのはJ&J編集部では珍しい男性スタッフだ。彼はハンガーラックから適当に何着かジャケットを手にとると私に近づいて来た。
男性なのに何故かいい匂いのする彼から何となくだが、女性の扱いに慣れてる感じがする。正直私みたいな性格だと敬遠したくなるタイプだ。
「まったく、編集長の無茶振りには困ったもんですよね~。ワイルドっていったらアーミーファッションって…普段うちでは取り扱わないから大変でしたよ」
「はぁ」
彼は耳打ちするように小声で私の耳元で囁く。
「コラそこ~。聞こえているゾ~」
そこに久我山編集長の茶化した声が耳に入ると、彼は少し不満気な表情で久我山編集長に言い放った。
「編集長~。ウチでこの手のファッションはどーも乗り気がしないッスよ~」
「そうかしら?今まであまり本格的に取り上げた事がなかったから企画したんだけど?」
ひょうひょうとかわす久我山編集長。
「言われてみれば」
私も思わずその会話に口を挟んでしまった。しかし私の心中は違う。多分だが本格的の意味合いに大分、齟齬があるはずだ。
私からしてみればミリタリーファッションなるものはパーティーでもないのに街中や電車の中でドレスやタキシードを着てる位に滑稽に写るのだ。
「やっぱりリタちゃん解ってるゥ~」
久我山編集長は私を満面の笑みで指差す。同意を得たと思ってるらしい。私も思わず笑顔で応じるが、その内の心は悟ってはもらえなかった。というか、悟られては少々気まずい雰囲気になるのでとりあえずはまあ、良しだ。
「チェッ。やっぱ二人には敵わないッスね~」
彼も観念したのか何やらジャケットとボトムスを両手に持ってそれなりにコーディネートを始めた。
「リタさん、え~と。マネージャーさんの方がいいのかな?」
「はい。何か?」
完全に仕事モードに切り替わった彼は、凜とした表情でマネージャーさんの方に身体を向けた。それに応じるマネージャーさん。
「リタさん。この手のファッションで何かNGあります?」
「あー。極端な露出は避けて欲しいですね」
「了解」
そう聞くと再び自分の作業に没頭し始めた。
「さぁ、ビッシビッシいくわよ」
久我山編集長はそう言うとズラリと机の上に並べられた洋服の一つを手に取って、それを私の首元へと当てがった。
「う~ん。平凡ね~」
と、一旦首を捻り。
「ねぇ、大城君。これだと面白味にかけるわよね」
「んー。まぁ平凡ですね」
「よね」
「ボトムで少し冒険してみてはどうでしょう?」
「そうねェ~、あえて平凡で、あとはアクセとヘアメイクでハジけてみるのは?」
「ふーん…。ありかも。ねぇカナちゃん。ゴツめのアクセ何でもいいから沢山持って来て」
こうなると私は着せ替え人形状態だ。
指先が重く感じる位に色々なアクセサリーを付けさせられ、こんな感じか?といった具合にポーズをとってみた。
数歩離れた所で久我山編集長と大城さんがそれを少々渋い面持ちで見る。
「無いわ」
と久我山編集長が言い放つと追剥ぎに会うかの如く他のスタッフさんに私の着ていた服は脱がされた。
「次」
私の周りに数名のスタッフさんが群がる。
「うーん」
唸る久我山編集長。そして服を着ては脱ぐという実に地味な作業が延々と続く。