037 ハイキングに見えます
2015. 3. 8
由佳子は、スケジュール調整の末、この日、弟の義久とその家族を伴って、車である場所へと向かっていた。
「本当にこんな事に付き合ってもらっちゃって良いの?」
「何言ってるんだよ。大体、何で今までこんなに重要な事を黙ってたんだい?」
義久は昨日まで、由佳子に恋人がいた事も、ましてや、子どもを産んだ事など知らなかった。
「忘れたかったのよ。子どもは死産だったって言われて、その上、結婚を約束していた人は、知らないうちに行方をくらましていたのだもの」
若干、暗い雰囲気になりながらも、到着したのは都会から随分と離れたキャンプ地のある山の中腹だ。
「お義姉さん。こんな所にお墓が?」
「そうみたい。地図もバッチリよ。山と言っても、ここまで車で登れちゃったし、歩いて十分もしないで着けるらしいわ」
「歩くのか……」
真っ先に車を下りた明良は、上へと緩やかに続く道を見て嫌そうな顔をする。
「だから、ハイキングだと思えって言っただろ?ほら、あそこの売店で飲み物だけ買ってこよう」
義久の提案で、一行は先ず売店に入る。本来はハイキングコースの入り口として賑わっている場所なので、駐車場も完備された立派な売店が並んでいたのだ。
お墓に持っていく花や、水などを運びやすくまとめ、いざ出発と言う時、向かう登り口に見覚えのある姿があった。
「うそ……」
それは、司だった。由佳子が、思わず信じられないと言うように呟く。その時、見つめる先で司と目が合った。
「?確か、理修の……」
驚いたのは司も同じようだ。義久は、動かない由佳子に代わり、司に歩み寄って挨拶をした。
「そう。理修がお世話になっているみたいで、この前も姉と妻を助けてくれてありがとう。ちゃんとお礼を言っていなかったよね」
「いえ……今日は、皆さんでハイキングですか?」
そう言う司に、自分達も墓参りに来たのだと言うことを、まだ知られるべきではないと考えた拓海が、逆に訊ねて上手く誤魔化した。
「先輩は、ここへはどうして?」
「あぁ……親父の墓参りだ。この上に墓場があってな。昨日、命日だったんだが、学校があっただろ?だから、今日な」
「バイトは休みなんすか?」
明良が気軽に訊ねる。昼食を何度か一緒にして、銀次に近いものを感じた明良は、この頃、司とよく話をするようになっていたのだ。
「今はトゥルーベルでの仕事だけだからな。理修が留守にしている間は、休みなんだ」
そんな子ども達の会話を聞きながら、由佳子は、改めて司の顔立ちを見て確信していた。
(あの目元なんて、本当にそっくり……)
その様子が気になったのだろう。充花が心配そうに由佳子に近付いた。
「お義姉さん……」
「ふふ、大丈夫よ」
そう言った由佳子は、いつもの迷いのない確かな足取りと笑顔で、司に近付いて行った。
「司……君?この前は、助けてくれてありがとう。私ったら、自己紹介もしなくて……東由佳子よ。理修ちゃんの叔母に当たるわ。よろしくね」
「こちらこそ。名乗らずに申し訳ありませんでした。梶原司と申します」
その荒っぽい見た目に反した丁寧な口調と態度が、益々、若い頃の要を思い起こさせた。
「丁寧にありがとう。ご一緒しても良いかしら」
「はい。途中まで道は同じですから」
司は、家族でハイキングをしに来たのだと勘違いしてくれたようだ。花や水の入ったバッグには気付かなかったのだろう。今はあえてハイキングではないと否定する事はしなかった。
そして、司が先導するように先頭に立って登り始める。その両隣りには拓海と明良。その後ろに由佳子。一番後ろに義久と充花が並ぶ。
道は緩やかな登り坂。学校の話などで盛り上がる子ども達を見つめ、由佳子は始終笑みを浮かべていた。
それから五分ほどした頃だ。司を見つめ続けていた由佳子は、あることに気付いた。それは、小さな違和感だった。
(何を、気にしているのかしら?)
司が時々、鋭い目を周囲に向けるのだ。和やかに話す様子とは違い、その目だけが辺りを警戒するように動く。気になった由佳子は、思い切って訊ねてみることにした。
「司君。何をさっきから気にしているの?」
「え……あぁ……声が……」
「声?」
言い辛そうにする司に、それでも先を促す。それに観念したのか、苦笑しながら司が答えた。
「声が聞こえるんです。呼ばれる声が……」
「今も?いったい誰に?」
少なくても由佳子には聞こえない。けれど、司はシャドーフィールドの人間だ。不思議な体験も、日常の一つなのだと理解しているので、それが気の所為ではないのかとは言えなかった。
「呼んでる相手に心当たりはあるので、諦めているんですが、気になる事には変わりがないので……」
その時だ。突然、由佳子は耳鳴りを感じて立ち止まった。少し高い場所へ来たのだから、気圧の変化で起きるものかと思ったのだが、前を歩く拓海と明良が同時に耳を塞いで立ち止まったのを見て、不思議に思う。反射的に振り向けば、後ろの二人も同じ様子だった。
「っこれは……」
そんな焦りを伴った声を司が発した。それが合図であったように、突如として視界が光に覆われていったのだった。
読んでくださりありがとうございます。
リズちゃんの留守中の出来事です◎
この家族は、本当に仲が良いのです。
明良くんなんかは、家族での外出を嫌がりそうですけどね。
そんな家族揃って、まさかのです。
それでは次回、また来週です。
よろしくお願いします◎