都庁襲撃 Ⅲ
大口を開け、大道の背の2倍はありそうな牙を晒しながら、巨大なニシキヘビが全てを飲み込まんと襲ってくる。
巨大であるがゆえにその牙は脅威とはなり得ないが、代わりにその大きな口は苦もなく大道を飲み込むだろう。
それを右側に向かって反時計回りに三回転しながらかわすと、
「破ッ!」
その勢いを残したまま左手でヘビの胴に裏拳を叩き込む。
一枚が掌よりも巨大な鱗を撒き散らしながらヘビの巨体が数メートル押し込まれた。
鋼の如き鱗が裂けピンクの肉が見えているが、さしたるダメージには至っていないようで振り返った姿勢のままスルスルと大道をにらみながら円を描くように移動する。
大道を中心に直径10メートルはあろうかという円形闘技場をその身で造り上げると唸るようにシューシューと音を立てた。
ヘビの鱗がヌメリと輝き、怪しい光沢を放ちながら大道に迫る。
先ほどまでの速度はなく、やけに緩慢とした態度で近寄ってくるのである。 違和感を感じながらも4歩ほど脇によけヘビの頭をやり過ごす。
横を通り過ぎる時ヘビは巨大な眼で大道を見下ろしたが、それだけであった。
端までたどり着くと再びゆっくりとヘビは振り返り、進む。
またもや大きくそれを避ける。 やはり気にする様子もなくそのまま進む。
「ふむ」
首を傾げながら三度目の回避。 それでも余裕をもって避けることができた。
そして気づく。黒光りする肉壁がすぐ隣にあることに。
「なるほど」
つまるところ、避けられるのならば避けるスペースを奪ってしまえばいい。 そう考えたのであろう。
最初に大道を囲み、そこから徐々に逃げ場を潰していく。
直径2メートル半はある肉壁は、よじ登ることも飛び越えることもできず、逃げ出すのは困難を極めるだろう。
「中々頭の回るやつじゃないか」
腕を組み感心したように笑みを浮かべる大道を飲み込もうと、四度目の進行が開始される。
瓦礫をふみ砕く雷鳴のような音を聞きながら大道はそれを待った。
逃げられぬのに無駄なあがきはしないとでも言うように。 腕を組んだままの状態で大きく開かれた口を待っている。
ついにその時はやってきた。
大道の目の前で一瞬だけ止まると、その頭上からかぶりつくように大道のいた地面ごと丸呑みにする。
しかし、それでもまだ――――足りない。
蛇の頭から角のように一本の鉄杭が生えていた。
眉間からユニコーンを思わせる白銀の角をはやし、ヘビは骸と化している。
間違い、全てが間違いなのだ。
大道という男と対峙し勝とうとは、ましてや殺そうとするのは全くもって間違いなのである。
鋼鉄の身体は鉄であって鉄ではない。
それは視覚的イメージであり大道という存在の本質ではない。
大道をただ鉄の塊に変えたのであれば、それは鉄の像を一つ作りだしただけにすぎず、動いたりましてや意思を持つ事は無い。
変わったのはその概念。
曲がらない強い信念に起因する絶対的な硬さと重さ。 それが視覚化し全身が鋼鉄の如く見えるのだ。
丸飲みにしようが質量で押しつぶそうがそれを支える意思の力に押し勝たねば大道がそこから一歩も引く事は無い。
ヘビの角が身の内に引っ込むと粘液と血にまみれた大道がその口から姿を現した。
ビルの残骸をあたかも泥団子を踏みつぶすように砕き歩く。
数歩行ったところで周囲にヘビの影がない事に気づく。
死んだものはいる。すぐ隣に一匹と少し離れたところにもう一匹。
しかし、記憶によればヘビは五匹はいたはずだ。 見間違えるはずもない、あれほど衝撃的だったのだから。
カチリと音をさせ顎に手を添える大道に、
「おみごとですねぇ、さすがは名高き大道玄慈さん、あの程度ではすり傷一つつけられませんか」
ひどく耳障りな声と芝居がかった拍手の音が聞こえた。
声のした方を振り返ると、喜色満面の青年が後ろ手に組みながら歩み寄ってきていた。
「あなた相手に物量戦も持久戦も意味が無さそうですしね、ヘビたちは引かせましたからご安心を」
人の心を逆なでするようなその声はあえて挑発的であるように思えた。
「でも手ぶらで帰ると隊長さんがおこられちゃいますし、どうしようか悩んでいたらちょどいいところにキラキラの宝石が落ちてたわけですよ。 いやぁ僕は運が良い」
そこで一泊おいて、歪な笑みをつくり上げ青年は言う。
「と、いうわけで、おとなしく僕に殺られてくれません?」
組んでいた手をほどき大道に見せつけるように突き出す。
刃の部分が真っ赤に染め上げられたチェーンソーが地を揺るがす唸りをあげながら起動した。
今日が13日の金曜日だからチェーンソーにしたわけではありませんよ!
偶然こうなってしまったのです、作者自身驚きの奇跡!




