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夢からでる真実  作者: 天村真
希望の少年……千都事変
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影、走る

 





 突然のALICEの登場に街がざわめく一時間程前、 まだ人々が日常を保っていたその足元数メートル下、汚水流れる下水道を十数の影が歩いていた。

 その半分以上は湿度が高く風のないこの場で、見ているだけでも暑苦しい黒のロングコートに身を包んでいる。

 そのせいで明かりのないここでは顔だけがやけに青白く見え、とろんとした虚ろな瞳に、グニャリと曲がった獰猛な笑みとあいまって、どう見てもまともに見えなかった。 さながら幽鬼のようだ。

 

追跡者チェーサーはどうにもならないのか? 見ているだけで気分が悪くなる」


 先頭を行く彩乃は異臭に顔をしかめつつ憐れみを込めた瞳で背後の集団を見て言う。


「仕方がありませんよ、こうでもしないとALICEの制御なんて一般人には到底できないんですから」


 どこか楽しむような声音で言う部下を心の中で軽蔑し、ため息をつく。  今回彼女が実働部隊として連れてきたのは追跡者と呼ばれるALICEの制御者を十名と、新人一人を含む彩乃直属の部下を四名ほど、その中でも彼は飛び抜けて優秀なのだが、それに人格が伴っていない。

 名を山下ヤマシタ 宣昭ノリアキという。 いつも下卑た笑みを貼り付け、目を爛々と輝かせながら『獲物』を探している人格破綻者だ。 年で言えば彩乃よりほんの少し下という程度なのだが、やけに子供じみた性格というか、異質な存在感を放っている。

 彩乃は彼のことを毛嫌いしているが、単体での戦闘力となると自衛も怪しい彩乃の護衛として本部から派遣されているおり、彼女の勝手な都合で任を解くことはできず嫌々今回の任務にも同行させた。


 その隣で並んで歩く新人も顔を歪めて不快の意を示す。


「山下、お前は玉城と代わって殿に回れ。 追跡者の監視をしていろ」


 彩乃は再びため息をつくと山下に少し強めの声で言った。

 命を受けた宣昭は眉を片方ピクリと動かすと反抗期の子供のような目で彩乃を睨む。


「僕に与えられた最優先事項は彩乃さんの安全を確保することです。 後ろにいては有事の際すぐにお役に立てませんよ?」


 風の吹きようのない下水道で生暖かい空気が頬を掠めた気がした。


「問題ない。 ここで何か起きるとすればそいつらが暴走するくらいだろ」


 獣の如く唸り声を上げる者達を指して言うと宣昭はブツブツと文句を言いながらも回れ右をして闇に消えた。


「すいません、お気を遣わせてしまって」


 肩を竦め、申し訳なさそうに告げる新人。 そこだけ空気が重くなったかのように縮こまっている。


「いい、気にするな」


 宣昭と暫くの時間を共にした彩乃ですら近寄りがたく感じるのに、今朝初めて会った彼がいきなり打ち解けられるとは思わない。 仮に仲良くなれたのであればそれはそれで彩乃にとっての天敵が増えたということになる。


 萎縮しさらに縮こまる新人は年にすれば彩乃より幾つか上なのだが、オドオドとした態度と頼りげのない細い線の輪郭からそれは見て取れない。 寧ろ保護欲を駆り立てられ、いらぬ世話を焼いてしまいそうになる。 事実さきほど宣昭を遠ざけたのも彩乃自身のためというよりは彼のためという色合いの方が強い。



 しばし足を止めこの先の工程について頭の中で反芻していると、追跡者達の後ろから水を踏む音が徐々に近づく。 一回一回の間隔は長いのだが近づいてくる速度がそれに比して速い。

 やがて闇の中からぬっと現れたのはつるっとした無機質な光沢を放つ黒の全面ガスマスクで頭をすっぽりと覆い、グレーの迷彩服に身を包んだ謎の人物だ。

 完全に等間隔で繰り出される足さばきがどこか機械っぽさをかもしだし、顔全体を覆うガスマスクのせいで異質な空気を放っている。

 ゆったりとした足取りだがその一歩は彩乃よりも半歩ほど大きく、そのため歩くスピードが速い。 小柄な方ではない彩乃も身長一九〇近くある彼と並ぶと小さく見えてしまう。


「急に呼んですまないな、玉城」


 玉城と呼ばれたガスマスクの男は鷹揚に頷くと、新人に向かって軽く頭を下げる。 つられて会釈する新人に謎のサムズアップをすると満足げに歩き出した。 なおも首をかしげる新人をひきつれる形で歩みだす。


「やはりそれは外さないんだな」


 彩乃が指すそれとは特徴的なガスマスクのことであり、玉城がそれを外す姿を見た者は誰もいない。 また彼が言葉を発している瞬間に出くわしたというものもおらず、経歴、年齢その他個人情報のすべてが謎に包まれている。

 ガスマスクにはボイスエミッタ―と呼ばれる機器が装備されているため、マスクが邪魔で話せない、と言う事は考えられない。 彩乃としては興味半分諦め半分と言ったとこなのだが、一部の人間の間では『東方書記』七不思議の一つとして数えられているようだ。 残りの六つもやはりどうでもいいものだが。


 彩乃は鼻腔を刺激する匂いに辟易しながら無口な男に語りかける。


「中々に奇怪だけどここではそれが羨ましいよ」


 途端、玉城の周囲の空気が輝いた気がした。

 なにやら右手でゴソゴソと懐をまさぐると、一体どこにそれほどの体積を確保していたのか一つのガスマスクを取り出す。

 玉城のそれと違い口と鼻を覆うだけのものだが、それにしても小さいわけではない。 彼は四次元ポケットでも持っているのかしら、などと益体もないことを考えていると催促するように右手を突き出してきた。


 右手でガスマスクを持ち、左手でサムズアップをする不審者の絵がここに完成し、善意で差し出されたはずのそれがやけに受け取り辛い物と化す。


 受け取るのを躊躇う彩乃に不思議そうに二人を見つめる新人の視線が突き刺さった。




 ガスマスクは指示を飛ばしにくくなるからと丁重にお断りしその場は収まったが、おかげで今度は玉城がお通夜ムードとなってしまった。 気のせいか二割り増しで湿度が高くなったように感じる。


 やがて、地上に向けて円柱状に七、八メートルほど伸びる空間にでると一行は歩みを止めた。

 事前に知らされている情報と、彩乃の頭の中にある地図の図面が正しければこの上は居住地区A3エリアのはずだ。 予定の時間より早くついてしまったがそれで困る事は無い。タスクを前倒しにすればいいだけの話だ。


 スッと心に暗幕を下ろすと、氷でできたかのように鋭く冷たいまなざしで隊員を睨む。


「これからプロジェクト≪ワンダーランド≫の試験的運用を兼ねた強襲作戦を行う。 各自指定された追跡者に同行し、有事の際はこれからに役立てるためにも情報を持ち帰る事に専念しろ」


 頭から冷や水を浴びせられたかのように全員が硬直する。


「行くぞ! 玉座に座ってふんぞり返っているハートの女王に、目にもの見せてやろう!」


 唇を吊り上げ不敵に笑うと声高に宣言しマンホールを見上げた。









物語が遅々として進みません。ただでさえつまらない作品がさらに面白くなくなりますね(o_o)




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