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竜と小さな魔術師  作者: 桜野猫
小さな決意
19/26

動き出す運命

 だが限界はすぐに訪れた。

 突然崩れるように倒れたのである。

 立とうとしても立つことはできず、惨めに地面を這い蹲ることしかできない。

 見上げると、男はとても悲しそうな残念そうな顔で、しかし声は愉悦に満ちている。


 「あらぁ、もう限界? もう立てないの? 残念、残念だわぁ。もう、終・わ・りなのねぇ」


 そう嘯き、男はレイピアを抜き放つ。

 いままで回避に徹していただけに、男がどれほどの強さなのか未知数だ。

 しかし今クーリアは度重ねた猛攻で、体力も尽き戦うことどころか立つこともままならない。

 

 男はクーリアをレイピアで刻んでいく。致命傷はわざと避け、じわじわいたぶるように。

 男のその顔は愉悦にゆがんでいた。

 クーリアはそれを見てとても醜いな、と思った。

 その悪意はあまりにも醜悪で、悪臭を放っている。

 人間じゃない。そんな息をするように悪意を撒き散らすものは人間じゃない。

 それはただの醜悪な人の皮を被った悪魔だ。

 そんなことを考えていたからだろう。

 そうつぶやいたのは。

 だからそれは意図したものではない。それは無意識に、ふと唇からこぼれたのだ。


 「・・・・・・醜いね」


 その言葉に男の表情が消える。


 「今、なんて? 今なんていったのお譲ちゃん?」


 はっとして口をふさぐがもう遅い。


 「私が、この私が醜いって? 」


 男の体がわなわなと、震える。

 失言だったと思っても、もう遅い。その言葉は男の耳に入ってしまったのだから。

 だからこれは不測の事態。美しさにこだわっていたものに醜いとは言ってはならない。

 なぜなら、


 「小娘が。ふざけやがってッ!! 俺が醜いだと? ゆるさねぇゆるさねぇゆるさねぇ!! ただじゃあころさねぇぞッ!? ゆっくりじわじわ嬲ってやる。醜く泣いて許しを請うまで、死んだほうがましだと思うような、地獄の責苦を味あわせてやるッ!! 」


 こうなるから。

 こういうものこそ感情が振り切ったらまずい。

 導火線のない爆弾と同じだ。

 一度火がついたら消すことは叶わない。その爆弾は導火線がないから。

 だからすぐに爆発してしまう。

 爆発してしまったらつけている仮面は四散し、本性が現れる。

 それは等しく醜い。人間の本性など等しく醜く、見るに耐えるものではない。

 なればこそ人間は仮面をつけ、本性を隠す。

 

 だがこの男の本性は一際醜く、吐き気を催す。

 美しく飾り立て、隠していたそれはより一層醜悪に感じる。


 男は抜き身のレイピアを手で弄びながら、ゆっくりと近づいてくる。

 その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

 精神に負担をかけるようにゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。

 それはクーリアが逃げることなど疑っていないかのようだ。

 だがそれは違った。

 疑っていないのではなく、気にしていない。

 逃げたら逃げたでいいそう思っているのだ。

 どうせ自分から逃げられないと、捕まえてみせるという自信すら感じる。

 だがクーリアはもう死に体だ。逃げるどころか動くことすらままならない。

 

 そして男は目の前まで来る。

 クーリアを見下ろし、口角を凶悪に吊り上げる。

 次の瞬間男は無造作にクーリアの横腹を蹴り抜いた。

 

 「――――ガッ・・・・・・八ッ!? 」


 当然の激痛。一瞬何をされたのかわからなかった。

 地面を転がってようやく横腹を蹴られたのだと理解した。


 「っくくくく、ひゃーっははははは。弱い。弱いなぁ小娘! 避けろよ!! 抵抗しろよ!! あー、無理かお前もう動けねぇもんなぁ!? ひゃははははははは!!」


 その言葉はクーリアに届かない。

 あまりの痛みに耳がおかしくなっている。

 横腹はまるで焼き鏝を当てられたように熱い。

 

 「・・・ごほっ、がはっ」


 血反吐を吐く。もう口が血で真っ赤だった。


 「おーおー汚いねぇ。痛い? 苦しいかい? 大丈夫安心して。まだまだまだまだ続くからね!! ひひひひひひ! 」


 そういいながら男は、クーリアの頭を踏みつける。

 そこから先は見るに耐えない暴虐の嵐だった。

 顔を殴り、踏みつけ、地面にたたきつける。レイピアで腕を貫かれ、足を貫かれる。締め上げ、木に投げつける。幾度も幾度も。それは終わることのない拷問。

 それは耐えうるものではなかった。常人ならばその苦痛に発狂し、許しを請い死んでいるだろう。

 だが常人ではないとはいえ、クーリアはまだ子供。その苦痛に耐えていられるほど強くはない。

 ならばそれは必然で、必要だった。守るために。

 心を止め、そして閉ざした。壊れぬようにと。

 それは最後の意地、この悪魔をこれ以上喜ばせはしないという最後の抵抗、死したとしても我が心は穢させたりはしないという誇りだった。


 だがそれ以上クーリアにはどうすることもできない。精も根も尽き果てたクーリアには。

 

 ならばもうそれは絶体絶命で、奇跡が起こらなければ、どうにもならない。

 奇跡を願うことすらできない。

 だが起こらないからこそ奇跡。

 奇跡など都合よく起きはしないと知っているから。

 願った程度で起こるのならばこの世に不幸はない。 


 だからこそ、それは奇跡と呼ぶにふさわしい。

 そうクーリアにとって、奇跡以外の何物でもなかった。

 


 ―――その光は輝きを増す。


 もう立てず、息をするのもつらい

 

 ―――輝きは増していく、治まる気配はまったくない。


 だけど大丈夫、閉じた心では何も感じないから。


 ―――輝きが増すと同時に、それは鳴動する。


 もう痛みは気にならない。体中痛いけど、心まで響かないから。


 ―――そして光ははじけた。




 それは何かが始まる予感なのか、それとも何かが終わる予感なのか、それはわからない。しかし何かが起きる。それだけはわかった。

 明らかに絶体絶命、九死に一生も得ることもなく、崖にかかった指は今にも離れそうなそんな状況。なのにクーリアはそんな状況にもかかわらず、ふとそんな予感めいたものを感じた。いやそれはもはや確信と言ってもよかった。

 だが何も感じない。何も思わない。閉ざした心、死に体ではどうすることもできない。

 ただ運命に流されることしかできない。

 その先がたとえ死だとしても。


 「ひひひ、いいねぇその目、その顔。ゾクゾクくる、ゾクゾクくるねぇ。はぁあ、イっちゃいそうだ」


 男は恍惚とした表情でクーリアを踏み続ける。 

 

 

                   ――――始まる―――― 


 それは突然の出来事。

 軋みをあげながら動く歯車の音を聞いた。


 クーリアに光が集まり、男の足は消し飛んだ。


 「あ? あぁあああああ!!? 俺の足が、足がぁああああああああ!!! 」 

 

 

                   ――――動き出す――――

 


 男は痛みにのた打ち回る。

 クーリアはその様を何の感情も浮かばない瞳で見続ける。

 

 その間にも光はどんどんクーリアに集まっていく。

 光は魔力だった。純粋な魔力。

 集まり続ける魔力は飽和し暴走していく。

 眩いほどの光と甲高い音が辺りを包む。


 そしてその光、魔力は爆発し、光と暴風を撒き散らす。


 光が収まり、夜の闇が辺りを包む。

 残されたのは、足を失った男だけ。

 クーリアはどこにもいなかった。

 

 

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