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第8話:守り続ける理由

――数年後/インサイダー養成学校・高等部・訓練場


午後の日差しが、訓練場の床を白く照らしていた。


この日、岩山剛志は臨時講師として、実戦訓練の指導に来ていた。


現役インサイダーが実戦系の授業を受け持つことは、この学校では珍しくない。


実戦訓練を終えた生徒たちが、汗を拭きながら装備を片づけている。


防具を外す音や水筒の蓋を開ける音があちこちで重なり、緊張から解放された笑い声が広がっていた。


剛志は、訓練記録を書き込んでいたノートを閉じ、訓練場を見渡す。


「全員、怪我はないか」


「ありません!」


元気な返事が返ってくる。


「なら今日はここまでだ」


生徒たちは一斉に肩の力を抜き、それぞれ帰り支度を始めた。


「岩山先生!」


女子生徒の一人が、荷物を抱えたまま駆け寄ってくる。


「今日の最後の盾の使い方、すごく分かりやすかったです!」


「また教えてください!」


「ああ。もちろん」


岩山の口元が自然と緩んだ。


少し離れた場所では、別の女子生徒たちがこちらを見ながら何か話している。


「ねぇ。岩山先生って、かっこよくない?」


「分かる。優しいしね」


「彼女とかいるのかな?」


女子生徒たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。


「えー、どうなんだろ。でも絶対いなさそう」


「なんで?」


「だって先生、相手が先生のこと好きでも気づかなそうじゃん」


「分かる!」


「あと、ヒヨって告白できなさそう!」


「蒼、聞こえるって」


笑い声が弾ける。


岩山の耳にも、しっかり届いていた。


「……お前らなぁ」


苦笑しながら一歩前へ出る。


生徒たちは「あっ」と顔を見合わせると、一斉に駆け出した。


「逃げろー!」


「先生ごめんなさーい!」


「澪、待ってよー!」


岩山は呆れたように首を振る。


「こら。走るんじゃない。転ぶぞ」


「「はーい!」」


返事だけは元気だった。


生徒たちは手を振りながら、校舎の角を曲がって姿を消していく。


訓練場へ、いつもの静けさが戻った。


開いた大型シャッターから夕方の光が差し込み、磨かれた床をやわらかく照らしている。


岩山は生徒たちの背中を見送り、息をついた。


「……まったく」


声には、どこか柔らかさが混じっていた。


ポケットへ手を入れると、指先に小さな革の感触が触れた。


高校最後のクリスマスに、藍子からもらった盾のキーホルダー。


長い年月の中で革には艶が生まれ、何度も握った跡を残して角も丸くなっている。


岩山は親指で、その表面をなぞった。


あの日のイルミネーション。


言えなかった言葉。


春の日の再会。


遠い記憶が、ひとつずつ意識をよぎっていく。


色褪せることのない時間の中に、痛みもまだ残っていた。


それでも、岩山は息を整えた。


キーホルダーを握り、再びポケットへ戻す。


訓練場の向こうを、別のクラスの生徒たちが笑いながら校舎へ戻っていた。


一人が転びそうになり、隣の仲間が腕を掴む。


二人は顔を見合わせ、そのまま声を上げて笑った。


岩山は、その何気ない光景を見つめる。


「……これでいい」


誰に聞かせるでもなく、言葉が落ちた。


肩へ掛けていた訓練用バッグを持ち直す。


開いたシャッターの向こうでは、夕焼けが校舎の窓をやわらかく染めている。


岩山は、その光の中へまっすぐ歩いていった。

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