月は太陽に届かない
これからよろしくお願いいたします
彼は人気がある。
それはそれは人気があった。
彼を手に入れたいという人間も数多く居た。
私もその一人だった。
彼という人間が欲しかった。
私は彼に恋をしているのだろう。
彼が笑う度に、彼がこちらを向く度に胸が締め付けられる。
私の心臓を握られているかのように。
欲しかった。そんな彼が。
それが、一年程前になるだろう。
簡単に言えば付き合うことに成功した。
休みの日に遊びに行く、所謂デートを重ねた。
そうして私から告白した。
彼は照れ臭そうに了承してくれた。
その時はとても嬉しかった。
太陽のような。そんな彼を私が手に入れることが出来たのだ。
嬉しい何てものでは現せない。
ただ、彼と数日程過ごしてなにか黒いものが胸に溜まる気がしていた。
最初は気のせいだろうと思っていた。
数ヶ月、それは気が付くのに簡単で長すぎる時間だった。
「どうして・・・」
手に入れた宝石は数ヶ月前の輝きとは別物のように思う。
輝きはある。美しさもある。しかし熱がない。
少し前まで、焦がれるように欲したそれを手に入れようとした情熱が。手に入れた瞬間から無くなってしまう。
霧を掴んでいるように。握った掌からするりと。
手に入れようと躍起になっていた。
人形のように愛くるしく。
舞い落ちる花びらのように美しい。
欲しかった。その心が。
金木犀の香りが部屋に漂って鳴いていた。
「違う!こんなの・・・アナタじゃない!」
焦がれた宝石は手に入ってしまったらただの贋作のように。
彼女は頭を抱えた。
アレだけ欲しかった心はどうしてか別物のように思えるからだ。
何故、あんな人を好きになっていたのかも分からない。
手に入れてしまえば、もう興味が無かったかのように薄れていくのだ。
「あんなにも可愛かったのに・・・!」
頭を掻き毟る手に血が滲む。
それでも彼女は思考する。どうしてなのかと。
暗い部屋の中、ロウソクだけが彼女を照らして揺らいでいた。
それが、からっぽの心となった彼女を現すように。
彼と会った情熱の夏はいつの間にか終わりを告げていて。
もうすぐ涼しいとは言い難い冬が来る。
部屋に残る金木犀の香りがそれを物語っているだろう。
彼女は部屋を出る。
彼に逢えば、分かるだろう。
この胸に溜まる黒い感情を理解した今なら。
「〇〇!」
名前を呼ばれる。
彼だ。
こちらに気がついた彼がこちらへ走ってくる。
そうして彼女は気が付くのだ。
手が届いてしまったから私の心から熱が消えたのだと。
彼が近くにいる。
彼が目の前にいる。
彼がこちらを見ている。
彼が私を見ている。
彼は他を見ていない。
あの時、私の情熱があったのは。
誰の手も届かない存在だと思っていたからなのだと。
そんな簡単なことだったのだと。
気がついた彼女は彼の前から姿を消したという。
そうしてまた、彼はみんなの彼になるのだ。
金木犀の香りはもう、残っていない。
冬は、もうすぐだ。
ご拝読頂きありがとうございました




