最終話: 掃除のいらない日
町は賑わっていた。
依頼掲示板の前に列ができている。
「スライムあと三体!」
「回復ありがとう!」
新人とベテランが一緒に笑っている。
門の前には自警団。
武器は抜いていない。
ただ立っているだけで、空気が整っている。
荒れない。
騒がない。
普通に、ゲームが進んでいる。
⸻
広場。
俺は石畳を掃いている。
砂埃が光る。
赤い線は出ない。
必要がない。
ARIAが隣に立つ。
「最近、静かだね」
「ああ」
「平和だね」
俺は少しだけ考える。
そして答える。
「普通だ」
ARIAが笑う。
「うん。普通だね」
子供NPCが走り抜ける。
新人プレイヤーが依頼を受けて町の外へ向かう。
誰もNPCを殴らない。
誰も逸脱しない。
ゲームは、ただ楽しい。
⸻
夜。
掲示板。
【この町、好きになった】
1:
最初は怖かったけど
2:
普通に遊べば最高じゃん
3:
MMOってこういうもんだよな
4:
NPC殴ってた頃、ちょっとおかしかったわ
5:
効率とか言ってたの恥ずい
6:
結局さ
一拍。
最後のレスが投下される。
7:
「最強NPCって、バグじゃなくて俺らのブレーキだったんだな」
いいねが、静かに増えていく。
煽りはない。
炎上もない。
ただ、共感だけが積み重なる。
⸻
広場。
俺は最後の一掃きをする。
石畳はきれいだ。
赤い線は出ない。
ARIAが歩き出す。
「また明日ね」
俺は答えない。
ただ、掃除を続ける。
画面がゆっくり引いていく。
賑わう町。
整った世界。
テロップ。
――普通に遊べば、普通に楽しい。
運営オフィス。
会議室。
モニターには町のログ。
同時接続数の推移。
違反報告件数。
炎上ワードの減少グラフ。
プロデューサーが言う。
「例の町の騒動、最終報告を」
担当ディレクターが資料をめくる。
「NPC攻撃によるレベリングが横行」
「バランス崩壊寸前でした」
別のスタッフ。
「修正パッチは検討していましたが……」
画面に映るのは、
レッドスカル消滅回の波形。
50人同時掃除。
そしてARIA配信後の安定グラフ。
違反件数が激減している。
ディレクターが続ける。
「結果的に、現在が最も健全な状態です」
沈黙。
プロデューサーが問う。
「我々は何か修正を入れたか?」
全員が首を横に振る。
「いいえ」
「ログにも改変履歴はありません」
若いスタッフが言う。
「でも、確実に挙動は変わりました」
画面に映る文字。
《NPC attack frequency:0.2%以下》
以前は27%。
異常な数字だった。
プロデューサーが椅子にもたれる。
「プレイヤーが変わった、か」
広場の映像が映る。
自警団。
依頼を受ける新人。
掃除をするNPC。
赤い線は出ない。
「……触るか?」
エンジニアが問う。
一瞬の沈黙。
ディレクターが答える。
「いえ」
「今は、触らない方がいい」
プロデューサーが小さく笑う。
「ゲームが、ゲームらしくなった」
資料を閉じる。
「公式声明は?」
広報が答える。
「“現在不具合は確認されておりません”で統一します」
軽い笑いが起きる。
会議終了。
⸻
最後に映るログ。
SYSTEM STATUS:STABLE
画面が暗転する。
⸻
広場。
俺は掃除をしている。
夕焼け。
石畳はきれいだ。
赤い線は出ない。
ARIAの声が遠ざかる。
「もう出番ないかもね」
俺は、何も言わない。
そのとき。
視界の端に、白い文字が一瞬だけ灯る。
【WORLD SECURITY PROTOCOL】
すぐに消える。
……消えたはずだ。
町は静かだ。
笑い声。
足音。
風。
俺は掃除を続ける。
箒の音だけが、やけに鮮明に響く。
――NPC殺しは、永久BAN対象です。
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