2:はじまりの夜会
どれだけ悔やんでも、悔やみきれない。
騎士にとって、いや、辺境伯家嫡女カナーン・グレイス・アスガルドにとり、命よりも大切な私の剣が、真っ黒に刃毀れしてしまった。
私が守るべき辺境領の国境線に近い魔の森で、邂逅したことのない魔物を切り捨てた時だ。彼の魔物の体液が、私の大切な剣を毒で犯した。
私の剣は、「大切な友達」から託された、世界に変わるものなど無い、大切な宝物だ。
領内の刀鍛冶のすべての扉を叩き、私の剣の再生が出来ないか願い出たが、名高い名工も、鋼の扱いに精通する人の何倍も生きるドワーフですらも、誰一人頷くことはなく、皆一様に首を振るのみ。
でも、諦められなかった。
私の剣は、まだ死する時ではないから。
一縷の望みを懸けて、帝都に居を構える信頼たる幼馴染に、私の剣と、手紙を送った。私の大切な剣を救える刀鍛冶を、どうか見つけて欲しいと―――。
あの三人なら、きっと、私の願いを叶えてくれる刀鍛冶を見つけてくれる。奇跡を信じて、私は私の命たる大切な剣を、皇城の元に送り付け、三人それぞれに宛て手紙を送った。
一人は、このヒルデガルド帝国の次期王となる皇太子。
一人は、皇弟の血筋であるミッドガルド大公家の嫡男。
一人は、名門軍閥家であるラーガルド公爵家の嫡男。
幼い頃からの幼馴染にして、悪友でもある三人に、私は最後の希望を託したのだが、返ってきた返答に、私は飛び上がって喜び、同時に、首を捻る事になった。
『お前の剣の再生が出来る刀鍛冶は見つけた。剣を返して欲しくば、お前が取りに来い』
ここまではいい。皇城と辺境伯城との間には、転移ポートがあり直接物品のやり取りが可能なため、いきなり皇太子に剣を送り付けるという暴挙を行ったのは私だ。引き取りになんて、騎竜に乗ってすっ飛んでいく気は満々だ。
しかして、問題は返答の続きである。
『それなりの対価を所望する。皇城に入ってからは、俺達の求める対価を払う事』
皇太子と大公家嫡男と公爵家嫡男の連名による文章の意図は読めないが、カナーンは取るモノもとりあえず、騎竜の背に跨るなり、帝都を目指した。
対価の為とは言え、どうして私はここに居らねばならぬのか。
交わした約束の対価のために連行された、皇太子ギルベルト主催の夜会で、カナーンは茫然と立ち尽くしていた。
さっきまで騎竜の背に乗っていたのに、小一時間で状況の変化が凄すぎる。
目の前に広がるのは、皇城最大に煌びやかなホールに集う熱帯魚の群れのような、色とりどりの礼服やドレスに身を包んだ紳士淑女たち。そして、彼らの目は、ある一点に揃って注がれている。
「―――私は、見世物か?」
皇族のみが立てるホールの一段高い場所に、しがない辺境伯家の跡取り嫡女でしかない自分が、どうして皇太子と一緒に並ばねばならぬのだ。
見てみろ。幻の珍獣でも見つけたみたいに、誰もかれも引いているし、皇族の護衛に付いている顔見知りの近衛騎士なんて、頑張って顔を作っているが「え?」ってクエッションマークが顔に貼り付いている。
「アスガルド辺境伯家には、皇家の血も入っている。この場に立っても何の問題もない。というか、せっかくシアとすんばらしい~!ドレスを用意してやったというのに、よくもアスガルド騎士団の騎士服で出てきやがったなカナーン」
「夜会用の騎士礼装に何の問題がございましょうか、皇太子殿下。トコロで、お言葉が下町脱走バージョンになっておりますよ」
次代の皇帝たる皇太子に向かい、慇懃無礼にも話し言葉を注意して、カナーンがつんっと顎を上げる。「親父共になめられるぞ」とのカナーンの指摘に気付き、すいっと皇太子の面を被った旧知の幼馴染は、それでも面白くなさそうに、左隣から憮然とした顔を向けてくる。
幼馴染の子供時代から変わらない膨れ顔に、ふと相好を崩し口角を上げるカナーンに、夜会に集う者達の頬が桃色に染まる。
本人は全く気付いていないが、方々からカナーンに向かって秋波とも取れる溜息が沸き上がる。それは男女問わずの年齢問わず―――。知らぬは本人ばかりなり、だ。
黒地に銀糸の刺繍が施された辺境伯家の美麗な騎士礼装に、アスガルド家のカラーである濃紺のサッシュを着用したカナーンは、男とか女とかの枠を外れ、ただ美しかった。
カナーンは女にしては長身で、帝国では珍しい艶やかな墨のようなまっすぐな黒髪は、顎のラインから前下がりに切り揃えられており、よりシャープな印象を与える。透けるような白い肌に、宝石のように深いルビーの瞳を持ち、人というより「魔のモノ」を感じさせる姿ではあるが、両親は二人ともこのカラーを持ってはいない。
辺境伯家は古来より、様々な種族の血が混ざりあっており、極まれに、びっくりするほどの先祖返りの姿で子が生まれることがある。
カナーンはまさにその典型だ。
皇家の血も入っているはずなのに、典型的な皇家のカラーを持つ、皇太子ギルベルトの金髪碧眼とは対極の色をしたカナーンは、そんなことにはお構いなしに、ぶしつけな半眼睨みを幼馴染のギルベルトに向けた。
「約束の対価とはいえ、いきなり呼び付けてのコレは、いったいなんの拷問だ? ギル」
「お前がドレスを着用していないから、対価が足りなくなったからの罰ゲームだ」
「ドレスどころか、スカート自体何年も着ていないから、もう歩き方もわからない。無茶を言うな」
幼い頃に、貴族子女が集う茶会みたいな場で、ドレスを着せられたコトはあるにはあるが、物心ついてからこっち、スカートを着用した記憶がカナーンにはない。更に言えば、スカートだろうとドレスだろうとトラウザーズであろうと、大体が悪ガキと組んで、木に登ったり池に入ったり庭園の藪の中を突っ切ったりと、所謂「女の子」として過ごした時間がカナーンにはほぼないのだ。
好きで剣を握り、成りたくて騎士になった。
騎士であることは自分の誇りであり、次期辺境女伯の席は、自分で決め自分で座った、自らの選んだ道である。
「……お前、一応は嫡女だろう、それでいいのか?」
幼い頃より馬が合った悪ガキ仲間のギルベルトの諦め交じりの大溜息に、カナーンはまたもつらりと答える。
「何の問題もない。コルセットも無理だし、化粧も皮膚呼吸が出来なくて無理。だいいちヒールなんて履いてどう歩けって言うんだ。ドレスに軍靴履いていいなら100歩譲って、スカート着てお前の言う対価を払ってやっても良いいけど、着替えて来るか?」
「それはそれで見ものだがな……」
ギルベルトの頭の中では、今目の前にいるままのカナーンが騎士服の上にドレスを着用するという物凄い図が浮かんでいた。はあ~~~っと頭を抱えるギルベルトの後ろで、シャンデリアの明かりに照らされ輝く白金の髪を揺らす、白百合のような令嬢が、もう我慢の限界とくすくすと笑いだす。
「ギル……無理ですよ。カナーンは、ドレスより騎士礼服の方が素敵なんですもの。もとより、カナーンにスカートをはかせるなんて、無駄なことを考えた貴方の負けです」
「シアの言う通りだ。良い婚約者をもったなあ、ギル」
キレイにセットされた金色の髪を搔きむしるギルベルトの前に進み出るアナスタシアに、カナーンは左手を背に回し貴婦人への騎士の礼を取ると、差し出された右手を取って指先にキスを落とした。
皇宮大ホールに、どちらともとれない貴公子と貴婦人がたの羨望の溜息がこだました。
「―――本当に残念」
「何が、シア?」
「カナーンが男性だったら、私は絶対にカナーンと結婚したのに」
「はは。ギルが膨れてるよシア」
この時より二時間後。
カナーンは自分が刀鍛冶に膝をつき有り得ない求婚劇をおっぱじめることを、まだ知らない。




