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シウアルマ(転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます)  作者: 福嶋莉佳
二章

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第4話 波紋

教育座の一室には、やわらかな日差しが差し込んでいた。

厚い石壁が光を淡く返し、格子窓から乾いた風が吹き込む。

油皿の香が薄く漂い、室内には静かな緊張が満ちていた。


壁際には木の机が並べられ、若い侍女たちがずらりと腰掛けている。


木札には数や記号が刻まれており、粘土板に写す前の読み取り練習に使っている。

練習としての木札は、侍女たちにとってまだ親しい道具だ。


「ここの数は“十と二”ね。……はい、一度読んでみて」


セレナが指先で木札を軽く叩くと、向かいの侍女が緊張した面持ちで読み上げる。


「あ、あの……“じゅう、と、ふたつ”……」


「惜しい。“二つ”ではなく、“二”。

 数える時と帳簿に記す時とは言い方が違うの。

 でも、よく読めました。前よりずっと滑らかよ」


セレナがやわらかく笑むと、侍女の頬がぱっと明るくなった。  


「は、はいっ……!」


別の侍女が恐る恐る木札を掲げる。

「姫様、この印は……“百”でよろしいのでしょうか?」


「ええ、正解。

 “百”が分かれば、“百と三十”も、“百と三と十”も怖くないわ。

 粘土板に刻むときも同じ。刻み目の読み違いがなくなるよう、今のうちに慣れておきましょうね」


前世で学んだ教室の空気が、少しだけ蘇る。


まさか私が教える側になるなんてね。


侍女たちの指先はぎこちないが、

書き損じを自分から直そうとする姿がひたむきで――

セレナには、それが愛おしくさえ思えた。


「――ここまでにしましょうか。少し休憩を取ってから、また続けましょうね」


そう告げると、侍女たちはほっとしたように息を漏らした。


水差しから杯に水が注がれる。


休憩に入ると、侍女たちの雑談があちこちで飛び交った。


「……はぁ。わたくしの姉なんて、字もろくに読めないのに、もう縁談の話ばかりですよ」


一人の侍女が水を飲み干し、机に頬杖をついた。


「“条件のいい相手だからありがたく思え”なんて言われて……。

 どんな方かも知らないのに、ありがたくもなにも……ですよね?」


「いいじゃない。条件がいいなら、まだましよ。

 私なんて、家に迷惑をかけないならそれでいいって言われて育ったんだから」


「……わたし、実は実家の村に幼馴染がいて。

 荷車を引く力自慢な人なんですけど……小さい頃から、重い荷を代わりに持ってくれて……」


「まあ、なにそれ。ちゃんと話を聞かせなさいよ」


「い、言うほどじゃ……!」


頬を染め、両手で顔を覆う侍女。

周囲から「いいわねぇ」「羨ましい」と笑い声が上がる。


セレナは少し離れた机の端に座り、その様子を眺めていた。

その隣で、リサが静かに水差しを置く。


「……楽しそうですね、セレナ様」


セレナは微笑みながら頷く。


厚い石壁に反響する笑い声が、

どこか遠い教室の記憶を呼び起こす。


あの頃は、恋も未来も、まだ自分のものだった――





「はー……またダメだった」


肩を落とし、教卓に突っ伏す女教師。 その周りで、クラスメイトの女子たちが笑いながら声を掛けていた。


「先生、また合コンですか?」 「紹介って、やっぱり当たり外れありますよね」 「大丈夫ですよ。先生、可愛いんだから!」


窓際からその光景を眺めていたのは―― セレナが思い起こす、“当時の自分”。


先生、大変そう……


その頃の私は、恋人がいて、毎日が当たり前みたいに満ちていた。

だから、先生の愚痴もどこか遠くに聞いていた。


いまなら分かる……

誰かに選ばれたい。

ちゃんと、愛し合いたい――


ふと、あのとき教師がこぼしていた言葉が蘇る。


「紹介で、条件のいい人を勧められるけど……」


……そういえば先生、いろいろ話してたな……合コン以外のことも……


その瞬間、胸の奥で、なにかが弾けた。


「そうだ……!」





翌日の午後、再び開かれた茶会。


妃候補たちは、穏やかな笑い声を交わしていた。


その輪の中に腰を下ろしたセレナは、茶器を指先で転がしながらふと問いかけた。


「――もし、若き男女を集めて良縁を結ばせる宴があったなら……皆様は、足を運ばれますか?」


婚活パーティー!今の私に必要なのは、きっとこういう場……!

誰かに選ばれたいと願うのは、私だけじゃないはず……!


場の空気がわずかにどよめく。


「まあ、そんな催しがあるのかしら?」


レイラが首をかしげ、扇で頬をあおぎながら微笑んだ。


「殿下のおそばに仕えるわたくしたちには、あまり縁がないようにも思えますけれど」


「まあまあ、夢のようなお話ね」 


妃候補のひとりがくすりと笑い、隣同士で囁き合う。


「でも、ちょっと楽しそうですわ!」 


アシェラは瞳を輝かせ、菓子をつまんで口元を覆った。


「制度として整えればよろしいのでしょう。

 出自と身元を先に選別すれば、余計な混乱も起きません」


アナヒータは落ち着いた声音で言い、卓上の果実酒の器を指で軽く叩いた。


「恋物語みたいで、胸が高鳴ります」

「もし運命の方に出会えたら……なんて、素敵ですわ」


否定も肯定も半々ってところかしら……ならば!


セレナは静かに言葉を重ねた。


「わたしは――もしそのような宴があるのでしたら、参加したいと思っています」


「まあ……」


レイラが目を細め、扇で口元を隠す。


「そんな率直におっしゃるなんて、さすがはルナワの姫君ですわ」


「わたくしも……実は興味がございます」


アシェラは頬を紅潮させ、目を伏せながら小声で続ける。


「もし自由に選べる場があるなら、とても素敵だと思います」


妃候補たちの間にもさざ波のような囁きが広がる。


「面白いわね……」

「でも、実際に叶うのかしら」


いくつかの扇が止まり、

置かれた杯の音が、ひとつ強く響いた。


夢物語じゃなく、形にできるかも……!


セレナはその持ち主の顔を、静かに見つめていた。





夕暮れの回廊を、セレナはリサを連れて歩いていた。


……本当に、これでいいのだろうか。


胸元の薄布越しに感じる鼓動が、やけに速い。


私自身、身勝手すぎる恋愛は駄目よね……姫の立場なのだから。


胸にわだかまる不安を抱えたまま角を曲がると、黒紺の礼服に身を包んだナヴァリスが、巻物を抱えて歩いてきた。


リサは驚いて頭を下げ、静かに後ろへ下がる。

ナヴァリスは軽く一礼し、落ち着いた声音で口を開いた。


「……姫様。少し浮かぬ顔をされていますな」


セレナは思わず立ち止まった。


「……実は、外交の宴を“出会いの場”にできればと思ったのです」


再び歩き出す。


「後宮を縮小すれば殿下のお気持ちが楽になるのではと……。

けれど、そのためだけに宴を開く意味はあるのか……」


ナヴァリスはわずかに瞼を細めた。


「……意味はございます」


ゆっくりと歩みを合わせ、声を落とした。


「外交儀礼の形を借りれば、縁を求める場であっても不自然ではありません。

 妃候補をただ留め置くのではなく、然るべき形で送り出す道を設けられます」


セレナが息をのむのを横目に、淡々と続ける。


「正妃になれぬ方々を後宮に縛るより、他国の縁談へ繋げられる方が建設的です。

 不満も減り、自然と後宮は縮小される。……殿下にとっても悪い話ではないでしょう」


数歩進んでから、ふと肩越しに視線を返した。


「しかも、王宮を経由させれば“アウレナが仲介した婚姻”という体裁が残ります」


巻物を持ち直す。


「――ですから、追放ではなく『出口』なのです。体裁さえ保てば、縁はむしろ強固になる。

……もっとも。

 それを“形”として示せるかどうかは、殿下のお立場次第。

 我らは、その器を整えるだけです」


セレナの胸にじんわりと熱が広がった。


「……そんな見方が……。ありがとうございます」


ナヴァリスは浅く微笑み、深追いせずに頭を下げた。





宰相執務室。

積まれた巻物の上に、ナヴァリスが更に巻物を置いた。


「先ほど、ルナワの姫君より興味深いご提案を伺いました」


ラシードは眉を上げ、巻物を手に取る。


「提案?」


「外交の大宴を“出会いの場”とするというものです。

 妃候補の出口を設け、後宮を整理する意図がある様子」


「ほぅ……また面白いことを考えたな」


ナヴァリスは無言で頷いた。


――この姫君はすでに芽を出している。

侍女教育、『座』の創設、毒の一件――

無視できぬ存在になった。


芽摘みの機を逃した以上、伸ばし、いかに制御するかを考えるべきだ。


――後宮には有益。

だが、放置すれば……やがて手に余る。


ラシードはくすりと笑い、巻物を閉じた。


「なるほど。殿下に伝える価値はあるな」



◆   



翌日、後宮の庭園に設けられた広間。

鮮やかな布で飾られた舞台では、アシェラが娯楽の座を仕切り、

舞や楽の催しがちょうど終わりを告げたところだった。


拍手と笑い声が散り、薄めた果実酒の香りが夕風に溶けていく。


「本日の座はここまでですわ!」

アシェラが満面の笑みで礼をすると、妃候補たちは

まだ余韻をまとったまま、三々五々に卓を離れていった。


その散り際の空気の中で、

セレナは一歩前へ出て、扇を胸に抱いた。


「皆さま……もし“良縁の宴”が実際に開かれるとしたら、

 参加を望まれますか?

 わたくしは後宮監より、王宮にも利があるとうかがいました。

 ご希望があるのなら、殿下に進言してみようと思います」


お願い……誰か希望者出て!


「殿下に進言……?」


妃候補たちが顔を見合わせる。


「私は……遠慮いたしますわ」


レイラは扇を閉じ、肩をすくめた。


「殿下のおそばに仕える身として、他国へ嫁ぐなど考えられませんもの」


セレナは一瞬だけ視線を落とした。


「わたくしは……ぜひ!」


アシェラは頬を染め、勢い込んで声をあげた。


「もし自由に選べる場があるなら、喜んで参加したいですわ!」


セレナは思わず表情をほころばせた。


「……実利は理解できます」


アナヒータは静かな声音で告げた。


「ですが、私自身は不要です。

 座の務めを果たしていれば、それで満ちていますので」


妃候補たちの間にも囁きが飛び交う。

「試してみたい……」「でも失敗すれば家が恥をかく……」


胸を高鳴らせながら、セレナは扇の骨が軋むほど、静かに握り直した。

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