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穢祓師 〜Xblades〜  作者: 早谷 蒼葉


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第8話 いつか世界が変わるまで

08.いつか世界が変わるまで

 

 昨夜はなかなか眠れず、今日は朝から少し眠い。


 昨日ゲームセンターを出てから、家に帰るまでのことはあまり覚えてない。情報を整理するのが精一杯だったからだろう。自宅に着いてからも、穢れや堕落のことで頭がいっぱいだった。


 普段より起きる時間が少し遅れたが、学校に遅刻することはなさそうだ。父さんはもう家を出ている。


 玄関で靴を履いていると、ローラが足元にすり寄ってきた。真っ白な毛が朝の光を受けて、やけに眩しい。


「行ってくるよ」と母の遺影とローラに向かい声をかけた。


 ローラは短く鳴いて尻尾を振った。この子は、僕に起こったことを何も知らない。


 今日は少し天気が悪い。そのせいか学校までの道は昨日より少しだけ遠く感じた。


 眠気のせいだけじゃない。たぶん、昨日知ったことが重いのだと思う。


——穢れ、堕落、穢祓師。


 言葉は簡単なのに、意味は重い。それに何より、僕にはそれが見える。


(見えるだけで、何ができるんだろう)


 そんなことを考えながら大和学園の門をくぐると、昨日と同じ感覚が胸に広がった。人の気配は多いはずなのに、息がしやすい。頭が少しだけ澄んでいく。


(ここは……やっぱり、落ち着く)


 不思議な心地よさ。人混みが苦手な僕が、ここでは平気でいられる。


 校舎へ向かう途中、周りの生徒たちをぼんやり眺める。誰もが制服を着て、普通に笑って、普通に登校している。こんなに平和な日常は大和学園の中だけかもしれない。


 教室に入ると、霧ヶ峰さんがすでに黒板の前に立っていた。いつものように背筋が伸びていて、朝の光が黒髪を静かに照らしている。


「おはよう、真田くん」

「おはよう」と返事をした瞬間、霧ヶ峰さんの周りの空気がほんの少しだけ温かい気がした。昨日から気づき始めてしまった。


 彼女の感情は、世界に滲む。


 檜山くんも席に着いていて、軽く会釈してくる。


「おはようございます。眠そうですね」

「……ちょっと、昨日のことが……」

「無理もありません。慣れるには時間が必要です」


 檜山くんの声はいつも落ち着いていて、聞いているだけで不思議と整う。僕が言葉にできないものを、もう把握しているみたいだった。


 霧ヶ峰さんが黒板の前で出欠を取る準備をしていると、廊下が少し騒がしくなった。上野先生が教室に入ってきて、また一日が始まる。雪村くんの席は、まだ空いたままだった。


 二限目の授業中に扉が開く。


「おはよー。遅れた」


 雪村くんが、昨日と同じ調子で入ってくる。教室が少しの間だけ華やぐ。男性の先生が呆れたように笑う。


「雪村、お前は毎日毎日よく遅刻できるな」

「これはもう才能だね」

「才能ではないだろ」


 教室に大きな笑いが起きる。雪村くんは女子に声を掛けながら、ひらひら手を振って席に向かい、途中で僕をちらりと見た。


「大祐、顔色わりぃな。昨日あんまり眠れてねぇだろ」

「……まあ、少し寝不足かな……」

「だろーな」と、何でもないような感じで雪村くんは言った。

「でも、この学園内は心地良いだろ?」


 図星すぎて、僕は咄嗟に返事ができなかった。もしかして、この学園自体になにか原因があるのだろうか?後で詳しく聞いてみよう。


「大祐、今日の放課後も空けておけよ」


 昨日とは違い、それはほとんど命令だった。僕の返事を待つことなく、雪村くんは僕の横から消えていた。


 教室の窓から外を見ると、雨になりそうな雲がゆっくり流れていた。世界は何も変わっていない。いつも通りの朝で、いつも通りの日常が始まる。


 なのに、僕の中では確かに何かが変わっていた。


 色々考え事をしていると、あっという間に放課後になり、なぜか僕は雪村くんたちに屋上に連れて行かれた。屋上はまだ少し寒いせいか、誰もいなかった。


「まず最初にひとつ、大祐の疑問を解消してやるよ」


 すごく上から目線のセリフなのだが、雪村くんは様になっている。付き合いはまだ短いが、この人には何もかも敵わないと思わせられる。


「この学園にいる奴らは、みんな穢れに対しての才能を持っている」

「——えっ」

「そういう奴を集めてんだよ。見える奴、感じる奴、気付くやつ。……まぁ、優しい檻みたいなもんだな」


 僕は返事ができなかった。言葉が重すぎたから。


 しかし、そんな僕を見て、霧ヶ峰さんが柔らかく微笑む。


「もちろん本人たちは知らないけどね。雪村さんの近くにいることで、自然と穢れのコントロールを体で覚えている感じかな……」

「雪村くんと一緒に過ごすだけで……」

「それにね……守ってるの。才能があるからこそ、危ないから」


 そうだ。昨日まで僕は、ずっと一人で息苦しかった。


 今、ここには——


 その息苦しさを分ってしまう人たちがいる。だから心地が良いのだろう。僕は唐突に自分の中の変化を確信する。昨日から始まったものは、まだ始まりにすぎないとしても。


 その時、檜山くんのスマホが震えた。


「雪村。煉からの連絡です」

「さっそく動き出したか……いくぞ」雪村くんが立ち上がった。

「大祐、穢れのその先を見せてやる。そして自分で選べ」

「うん——わかった」


 今の僕に迷いはない。本当の——すべてをさらけ出す覚悟もできた。いつか世界が変わるまで、僕は進むしかない。

 上を見上げると、今にも降り出しそうな空色をしていた。


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