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穢祓師 ー負の感情が穢れとして視える僕は、命を削る治癒の力で、人の心を治すー  作者: 早谷 蒼葉
第七章 堕落の街

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第56話 残響は鳴り止まず

56.残響は鳴り止まず


 夜は深く更けていた。


 特事(とくじ)ビルの屋上。一人残る男がいた。


 小之野雪村。


 欄干に手を付き、夜景を眺めている。


 遠くで、車のヘッドライトが流れていく。

 近くのビルの窓にも、いくつかの灯りが灯っている。


 誰かの生活がある。

 誰かの夜がある。


 その光の中に、彼が見ているものは——


 誰にも分からない。


 風が髪を揺らす。


 雪村は、ゆっくりと空を見上げた。星がいくつか見える。


 夜空はいつもと同じ顔をしていた。


 地上で何が起こっても。

 誰が傷ついても。

 誰が消えても。


 夜空は変わらず、そこにある。


 ただ、静かな夜が彼を包んでいた。


 雪村が、わずかに目を細めた。


「……遅かったな」


 背後の暗闇から、影が一つ湧き出た。


「無茶言うなよ……これでも最短で移動したぜ」


 (れん)は、そう言って肩をすくめた。


 雪村の隣に、煉は並んだ。その足音は、まるで聞こえない。そして、同じように肘をついた。


 二人の男が、夜の中に並んでいる。


神代朔夜(かみしろさくや)、38才。経歴も戸籍にも不審な点は無し。普通に生活してきた、普通の人間だ」

「……そうか」


 煉は雪村の表情を窺うが、全く変化はない。


「煉、神代の経歴を詳しく追ってくれ。必ずどこかで、後ろにいる奴らとの接点がある」

「……あぁ、分かってる」


 雪村の口元が歪んだ。


「ついに……掴んだぞ」


 煉は雪村の圧を感じながら、静かに息を吐いた。


「ようやく、だな。探し物はあと一つ……」


 その口元には、爽やかな笑みが浮かんでいた。


「雪村……大祐はどうだった?」

「あいつは、自分で乗り越えたよ……」

「そうか、大祐らしいな」

「あぁ」


 二人はしばし黙り込む。眼下から聞こえる喧騒がどこか遠い。


 先に、雪村が口を開いた。


「お前が見つけた(やいば)はどうなっている?」

「——確定だ。二人はな……」

「お姫様は?」

「……まだだ」

「なら——十人まで残り三人、か」


 雪村の声はわずかに和らいだ。だが、夜風に溶けて、遠くへ流れていく。


「煉……俺たちは、進んでいる」

「そうだな」

「きっと、最後のピースも——」

「引き寄せるさ」


 煉の視線が、街の灯りをなぞる。


「お前自身が、探し物をな」


 短いやり取り。


 その言葉の裏にあるものを、理解できる者は二人以外にはいない。


 そう思えることで、煉の胸は熱くなった——


 煉は、頬が緩みそうになるのを耐えながら言う。


「ようやく、舞台が整ってきたな」


 雪村が再び空を見上げる。何も変わらない星の輝き。


「なぁ、煉……俺は今度こそ、護りたいんだ」

「そのために集めたんだろ」

「……たった一人の女のために、俺は……」

「それでいい」


 煉は雪村の言葉を遮った。


 雪村は、ほんのわずかに目を細めた。


「雪村、それでいいんだ」


 煉の迷いのない視線を受けて——


 雪村は微笑んだ。


「本番は——これからだ」


 その言葉が、街に落ちていく。


 残響は鳴り止まず、煉の胸を揺さぶり続ける。


(俺の命にかえても——)


 煉の誓いは、闇夜に滲む。


 風が二人の間を通り過ぎていく。


 星が一つ、夜空から零れ落ちた。


 誰も気づかず、誰も知らないまま——


 雪村と煉、二人の背中は、夜の闇に紛れていった。



 第一部、完——

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