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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第七章 堕落の街

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第53話 反転

53.反転


「雪村、大祐くん! よくやってくれた!」


 現地調査の次の日、僕と雪村くんは特事(とくじ)に顔を出した。そして、武士園(ぶしぞの)会長の熱烈な歓迎を受けていた。


「あ、ありがとうございます」


 会長の勢いに押されて、僕はそう答えるので精一杯だった。


「相変わらず、声でけぇな」

「めでたい日じゃ、それくらい良かろう」

「まぁ、結果は上々だな」


 会長はしきりに頷いている。


「特に大祐くん! 今回大活躍だったそうじゃな」

「そ、そんな……」

「謙遜しなくともよい」


 会長は、太い手を僕の肩に置いた。


「祓うのも、救うのも、容易いことではない」

「……はい」

「だが君はやり遂げた。大したもんじゃ!」


 その声が、身体の奥まで届く。


「今のその気持ち、忘れんでくれ」


 僕は何も言えず、無言で頭を下げた。


 代わりに、雪村くんが口を開く。


「だが、懸念材料もあるぜ」

「うむ……やはり相手組織の情報が……」

「それもそうだが、その事じゃねぇよ」


 会長が何かを言いかけた時、はるかさんが会議室に入ってきた。


「二人とも、お疲れ様」


 はるかさんは不眠不休で働いているはずなのに、それを感じさせない。いつも通りの凛とした振る舞いだ。


「神代さんを含め、救出した人全員が今日退院したわよ」


 手元の書類を捲りながら告げた。


「身柄は特事管轄のマンションへ移送済み。護衛二名を配置しているわ」

「よかった……」


 僕は、ほっと息を吐いた。


 あの人は、もう大丈夫だ。守ってくれる人がいる。ゆっくり傷を癒していけばいい。


「ノートの解析も進んでるわ」

「本当ですか」

「これでA.V(アーヴィー)のことを、深く知ることができそうよ」


 はるかさんは微笑んだ。


 神代さんが書き続けたノート。それはきっと、A.Vを止める鍵になると信じている。


「はるか、頼んでおいた件は?」

「進んでいるわ……今のところ気になる報告はないけど……」

「分かった、ならいい」


 何のことか僕には分からない。だけど、雪村くんの表情がいつもより固いのが気になる。


「どうかしたの?」

「いや、気にするな」


 それ以上、雪村くんは何も言わなかった。


 その後、会長に慈祈掌(じきしょう)のことを根掘り葉掘り聞かれて、大変だったが悪い気はしなかった。


「共に闘う覚悟に感謝する——ありがとう」


 最後に会長はそう言って、帰って行った。


 それだけで、少しだけ報われた気がした。



「さて、俺たちもそろそろ帰るか」


 どうやら今日の用事は終わったらしい。


 それなら——


「雪村くん、僕は神代さんのところに行ってくるよ」

「ん、何でだ?」

「昨日、約束してたから……」


 実際には今日行くとは約束していないが、何となくそんな気分になった。


「……分かった、俺も行く」

「え?」

「はるか、車を回してくれ」

「ええ……手配するわ」


 意外な展開に、僕は目を見開く。


「行くぞ」


 雪村くんが立ち上がった。




 特事からそれほど離れていない場所に、そのマンションはあった。


 ここまでの道中、雪村くんは目を閉じて考え事をしていた。少し気まずい空気だったが、到着するとさっさと車を降りていった。


 新しく綺麗な建物。日当たりの良さそうな立地。入り口はオートロックで、管理人もいると聞いている。保護対象者の住まいとしては、とてもいい環境に思えた。


 僕たちはエントランスに向かう。


 静かだった。


 管理人室を覗くと、中には誰もいない。


 ふと——雪村くんが足を止めた。


「雪村くん?」


 声をかけても、答えない。


 視線だけが、ゆっくりと動いている。


 エントランスの天井。

 階段の入り口。

 非常口の方向。


「……血の匂いだ」


 雪村くんが、低く呟いた。その声を聞き、胸の奥が嫌な音を立てた。


「……え?」

「行くぞ」


 雪村くんはオートロックを素早く操作し、エレベーターに向かって走った。


 僕も慌てて、後を追う。


「大祐、何階だ?」

「ご、五階……」


 エレベーターのボタンを、雪村くんは乱暴に押した。その背中を見て、僕の心臓が騒ぎ出す。


 たった数十秒の永遠が過ぎ、ようやく五階に到着した。


 扉が開いた瞬間——それは漂ってきた。


 血の匂い。


 そして、人が廊下に倒れている。僕たちはすぐに駆け寄る。


「ここの管理人だな」

「だ、大丈夫ですか?」


 雪村くんが首筋を手で確かめている。


「気絶しているだけだ」

「良かった……」


 雪村くんはスマホを取り出し、はるかさんに連絡を入れている。その間に僕は、管理人さんを壁にもたれかからせた。


 廊下には血痕が落ちている。それを辿ると、廊下の奥に続いていた。その部屋の扉がわずかに開いている。


「か、神代さん……」


 心臓の鼓動がうるさい。


「大祐、俺の後ろにいろよ」


 スマホをしまった雪村くんが、躊躇なく踏み込んだ。僕は、言われた通り後ろに続いた。


 そして——


 目に飛び込んできた光景に、僕は一歩後退りした……


 部屋の真ん中。


 椅子が二つ並んでいる。


 その椅子に——


 スーツ姿の男性二人が、縛り付けられていた。


——神代さん……ではない。


 二人とも、ぐったりと頭を垂れている。首筋から、血が流れていた。床には、赤い水溜まりが出来ている。


「——っ!」


 声にならない声が、僕の喉から漏れた。


 雪村くんが、男性の一人に駆け寄った。


「生きてる」


 状態を確認すると、短く言った。


「もう一人もだ。だが、この出血量……長くは持たない」


 僕の足は重く、動かなかった。


「大祐」

「……う」

「治してやってくれ。切られた場所を塞ぐだけで良い」


 雪村くんの声は、僕の意識を引き戻した。二人に手が届く距離まで、足を引きずるように歩いた。


 そして、両手を伸ばし二人同時に触れる。かなり生命力が削られているのを感じた。


 僕は手のひらに意識を集中し、力を流し込んだ。祈りを込めて。


 手のひらが熱くなる。

 僕の熱が流れ込んでいく。

 それが生きている証。

 ちゃんと受け取ってくれる。


 血の流れが、ゆっくりと止まっていく。二人の呼吸が安定していく。


 今この短時間では、完全に治せない。でも、命は拾える。


 やがて、二人の気の流れが安定したのを確認して、僕は手を離した。


 息がきれる。胸が苦しい。だけど、そんなことはどうでもいいと思える。


 身体の奥から湧き上がってくる熱に、支配されていた。


「この二人は神代の護衛だ」

「じゃあ、神代さんは誰かに……」

「大祐……」


 その時、男の一人が目を開けた。


「……雪村、さん……」


 ひどく嗄れた声。


「喋るな、今は安静にしろ」

「か、神代、が……」


 その一言に、僕の心臓が止まりかけた。


「神代、が——」


 その先を言いかけた、その時——


 部屋の中で、スマホの着信音が鳴り響いた。


 誰のものか分からない、黒いシンプルなスマホ。


 それは、机の上に堂々と存在感を出している。


 雪村くんが、迷わず通話ボタンを押し、そのまま机に置いた。


 わずかな沈黙の後、聞きたくなかった声が流れ出す。


『やぁ、ご機嫌よう。穢祓師(けがればらいし)の皆さん』


 その声は、昨日と何も変わらない。

 手のひらに、温もりも残っている。


 昨日まで信じていたものを失った。


 僕の世界が反転し、壊れる音が聴こえた気がした——


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