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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第五章 夜の遊園地

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第34話 裸の心

34.裸の心


 インカムが、微かにノイズを含んで繋がった。


「百合、無理はしてない?」


 桜は、なるべく声を平静に保った。雷鳴が遠くで轟いている。百合の力だと、すぐに分かった。天候を操るほどの能力者なんて、百合以外考えられない。


『うん、大丈夫。ちゃんと抑えているよ』


 明るすぎる返答に、桜は一瞬だけ息を詰める。


(……あなたは、強いわね)


 誇らしい気持ちと、置いていかれるような感覚が同時に胸に広がる。けれど、それを口にすることはしなかった。声に出してしまうと、壊れてしまいそうだから。


「……なら、いい」


 少しぶっきらぼうになってしまったかもしれない。桜はすぐに後悔する。


『今から、ちょっと無茶するかもだけど』


 何でもないように百合は言った。


「えぇ!」


 百合の言葉に驚いたが、何も言えずに通信が切れた。彼女の力なら心配ないだろうとは思うが、何をする気なのかは気になる。


 桜は、視線を前に戻した。ここは観覧車から少し離れた、ファミリー向けのエリア。昼間は子どもの笑い声で満ちていた場所だ。しかし今は、静まり返っている。


 ほどなくしてから変化が訪れる。足元から、薄く滲む穢れが立ち上がった。数は多いが。穢れの密度は薄い。


「……簡単、ね」


 そう言いながら、桜は眉一つ動かさなかった。勝てるからこそ、気が緩むのが一番怖い。


 呟いた声に感情は乗らない。桜は夜櫻よざくらを軽く振るい、歩きながら穢力を放った。風が揺れ、霧のような穢れが裂ける。


 祓いは一瞬だった……しかし、数が多い。どれだけ祓っても、穢れは湧いてくる。


「しょうがない。五夜目ごやめ朧霧おぼろぎり——」


 桜は溜息と同時に、夜櫻を真横に払う。漆黒の刀身から一拍遅れて、濃い霧が夜櫻から放たれる。その霧は回転しながら徐々に大きな円形を作り、桜の半径十メートルくらいの位置で広がるのを止めた。


 穢れがその霧に触れると、霧に吸収され同化してしまう。桜独自の結界だった。その内部には誰も踏み込めない。


 その時、百合の気配がする場所で稲妻が奔った。ここからでも感じるほどの穢力。


(百合が言ってたのは、これ?)


 桜も、見たことの無い技だった。ここからでも雷の柱が見える。

 

(……綺麗)


 桜にとって、今の穢れ程度で苦戦することはない。そのため周りを見る余裕がある。ただ、なぜだか胸の奥がざわつく。


(……百合、無理してないかな)


 天候を支配する能力。それは途方もないエネルギーのコントロールを求められるはずだ。制御されているからこそ、限界近くの集中が必要になる。百合はそれを容易くやってのけるので驚きだ。


 桜は立ち止まり、夜櫻を静かに構えた。


「私も……前に進まないと」


 誰に聞かせるでもない言葉。穢れを祓うのではなく、想いを整えるための一呼吸だった。


 その時、インカムから恭介の声が聞こえた。


『……妙です。数は多いですが、どうも動きが不自然です』


 どういうことだろう。特に何も感じなかったが……


 恭介と雪村のやりとりが続いている間、桜は園内の穢れの気配を感じようと集中する。


 すると——いた。


「この気配は……禍心かしん!」


 油断していた。いや、油断したつもりはなかった。ただ、百合のことを考えていた。それだけで、集中が一瞬揺らいだ。任務に集中しきれていなかった。


 桜は自分を責める。だが、今更どうしようもないことも理解している。


『……百合が——危ない』


 雪村の声で我に返る——


 桜も慌てて、インカムを繋ぐ。


「百合! この反応は——」


 最後まで言い切る前に、百合が遮った。


『禍心、でしょ?』


「うん、おそらく。大丈夫?」


 思ったより百合は普通の反応を示した。だが、桜は確認しなければならない。


 以前、百合に語ったことがある。禍心について。もう人として戻ることが出来ない、穢れの塊。それを祓うということは、人を一人殺めるのと同じだということ。そしてそれは穢祓師として立つうえで、決して避けることのできない事だということ。


 だから桜は確かめる。百合の覚悟を。


『ついにこの日が来たね……』


 百合は少し悲しそうに言った。それが普通の反応だ。だが——


『大丈夫! 桜は? 怪我してない?』


——驚いた。百合は自分の覚悟どころか……桜の心配までしている。


「私は大丈夫。慣れてるから……」


 桜は、少し無理をして答えた。


『おけ! じゃ、また後で!』


 それだけ告げると、通信は切れた。


 桜は忘れていた。まだ力がなかった頃から、百合は穢れに立ち向かっていったことを。自分の信念のみで動ける強い意思を持つ少女。


(そうね……あなたは、そういう人だった)


 葛藤が無いわけではないだろう。しかし、百合は乗り越えてきた。きっと今度もそうだ。


「雪村さん……珍しく予想が外れてる。百合は、心配しなくても大丈夫」


 先ほどから桜は、禍心の気配を察知していた。そして、その姿を今目の当たりにする。


 普通の人間の倍以上ある姿。濃い気配。紛れもなく禍心そのものだ。


 桜は夜櫻を構え直した。


「闘う女は強いのよ……覚悟を決めたら、なおさらね」


 本当に百合は、最高のライバルであり友達だ。そんな彼女が、こんなところで負けるわけがない。桜の体に力が漲ってくる。


 百合のいる場所で、凄まじい熱量の雷が落ちた。しかし桜は何も反応しなかった。


(私たちは、もっと強くなれる!)


 禍心がまっすぐに、突っ込んでくる。だが、桜は何も恐れてはいない。


「負けないわよ。二夜目にやめ花月かげつ——」





 園内中央の広場は、静けさの中で穢れだけが蠢いていた。


「……また出てきましたね」


 恭介の呟きは独り言になった。夜の遊園地は、穢れの気配だけ規則正しく脈打っている。一緒に行動している狛人はくとも、特に返事をしない。


 二人はこの広場にいることを選択し、その場から動かない。ここから園全体を観察することが重要だと感じていた。


 恭介は足元から広がる穢場をずっと転界していた。中規模の穢場。範囲は広いが、力は抑えている。みんなの力が漏れないように、集中は切らさない。特に百合の場所は油断ならない。


 穢れの祓いは、召喚した不動明王で十分過ぎるほど事足りている。二人を護るように、炎が壁を作り、不動明王が剣で倒していく。


(数は多いですが、個体の強度は低めですね)


 恭介の隣で、狛人は黙ったまま周囲を見ていた。視線は一定ではなく、空気の揺れを追うようにゆっくりと動いている。


 大祐と離れた狛人はほとんど口を開かない。恭介はあまり狛人のことを知らないが、少し不機嫌なようにも感じる。ただ、彼の穢れに対する察知能力や考察は中々鋭い。その点を恭介は評価していた。


「……少し、変かな」


 ぽつりと落とされた狛人の言葉に、恭介が反応する。


「どのあたりが?」

「動きが、揃いすぎてる気がする……」

「揃いすぎている……?」


 恭介は穢れの流れを再確認する。確かに、言われてみれば、統率されているような動きだ。


「……まるで、同じ方向を意識しているみたいだ」


 狛人は首を傾げた。


「中心が……どこか中心があるかもしれない」


 声は低く、はっきりとした口調でもない。ただ、感じたことを言葉にしているようだった。


「中心……」

「うん。場所じゃなくて——」


 狛人は、ふっと視線を遠くへ向けた。


「……穢れたちの拠り所、みたいな」


 その時、空気がわずかに沈んだような気がした。その直後、狛人の表情が変わる。動きを止め、何かを感じ取ろうと集中しているようだ。


「……小さい」

「小さい?」

「反応が。強くないけど……」


 恭介には狛人の言っていることが分からなかった。穢場を転界しているため、察知能力は普段より精度が低くなっている。それに小さい反応などいくらでも感じる。なぜ彼が、その小さい反応に注目しているのか理解できなかった。


「とにかく、一度雪村に報告しておきましょう」


 恭介はインカムを繋ぎ、雪村の意見を求める。どうやら彼もまた、穢れの動きに違和感を持っているらしい。雪村と狛人、二人の意見が一致している。その事実に恭介は不穏な空気を感じた。


「如月くん、もう少し詳しく説明できますか?」

「たぶん。とにかく、普通じゃないよ」


 狛人は眉を寄せる。嫌悪ではなく、違和感の表情だった。


「感情が……濁ってない」

「濁っていない?」

「うん。怖いとか、憎いとかじゃない……ただ純粋な感情」


 その言葉に、恭介の警戒心が上がる。


「……それは、厄介ですね」


 純粋な想いほど、厄介なものはない。良い悪いは別にして、純粋であればあるほど、穢れは強化される。


「ねえ、檜山くん。禍心って何?」

「それは……」


 狛人の問いに、恭介は少しためらった。穢祓師けがればらいしではない彼に、禍心の正体を伝えてよいものか。


 恭介が口を開こうとした、その時——


 二人の前に突然、気配が現れた。それは移動してきた感じではなく、忽然と姿を現したように思える。二人の感知を抜けてきたのか。恭介は、信じられない想いで、その気配を探る。


「檜山くん。これだよ、僕が感じていた気配!」

「……なるほど。これは、厄介ですね」


 目の前には——小さな少女。だが、明らかに人ではない。体の輪郭を穢れに包まれ、はっきりしない。


 悪意は感じない。敵意も感じない。ただ、その存在感があり得ないほど濃い。


「これが、禍心なの?」

「いえ、違います。ただ——」


 少女の姿をした穢れは無邪気に笑った。そして、消えたり現れたりを繰り返し、少しずつ二人から離れていく。瞬間移動を繰り返すように。


 そして、二人の視界から完全に消えてしまった。


 二人はしばらくの間、黙って少女がいた場所を見つめていた。


 やがて、狛人が口を開く。


「……ただ、何?」

「子どもの穢れは、一番厄介です」


 恭介はいつものように溜息をつきながら言った。


「裸の心で——ぶつかってきますから」



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