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穢祓師 ー負の感情が穢れとして視える僕は、命を削る治癒の力で、人の心を治すー  作者: 早谷 蒼葉
第五章 夜の遊園地

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第33話 願い

33.願い


『……さあ、好きに暴れな』


 雪村の号令で、百合は心が高鳴った——


「了解」


 その言葉は自然と口から漏れた。


 今、目の前には穢れの集団が迫ってきている。しかし、百合の心にあるのは雪村のことだけだった。


(インカム越しの、ダーリンの声もいいな……)


 そんな百合の気持ちとは関係なく、穢れは迫ってくる。しかし焦る気持ちはなく、落ち着いている。以前のように独りではないという安心感が、心に余裕を生んでいる。


 強くなったと自分で感じる。穢祓師けがればらいしとしてもそうだが、心が、精神が安定した。友達、仲間……そして雪村の存在。大事にしたいと心から思う。


 だから、百合はここに立っている。


「そろそろ、やりますか……」


 誰にも聞こえない呟き。そして、声に力を込め、その名を呼んだ。


「もう逃げられないよ……ラブニードル」


 体に穢力が満ちる。雪村の気配に包まれて、百合とSBソウルブレイドは、心を通わせる。


——ラブニードルを呼んだ瞬間、百合の世界は静まった。


 音が消えたわけじゃない。風も、遠くの金属音も、穢れのざわめきも、確かにそこにある。


 ただ——百合の意識が、それらの奥に潜り込んだ。胸の奥が、ひどく熱い。恐怖じゃない。高揚だ。


(ああ……大丈夫だ)そう思えた。


 百合の手に握られた五寸釘——ラブニードルが、淡く光を帯びる。雷光のようでいて、雷とは違う。それは百合の感情に呼応した、穢力の形だった。


 最初に動いた穢れが、百合へと向かって漂ってくる。人の形をしているが、顔はなく、足取りも曖昧だ。


「遅いよ」


 百合は小さく呟き、踏み出した。地面を蹴る。その瞬間、空気が弾けた。


 百合の動きに合わせて、雷が走る。


 一本ではない。無数の細い稲妻が、彼女の足元から広がり、穢れの群れを縫うように駆け抜けた。


——バチン。音は鋭く、短い。


 穢れは抵抗する間もなく、形を失う。


「はい、一体目」


 淡々と数を数えながら、百合は歩みを止めない。焦らない。かつての百合なら、勢いで突っ込んでいただろう。感情のままに突っ走っていた。


 でも、今は違う。


(無理しなくていい)


 自分にそう言い聞かせる。しかし、抑えられない高揚感も確かにある。


(うち……やっぱ、強くなってる!)


 そう実感できるほどに圧倒的だった。少し気分が乗ってきた百合は、夢中で穢れを祓う。


 しばらく時が流れた頃——


 百合は、ゆっくりと息を吐いた。穢れは次々と湧いてくる。ジェットコースターの影、売店の裏、ベンチの足元。どこかから滲み出てくる。どれも弱いが、数が多すぎる。


「ほんと、しつこい!」


 愚痴のような声だったが、それでも表情に苛立ちはない。百合は周囲を見渡し、園内の地形を頭の中でなぞった。


 観覧車、売店、ジェットコースター。人が溜まりやすく、感情が残りやすい場所。



(……点で消しても、意味ないな)


 ふと、インカム越しに声が聞こえた。


『百合、無理はしてない?』


 桜の声だった。


「うん、大丈夫。ちゃんと抑えてるよ」


『……なら、いい』


「今から、ちょっと無茶するかもだけど」


『えぇ!』


 短いやり取り。それだけで、胸の奥が少し軽くなる。


(ああ……ほんと、独りじゃない)


 その事実が、百合を強くしていた。おかげで、今思いついた技を試す決心がつく。そして、決めたからには即実行に移す。


 百合はラブニードルを持ち上げる。相棒が僅かに震えた。


「ねぇ……ちょっとだけ付き合ってくれる?」


 手の中のラブニードルに、そう囁く。


 次の瞬間——ラブニードルが光を放った。


 一本だったはずのそれが、雷光に包まれ……四本に分かれた。形は同じだが、全てが百合の穢力と繋がっている。


「よし! さすがだよ、ラブちゃん!」


 百合は、相棒に軽くキスをすると、四本全てを空へ放った。


 放たれたラブニードルは、意思を持っているかのように四方へ飛んでいく。百合を中心に等しい間隔で正方形をかたち作る。


——カン、カン、カン、カン。金属音が園内に響く。


「そうだ……言霊だったね、忘れてた」


 無意識のうちに、独り言を呟く。意識は自分の内に向いていた。


「……鳴神なるかみ


 その瞬間——四本の釘へ同時に雷が落ちる。


 先ほどまでとは、まるで異なる凄まじい威力。空気を裂くように、轟音と共に雷が奔る。そして、四本が互いに結ばれ、巨大な雷の柱になった。


 百合は、その中心に立っていた。


「ここ、立ち入り禁止だから!」


 言葉と同時に、雷柱の中で雷が暴れだす。


 範囲内に入った穢れは、その瞬間に弾かれ消えていく。逃げ場はない。中心に向かうことも、外へ出ることもできない。ただ、消滅するのみ。


 それは、まさに——雷の監獄だった。


「……はぁ、はぁ」


 百合は胸に手を当てた。少しだけ、息が荒い。集中している証拠だ。


(大丈夫、制御できてる)


 以前なら、こんな芸当は無理だった。雷は広がり過ぎて、制御を失っていたはずだ。


 でも、今は違う。百合は全身でラブニードルを感じていた。距離も、状態も、穢れの密度も、全部手に取るようにわかる。自分と向き合ってきたから、得られた感覚だった。


 ふいにインカムから、みんなの声がする。雷柱の中がうるさ過ぎて、はっきりと聞こえない。誰かの救助要請かもしれないと思い、少し柱内の力を抑えていく。話しているのは、雪村と恭介のようだ。


 そして、最後の雪村の言葉だけが、はっきりと聞こえた。


『……百合が——危ない』


 その瞬間、不意に空気が変わった気がした。


 雷の監獄の外側、観覧車のさらに奥。夜の闇が、一段深く沈んだ。


「……なに?」


 百合の背筋が、ぞくりと粟立つ。今までとは明らかに違う感覚。数ではない、密度でもない。


——圧だ。


 雷の監獄が、わずかに軋んだ。


「ちょ……なに、これ」


 四本のラブニードルが、僅かに震えた。拒絶か、または警戒するように。


 そして、闇の中から、それが現れた。人の形をしている。だが大きい。人の五倍くらいはあるだろうか。明らかに他の穢れとは違う。


 輪郭がはっきりしている。感情が、意識がひとつにまとまり、意思を持っているよう。怒りでも、悲しみでもない。ただ、歪んだ執着。それらの感情のようなものが、百合の中に流れこんできた。


 その時再び、インカムが繋がった。


『百合! この反応は——』


禍心かしん、でしょ?」


『うん、おそらく。大丈夫?』


「ついにこの日が来たね……」


 百合の顔が少し曇る。桜も黙ったまま、彼女の答えを待っている。桜の問いに意味があることを理解しているので、簡単に返事をしない。それは一瞬だけの迷い。だが、百合は前を向く。


「大丈夫! 桜は? 怪我してない?」


『私は大丈夫。慣れてるから……』


 桜は、少し無理をした声で百合を励ます。そして、それは百合も感じ取っている。


「おけ! じゃ、また後で!」


 それだけのやり取りで、百合は通信を切った。


 禍心——以前、桜から聞いた存在。


 穢れが形を持ったもの……それは正確な表現ではない。


 人が——引き返せないところまで堕ちた存在。


 堕落フォールダウンなら、まだ戻れる。だが、その先——穢心熔解メルトダウンは、もう戻れない。


 元人間——


 禍心を祓うということは、その人を殺すことと同義だ。だからこそ、桜は問いかけた。百合の覚悟を促すために。


 百合は唇を噛んだ。わかってると、心が叫んでる。


 禍心は、そんな百合を見て——笑った、気がした。


「……やば」


 そして、一歩踏み出してくる。百合は動かない。


 禍心が雷の監獄に触れた——はず、だった。だが、消えない。雷が弾かれる。完全ではないが耐えている。


(さすがに、今までのとは格がちがうね)


 更に檻が軋む。禍心は数億ボルトの電圧に耐えながら、百合の反応を試すように、距離を詰めてくる。


「いいよ、来なよ。うちが……救ってあげる」


 百合は、深く息を吸った。


「戻って!」


 百合の叫びに応え、四方からラブニードルが浮かび上がる。雷の残像を引き連れながら、中心へ——百合の元へと戻ってくる。


 四つの光が、一点に集まり——一本に戻った。


 百合はラブニードルを強く握りしめる。雷が今までよりも鋭さを増した。


 雷の監獄は解除された。その代わりに、百合の手には全てを一点に集めた雷が宿っている。


 ——だが、撃たない。百合はゆっくりと前を向いた。禍心と正面から向き合う。


「うち、これしか技ないんだよね……」


 百合は穢れの動きを見る。感情の流れを読む。


(つらいよね……苦しいよね)


 百合は、唇を噛んだ。


「……大丈夫だって。うちにまかせて」


 誰に言うでもなく、そう呟きながら腕を天に伸ばす。しかし、その言葉には覚悟が滲んでいた。


「来て……鳴神っ!」


 閃光と共に雷が吠えた。空気が震える、地面が脈打つ。だが百合は微動だにしない。そして胸に手を当てる。心臓が、早鐘を打つ。生きている。


 怖くないわけじゃない。でも——逃げない。救うために。


「いくよ!」


 百合は両腕をまっすぐ前に伸ばし、両手でラブニードルを包み込む。その先端を禍心に向け、集中する。集めた雷の力を一点に集めて放つ。それがどれほどのパワーなのか、百合にも分からない。


心雷ハートボルト!」


 百合がそう叫ぶと、ラブニードルの先端から雷が迸った。それは一瞬のことだったが、辺り一面が光に包まれた。黒い影たちが、真っ白に塗り替えられていく。自然の力が唸りをあげて襲い掛かるが、それを視認できたものはいない。


 反動で百合は後ろへ吹っ飛ぶ。背中を打ったが、すぐに起き上がる。


 撃った方を確認するが——何もない。雷が通った後には、何も残されてなかった。


(できた……の?)


 見ている方向にいる穢れも、すべて消滅している。そして周りの穢れたちは動きを止めていた。まるで糸の切れた操り人形のように。


 ゆっくり立ち上がり、しばらくすると祓い終わった実感が、じんわりと胸に広がる。


「よし! ビビッときた?」


 百合は、敢えて明るく声を出した。そして再び前を向く。まだ夜は長い。祓いも、きっとまだまだ終わらない。


(うち、あなたのこと……救えたかな? そうだといいな)


 空を見上げ、少しだけ感傷に浸る。あなたに、この願いが届きますようにと。百合自身も救われたいと思った。


 まだ何も解決していない。きっとまだ苦しんでいるものがいる。そう思うと苦しくなる。

 

 それでも——


(……ダーリンがいる、みんなもいる)


 その事実だけで、百合は前に進めた。まだ指先は、少し震えている。それでも——百合は夜の遊園地を駆けていく。次に来るものが何であれ——


 きっと、受け止められると信じて。



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