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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第五章 夜の遊園地

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第31話 時の過ぎゆくままに

31.時の過ぎゆくままに


「今日は、みんなで遊園地に行くぞ」


 昼の教室で、雪村くんが唐突にそう言った。

 

 昼休み特有のざわめきや、笑い声。いつも通り騒がしい教室が、一瞬だけ静まった。


「……は?」

「え、今なんて?」

「遊園地?」


 教室がざわつき始める中、僕は思わず聞き返した。


「え……今日? 放課後ってこと?」


 雪村くんは、いつも通りの顔で頷く。


「ああ」


 いつもの事だが、それ以上の説明はないようだ。


「やったー! ダーリンとデート!」


 今も遊びに来ていた百合さんだけが、即座に反応した。


「ちょっと百合、遊びに行くって決まったわけじゃ——」


 桜さんが止めるより早く、周囲の女子が色めき立つ。


「遊園地!?」

「雪村くん、それ本当!?」

「私も行きたい!」


 質問が一斉に飛ぶ。雪村くんは少しだけ困ったように笑ってから、肩をすくめた。


「悪いな。今日は遊ぶ相手が決まってんだ」

「えー! そうなの?」

「……次、遊ぼうぜ」


 それ以上は言わない。


「それに、お前たちはレッスンがあるだろ」

「それは、あるけど……」

「お前らの晴れ姿、可愛いだろうな……」


 強く断るわけでも、詳しく説明するわけでもない。別の話題にシフトしていた。


 不満そうな声を残しながらも、誰もそれ以上は踏み込まない。ひとしきり盛り上がった後、女子たちは席に戻っていった。


「……相変わらずだね」


 隣で狛人はくとくんが小さく呟いた。感心したように聞こえる言い方だった。


「慣れてるよね」


 そう返しながら、僕はふと声をかける。


「狛人くんも……来る?」


 一瞬だけ、狛人くんの目が揺れた。少し驚いたようだ。


「……僕も?」

「いや、今回はダメだ」


 そう答えたのは雪村くんだった。そして、先ほどと同じく理由は語られない。


「そっか」


 狛人くんは、一瞬だけ口を開きかけて、結局何も言わなかった。それでも笑っていたが、その笑顔はどこか寂しげに見えた。


 彼がどう思っているか分からないが、僕は正直ショックだった。一緒に行ってみたかった。そう考えていると、意外にも恭介くんが救いの手を差し伸べてくれた。


「雪村、如月くんもアレが視えます」

「……そういえば、言ってたな」

「今回、目は多い方が良いと思いますよ」


 雪村くんは少し考えてから、結論を口にする。


「よし! お前も一緒に来い」


 雪村くんと恭介くんの雰囲気から遊びではないと思ったが、僕は密かにガッツポーズをしてしまった。




 放課後、僕たちは防衛省特別事象防衛対策局——特事とくじに集まった。会議室のスクリーンには、遊園地の全体図が映し出されている。すでに準備は整えられていて、僕たちの到着を待っていた。


 狛人くんは初めて入る特事に、少し緊張しているようだ。無理もない。彼は静かに施設内を見回していた。何を考えているのか、その表情からは読み取れない。ただ、拳が少しだけ握られているのが見えた。


「今回の案件は、遊園地内、および周辺で確認されている異常な穢れ反応の調査と対処よ」

 

 局長である、綾瀬川はるかさんは淡々と説明を続ける。


「発生源は特定できていない。A.V(アーヴィー)との関連性も今のところ不明」


 原因不明——それが一番厄介なのではないか。その言葉が、胸の奥に引っかかった。


 分からない、ということは対処の仕方も、決着のつけ方もまだ見えていないということだ。


 僕はスクリーンに映る遊園地の地図を見つめた。昼間は笑顔と歓声で埋まっている場所。それが夜になると別の顔を見せる。


「分かっているのは、夜になると穢れが大量発生するということだけ」

「集団発生……ですか?」と恭介くん。

「ええ。ただし、性質が均一じゃない」

「……どういうことですか?」


 僕は思わず口を挟んでしまった。しかしはるかさんは、僕の疑問にも誠実に対応してくれる。


「ええ。怒りだけじゃない。悲しみ、後悔、焦り……」

「つまり、方向の違う感情が、同じ場所に留まっているってことじゃないかな」


 狛人くんが僕にも分かるように、まとめてくれた。本当に頭の回転が速いと感心する。彼のおかげで何となく理解できたような気がした。


 誰かの未練、誰かの不安、誰かの焦燥。方向性の違う感情が、同じ場所に溜まっている。遊園地という場所に、それだけ多くの想いが集まっているということだ。その事実に、少し気持ちが重くなる。


「今夜は調査と同時に、大規模な祓いを行う予定よ」

「まかせろ、今日一日で終わらせる」


 雪村くんが力強く断言した。はるかさんはその言葉を受けて、軽く頷いた。


「閉園後、まずは恭介くんが穢場で封界。そして各自、配置につき対応してもらう」


 はるかさんは一気に説明した。


「我々も全員現地入りして、みんなのサポートを行うわ」


 遊園地を半日貸し切りという規模の大きさに、思わず息を呑む。さすが政府公認の組織だ。


「……遊園地、か」


 百合さんは呑気に呟く。ちゃんと説明を聞いていたか怪しい。その証拠に、彼女はとても楽しそうだった。そして、若干桜さんも怪しい——




 遊園地に到着したのは、まだ陽が高いうちだった。


 ゲートをくぐった瞬間、世界が変わる。


 人の声と、スピーカーから流れる明るい音楽。アトラクションの駆動音が、リズム良く空気を振るわせている。売店から漂うポップコーンの甘い匂い。子供たちの笑い声が、何重にも重なって弾んでいた。


「すご……久しぶり!」


 百合さんは、楽しそうな声をあげていた。目を輝かせ、視線があちこちに飛ぶ。


「最後に来たの、いつだろう」


 桜さんも周囲を見回している。落ち着いた様子を装っているが、視線は自然とアトラクションに引き寄せられていた。足取りも軽い。


 僕は——そわそわしていた。


 楽しいという感情はある。しかし、それと同じくらい落ち着かない。ここでこれから起こることを考えると、二つの感情が上手く重ならない。


「……異常反応、今のところはありませんね」


 恭介くんはすでに仕事モードで、園内マップを確認していた。アトラクションの配置、通路、死角を把握しようとしている目をしていた。視線は楽しげな人波ではなく、マップから離れない。


「やはり……ここが一番都合が良さそうですね……」


 誰に向けた言葉でもないが、準備が進んでいることに安心する。


「閉園後が本番だ。それまでは下見と——」

「遊びたい!」


 雪村くんの言葉を遮るように、百合さんが即答する。恭介くんが、ほんのわずかに眉を動かす。


「……少しだけだぞ」

 

 雪村くんが、ため息まじりに許可する。


「やったー!」


 百合さんは両手を上げて跳ねた。結果的に、少し遊ぶことになった。誰もそれに異を唱えなかった。


「ダーリン、一緒にジェットコースター乗ろ?」

「しょうがねえな。行くぞ」

「うんっ!」


 ジェットコースターに並ぶ間も、百合さんは落ち着かない。


 発射の合図で発進。その後に急加速。


「きゃーーーーっ!」


 百合さんの、楽しそうな悲鳴が響き渡る。僕と狛人くんも乗ってみたが、それほどスリルを感じることは出来なかった。胃が浮く感覚よりも、頭の中に別の思考が入り込んでくる。


 終点に着くころには、無意識に肩の力が入っていた。


 百合さんは、売店の前で急に立ち止まった。


「ねぇ、これ! 絶対食べるやつでしょ!」


 指差した先には、やたら大きいカラフルな綿菓子。桜さんが呆れたように息を吐く。


「……本番前に糖分摂りすぎじゃない?」

「大丈夫! うちの雷は糖分で動くから!」


 全く根拠のない理論に、思わず笑ってしまった。


「雪村さん、次は私と観覧車乗らない?」


 桜さんは、少しためらいがちに言った。


「わかったよ、ほら——」


 雪村くんが桜さんの手を取り、観覧車に誘った。その時、桜さんの肩が揺れていたのを見た。僕たちは下からそれを見送っている。あの中で何を話しているかは分からない。けれど、ゆっくりあがっていくゴンドラを見ていると、嬉しい気持ちになった。


(……幸せそうだな)


 そう思えることができたことが、少し嬉しい。しかし、その合間に説明できない違和感が挟まる。


 突然笑い声が、ふっと消えた。


 本当に一瞬だけ、園内の音が遠のいた気がした。


 そして次の瞬間には、また音楽と賑やかさが戻る。周囲の人たちは誰も気づいていない様子だ。気のせいだと思おうとした。けれど、背筋に走った冷たさは、確かに本物だった。

 

——これからだ。


 今から闘いが始まる。これから来る夜に備えた、少しばかりの休息だ。


 僕は、胸の奥でそう言い聞かせながら、再び園内に視線を向けた。




 やがて、閉園時間が近づく。アナウンスが流れ、客足が少しずつ減っていく。僕たちは園内に残り、みんなを見送っている。みんな笑顔で帰途につく様子は、見ていて微笑ましい。中には疲れた顔を隠す余裕のない大人もいたが。


 僕たちの目の前で、子供が親の手を引いて、名残惜しそうに振り返っている。


「……また、ここに来れるといいな。みんなで」

 

 僕の口から自然と言葉が溢れた。だが、偽りのない本心だ。僕に出来ることがあるのなら、全力を尽くしたいと思った。


「そろそろ、準備だ」


 雪村くんの声で、空気が引き締まる。インカムを装着し、それぞれが配置につく。


 恭介くんと狛人くんは、なるべく中央寄りで園内全体を見渡せる位置へ。

 百合さんと桜さんは、それぞれ単独で別のエリアへ。

 僕は雪村くんと共に移動することになった。


 照明が落ち、遊園地は静まり返った。昼間あれほど賑やかだった場所が、嘘みたいだ。残るのは広すぎる空間と、夜の気配だけ。


 人がいなくなった広い敷地は、逆に寂しさを感じさせる。今から始まる事を考えると、当然かもしれない。この場所がもう普通の遊園地ではなくなるという予感は、確信に近づいていた。


「恭介、穢場けがれば転界てんかいしてくれ」


 雪村くんがインカムで、恭介くんに指示を出した。


『分かりました』


 一つ疑問が湧き、雪村くんに尋ねる。


「恭介くんの穢場で、どこまで封界するの?」

「何いってんだ、大祐」

「え?」

「分かってねえな。恭介の穢場は——」


『護りなさい——穢場封界けがればふうかい


 恭介くんの凛とした声が、インカム越しに響く。空気がわずかに重くなった。


「全部丸ごとだ」


 雪村くんの言葉を待っていたかのように、光のドームが園全体を覆う。この広大な敷地、その全てを。音が吸い込まれ、視界が僅かに歪む。まるで透明な膜に包まれたような感覚。


 外の世界が遠ざかった。


 今、この遊園地は外界と隔たれている。この世にあって、この世にない場所になる。僕はその光景に圧倒され、何も言えなくなった。


 この夜は、まだ何も起きていない。けれど——確実に、始まっている。僕は無意識に、拳を握りしめていた。


 もうすぐその時がやってくる。時の過ぎゆくままに、僕は身を任せた。



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