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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第四章 それぞれの日々

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第28話 小さなてのひら

28.小さなてのひら


 防衛省特別事象防衛対策局——特事とくじの訓練室は静かだった。


 壁一面が白く、床には薄く文字が刻まれている。空気はどこか張り詰めていて、呼吸を意識しないと浅くなる。


 百合さんは、五寸釘を持ち中央に立っている。


「……無理。これ、ホントに無理!」


 ぽつりと零れた声は、思った以上に弱々しかった。


「昨日よりは、ずいぶん安定してるわよ」


 端の方で腕を組んでいたはるかさんが、淡々と告げる。


「……昨日できたからって、今日もできるとは限らないじゃん」


 百合さんは、胸の前で自分の手を見つめた。指先が、わずかに震えている。


 穢れは見える。感じる。引き寄せられる。だが、制御するとなると話は別だ。そのため、最近は毎日のように百合さんは訓練している。


「勝手にきちゃうし。うちは呼んでないのにー」


 百合さんの足元に、穢れがにじむ。床の文字が、淡く光ってそれを抑え込んだ。


「それは、あなたの感受性が高いからよ」

「それ、褒めてないよね?」

「どちらでもいいわ。事実よ」


 百合は、むすっとした顔で息を吐いた。


「あなたの能力は影響が大きいわ、ちゃんと制御して」

「わかってるし!」


 確かに百合さんの能力は凄まじい。ところ構わず落雷されたら、たまらない。


「祓うのも、出すのも……難しすぎ。ダーリンが平気でやってるの意味わかんないよ……」


 壁際で見守っていた雪村くんは、肩をすくめる。


「普通のことだろ?」

「……さすが、うちのダーリンだわ」

「あなたは特別よ」はるかさんが突っ込む。


 百合さんは、五寸釘を両手を握りしめて目を閉じた。


「……もう一回やる」


 床の文字が反応する。穢れが百合さんの周囲に集まってくる。彼女は、すぐに祓おうとしなかった。逃げも拒否もしない。


「……落ち着け……大丈夫……」


 声が、少しだけ震える。


 やがて、彼女の周りにいくつもの小さな光が現れた。そして、光の塊から雷が疾る。


 その瞬間——穢れが霧散した。完全ではない。だが、暴走もしなかった。穢れが収まると同時に、五寸釘も霧のように消えていた。


 光が消えると百合さんは、へなへなとその場に座り込む。


「……しんど……」

「今のは、合格点ね」

「マジで? うち的には赤点だけど」

「それでいいのよ」


 はるかさんは、少しだけ表情を緩めた。


「自分を過信しないのは、長く生き残る才能ね」


 百合さんは、その言葉を噛みしめるように黙った。


「おつかれさま」


 僕は訓練を終えた百合さんに、言葉と飲み物を渡す。


「ありがと、大ちゃん!」


 額の汗を拭いながら、百合さんは笑顔で受け取ってくれた。


「ところで百合、おまえのSBソウルブレイドに名前は付けたのか?」

「まだだよ……やっぱ、それ必要?」

「あった方がいい、結び付きが強くなる」

「ダーリンがそう言うなら、そうなんだね!」と言いながら、雪村くんに抱き着く。


 今日、桜さんがここにいなくて良かった。百合さんの行動はますます激しさを増している。その様子を見かねたのか、はるかさんが口をはさむ。


「言霊ってやつよ」

「言霊?」

「口にすることにより、強く認識できる」

「ふーん……何となく、わかるかも」


 今日の訓練はお開きとなり、雪村くんと恭介くんは特事に残るらしい。百合さんも残りたいと駄々をこねたが、帰れと言われしぶしぶ帰途につく。僕も一緒に帰ることにした。


 夕方の空は、まだ明るかった。特事を出てしばらく歩くと、街はいつもの顔を取り戻す。スーパーの前を通り過ぎ、住宅街に入る。僕らは並んで歩いていた。


「大ちゃん……今日さ」

「うん?」

「訓練、全然できてないような気がしたんだよね……」

「そんなことないよ」


 僕は今日の様子を思い出しながら、少し考えてから続ける。正直に言って、僕からみたら百合さんのコントロールはちゃんとできているように感じる。


「ちゃんと抑えてたよ。前より、ずっと」

「……前より、って言われるのが一番きついんだよね……」

「なんで?」

「成長してるってことは……前の自分がダメってことじゃん」


 百合さんは、視線を落としたまま歩く。意外だった。いつも明るい彼女の、素の部分に触れている気がした。


「ダメじゃないと思うよ」熟考して僕は言った。

「……じゃあ、何?」

「知らなかっただけだと思う」


 百合さんは、少しだけ顔を上げた。僕は彼女の目をまっすぐに見た。本気でそう思っているという気持ちを込めて。


 その時、百合さんがふと視線を外した。


 その視線を辿ると、路地の角で小さな男の子がしゃがみ込んでいるのが見えた。ランドセルを抱え、膝を擦りむいて泣いている。

 

 そして——僅かだが、男の子の背中から穢れが出ている。

 

 ほんの、かすかなもの。痛みと、不安と、怖さが混ざった薄い靄。


「……出てる」

 

 百合さんが、足を止める。


「大ちゃん」

「うん、見えてる」


 僕たちは、ゆっくり近づいた。


「だいじょーぶ?」百合さんが優しく声をかける。

「……いたい……」

 

 百合さんは、しゃがみ込んで目線を合わせる。


「ちょっとだけ、じっとしてて」


 彼女は深く息を吸った。両腕で男の子を包み込むように抱きしめ、穢れを覆う。穏やかな表情で静かに。


「……大丈夫だよ」

「……うん」

「痛みも、ちゃんと消えるから」

 

 そう言って、穢れを撫でるように祓った。穢れは、すぐに霧散した。


「さぁ、大ちゃん。よろしくね」

「うん、まかせて」


 次は僕の番だ。いつものように手のひらに意識を集中し、男の子の膝に手をかざした。


 すると——男の子は、きょとんとした顔で涙を止めた。


「あれ……いたくない」

「よかったね」

 

 百合さんは優しい笑顔だ。そのままの表情で問いかける。


「おうち、もうすぐ?」

「うん!」

「ひとりで帰れるの?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 百合さんは立ち上がり、手を伸ばす。男の子も、その手を掴んで立ち上がった。


「ありがとう、お姉ちゃんたち!」


 無垢な笑顔で言った。僕たちは、手を振りながら男の子が走っていくのを見送る。嬉しそうな姿をみて、心が温かくなった。

 

 百合さんも笑顔で手を振っていたが、男の子の姿が見えなくなった瞬間——彼女の手が震えだした。


「……っ」


 百合さんは、自分の手を見つめる。指先の震えが止まらない。


「……怖かった」


 声が素直だった。これもまた百合さんの正直な気持ちなのだろう。


「できていたのに?」

「できるからだよ……」


 百合さんは、苦笑した。悲しそうな笑顔に見えた。


「ちゃんと見えたし、感じたし……失敗したら、って考えたら……」

 

 大祐は、少し間を置いて言う。慰めではない、本心を伝えようと思った。


「それ、普通だと思う」

「……そ?」

「うん。怖くなくなったら……危ないよ」


 百合さんは、安心したようにゆっくり息を吐いた。


「成長したらさ、不安も消えると思ってた」

「たぶん……消えないよ。それだけの力だからね」

「……やっぱり」

「でも、抱えたまま、進めるようにはなるんじゃないかな?」


 百合さんは、しばらく黙っていた。やがて、小さく笑う。


「……それなら、まぁ……いいか」


 まだ震える手を、ぎゅっと握りしめる。突然得た大きな力、不安があって当然だろう。僕も自分の力を持て余した。


「あんな、小さなてのひら……護ってあげないとね」

「うん……そうだね!」


 あんなに強いと思っていた百合さんの本心を知り、僕は彼女との距離が近くなったような気がした。怖くなったら、辛くなったら、仲間に頼ればいい。そんな当たり前のことを、僕は嬉しく思った。


「そういえば、うちの五寸釘ちゃんの名前決めたよ」

「えっ、何にしたの?」


 僕は期待しながら、その答えを待つ。すると——


「ラブニードル!」

「……へっ?」僕は瞬時に反応できなかった。

「どう? かわいいでしょー」

「う、うん……百合さんらしいよ」


 夕焼けの中、僕たちはまた歩き出した。彼女のおかげで、僕たちは笑顔だ。


 もう百合さんの手は震えていない。だが怖さは残る。


 それでも——僕たちは前に進む。


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