第21話 STAND-ALONE
21.STAND-ALONE
今朝は少しだけ朝が辛かった。昨日のこと——特事、百合さん、あのビル——が、頭の中で繰り返し、気付けば夜更かししていた。たった数日前まで、何も知らなかったのに。ここにきてからの日々は短いのに、やけに重かった。
眠い目をこすって学校へ行くと、珍しく雪村くんが朝から登校していた。
「雪村くん、おはよう」
「よぉ、大祐。昨日は寝れたか?」
「まぁ……それなりに」
雪村くんは少し笑い、周りを見渡した。教室内では、まばらに人が固まっている。彼女は今日、学校に来るだろうか。僕は僕で考えることがあるけど、それより今は百合さんの事が何故か気になる。一人ではないという安心感が、そうさせているのかも知れない。
——その時、教室のドアが開いた。
百合さんが来た。まっすぐ雪村くんに向かって歩いてくる。いつもの明るさはないが、思いつめている様子もない。ただ……感情を仕舞い込んだみたいな顔をしていた。
「ゆっきー……」
「おー百合。おはよ」雪村くんは普段通りに答える。
「放課後に、ちょっと付き合って。……他の三人も」
「りょー」
あくまでも雪村くんは普段通り。それで安心したのか、百合さんは少し微笑む。彼女の感情が溢れてきた。それが嬉しくて、僕も思わず微笑んだ。
「ゆっきー……やっぱ……あんたすごい奴だね」
「いい男の間違いだろ」
「……ばか」
「——さぁ、そろそろホームルームが始まるよ!百合さんも、自分のクラスへ戻って」
何だかいい雰囲気の二人の間に、桜さんが割り込んだ。
「なんだ、桜ちゃん……いたの?」
「知ってたよね……」
「まぁね」
二人のやりとりを見ていると、桜さんのおかげで、普段の百合さんが少し戻ってきたと思う。桜さんをからかって気が済んだのか、彼女は微笑みながら、クルリと回り、教室を出て行った。
いつもは嵐だけど、今日は一陣の風くらいだ。
「よく来る彼女、少し様子がおかしくなかった?」
狛人くんも違和感を感じてたらしい。あまり人に言いふらすことでもないので、曖昧に答えておいたが。
穏やかな時間は過ぎるのが遅い。僕はソワソワしながら、その時を待つ。休み時間に隣のクラスへひなのさんを見に行ったりもしたが、見つけることは出来なかった。百合さんも朝以来やってこない。
そして、ようやく放課後——
僕たちは、百合さんに連れられて屋上に集まる。何とか昨日の顛末を、うまく聞き出したいところだ。何かに巻き込まれているなら、手を貸してあげたい。
僕がそんなことを考えていると、百合さんが口を開く。
「昨日、私たちのこと……見てたでしょー」
「——!」
「かわいいね! あの小さいきつね」
正直驚いた。まさか、気付いていたとは。でも、なぜ——
「ゆっきーたちには、前から何かあるって思ってたんだよねー」
「百合、お前見えていたんだな?」
僕は激しく動揺しているのに、雪村くんは冷静だ。恭介くんも特に驚いた様子はない。桜さんは……驚いて口が開いていることに気付いていない。
——風の音だけが、屋上を通り抜けた。
「みえるよー昔っから。最近、強くなってきた感じだけど」
「なるほどね……そういうことか」
「どういうことか、わかんないけど、そゆことー」
百合さんはフェンスにもたれて、片足をブラブラさせながら言う。言葉に抑揚がないので、感情が読めない。僕は百合さんが口を開くのを待つしかなかった。
「実はさー。みんなに、お願いがあって……」
「まぁ、とりあえず、言ってみな」
「うん……今回の件、みんな何も言わずに、黙って見守ってて欲しいんだ」
もちろん、誰にも話さないし、話す気もない。ただ、百合さんの意図するところが分からない。
すると、僕の疑問を察してくれたのか、桜さんが口を開く。
「百合さん、なぜなの?」
「ん―、ないしょ」
「私たちは力になりたいと思ってるよ」
「マジ?優しすぎるんですけどー」
「百合さんっ!」
桜さんの声が震えている。いつも穏やかな桜さんが、こんなに感情的になるのは初めて見た。
「桜ちゃん……うちのために怒ってくれるんだね。ありがとう」
「そんなことより——」
「みんなには関係ないから」
百合さんにハッキリと言われて、桜さんが言葉を止めた。そこにあったのは、彼女の揺るがない意志だ。誰にも変えられない強さを感じる。
だが……それでも、雪村くんなら——
「……わかった。俺たちは手を出さない」
「雪村くん……それは……」
「いいんだよ、大祐。百合はそれを望んでいない」
「でもっ——」
「ありがと!だいすけ……くん、だっけ?」
「……うん」
「やっさしー……嬉しいよ。大ちゃんって呼ばせて」
笑顔で話しているのに、なんでこんなにも悲壮感が漂っているのだろう。僕は彼女の決心を前に、涙が零れそうになった。何だか最近涙もろい気がする。
「これは、うちとあの子の問題だから、だから……」
「そうだな。おまえら二人のことに口を出す気はねえよ」
「ゆっきー……ありがと」
「だから……」
「だから」
雪村くんは少し間をおいた。百合さんも続きを待っている。
「安心しろよ」と少年のような笑顔で雪村くんが言葉を閉じた。
百合さんの顔が赤い。雪村くんの顔を見たまま、視線を外せないようだ。見惚れている、という表現がしっくりくる。そして、なぜか桜さんの顔も赤い。
「あ、安心も何も、最初から心配もしてないよ……」百合さんの言葉に力が入ってない。
「ならいい」
桜さんが少し立ち直って言う。
「百合さん、危ないことはしないでね」
「危ないことはうちだって嫌だよーそれに、危険なんて無いっしょ」
「ほんと?」
「桜ちゃんは心配性だねーやさしっ!」
少し沈黙の時間があり、百合さんが再び口を開く。
「じゃあ、うちは行くね。みんな付き合ってくれてありがと」
「今日は今からどちらへ?」
ずっと沈黙していた恭介くんが、初めて声を出す。少し違和感のある声になっている。
「ひなのの、おうちー」——空気が、僕たちにしか分らない程度に震えた。
「また学校でねー……じゃ、バイバイ——」
百合さんは助けを求めてない。いや、彼女の意志で求めない。彼女が一人で向かう先の孤独に、僕たちは何が出来るだろう。




