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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第三章 孤独な闘い

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第20話 LOVE FOOLISH

第20話 LOVE FOOLISH


 防衛省特別事象ぼうえいしょうとくべつじしょう防衛対策局ぼうえいたいさくきょく——通称、特事(とくじ)のビルを出てから、駅へ向かうまで、街は明るいのに、足だけが重かった。


「……百合さん」


 少し先、人の流れの中。見慣れた後ろ姿があった。百合さんは、数人の男女と一緒に歩いている。いつもと違う横顔に、僕は眉をひそめる。


「なんだ、あの頭の悪そうな連中は」


 雪村くんの声は低かった。


「友達……というには、距離感が遠い感じがしますね」

「百合さん、浮かない顔してるわ」


「いくぞ」


 雪村くんの一言で、全員が動き出す。

 

 繁華街に入ると、入ってくる情報が一気に増える。光と音が増えるほど、感情だけが薄く濁っていく。呼び込みの声、笑い声、音楽。人の感情が、雑に混ざり合い浮いていた。


 百合さんたちの集団は、街の中に溶け込んでいる。その集団の中に、同じ年頃の女の子がいた。


「雪村くん、百合さんの隣……あの子知ってる?」

「あぁ、百合の親友のひなの……三崎ひなのだ」


 さすが雪村くん、即答だった。


 百合さんの隣にひなのさん。そして、その隣にはひなのさんの彼氏らしい男。年は多分僕たちより少し上。髪は派手で、声が大きい。ひなのさんの肩を、ずっと抱きながら歩いている。


「ひなのー、今日どこ行く?」

「どこでもー」


 男の声だけは、この雑踏の中でも拾える。声がデカくて距離感が近い、僕の苦手なタイプだ。


 男はしきりに話しかけていて、ひなのさんはよく笑っている。


——ふいに、百合さんの足が止まった。


「ひなの」


 呼び止める声は僕らまで届いた。その後は、よく聞こえない。「必要ある」とか「心配だから」とか聞こえる。


 彼氏が、割って入ってきた。


「平気平気ー、カタイこと言いっこ無し!」

「ひなのを行かせたくない」


 百合さんが、はっきり言った。明らかに怒りが滲んでいて、空気が止まる。ひなのさんが、百合さんをじっと見つめている。


「さすがに、これじゃ何もわかんねぇな」

「雪村くん、もう少し近くに行く?」

「いや、こういう時の恭介様だ」


 雪村くんは、恭介くんの肩に手を乗せた。


「はい、大丈夫ですよ。私に任せてください」


 そういうと恭介くんは、集中するため目を閉じた。


「発現しなさい——くだぎつね」


 以前のように恭介くんの背後が歪み始めた。ほどなくして背後に亀裂が入る。割れた空間から、小さくて細い二匹のきつねが、するりと出てきた。


「きゃーー、可愛い!」

 

 真っ先に反応したのは桜さん。目を輝かせながら、きつね達を撫でている。


「この子たちがいれば、あちらの会話も拾えます」

「そ、そんなこと出来るの?」

「あまり、人に知られたくない能力ですので……それに長くは持ちません」


 恭介くんは片方のきつねに「行け」と命令した。きつねが足場のない空中を走っていく。


「桜さんは、その子を抱いてください。それから……」

「分かったわ!」


 満面の笑みで抱き抱える。


「……それから、小さな穢場(けがれば)を、我々の見やすい位置に転界(てんかい)して下さい」

「——こうね」


 極小の穢場が僕たちの目の前に広がった。




「……百合」

「なに」

「そんな言い方しなくても……よくない?」


 まるで半透明の液晶画面で、動画を見ているように、向こうのきつねが見ている世界を映し出した。


(これは、便利だ……)


 僕たちは、映し出されたものに集中する。



 ひなのさんの声は、少し苛立っていた。


「せっかく楽しいのに」

「ひなの! 楽しいかどうかと、正しいかどうかは別」

「……またそれ」


 ひなのさんは、目を伏せた。


「百合って、いつもそう」

「そうだよ。間違ってるって思ったら……うちは言うよ」


 彼氏が、笑いながら百合さんを見る。


「ひなのは俺と来てるんだよ?」

「だから?」

「だから、あんたは関係ないでしょ、百合ちゃん」


 その言葉に、百合さんの視線が鋭くなる。


「……関係あるし」

「なんで?」

「友達だから」


 きっぱりとした答えだった。男は肩をすくめる。


「友達ねぇ」

「バカにしてるの?」

「別にそういうつもりじゃないって」


 ひなのさんが、百合さんの袖を引いた。


「百合……もういいから」

「よくない!」

「私は行くから」

 

 その言葉に、百合さんの表情が消えた。


「……ひなの」

「大丈夫だから……もっと一緒にいたいの」


 ひなのさんは、それだけ言って歩き出す。その後から彼氏と、その友達数人が続く。百合さんは、その場に一瞬立ち尽くしてから、深く息を吐いた。


「……ちょっと待って」


 そう言って、後を追う。百合さんの小さな背中だけが、街に溶け込んでいなかった。




「百合さん、行かせたくない……」


 僕の隣で、桜さんが小さく呟いた。


「それでも、彼女は行くんですね」

「……百合はそういうやつだ」




 しばらく歩いて、集団は一つのビルの前で立ち止まった。雑居ビル。古くて、看板も目立たない。入り口には何もない。


——BAR。


「ここだ、ひなの……入れよ」


 男が言うと、ひなのさんは一瞬だけ不安そうな顔をした。それを、百合さんは見逃さない。


「ひなの……やめとこ。今からでも」

「百合、もう来ちゃったし」

「来たからって、入る必要はないよ」

「大丈夫だって!」


 ひなのさんは少し強めに言った。百合さんは唇を噛んだ。百合さんの指が、ひなのさんの袖を掴みかけて離れた。


「……分かった」

「百合?」

「——うちも行く」

「別に……いいけど」


 彼氏が、面倒そうに言う。


「嫌なことあったら、うちとひなのは、すぐ出るから」

「はいはい」


 百合さんは、ひなのさんの隣に立った。まるで、盾になるように。集団が、ビルの中へ入っていく。

 

 僕たちは、少し離れた場所で立ち止まった。


 百合さんが、ふいに振り返る。そして、穢場の画面越しにこちらをじっと見ている。気付いているのだろうか。いや、そんなはずはない。

 

 でも、百合さんは目を逸らさない。


「百合さん……」


 桜さんの呟きが漏れる頃、百合さんは前を向いた。その未練を振り切るように、ビルの中へと溶けていった。


 やがて——扉が閉まる。音楽だけが、外に漏れてきた。


「……帰るぞ」

「えっ、だ、大丈夫なの?」

「百合が選んだ」

「でも」

「今踏み込んだら、百合との関係は二度と戻らねえぞ」


 その言葉の重さで、足が動かない。


 繁華街の喧騒の中で、あのビルだけが闇を含んでいた。


 最後に見えた百合さんの横顔が、僕の中に焼きついて離れない。

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