表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第三章 孤独な闘い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/36

第20話 LOVE FOOLISH

20.LOVE FOOLISH


 防衛省特別事象防衛対策局——通称、特事とくじのビルを出てから、駅へ向かうまで、街は明るいのに、胸の奥だけが暗かった。


 頭では「今日はもう帰るだけだ」と分かっているのに、気持ちがざわついて仕方がない。


 理由は、すぐに分かった。


「……百合さん」


 少し先、人の流れの中。見慣れた後ろ姿があった。百合さんは、数人の男女と一緒に歩いていた。横顔が見えた瞬間、いつもより濃い化粧をしていることに気付いた。でも、間違いない。四人全員が同時に足を緩めている。


「なんだ、あの頭の悪そうな連中は」雪村くんの声は低かった。

「……それは、わからないよ」

「友達……というには、距離感が遠い感じがしますね」

「百合さん、浮かない顔してるわ」


 何だか百合さんには似合わない。ただの通りすがりで終わらせたくない気分だ。距離を空けたまま、僕たちは後をつけた。追う、というより、見失わないように。

 

 繁華街に入ると、入ってくる情報が一気に増える。光と音が増えるほど、感情だけが薄く濁っていく。それほど遅い時間でもないのに、呼び込みの声、笑い声、音楽。人の感情が、雑に混ざり合っている感じがした。化粧のせいで年上に見える。だから余計に嫌な予感がした。


 百合さんたちの集団は、自然と目立っている。しばらく観察していて気付いたが、百合さんは常に隣にいる女の子のことを気にしているようだ。同じ年頃のフワフワした感じの女の子。


「雪村くん、百合さんの隣……あの子知ってる?」

「あぁ、百合の親友のひなの……三崎ひなのだ」


 さすが雪村くん、即答だった。


 百合さんの隣にひなのさん。そして、その隣にはひなのさんの彼氏らしい男。年は多分僕たちより少し上。髪は派手で、声が大きい。ひなのさんの肩を、ずっと抱きながら歩いている。見ているだけで、少し不快になる。


「ひなのー、今日どこ行く?」

「いいじゃん、それ!」


 男の声だけは、この雑踏の中でも拾える。声がデカくて距離感が近い、僕の苦手なタイプだ。


 男はしきりに話しかけていて、ひなのさんはよく笑っている。


——ふいに、百合さんの足が止まった。


「ひなの」


 呼び止める声は僕らまで届いた。そして、少しひなのさんと、言い争いをしているようだ。「必要ある」とか「心配だから」とか聞こえる。


 彼氏が、割って入ってきた。


「平気平気ー、カタイこと言いっこ無し!」

「ひなのを行かせたくない」


 百合さんが、はっきり言った。空気が止まる。ひなのさんが、百合さんをじっと見つめている。表情までは分からないが、怒っているように感じた。


「さすがに、これじゃ何もわかんねぇな」

「もう少し近くに行く?」


 何かが起こりそうで、その始まりを見逃したくない。けど、方法が思いつかない。途方に暮れていた僕を、恭介くんが手で制した。


「大丈夫ですよ。私に任せてください」


 そういうと恭介くんは、集中するためか目を閉じていった。


「発現しなさい——くだぎつね」


 以前とは違い、あの短剣は出していないが、また恭介くんの背後が歪み始めた。ただ、あの呼吸することも許されないような圧がない。ほどなくして背後に亀裂が入る。割れた空間から現れたのは、なんとも可愛い、小さくて細いきつねだった。しかも二匹も。


「きゃーー、可愛い!」

 

 誰よりも先に反応したのは桜さんだった。目を輝かせながら、くだぎつね達を撫でている。それには触れず、恭介くんは動じずに説明をしてくれた。


「この子たちがいれば、あちらの会話も拾えます」

「そんな便利な召喚があるなら、さっさと出せよ」

「あまり、人に知られたくない能力ですので……それに長くは持ちません」

「……とりあえず、やってくれ」


 恭介くんは片方のきつねに「行け」と命令した。きつねが足場のない空中を走っていく。


「桜さんは、その子を抱いてください。それから……」

「分かったわ!」満面の笑みで抱き抱える。

「……それから、小さな窓みたいな穢場を、我々の見やすい位置に転界てんかいして下さい」

「——こうね」


 極小の穢場が僕たちの目の前に広がった。


「……百合」

「なに」

「そんな言い方しなくても……よくない?」


 まるで半透明の液晶画面で、動画を見ているように、向こうのきつねが見ている世界を映し出した。恭介くんは何でもありだ。とりあえず集中することにする。


 ひなのさんの声は、少し苛立っていた。


「せっかく楽しいのに」

「楽しいかどうかと、正しいかどうかは別」

「……またそれ」


 ひなのさんは、目を伏せた。


「百合って、いつもそう」

「そうだよ。間違ってるって思ったら……うちは言うよ」


 彼氏が、笑いながら百合さんを見る。


「ひなのは俺と来てるんだよ?」

「だから?」

「だから、あんたは関係ないでしょ」


 その言葉に、百合さんの表情が少しだけ強張った。


「……関係あるし」

「なんで?」

「友達だから」


 きっぱりとした答えだった。男は肩をすくめる。


「友達ねぇ」

「バカにしてるの?」

「別にそういうつもりじゃないって」


 ひなのさんが、百合さんの袖を引いた。


「百合……もういいから」

「よくない」

「私は行くから」

 

 その言葉に、百合さんは言葉を失った。


「……ひなの」

「大丈夫だから……もっと一緒にいたいの」


 ひなのさんは、それだけ言って歩き出す。その後から彼氏と、その友達数人が続く。百合さんは、その場に一瞬立ち尽くしてから、深く息を吐いた。


「……ちょっと待って」


 そう言って、後を追う。その小さな背中に悲しみを乗せて。


「百合さん、行かせたくない……」


 僕の隣で、桜さんが小さく呟いた。


「それでも、彼女は行くんですね」

「……百合はそういうやつだ」


 しばらく歩いて、集団は一つのビルの前で立ち止まった。雑居ビル。古くて、看板も目立たない。入り口には何もない。


——BAR。


「ここだ、ひなの……入れよ」


 男が言うと、ひなのさんは一瞬だけ不安そうな顔をした。だけど彼氏と一緒にいたい気持ちが強そうなので、明らかに迷っている。それを、百合さんは見逃さなかった。


「……やめとこ。今からでも」

「百合、もう来ちゃったし」

「来たからって、入る必要はないよ」

「大丈夫だって!」


 ひなのさんは少し強めに言った。百合さんは唇を噛んだ。どちらも意地になっているとしか思えない。百合さんの指が、ひなのさんの袖を掴みかけて離れた。


「……分かった」

「百合?」

「——うちも行く」

「別に……いいけど」彼氏が、面倒そうに言う。

「嫌なことあったら、すぐ出るから」

「はいはい」


 百合さんは、ひなのさんの隣に立った。まるで、壁になるみたいに。集団が、ビルの中へ入っていく。

 

 僕たちは、少し離れた場所で立ち止まった。


 百合さんが、ふいに振り返る。そして、穢場の画面越しにこちらをじっと見ている。気付いているのだろうか。いや、くだぎつねが見えてないので、そんなはずはない。

 

 でも、その表情は——決意した人の顔だった。そんなに長い時間ではないはずだが、見つめられていた時間はとても長く感じた。そして——

 

 扉が閉まる。音楽だけが、外に漏れてきた。


「……帰るぞ」

「えっ、だ、大丈夫なの?」

「いいんだよ、もう」

「でも」

「今踏み込んだら、百合との関係は二度と戻らねえぞ」


 その言葉が重く胸に落ちる。僕はその場から動けなかった。僕には分からない、雪村くんだけが受け取ったメッセージ。それは百合さんの拒絶だったのだろうか。それとも、他の何かなのか。


 繁華街の喧騒の中で、あのビルだけが異様に静かに見えた。嫌な予感が確信に変わる。

 

 この夜は、きっと何も起きない。


 だからこそ——明日が怖かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ