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穢祓師 ー負の感情が穢れとして視える僕は、命を削る治癒の力で、人の心を治すー  作者: 早谷 蒼葉
第三章 孤独な闘い

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第18話 火花のように

第18話 火花のように


 昨日はあれほど世界が軋んでいたのに、今日は何事もなかったように時間が流れている。まるで嵐の翌日に残った水たまりが、静かに光っているように。狛人(はくと)くんと目が合う度に、昨日のことが蘇った。


 恭介くんは、今日も涼しい顔をして過ごしていた。あの後、現場はどうなったのだろう。尋ねても詳しく教えてもらえない。胸の中が曇ったまま、時間は過ぎていく。


「よっ! ちょっと麻衣、聞いてよー」


 お昼休みに明るい声で百合さんが入ってきた。鎌苅百合(かまかりゆり)——隣のクラスのギャルで、最近よくうちのクラスで見かける。神楽(かぐら)さんと特に仲がいいようだけど、みんなとも打ち解けている。


 彼女が来るだけで、教室の空気が変わる。


「また来たの?」と神楽さんが笑う。

「ご飯食べながら、話そーよ!」

「はい、はい」


 返事はそっけないけど、神楽さんも微笑んでいる。彼女たちの楽しそうな声が響く。


「よー、みんな飯食ってるか?」


 このタイミングで雪村くんも教室に入ってきた。さらに教室内は盛り上がる。


「おはよう!っていうか、もうお昼だよ」

「ねぇ、昨日の返事聞いてないんだけど……」

「雪村くん、これ私が作ったんだけど、一口食べない?」


 今日も変わらず人気者の雪村くんは、差し出されたお弁当から、卵焼きをつまみ食いしながら、一人一人に声をかけている。


「また遅刻? 遅いじゃん」


 百合さんが顔だけ振り向いて、雪村くんに声をかけた。


「よう、百合。また俺の麻衣に会いにきたのか?」

「麻衣は、うちのものなんだけど?」

「私は雪村くんのものよ」


 神楽さんは真顔で即答した。


「……麻衣、……やめときな」


 百合さんも真顔で反応する。誰かが吹き出した、


「相変わらずだね、ゆっきーは。ほんと人気者」

「ん、そうか?」

「うん、モテモテ!」


 自信満々に言い切る百合さんに、周囲がクスクス笑う。雪村くんは気にした様子もなく肩をすくめた。


「あと、ゆっきーってさ」


 百合さんは椅子から立ち上がり、体を寄せた。


 少し寒くなってきた。


「めっちゃ軽いよね」

「ひでぇな」

「でもさ、顔は好き」


 あまりにもあっさり言うので、周囲が一瞬静かになった。桜さんの動きも止まった。


「急にどしたの?」


 神楽さんが笑いながらつっこむ。


「顔はマジでタイプ。でも、性格は……うーん」

「おいおい」

「百合、最近俺への当たり強くね?」

「だって事実じゃん?」


 百合さんは悪びれずに笑う。その様子を、桜さんは少し離れた席から見ていた。表情は柔らかいけれど、どこか落ち着かない。視線が、百合さんと雪村くんの間を行き来している。


「……桜さん、大丈夫?」


 小さく声をかけると、桜さんははっとしてこちらを見る。


「あ、ごめんなさい。ちょっと、びっくりしてしまって」


 困ったように笑う。それから、何事もなかったかのように弁当箱に目を落とす。けれど、その動きは、いつもより少しだけ遅れていた。


「百合さん、距離が近いから……」


 ぽつりと零すように言う。


 確かに、百合さんは雪村くんとの距離が近い。肩が触れるほどで話し、視線も遠慮がない。警戒心のない人の距離だった。


「……え?」

 

 僕が思わず聞き返すと、桜さんは一瞬だけ視線を伏せた。


 小さく息を吸って——「よし」と気合を入れる。勢いよく立ち上がると、いつもの桜さんだった。


「百合さん、ちょっと距離近すぎないかな?」

「え、そう?」


 百合さんはきょとんとした顔で「普通じゃない?」と首を傾げる。


「普通じゃないよ」


 桜さんは即答した。思いの外、大きな声が出て、桜さん自身も驚いているように見えた。


「……ごめんなさい——でも」

 

 教室の空気が、二人のために止まった気がした。みんな聞き耳を立てている。


「異性とは、普通、ああいう距離で話さないでしょう?」

「そうかなぁ」


 百合さんは腕を組んで考えている。話はまったくかみ合ってない。


「だって、ゆっきーだよ?」

「だからでしょ」


 今度は桜さんが一歩も引かない。


「誰にでもああいう態度だからって、何をしてもいいわけじゃないわ」


 百合さんは一瞬だけ目を瞬かせ、それから、にっと笑った。


「へぇ」

「なに?」

「桜ちゃんて、思ってたより言うじゃん」


 挑発でも、悪意でもない。ただ、面白がっているだけの笑い。


「言うよ」

「ふーん」


 百合さんはわざとらしく、桜さんとの距離を詰めた。


「じゃあさ、聞くけど」

「うん」

「桜ちゃんは、ゆっきーのこと好きなの?」


 教室のあちこちで、空気がざわついた。


「おーい、二人とも俺の取り合いすんなよ」


 雪村くんが冗談っぽく口を挟む。


「雪村さんは黙ってて」

「ゆっきー、うるさい」


「……すみません」


 さすがの雪村くんも、二人に同時に怒られて小さくなっている。


 百合さんは気にする様子もない。桜さんは笑顔を崩さない。でも、逃げなかった。顔を真っ赤にして答える。


「……す、好き……です……よ…………それなりに?」

「へぇ、少しだけ正直だね」

「百合さんほどじゃないと思うよ」


 桜さんは、ハッキリとした口調で言い返す。


「百合さんは、雪村さんの顔が好きなんでしょ?」

「うん」

「それだけ?」

「今はね。けど……それだけではない事は分かる」


 軽く肩をすくめ、百合さんは雪村くんに視線を送る。


「面白いじゃん。どんな人が本気にさせるのか」

「……人を試すみたい」

「試してるよ?」


 悪びれもせず、百合さんはあっさり認める。


「桜ちゃんは違うの?」

「……違うよ」


 桜さんは、少しだけ間を置いてから言った。


「私は……ちゃんと向き合いたい」


 百合さんは一瞬、言葉を失ったようだった。それから、ゆっくりと笑う。


「そっか」


 百合さんは、一歩だけ引いた。


 それが答えだった。百合さんはくるっと振り返り、教室の出口に向かう。


 二人は一瞬だけ視線を交わし、どちらともなく、ふっと笑った。

 

 空気はピリついているのに、不思議と嫌な感じはしない。桜さんは少し頬を赤くしながらも、視線を逸らさなかった。


 教室はいつも通り明るくて、笑い声も絶えない。


 二人の間だけが、火花のように静かに燃えていた——

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