表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第三章 孤独な闘い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

第18話 火花のように

18.火花のように


 昨日はあれほど世界が軋んでいたのに、今日は何事もなかったように時間が流れている。まるで嵐の翌日に残った水たまりが、静かに光っているように。事件があった方がいい訳ではないが、相当な覚悟を決めていた分、肩透かしをくらった気分だ。狛人くんも同じ気持ちらしい。今日は1日そわそわしていたように感じる。


 恭介くんは今日も涼しい顔をして過ごしていた。あの後、現場はどうなったのだろう。尋ねても詳しく教えてもらえない。納得のいかない気持ちを抱えながら、時間は過ぎていく。


「よっ!ちょっと麻衣、聞いてよー」


 お昼休みに明るい声で百合さんが入ってきた。鎌苅百合かまかりゆり——隣のクラスのギャルだ。最近よくうちのクラスで見かける。神楽さんと仲がいいようだけど、みんなともよく話している。彼女が来ると教室の空気が変わる。


「また来たの?」と神楽さんが笑う。

「ご飯食べながら、話そーよ!」

「はい、はい」


 返事はそっけないけど、神楽さんも嬉しそうだ。彼女たちの話は盛り上がってる。


「よー、みんな飯食ってるか?」


 このタイミングで雪村くんも教室に入ってきた。さらに教室内は盛り上がる。もうスターの貫禄だ。


「おはよう!っていうか、もうお昼だよ」

「ねぇ、昨日の返事聞いてないんだけど……」

「雪村くん、これ私が作ったんだけど、一口食べない?」


 今日も変わらず人気者の雪村くんは、差し出されたお弁当から、卵焼きをつまみ食いしながら、愛想を振り撒きまくっている。平和な光景だ。


「また遅刻?遅いじゃん」


 百合さんが顔だけ振り向いて、雪村くんに声をかけた。


「よう、百合。また俺の麻衣に会いにきたのか?」

「麻衣は、うちのものなんだけど?」

「私は雪村くんのものよ」神楽さんは真顔で即答。

「……麻衣、……やめときな」百合さんも真顔で反応。


(……言葉がないよ、雪村くん)


 僕が内心でそう呟いている間も、教室の空気は相変わらず賑やかだった。


「相変わらずだね、ゆっきーは。ほんと人気者」

「ん、そうか?」

「うん、モテモテ!」


 自信満々に言い切る百合さんに、周囲がクスクス笑う。あたりの反応を見て、雪村くんは気にした様子もなく肩をすくめた。


「あと、ゆっきーってさ」


 百合さんは椅子から立ち上がり、少し体を寄せた。そっと桜さんの様子を伺うと、ソワソワして落ち着かない。


……少し寒くなってきたかも。


「めっちゃ軽いよね」

「ひでぇな」

「でもさ、顔は好き」


 あまりにもあっさり言うので、周囲が一瞬静かになった。桜さんの動きも止まった。


「急にどしたの?」神楽さんが笑いながらつっこむ。

「顔はマジでタイプ。でも、性格は……うーん」

「おいおい」雪村くんも短くつっこむ。

 

 その言い方は冗談めいているのに、不思議と本音が混じっている気がした。


「百合、最近俺への当たり強くね?」

「だって事実じゃん?」


 百合さんはそう言って、悪びれずに笑う。その様子を、桜さんは少し離れた席から見ていた。表情は柔らかいけれど、どこか落ち着かない。視線が、百合さんと雪村くんの間を行き来している。この人は本当に分かりやすい


「……桜さん、大丈夫?」


 小さく声をかけると、桜さんははっとしてこちらを見る。


「あ、ごめんなさい。ちょっと、びっくりしてしまって」


 困ったように笑う。それから、何事もなかったかのように弁当箱に目を落とす。けれど、その動きは、いつもより少しだけ遅れていた。


「百合さん、距離が近いから……」


 ぽつりと零すように言う。確かに、百合さんは雪村くんとの距離が近い。肩が触れるほどで話し、視線も遠慮がない。けれど、それは好意というより、警戒心の無さと興味が入り混じった距離に見えた。


 桜さんは、少し考えるように間を置いてから小声で言った。最後の方はほとんど聞こえないくらいだった。


「……え?」

 

 思わず聞き返すと、桜は一瞬だけ視線を伏せた。それから小さく息を吸って——「よし」と気合を入れてから、百合さんの方を見た。まっすぐな美しい姿勢で、彼女の正面に立つ。


「百合さん、ちょっと距離近すぎないかな?」

「え、そう?」


 百合はきょとんとした顔で「普通じゃない?」と首を傾げる。


「普通じゃないよ」桜は即答した。自分でも驚いたのか、少し目を丸くする。

「……ごめんなさい——でも」

 

 教室の空気が、二人のために止まった気がした。


「異性とは、普通、ああいう距離で話さないでしょう?」

「そうかなぁ」


 百合は腕を組んで考えている。話はまったくかみ合ってない。


「だって、ゆっきーだよ?」

「だからでしょ」今度は桜が一歩も引かない。

「誰にでもああいう態度だからって、何をしてもいいわけじゃないわ」


 百合は一瞬だけ目を瞬かせ、それから、にっと笑った。


「へぇ」

「なに?」

「桜ちゃんて、思ってたより言うじゃん」


 挑発でも、悪意でもない。ただ、面白がっているだけの笑い。


「言うよ」

「ふーん」


 百合さんはわざとらしく、桜さんとの距離を詰めた。


「じゃあさ、聞くけど」

「うん」

「桜ちゃんは、ゆっきーのこと好きなの?」


 教室のあちこちで、空気がざわついた。


「おーい、二人とも俺の取り合いすんなよ」


 雪村くんが冗談っぽく口を挟む。


「雪村さんは黙ってて」

「ゆっきー、うるさい」

「……すみません」


 さすがの雪村くんも、二人に同時に怒られて小さくなっている。とても貴重な場面を目の当たりにしてしまった。


 対峙している二人の間の空間が歪んでいるような気がする。百合さんは気にした様子もない。桜さんは笑顔を崩さない。でも、逃げなかった。顔を真っ赤にして答える。なぜか僕も顔と体が熱くなってきた。


「……す、好き……です……よ…………それなりに?」

「へぇ、少しだけ正直だね」百合は少しだけ目を細める。

「百合さんほどじゃないと思うよ」


 ぴしっと言い返す。しかし、まだ熱の余韻が残っている。


「百合さんは、雪村さんの顔が好きなんでしょ?」

「うん」

「それだけ?」

「今はね。けど……それだけではない事は分かる」


 百合さんは軽く肩をすくめた。色々と想像ができる言い方だ。百合さんは本当に楽しそうだ。


「面白いじゃん。どんな人が本気にさせるのか」

「……人を試すみたい」

「試してるよ?」百合さんはあっさり認める。

「桜ちゃんは違うの?」

「……違うよ」


 桜は、少しだけ間を置いてから言った。


「私は……ちゃんと向き合いたい」


 百合さんは一瞬、言葉を失ったようだった。それから、ゆっくりと笑う。


「そっか」と百合は一歩引いた。


 桜さんは驚いたように百合さんを見る。彼女はくるっと振り返り、教室の出口に向かった。二人は一瞬だけ視線を交わし、どちらともなく、ふっと笑った。

 

 空気はピリついているのに、不思議と嫌な感じはしなかった。桜さんは少し頬を赤くしながらも、視線を逸らさなかった。


 日常は、今日も続いている。でもその中で、二人の譲れない想いは、確かに火花のように散った。それは喧嘩でも、恋でもない。ただ、表に出ただけ。

 

 僕はその光景から目を離せなかった。教室はいつも通り明るくて、笑い声も絶えない。それなのに、僕の胸には小さな熱が残っている。


 火花は消えたわけじゃない。


 まだ——燃え広がってないだけ。


 僕の胸の奥で、その熱はまだくすぶっている。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ