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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第二章 予兆

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第17話 大事なものを失う前に

17.大事なものを失う前に


「やっぱり、さっきの穢場けがればは、恭介くんのだったんだ」

「えぇ、封界する者によって、雰囲気が変わるでしょう?」

 

 確かに桜さんのそれと感じ方が違っていた。まだまだ分からないことが多い。狛人くんにも多少の説明をしたが、多くを語れない。


「……やはり、この学園はかなり特殊なんだね」

「はい、如月くんもあまり他言しないようにお願いしたいと思います」

「……こんな話、信じてもらえないよ……」


 二人が話し込んでる中、僕にできる事を考える。男たちの怪我の具合は、それなりに重そうだ。治せるなら、治してあげたい。


——だが、手を伸ばそうとした瞬間、躊躇する。過去のトラウマと再会することになるかもしれない。


 誰かに強制されている訳でもなく、頼まれている訳でもない。それでも自分と向き合うことを覚悟したのだから、逃げたらきっと後悔する。自分にとっての大事なものを失う前に、僕は動き出す。


「……狛人くん、僕のことが……」

「ん、どうしたの?」

「僕のことが……怖いと思ったら……言ってね」


 不思議そうな顔をした狛人くんをそのままにして、男たちの真ん中に立つ。初めての試みだが、何となくイメージができている。両手を広げて、穢場のような光が広がるイメージ。


 僕は目を閉じる。視覚を閉じると、内面への意識が高まる。自分の中にある、力の欠片を束ねて外に解き放つ。体が熱くなるのを感じた。


 すると、今まで手のひらだけでしか出なかった光が、身体中から放たれる。視界に入る全ての者と光で繋がった感覚を覚える。……たぶん、これなら治せる。そう確信した僕は、いつものように想いを乗せた。


「——っ!」


 狛人くんの息を呑むような声が聞こえた。どうやら僕の試みは成功したようだ。体がしだいに重くなっていくが、同時に喜びも感じる。


 達成感を感じつつ、僕は目を開けた。狛人くんの顔をみるのが怖い。過去の映像がフラッシュバックする。だが、彼も普通の人ではないような気がする。少しだけ期待を込めて口を開く。


「狛人くん。これが…僕の力。怖い……よね」


 沈黙——その後に。


「す……」


(……す?)


「すごいよっ!大祐くん、すごいっ!」


 こっちが唖然とするほど、なぜか狛人くんは感激している。彼は僕の手を取り、跳ねながら全身で感動を表現してくれている。こんなテンションの彼は見た事がない。


「ホントにすごいね!それも穢れ、とかいう力なの?力を使って疲れないの?痛くないの?それから——」


 すごく興奮しているのが分かる。そして質問が途切れない。どういう気持ちなのかは分からないが、少なくとも悪い印象ではなさそうだ。心の傷跡が塞がっていくような気がする。心地の良い疲れが体を包み込む。恭介くんが僕の肩に手をのせて言う。


「大祐くん、よかったですね」

「……うん」

「あなたは——何も失っていないということです」


 その言葉を、すぐには理解できなかった。


 でも——胸の奥で、何かが確かにほどけた……


 狛人くんがある程度落ち着いてきたので、ようやくまともな会話が成立するようになってきた。


「僕もある程度みえる人だから、大祐くんの気持ちはわかるよ。……誰にも言えないよね?」

「……やっぱり、そうなんだ」

「うん、そんな凄い力はないけど。……穢れがみえる位だから」


 誰にも言えない気持ちはよく分かる。この学園にいる人たちは、皆同じような境遇を過ごしてきたのかもしれない。前に雪村くんが、優しい檻だと言っていた意味が、今日少し理解できた。


 ふと、恭介くんをみると、足元に転がっていた錠剤の包みを拾い上げていた。雨に濡れ、文字の一部が滲んでいる。


「……やはり、同じものですね」

「同じ、って?」

「最近、学園の周辺や街で確認されているドラッグで、理性を刺激する効果があるそうです」

「理性の抑制……それは他の麻薬にも当てはまらない?」狛人くんが疑問を口にする。

「その通りです。ただし、使用する目的が違います。普通は現実逃避や快楽を求め、薬に手を染めます」


 恭介くんが賢いのは知っているが、狛人くんも同等のレベルでやり取りしている。


「それに対して、このドラッグは理性を……放棄するんですよ」

「……っ!、それはヤバいね……」


 正直に言って理解が出来なかった。勉強はそれなりに得意だと思っていたが、二人の会話の内容がいまいち理解できない。素直に教えてもらうことにする。


「二人とも、何がそんなにヤバいの?」

「大祐くん。……理性の抑制とは、抑えられているだけで、まだ自分を保ってる状態です」


 恭介くんは、淡々と続ける。


「ですが、放棄は違います。理性そのものを手放してしまうこと……つまり薬を飲むだけで、弱い者は容易く堕ちてしまう」


 背筋が冷えた。理解できてしまったからだ。そして理解したくなかった。そんな物に何の意味があるんだろう。怒りや嫉妬、劣等感。普段は必死に押さえ込んでいる感情を、肯定してしまえる。そんな逃げ道を、この薬は用意している。


 気持ち悪い。それなのに、どこかで——納得してしまいそうになる自分が、もっと怖かった。


「このドラッグは、これこそが本当の自分だと思い正当化する、たちの悪い自覚が芽生えるそうです」

「危険だけど、使えると感じる人は多そうだね」と狛人くんは暗い顔で言った。


 さっきとは別の意味で理解できない。いや、したくない。


「そんなもの……誰が……」

「近くに元締めがいます」恭介くんは即答した。

「個人ではありません。流通、改良、供給……ここまで統一されているのは、組織的です」

「じゃあ……今日の人たちは……」

「末端でしょう。使い捨てに近い」

 

 その言葉が、妙に軽く聞こえた。命や人生を語っているはずなのに、事務的で感情がそぎ落とされている。


——それが現実なのだ。


「穢れは、人の感情に左右されます。でも——ここまで使いやすく加工されているのは異常です」

「檜山くん、それは……誰かが、意図的に……?」

「ええ。堕ちる人間を、増やしている」

 

 僕は無意識に拳を握りしめていた。助けたと思った。でも、これは終わりじゃない。むしろ、始まりなのだと、はっきり分かってしまった。しかし、たかが一介の中学生に何ができるのか。


「……僕たちに、できることはあるのかな」



 絞り出すように聞くと、恭介くんは静かに微笑んだ。


「ありますよ」

「え……」

「あなたは、もう関わってしまった。なら、選択肢は一つです」


 その言葉に、覚悟が揺れる。


「……雪村くんも、この件を?」

「もちろんです」


 恭介くんは錠剤を袋に戻し、ポケットへしまった。


「元締めは、必ず見つけます」

「……危険じゃない?」

「危険でない穢祓師などいません」

 

 さらりと言い切られて、言葉を失った。そのとき、遠くでサイレンの音が聞こえてきた。誰かが通報したのだろう。現実が、ゆっくりと追いついてくる。


「……警察のほうが、先に反応しましたか。これは少し面倒な事になりそうですね。ここは私に任せて、お二人はこの場から離れてください」


 恭介くんが遠くを見つめながら言う。


「檜山くん、最後に教えて……そのドラッグの名前は?」狛人くんが真剣な顔をして聞いた。

「——A.Vアーヴィーと呼ばれています」


 僕と狛人くんは顔を見合わせた。去り際、僕はもう一度だけ振り返った。倒れた男たち。散らばった錠剤。濡れた地面。


(……知らないままじゃ、いられない)


 そう思ってしまった自分が、少し怖い。でも——それ以上に、目を逸らす方が怖かった。


「行こう、大祐くん」



 狛人くんの声に、僕は前を向く。夕暮れの街は、何事もなかったかのように光っている。


 けれど、その裏側で——誰かが、こちらを見ている気がする。それを、もう僕は見ないふりができなかった。


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