第十三話 帰郷(前編)
村に辿り着くと以前と変わらない景色が広がっていた。
「さっそくボーデンさんの家に向かいましょう」
「そうだな」
村の中を少し進み周りの家より少し大きめの家にたどり着いた。
「……確かここがボーデンさんの家だっけ」
扉をノックするとボーデンさんの顔が出てきた。
「お久しぶりです。ボーデンさん」
「……おぉ、久しぶりだなリック。に、みんな。どうぞお上がり」
「失礼します」
「急に帰ってきてどうしたんだ?」
「……それが、僕たち国立グラン冒険者学校に入学したいんですけど、推薦状を書いてもらいたくて……」
「なるほど、それでわしに会いに来たわじゃな。……じゃが悪いのー。わしは推薦状を書けるような人間じゃないんだ」
「……そうですかぁ」
「あっ、だが書ける人間を1人知っておる」
「そうなんですか!」
「あぁ、断られるかもしれんが、その人に頼んでみるから少し待っててくれ」
「ありがとうございます」
その後、ボーデンさんは家を出てどこかへ行った。
「なぁ、アリシアさんに書いてもらった方が早かったんじゃないか」
少し時間が経った後、ボーデンさんが戻ってきた。
「あと、数日ほどで書き終わった推薦状が君たちの手元に届くからこの村で待っててもらえないか」
「わかりました」
ヴィクトリアが一瞬だけ、こちらに視線を向けた気がした。
「……ひとまず今日は、それぞれ落ち着ける場所に戻りましょう」
ヴィクトリアがそう言うと、みんなそれぞれボーデンさんの家を出て、各々の家族のもとに戻った。
僕はヘンリーさんの家へ向かった。
道中、農作業をしているヘンリーさんに出会った。
「ヘンリーさん、久しぶり」
「おぉ、帰ってきたのかリック。お前の母さんが寂しがってたぞ」
……母さん……。
その時、僕の頭には母さんの「あんたがいたせいでコールは死んだのよ!」という言葉がフラッシュバックした。
その時、ヘンリーさんは僕の肩を叩いて言った。
「大丈夫だリック。お前の母さんもだいぶ落ち着いてきて、今は家のことも自分でできるようになってきた」
「……そうなんですか?」
「あぁ、そうだ。だから安心しろ」
その後、ヘンリーさんが農具を片付けるのを待って一緒に家へ向かった。
ヘンリーさんの家に辿り着くと、洗濯物を干している母さんの姿があった。
母さんは僕を見つけると微笑んだ。
「リック、おかえりなさい」
「……」
「……リック、どうしたの?」
「……まぁ、リックは長旅で疲れてるんだろう。一旦家の中で休ませてやろう」
僕はそのまま家の中へと通され、ヘンリーさんに以前用意された部屋へと入った。
「なんだったんだ……今の」
あの笑顔は、僕の知っている母さんのものだった。
でも――何かが違う。
「……なんでだよ」
思わず、小さく呟いていた。
許されたわけじゃない。
本当は許されるはずもない。
それなのに――
「……そんな顔で、笑うなよ」
胸の奥が、じわじわと締め付けられていく。
安心したはずなのに。
それ以上に、苦しかった。
僕はベッドに座って朽ちた剣を眺めていた。
……
しばらくして僕はヘンリーさんに呼び出され、3人で昼食を摂ることになった。
ダイニングへ行くと、母さんとヘンリーさんがいた。
母さんは笑顔で器に料理を盛り付けていた。
ヘンリーさんは何やら手紙のようなものを読んだりして整理していた。
「…あら、リック。椅子に座ってて、もう少しで盛り付けが終わるから」
「……」
僕はそのまま椅子に座った。
母さんは料理を盛り付け終わって皿を机の上に並べていった。
「それじゃあ、食べようか。キャロラインの料理は今日もおいしそうだな」
ヘンリーさんや母さんが食べ始めた中、僕は一切料理に手をつけてなかった。
「リック。 食べないの?」
「……ねぇ、母さん。コールが死んだ時のこと覚えてる?」
僕の言葉で一瞬、食卓の空気が止まった。
「……いいえ、覚えてないわ」
「……え?」
その言葉を、すぐには理解できなかった。
頭の中で、何度も繰り返される。
覚えてない?
あの時のことを?
僕に言った、あの言葉を?
「……コールが死んだ日の夜や、その後の何日かの記憶がないの……」
「……じゃあ、僕に言ったあの言葉は?」
「……あの言葉。っていうのが何かはわからないけど、私があなたに何も言ったにしてもコールが死んだのはあなたのせいじゃないわ」
「……」
母さんの言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
「……僕のせいじゃ……なかった……?」
信じられなかった。
本当に?
あの言葉は、なんだったんだ?
あの日からずっと、僕は自分のせいでコールが死んだと思っていたのに。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
気づけば、視界が歪んでいた。
涙が、止まらなかった。
その時だった。
後ろから、そっと母さんの腕が回された。
しばらくその状態が続き、僕が落ち着くと母さんはゆっくりと僕から離れて椅子に座った。
「……そういえば、まだ言ってなかったね。……母さんただいま」
「お帰りなさい」
こうして僕は久々に家族の元へと帰った。
「……それじゃあ、いただきます!」
僕はそう言って、料理を口に運んだ。
「……おいしい!」
「そう? 良かったわ」
なんだか、母さんや父さんと3人で暮らしていた頃を思い出す。
また、父さんやコールに会いたい。
今度こそ、ちゃんと守れるようになって。
「リック。食べ終わったらコールにも挨拶して来なさい」
「うん、もちろん」
昼食を終えて、僕はヘンリーさんから新しい服をもらった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「リック。夜になる前に帰ってこいよ」
「……わかってる」
僕はヘンリーさんの家を出た。
村の人たちにあいさつしながら、コールの墓がある場所へ向かった。
「……コール、ただいま」
僕はコールの墓の前に立ち、そう言った。
返事はない。
わかってる。
それでも、言わずにはいられなかった。
コールの墓に向かって僕は村を出てからの旅の話をした。
「それでさ、ボルトとヘレナが勝手にどっか行ったりしててさ大変だったんだよ。……お前があの場にいてくれたらなぁ……」
気がつくと、空は少しオレンジ色に染まっていた。
長い間話しちゃったな。
「……コール。必ず蘇りの秘石と父さんも見つけて、お前を生き返らせてやるからな」
コールに父さんの姿を見せてやりたい。
「必ず、4人で過ごそうな」
父さんと、母さんと、そしてーーコールと。
エルモにも挨拶しとかないとな。
エルモが好きだった鹿を獲りに森へ入った。
しばらく森を移動していると鹿を一頭発見した。
剣はないからなぁ、魔術でやるか。
「火炎球」
火の球が当たり、鹿は倒れた。
「ごめんな」
僕は近くにあった木を使ってなんとか鹿を捌いた。
森を出て、エルモの墓へと向かった。
「エルモ、ただいま。ちょっと時間かかったけどお前の好きだった鹿の骨だ」
僕はエルモの墓の前に鹿の骨を置いた。
もう、夜になりそうだし帰るか。
ヘンリーさんの家へ向かって僕は走った。
風が、少しだけ冷たかった。
――ロイド視点 数時間前
僕はリックたちと別れて祖父母に会うために育った家へ向かった。
「……じいちゃん、ばあちゃん。ただいま」
「……あぁ、おかえりロイド」
じいちゃんとばあちゃんはいつものように椅子に座って本を読んでいた。
「また、過去の冒険の本を読んでるの?」
「そうだよ。それが何度も読んでも面白くてな」
「……なぁ、帰ってきたってことは旅は終わったのか?」
「いや、まだだよ」
「……そうか」
「……そういえば、部屋はいじってないよね?」
「あぁ、お前が旅に出てから一切手をつけてないぞ」
「ありがとう」
「いいんだよ」
僕はそのまま部屋へと向かった。
部屋へ入ると少し埃を被っていたが、以前のまま綺麗に整っていた。
本棚やベッド、机も問題はなさそうだ。
本棚と言っても、大層なものではない小さなもので本が数冊だけ入っている。
この本棚の空いてるところは父さんや母さんとの旅の記録などで埋めるはずだった場所だ。
部屋を掃除して、ベッドに横になった。
僕はすぐに眠りについてしまった。
起きると、外は薄暗くなっていた。
もうすぐ夜か。
その時、ちょうど本棚に目がいった。
僕は本棚から影風流と水月流の指南書を取り出した。
「懐かしいな」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。
最初は父さんに影風流を、母さんに水月流を教えてもらったものだ。
母さんは僕が生まれると冒険者を引退してこの村で僕を育ててくれた。
父さんは冒険者として依頼などをこなしながら、たまに村にやってきて剣術を教えてくれた。
僕と母さんから父さんに会いに、グラン王国の冒険者ギルドに行ったりしたものだ。
父さんと母さんに挨拶をしに行こうかな。
「じいちゃん、ばあちゃん。父さんと母さんに挨拶しに行ってくる」
「わかった。気をつけるんだぞ」
僕は親指を立てて返した。
父さんと母さんの墓の前にたどり着くとすっかり夜になっており、月明かりで照らされていた。
「……父さん、母さん。ただいま……帰ってきたよ」
父さんと母さんは事故で死んだ。
……それは僕と母さんが父さんに会いに冒険者ギルドへ行った日だった。
僕は母さんに少しその場で待ってるよう言われたが、ギルドの外に出て町を歩き回っていた。
その時僕は後ろから何者かに掴まれ、馬車へと乗せられた。
僕を馬車に乗せた男は、そのまま僕をかごの中へと押し込んだ。
僕は狭いかごのなかで、少しずつ町から離れているのを感じた。
男たちは3人ほどいて、しばらく僕をかごの中に入れたまま馬車は進んだ。
かごの中で僕の時間感覚は少しずつ失われていった。
父さんや母さんが必ず助けに来てくれるはずだ。
そんな期待を抱きながらも時間はどんどん経過していった。
――そんな時だった。
突然男が苦しみだし、他の男が雄叫びを上げるとその声も消えていった。
そして、僕の入っていたかごが開けられた。
「父――」
「やぁ、君がロイドくんだね」
光の中から現れたのは、父さんでも、母さんでもない謎の男性だった……。
その男は、血のついた剣を片手に立っていた。
「……だ、誰ですか?」
僕の言葉にその男性は笑顔で答えた。
「クリフ・エイマーズだよ」
その後僕はエイマーズさんにギルドまで送ってもらった。
ギルドへ着くと僕は父さんと母さんを探して父さんの部屋へと向かった。
父さんの部屋の扉を開けるとそこには誰もいなかった。
あとからエイマーズさんもやってきた。
「エイマーズさん。僕のお父さんとお母さんを知りませんか?」
「……ロイドくん。……非常に言いづらいんだが、君のお父さんとお母さんは君の捜索中に落石事故に遭って亡くなったよ」
え?
父さんと母さんが事故で死んだ……?
そんなはずない!
父さんも母さんも強くて、いろんな人から信頼されててすごい人なんだ。
「……ロイドくん。君のお母さんとお父さんはご遺体はちゃんと探し出して村に連れ帰ってあげるから」
「……。いらない!」
「え?」
「父さんと母さんの遺体なんていらない! 父さんと母さんがいてくれればそれでいい!」
僕はそのままその場から走り去ろうとした。
だが、エイマーズさんにすぐに捕まり止められた。
「……ロイドくん、逃げちゃダメだ。立ち向かえ」
「……立ち向かう?」
「そうだ、強くなれロイドくん。強くなって大切なものを守れるようになりなさい」
「大切なもの……」
その時僕の頭にはリックやヴィクトリアたちの姿があった。
「……僕は強くなります。もう失わない為に」
「あぁ、頑張れ。ロイドくん」
……現在
僕の手は墓の上に触れていた。
あの時、僕が勝手に外に出なければ――
父さんも母さんも、死ななかったのかもしれない。
僕は一旦家へ戻り、二種類指南書と短剣二本を手に取り再び外へ出た。
僕は指南書どおりに、短剣を振った……。
短剣を握る手に、力がこもった。




