42話 ゆかりの願い
不器用だが生真面目な男。 親父は本條恵の父親である二階堂隆志についてそう言っていた。
「基礎知識は素晴らしいけど応用力が乏しく、頑固な一面もあった…… か 」
「お父様の話を聞く限り、相当な努力家だったのではと思います 」
ゆかり先輩は今日も泊めて欲しいと、俺の部屋でベッドの上に座っている。 流石にあれだけの事があった後だから、俺も二つ返事で了解した。 決してやましい目的ではない…… が、俺のTシャツとジャージは思ったよりもブカブカで、態勢を変える度に胸元が大きく開くのは目のやり場に困る。
「本條さんは父親を誇りにしていたのでしょう。 なのに目の前で首を…… その…… 」
「同情してるんですか? 先輩は殺されかけたんですよ? 」
「同情したくても出来ません。 そんな言葉で片付けられるほど、彼女の悲しみや苦しみは浅くないですから 」
殺されそうになった自分より殺そうとした相手を心配するって、慈悲深いにも程がある。
「俺は本條恵を許しませんよ 」
「私の同級生なので、せめて『さん』や『先輩』を付けてあげて下さい。 あっ、私は呼び捨てでお願いします! 」
「ゆかり…… さん。 いや無理っす! 」
「どうして? 」
また意地悪い事を言う…… 『冗談です』と笑顔は見せていたが、半分は本気かもしれない。
「確かに彼女は春翔君を脅かす悪い人ですが、彼女も彼女のご家族も、ある意味政府に翻弄された被害者なんです。 今回の件も、私が煽らなければ回避出来たこと…… 彼女ばかりが悪いとは言えません 」
「ですけど! 」
「許してあげて欲しいとは言いません。 ほんの少しだけ歩み寄ってあげてくれませんか? 」
そんな困った笑顔をされたら断れる訳がない。
「はあ…… 」
歩み寄ると言われても、どうすればいいのかはさっぱりだ。 関わらないに越したことはない。
「彼女は一年前から変わってしまった…… クールで知性溢れる本来の彼女に戻って欲しいんです。 でも私だけでは…… 」
それってもしかして俺に?
「春翔君、力を貸して下さい! 私を救ってくれたように! このままでは彼女が潰れてしまいます! 」
「ちょっ! 俺のチカラは逆効果なんじゃ…… 」
「あなたのチカラはテレポートするだけじゃありません! その心を、想いを聞かせてあげて欲しいんです! 」
俺の袖にしがみついて泣きそうに顔を歪め、必死なのは伝わったが。 前かがみで胸元が!?
「わっ! わかりましたから! 先輩無防備過ぎです! 」
彼女はハッと気付いて一度は胸元を隠したが、頬を赤く染めてスッと手を避けてしまう。
「いい…… ですよ。 恋愛経験はありませんが…… 」
「おっ! おやすみなさい!! 」
理性がぶっ飛ぶ! 優しく腕を振りほどいて、俺は部屋を飛び出したのだった。
恋愛経験がないから大胆なんだろうか…… そんな事を考えながらソファに横になる。
「テレポートするだけじゃない…… か 」
俺自身を見てくれるゆかり先輩の気持ちが嬉しくて、思わずニヤけてしまった。 だが本條めぐ…… 先輩を本来の姿に戻すと言うが、彼女が冷静に話を聞くとは思えない。
「知的でクール…… 」
具合悪そうな彼女しか見てないからイメージが沸かない。 あれほど気にかけるのは、同級生や友達以上の何かを感じる。
「ふぁ…… 」
学校までの連続テレポートは流石に疲れた。 横になってすぐに眠気が襲ってくる。 そのまま意識が遠退き、夢も見ずに朝を迎えたのだった。
「…… あ…… 」
「ん…… ん!? 」
嗅ぎ慣れたシトラスの匂いに目を開けると、視界を覆い尽くすゆかり先輩の顔に一発で目が覚めた。
「おはようございます。 起こしてしまいましたか 」
「おはよう…… ござます…… 」
濡れ気味の長い髪を耳にかけながら、スッと身を引いた彼女は顔を赤らめて苦笑い。 何をしていたの? と聞くのは野暮かもしれない。 残念ながら感触はなく…… 残念と思っていいのか?
「お父様にお許しを頂いて、シャワーを使わせてもらいました。 このまま登校するつもりです 」
「あ…… ああそうか、道具も全部生徒会室に起きっぱなしにしてきちゃいましたもんね。 うん? 」
時計を見るとまだ朝陽も昇っていない4時。 ゆかり先輩は誰よりも先に登校して、荷物の回収と荒らされた生徒会室の片付けをすると言う。
「証拠隠滅をしておかないと騒ぎになっても困りますし 」
「でもこの時間から行っても開いてないんじゃないですか? 」
「用務員の横田さんとは仲がいいんです。 昨日、生徒会室の消灯と施錠をお願いしたら『らしくない』と流石に怒られちゃいましたけど 」
本條先輩ともめた事実はバレたら厄介か。 だが彼女を一人で行かせるのは危険だと判断する。
「俺も行きます。 ちょっと待ってて下さい 」
「あなたは寝てて…… 」
引き留めようとする彼女の言葉よりも速く部屋に行き、手早く制服に着替える。
「行きましょう。 跳びますか? 」
「もう! 調子に乗ってはダメです! 」
軽く怒られて、俺達は自宅に呼んだタクシーで学校へと向かったのだった。




