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40話  死の間際で(ゆかりSIDE)

 彼女はスカートのポケットから取り出したカッターナイフの刃を全開に伸ばし、わたしに刃先を向けてきた。


「跳んでみせなさいよ。 トラックに潰されそうになったあの時のように! 」


 あの現場にも居合わせていたなんて…… 彼女は私がチカラを持っていると思っているのだ。 校舎の屋上で見ていたというのも、春翔君ではなく私。 私が彼を巻き込んでしまっていた。 ならば……


「テレポートは見せ物じゃありません。 これが世間に知られれば大変な事になると分かってらっしゃるでしょう? 」


「わかってるわよ! だから晒すの! だからこそバラして関係した奴らに復讐してやるのよ! 」


 血走った眼は何かに取り憑かれたよう。 それほど彼女は悔しい思いをし、父親を愛していたのだと知る。 でもこのやり方は間違っている。


「アナタだって悔しいでしょ? 勝手に生み出されて、都合が悪くなれば処分されかけて! 命をゴミ扱いされたのよ!? 」


 その言葉に救われたような気がする。 本條さんは人の心までは捨てていない!


「あなたを助けます! だからもうあの薬を飲むのはやめて下さい! 」


「なにを…… 」


「あなたは十分苦しみました! その重さを私に半分分けて下さい。 背負わせて下さい! 一緒に…… 」


「何を今更! 」


 ヒュンと風を切る音と共に、私の前髪が宙を舞う。 カッターナイフを一閃した彼女は勢い余ってスチールラックに手をぶつけて、置いてあった書類を床にばらまいた。


「…… 」


 これはマズい…… 彼女はもう周りが見えなくなっている。 ミキちゃんなら彼女を取り押さえられるだろうけど、私には無理だ。


「あっ! 」


 身の危険を感じて後退ると、すぐ壁に当たってしまった。


「助けると言うなら跳んでよ…… 目の前で跳んで見せてよ! 」


 腕を大きく振り上げ、溢れた涙が彼女の頬を伝う。 次の瞬間、彼女は私の顔にカッターナイフを振り下ろした。


 迂闊だった…… 余計な一言とは正にこの事だ。 人生で2度目の走馬灯…… 彼女の動きはスローモーションだけど、それに対して体は反応できない。 ふと春翔君の怒っている顔を思い出した。


  叱られてしまいますよね、やっぱり


 本気で知ろうとすればなんでも出来そうな気がしていた。


 本気で話し合えば分かり合えると思っていた。


 でもそれは私のわがままであって、愚か以外のなにものでもない。 カッターナイフはもう目の前…… 目に当たれば失明どころではないだろう。 諦めたくはないけど、諦めざるを得ない。 そう目を閉じた瞬間だった。


  パシュン!


 いつか聞いたことのある空気が破裂したような音。


「先輩!! 」


 強く体を拘束されて、破裂音と共に体が宙に浮く感覚。


「!? 」


 春翔君の声にびっくりして目を開けると、再び破裂音が鳴り風景が一瞬で切り替わる。


 パキンと響き渡る金属音。 咄嗟に音の方向へ視線を向けると、カッターナイフを壁に突き立てた本條さんが放心していた。 それよりもだ!


「春翔君!! はっ!? 」


 この場で出してはいけない名前を呼んで慌てて口を塞ぐ。


「大丈夫ですか!? ケガしてませんか!? 」


 目と鼻の先で大声で叫ぶ彼は息も絶え絶えで汗だくで、顔色は真っ青だった。 どうして? と問いかけたいが体が硬直して声が出ない。


「…… 」


 彼が本條さんを一瞥したかと思うと、再び視界が一転して夜空が広がった。 そしてもう一度風景が切り替わる。


「…… つっ…… 」


 軽いめまいに襲われながらも周りを見渡すと、そこは校舎の屋上の出入口の脇だった。


「どうして!? 」


 涙と一緒にやっと声が出た。 彼は私を抱きかかえたままゼェゼェと喉を鳴らし、やがて落ち着くとポケットからスマホを出して見せてきた。


「ずっと通話のままだったんですよ 」


「…… えっ? えっ!? 」


 私は慌てて胸ポケットを探した。 だけどスマホはどこにもなく、突き飛ばされた時に落としたらしい。 


「おかげで状況をある程度把握できました。 さすがゆかり先輩ですね! 」


「いえ…… 通話を切ったつもりだったんですが…… 」


 彼は唖然としていたけど、ふとフワッと優しい笑顔になる。


「なんにせよ間に合って良かった。 跳んできて正解です 」


「 まさか自宅からここまで跳んで来たん…… はっ!? 」


 慌てて口を押さえる。 3階を挟んではいるけど、場所的にここは生徒会室の真上だ。 春翔君にも『シーッ!』と注意された。


「ええまぁ。 ウチから全力で跳んだら10秒もかからないんですね。 自分でもびっくりしました 」


「笑い事じゃありません!  誰かに見られたりでもしたらどうするんですか! 」


 その誰かの一番マズい人に見られてしまったのだ。


「誰かに見られるよりも、ゆかり先輩を失う方が俺は何倍も嫌です! 危ない事はしないって言ったじゃないですか! 」


 忘れていた…… こういう人だからこそ、私はあの事故から助けられた事を。


「ごめ…… んなさい…… 」


 今になって恐怖で体が震え始めた。 年甲斐もなく、私は彼に抱かれてボロボロと泣いてしまったのだった。  

 

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