37話 襲来
「うわっ!? 」
「えっ…… きゃあ! 」
逃げようと生徒会室のドアを開けた瞬間、一人の女子生徒を勢いで吹っ飛ばしてしまった。
「すいません! 」
しりもちをついて捲れているスカートを見ないように手を差しのべる。
「!? ほん……っ! 」
名前を出しそうになって必死に踏みとどまる。 接点のない俺が本條恵を知っているのはおかしいと思ったからだ。
「…… 」
彼女は俺の手を取らずに立ち上がり、何事もなかったように生徒会室へノックもせず入っていく。
なんの用だ? 嫌な予感がして慌てて俺も生徒会室に入った瞬間だった。
「だからアナタが持っていったんでしょ? 返してよ! 」
本條恵の怒声がゆかり先輩に浴びせられる。 対するゆかり先輩は美紀と絵里を庇うように立ち、普段と変わらない様子で冷静に応対していた。
「持っていってなんかいませんよ。 あなたに咎められて手を引いたのを見ていた筈です 」
「一粒足りないって言ってるの! あの後すぐ戻って探したわ。 見つからなかったんだからアナタしかいないのよ! 」
二人のやり取りに美紀と絵里はポカンと口を開けたまま。
マズイな…… 止めなければと駆け寄ろうとすると、ゆかり先輩の目線がこちらを向いた。
任せて下さい
そう強く言っているような気がして足を止める。
「大事なものなんですね。 あれはなんですか? お薬? 」
「…… そうよ 」
ビクッと体を震わせてたのを見逃さなかった。 ゆかり先輩も見ていたらしく、優しい言葉で追い打ちをかける。
「トイレにばら蒔いてしまったものは衛生上よくありませんよ? 無くしてしまったのなら諦めて…… 」
「諦めるなんて冗談じゃないわ! 」
物凄い形相でゆかり先輩を睨め付けたのだと後ろ姿だけでもわかる。
「やっと解読してここまで来たのに! アナタの持っていった一粒で成功したかもしれないのに! 」
その言葉を聞いた途端、冷静だったゆかり先輩の表情が険しくなった。
「何を成功したかもしれないんですか? 」
かつて生徒会室で美紀に見せたあの力強い目。 反論を許さないその雰囲気に、本條恵がギリッと奥歯を噛みしめるのが聞こえた。
「どうして私の邪魔ばかりするの…… 」
「言っている意味がわかりません 」
しばらく睨み合い…… 俺達がその様子を固唾を飲んで見ていると、午後授業の開始を知らせる予鈴が鳴り響いた。
「みなさんは授業に戻って下さい 」
本條恵を見据えたまま、ゆかり先輩は俺達に退室を促す。 二人にして大丈夫なのか? 二人を見比べていると、パッと弁当を片付けた美紀が俺に駆け寄って耳打ちしてきた。
「絵里ちゃんがいるんだよ! 行こう! 」
「あ…… うん…… 」
ゆかり先輩はこの状況を利用して本條恵から情報を聞き出すつもりらしい。 心配ではあるが…… 俺は呆気に取られている絵里を背負って、生徒会室を急ぎ足で出たのだった。
「なにあの人! ヤバくない? どうなってんの!? 」
「ぐぇっ! 知らねぇよ! 」
絵里は本條恵の様子にパニックになっている。 だからといって俺に抱きついて首を絞めるのはやめて欲しい。
「生徒会長だもん、人気もあるけど敵も多いんじゃない? 」
ナイスフォローだ美紀!
「でもあの目ヤバくない? 近江会長を殺しそうな勢いだったよ! 」
絵里を背負ってすれ違う時、本條恵は俺達を一切見ようとせずゆかり先輩を睨んでいた。 絵里の言う通り殺気の籠ったあの目…… ホントに大丈夫だろうか。
「二人の事情なんだろ? 俺達が首を突っ込む事じゃない 」
絵里には関係のないこと。 無関係を貫かねばコイツまで巻き込んでしまうと思い、知らぬ存ぜぬで通そうとすると再び首を絞められた。
「何を隠してる! 言えー! 」
「知ら…… ぐぇっ! ぐるじ…… 」
俺が絵里の考えがなんとなくわかるように、コイツも俺の考えがなんとなくわかるらしい。 5年の付き合いとは厄介なものだ。
「ギブギブっ! 落ちる! 」
他の生徒に笑われながら、俺達は自分の教室に戻るのだった。